主人公は生まれ変わる
全身がほぼ包帯とガーゼに覆われ、酸素マスクを嵌められた女が一人、病院のベッドで横たわっていた。
不慮の事故、というものだ。
(私はこのまま死ぬのかな)
女は怪我の具合から、自分の生存率が低いことを悟り、心残りを思い返していた。
旅に出たかった。
誰かを好きになりたかった。
もっと家族や友達と喋っておけば良かった。
もっと『ありがとう』と伝えておけばよかった。
もっと、ギターを弾いていたかった。
もっと、歌っていたかった。
もっと、生きたかった。
そう思うと心残り満載だ。
けれど、もうどうすることも出来ない。
女は潔く諦め、ゆっくり目を閉じた。
◇
「いやぁ、ホンマにごめんやで」
ふと頭元で誰かの声が耳に入った。
死んだと思ってたのに、何故人の声を認識することが出来るのだろう。
手に意識をやると、ピクリと僅かに指が反応した。
この手も、ケガで動かなかったのに不思議だ。
思い切って女は重たい瞼を上げた。
すると知らない男が、顔を覗き込んできた。
「お、目ぇ覚ましたか! おはようさん」
褐色肌の男の背中には真っ黒な羽が生えている。
八重歯を覗かせニヤリと笑うと、益々怪しい。
「そう怖い顔して睨まんといて。 ホンマ悪かったって」
この男はさっきから何を謝っているのだろう。
しかし理由を聞こうにも、身体や口はまだ動かない。
女は何とか眉間にシワを寄せ男を見た。
「目を覚ましました?」
今度は鈴を鳴らしたような女の声だ。
ぬっと視界に入ってきたのは、思わず目を覆いたくなる程に神々しい、女神の様な女だった。
「あら、私は本物の女神ですよ」
(え!? 考えてる事がわかるの?)
「はい、女神ですから」
金糸の様な長髪を揺らし微笑むその姿は、おとぎ話でよく見かける、あの感じだ。
一体ここはどこで、何が起こっているのだろう。
(えっと、女神様が私に何の用でしょうか……)
「そうそう! 早くしなきゃ貴女の魂が消滅しちゃうわ!」
女神は『時間に遅れちゃう☆』程度のノリで、聞き捨てならない台詞を言ってのけた。
「あらあら、そんなに怯えないで。 ちょっとこちらのミスで貴女の人生が終わっちゃってね。 お詫びに別の人生を用意したから許して頂戴ね」
(え、終わっちゃった? お詫びに別の人生ってどういうこと?)
「このおバカさんが人違いで、貴女の人生の糸をザクッと切っちゃったのよ」
そう言って女神は、隣りに立っていた怪しい男の頭を拳で殴った。
女神でも人の頭を叩くことあるのか。
「でもちゃんと次を用意したから、今度はそこで再スタートしてくれる?」
そう言って女神様は女の頭を撫でた。
「急な事だったからちょっと設定に不都合があるかもしれないけど、ゲームの主人公にでもなった気分で楽しんで頂戴」
(待って! 元の世界には戻れないの?)
「一度魂の糸が切れたら私の力でもムリなのよ。 本当にごめんなさいね」
女神は深々と頭を下げた後、女の両手を取り目を伏せた。
すると手から温かな光が溢れ、どんどん女の身体を包んでいく。
「これから貴女の魂を次の世界に送ってあげるわ。 心残りはそっちで叶えて頂戴ね」
いよいよ光が女の身体全体を包み込み、転生へのカウントダウンが始まった。
本当に生まれ変われるのか疑わしいが、それでも消えてしまうよりずっといい。
ここは開き直って身を任せよう。
「転生しても叶えたい夢や必要な記憶は残るようにしておいたから、後は貴女次第よ。 じゃあ、ガンバってね〜!」
そして女神は光に包まれた女の体をむんずと掴み、空に向かって思い切り放り投げた。
(転生するってのに扱いが雑過ぎじゃないー?!)
色々言いたい事はあったが、女はあっという間に雲の上にやってきた。
そこには山の様に巨大な扉がドォンと建っていた。
こんなのどうやって開けるのかと考えていたら、ゆっくりと扉が自動で動き出した。
途端に女は、先の見えない暗闇へと吸い込まれていった。