高原町と漁村へ
テレポート魔術ゲートを通って200キロメートル先のマイオラ高原町へ到着したボブとフタンであった。ポルクが確認を終えて報告する。
「18ヶ所の術式間違いがあった。深刻なものでは無いが、ロマイ君に送信しておこうか?」
ポルクに送信を頼んだボブが、周囲を見回す。熱帯雨林ではなく亜熱帯の常緑樹が生い茂る森だ。特徴としては葉が小型になり、シイの木が増えてくる。
山脈は標高が4000メートルもあるため、北を見上げると森に覆われた巨大な山脈が迫っている。標高が高くなるにつれて森も変化し、温帯常緑樹の森、温帯落葉樹の森、竹林、針葉樹林の森の順で層になっている。その森も標高3500メートル付近で途絶え、そこから上は草原と雪に覆われていた。
ボブが雪の白い煌めきを見上げて、目を輝かせている。
「おお。雪だ、雪だ。俺の世界では見る事ができないんですよ」
高地なので緩やかな斜面に町が建設されていた。テレポート魔術ゲートによって建築資材が潤沢に運ばれてくるため、建物はどれも鉄筋コンクリート造りだ。ただ、ここでも現地を治めている森の妖精からの加護を受けるべく、木やキノコ型になっているが。
避暑地として開発されているようで、宿屋とマンションが多いようだ。戸建てのペンションもある。工場や物流施設はあまり見当たらなかった。商業施設が多く目につく。
ポルクが報告を送信終わったのを見て、フタンが軽く肩をすくめた。
「これで、ここでの仕事は完了だな。私の出番は今回無しか。次はウル漁村だが、少しマイオラ高原町を観光していくか?」
ボブが喜んでうなずいた。
「ぜひ!」
ここは亜熱帯性の気候なので、サツマイモの種類が豊富だった。まだ食堂は少なく、どこも出稼ぎ労働者が食事と休憩をしていて満席だ。仕方なく、露店市場にある屋台へ行って食べ歩きをするフタンとボブである。
屋台で売っているサツマイモは、煮込みスープもあったのだが、ボブは石蒸し芋を選んでいる。石蒸し芋をバナナの葉で包んで持ち、山羊の発酵乳を飲みながらご機嫌な表情を浮かべている。
「俺の世界では石蒸し料理が伝統料理なんですよ。炭火や直火での料理と比べると焦げませんし、しっとりした食感に仕上がるんですよね。んー……石蒸し芋、美味いなあ」
フタンも同じ石蒸し芋と飲み物を注文していて、彼女も頬を緩めている。
「そうだな。涼しい高地の町ならではの屋台料理だ。私も高地にある町村へ行く際にはサツマイモ料理をよく食べている」
屋台は多くあり、石蒸しサツマイモを半分に切って、その間に屋台ごとに様々な具材を挟んでサンドイッチ型にした商品を売っている。サツマイモが甘口なので、果物やクリーム、蜂蜜を加えた生チーズなどを使っているようだ。お菓子ではなく食事用としては、甘く煮込んだ豚肉と鶏肉、豆を主に使った野菜煮込みがある。
ただ、どれも牛か水牛のバターをたっぷりと石蒸し芋にかけているため、意外と高カロリーだが。
ちなみに山羊乳の発酵飲料は少々癖のある風味なので、苦手な人は牛か水牛版を注文しているようだ。乳酸発酵なのでアルコール度数はかなり低い。
この他にも石焼き芋や、揚げ芋、芋炒め、煮込み料理などがあった。里芋も使われているため、こちらは甘くない料理である。他には細長い米のピラフや炒飯、リゾットなどが売られていた。
ボブが屋台の料理を眺めながら、感心している。
「へええ……こんな山中なのに、新鮮な海魚とイカ、貝を使った料理がたくさんあるんですね。お。トマトにトウガラシ、これはチョコレートかな? うわ、醤油と豆板醤まであるじゃないですか」
フタンが石蒸し芋を食べながら答えた。
「ボブさんの世界から輸入しているからだな。むろん、今では現地生産と製造もしている。ただ、どうしても風味が異なるようでな。こうして輸入品を好む者が多いんだ」
ボブの世界とフタンの世界とでは微生物の種類が微妙に異なるのだろう。
次にボブがピラフの香りと米の色に小首をかしげた。ついでに石蒸し芋を完食して、発酵乳を飲み干す。
「これってインディカ米ですよね? 知らない香りと色合いなんですが。花のような香りがしますよ」
フタンも食べ終えてから答えた。
「私は法術師なので専門外なのだが、野生種の稲を魔術で品種改良したそうだ。なので、ボブさんが知らない米が多いのだろうな」
ボブの世界では、栽培種の稲はごく少数の祖先から品種改良を経て得られている。これは小麦とバナナでも同様だが。栽培種と野生種との違いは様々あるのだが、栽培する上で決定的に重要になるのは実ったモミが稲から脱落しない事だ。野生種ではすぐにモミが脱落して地面に落下してしまう。
この現象を抑えるには、野生種の遺伝子を3ヶ所ほど無効化しないといけない。
フタンの世界では魔術研究所がこの仕組みを発見し、魔術によって遺伝子の機能を無効化している。これによって、膨大な種類の野生種が栽培種として品種改良されているのだ。
ボブがフタンに聞いてみた。
「俺の世界では、それって新品種という扱いになりますよね。サフール王国がパプアニューギニアへ輸出すれば、かなり儲かると思いますよ」
フタンが残念そうに肩をすくめる。
「魔法が使えない世界へ、魔法が使える世界から物品を輸出すると、ボブさんの世界が大混乱になるぞ。いきなり膨大な種類の米がやって来るのだからな。しかも米は魔力を帯びている。体調を崩す者が続出するだろうな」
ボブの場合は、ポルクが魔力を吸収しているという事だった。そのポルクがボブに指摘する。
「問題は、それだけに留まらぬ事だ。ボブ君の世界から一攫千金を狙う連中が、何としてでもフタン君の世界へ密入国しようとするだろう。連中は私兵団を組織するから、最終的にはサフール王国軍、警察と戦う流れになる」
サフール王国兵と警察には、銃器が通用しない。魔術具を使えばミサイルや毒ガスなども完全に無効化できる。一方、サフール側の攻撃は魔術を使うので必中だ。精神操作もできる。
フタンが小さくため息をついた。
「私の世界にはジャイアントやドラゴン、アンデッド、魔族などの豪族がいる。連中が勢力拡大のために、ボブさんの世界へ侵攻すると大変な事態になるのだ。そうでなくても、これまで戦った魔獣どもが侵入する恐れが高い」
ボブが最初に戦ったゴミ捨て場の巨大ワームを思い出した。
「……なるほど。難しいものですね。でも、俺の世界からはたくさん輸入していますよね。これはどういった仕組みなんですか?」
フタンが軽く腕組みをしながら答えた。
「私も詳しくは知らないが……占い用の魔術具を代金の代わりに輸出していると聞く。私の世界から魔術師がかなりの人数行って、ボブさんの世界で住んでいるそうでな。彼らを窓口にして交易しているそうだ」
ボブも同じように腕組みをして納得した。
「世界間移動ゲートではコンテナ単位で取り扱っていたので会社だと思っていましたが、実質上は個人による交易なんですね。占い業の副業でしたら、大量輸送はできませんよね……」
屋台での食べ歩きを終えてから、再びテレポート魔術ゲートを通って北へ400キロメートル離れたウル漁村へ移動した。風景と気候が一変して、一面のマングローブ林に覆われた泥まみれの海岸がボブとフタンの眼前に広がっている。足場が泥沼なので、慌てて近くのマングローブへ移動して根の上に乗った。
フタンが眉をひそめて周囲を警戒した。
「変だな。漁村が見当たらない。ポルクさん、確認を頼む」
ボブが自身とフタンに物理障壁をかけると、ポルクが回答した。
「このテレポート魔術ゲートが機能不全に陥るように細工されていた。すでに修復を終えたが……」
「ガキン!」
ポルクが報告を済ます前に、二人の物理障壁に火花が数回散った。砕けながら空中に散っていく破片を見ると、拳銃弾のようだ。その割には銃声が全く聞こえなかったのだが。
ボブが左人差し指を周囲に向けながらフタンに聞く。
「これって盗賊ですか?」
フタンが無言で肯定し、すぐに真白剣の柄を手にしてマングローブ林の中へ突入していった。ここもこれまでの熱帯雨林内での戦闘と同じく、視界が2メートルほどしか利かない。あっという間にボブはフタンの姿を見失った。
ボブがため息をつく。
「はあ……今回も俺は役立たずか」
ポルクが少々自慢気な口調で答えた。マングローブ林からは戦闘音や怒声といった反応は一切届かないままだ。
「そうでもないぞ。今回からは我が敵集団の索敵をしておる。敵の居場所をリアルタイムでフタン君へ知らせているので、役に立っているぞ」
さらに落ち込むボブである。
「うう……ますます俺だけ足手まといじゃん」
ポルクが提案した。
「では、次回からはボブも戦闘に加われば良かろう。フタン君の指示に従う事は変わらぬが、物理障壁と魔術障壁が使えるので安全だ。攻撃手段は熱線魔術だと殺してしまうので、重力操作魔術を使おう」
ボブが目を輝かせた。
「そりゃ良いな! でも最前線ではなくてフタンさんの支援になるかな。後方支援だね」
ポルクが肯定する。
「それが良かろうな。フタン君の仕事はボブの護衛だからな。戦闘が終わったようだ。心を折られた盗賊31人を監禁用の魔術具に押し込んだフタン君が戻ってくるぞ。5人だけ取り逃したな。まあ、彼女1人だけなので仕方ないだろう」
間もなくしてフタンが戻ってきた。今回は物理障壁が持続していたので泥などは法衣に付いていない。小さなポーチをテレポート魔術ゲートに投げ込んで、頬を膨らませている。これが監禁用の魔術具なのだろう。
「くそ。5人も取り逃した。奴ら海賊だな。小型の高速船で東の海へ向かって逃げていったよ」
ボブがフタンを労わってから、次回からの参戦を打診してみた。
フタンが腕組みをして思案し、了解した。
「うむ……そうだな。後方支援に限るという条件付きなら構わないぞ。今回の戦闘でポルクさんの物理障壁が持続すると確認したしな。ロマイさんの思惑にも合致する」
やはりボブ自身が戦闘に加わって勝利を重ねた方が、王宮内部や貴族たちからの評価が上がりやすいそうだ。
ボブが喜びながら、その海賊について聞いてみた。
「フタンさんが撃退した海賊ですが、出稼ぎ労働者を狙っていたんでしょうか?」
フタンが柄を腰ベルトのホルダーに収めて肯定した。
「そうだな。それと、テレポート魔術によって輸送している貨物もだな。建築資材は今、どこでも不足しているのでな。密売の対象になる」
ボブが納得した。
「ですよね。ザイラプ新首都とマイオラ高原町の建築ラッシュを見ると分かります。しかし、フタンさんって凄く強いですよね。今回も一方的じゃないですか」
フタンが少しドヤ顔になった。
「魔術戦闘だからな。魔術適性の低い敵では到底太刀打ちできないよ。ただ、先ほど言った魔族やドラゴンなどに対峙する事は可能な限り回避すべきだろうな。王国軍と警察に任せる決まりだ」
こうして海賊を退治してから、直ったテレポート魔術ゲートを通って目的地のウル漁村へ到着した。この漁村は小高い丘の上に建っていて、南にある山からの清水を飲料水として利用していた。ちょうど標高4000メートルの山脈から延びている山と丘になっている。
港は丘の直下にあり、水深がそこそこあるため中型船までであれば接岸できるようだ。漁村の周囲はここでも分厚いマングローブ林で覆われていて泥沼になっているのだが、丘が海に面している海岸だけは白い砂浜である。
ボブが南を見て、丘とそれに続く山地の広さを確認した。
「確かに、緩やかな傾斜ですね。リゾート施設を建てるには適しているかな」
そして北の海を眺めた。海上に点々と白浜で覆われた無人島が浮かんでいる。この丘が海中まで続いているためだろう。
「もしくは、あの無人島に建設するか、ですね。地盤が弱そうだから、ホテルじゃなくて一軒家のコテージを集めた形になると思いますが」
ポルクがテレポート魔術ゲートの動作確認を終えて報告した。
「術式間違いを9ヶ所修正した。現在は修正報告をロマイ君へ送信中だ。ここでの仕事もこれで完了だな」
フタンが村人に挨拶してから、うなずく。
「その前に村長に会っておこう。海賊の情報を集めておきたい」
村役場へ行き、村長に会うと安堵した表情を浮かべた。
「そうですか……海賊どもを討伐してくださって、ありがとうございました。開発計画が後回しにされていますので、なかなか警官が巡回して来ないのですよ。駐在所もありませんし」
ボブが同情している。
「ザイラプ新首都とマイオラ高原町にも警官が多く配置されていませんしね。ゴーレムを警備用に配置してもらうってのは可能なんですか?」
村長が腕組みをして思案し、答えた。
「……難しいでしょうな。マイオラ高原町からこのウル漁村まで400キロメートルあります。途中に設置されているテレポート魔術ゲートの数はざっと20基です。これらを警備するためには60体以上のゴーレムが必要になりますね。遠隔操作する我が村人の人数が足りません」
漁村なので一日中村内に居る事はできない。
ボブが「そうですよね……」と引き下がった。フタンが代わりに村長に告げた。
「現状は理解した。海賊を全て討伐した方が手っ取り早そうだな。その旨を魔術研究所と真教団に提案しておくよ。それで、海賊が巣食う場所はどこか分かるか?」
村長がうなずき、地図を取り出した。ウル漁村から東の海上にある細長い大きな島を指さす。
「ガスマタ島です。この島の東端にアジトがあると思われます。この村からの正確な距離は不明ですが、おおよそ700キロメートルでしょう」
村長の口調が重くなった。
「ですが、島の中央部には巨大なバジリスクが徘徊しているんですよ。危険なので島へ上陸する事ができません」
バジリスクは巨大なヘビ型の魔獣だ。敵に咬みついて石化させる。
フタンが杖を介して地図情報を記録した。ポルクも記録したようだ。
「海賊討伐の前にバジリスク退治か。それなりの事前準備が必要になるな。現地の警察署と駐留軍は動かないのか?」
村長が肩をすくめた。
「動いてくれませんねえ……困ったものです」
村役場を出たフタンが、ボブに振り向いた。
「今日はここまでにするか。ポルクさん、重力操作魔術だが見せてくれないか? 次回以降の戦闘で戦術を組み立てる際に参考になる」
ポルクが気軽に答えた。
「いいぞ。特徴としては、質量が大きい敵ほど被害が大きくなるという点だな。ちょうど、海岸に大きな岩が転がっているから、アレを標的にしてみよう」
ボブがポルクの指示に従って、左人差し指をその大きな岩に向けた。ボブが魔術の発動を宣言する。
「ええと……では、開始!」
大きな岩は直径が数メートルもあるのだが、それが「ふわり」と海上に浮きあがった。それからは自由落下と同じ加速度で真上の空中へ飛んでいく。あっという間に上空100メートルまで達していったん静止した。
ポルクが告げる。
「ここで魔術を停止した」
大きな岩が本来の自由落下になり、海面へ向かって落下していく。「ズドーン!」という大きな衝撃音と共に海底に激突して、大きな岩が多数の破片になって砕け散った。
ボブが顔を青くしている。
「ポルクよ。これでも人間が死ぬと思うぞ。上空に持ち上げる高さは10メートル以下にしてくれ」
フタンもボブに同意しつつ、コメントした。
「そうすべきだな。私のような法術師と魔術師、それとソーサラー魔術や精霊魔術を使う敵には有効打にならないだろう。物理障壁があるからな」
ポルクが了解した。
「うむ。そうしよう。まあ、物理障壁を有する敵は、そのまま宇宙空間まで自由落下させれば良かろう。我が魔力は上空方向であれば500キロメートルほどまで届くのでな」
ボブが冷や汗をかいた。
「容赦ないな、ポルク」
衝撃音を聞きつけて、村民が多数見物にやって来ていた。確かに総人口は200人以下と少なそうだ。フタンが村民たちに魔術の実験をしたと説明してから、ボブに振り返った。
「さて。ここは漁村なので屋台は無いのだが、魚は売っている。何か土産に買っていくか? 品種改良をしていないので魔力を帯びていないぞ」
ボブが目を輝かせて答えた。
「ぜひ!」
こうして元世界へ戻ったボブは、チャックと彼女のブレンダに声をかけ、行きつけの食堂へ土産を持ち込んで料理してもらったのであった。
チャックが料理を見て驚いている。
「お、おい。どこから手に入れたんだよ」
持ち込んだのはマグロ、クエ、エイがそれぞれ丸ごと一尾だった。もちろん3人では食べ切れないため、ほとんどの部位は食堂へ無料で提供している。
町の学生向け食堂なので、料理も簡単なものだ。それぞれの魚の分厚い切り身をフライパンで蒸し焼きにして、ベシャメルソースをかけただけだ。食べる際に塩とコショウを振っている。
ボブが食堂の黒板に魚料理のメニューが次々に追加されていくのを見ながら、マグロ切り身をガッツリ食べている。かなり肉厚なので見た目はステーキだ。蒸し焼きにしているため、寄生虫の恐れは無い。生の状態と比較すると口当たりは大きく変わってしまうが。
「漁村から来た人にもらったんだ。美味いなー!」
酒が欲しいところだが、3人とも未成年だ。氷をたくさん詰めた炭酸飲料を飲んでいる。次にエイの大きな切り身を食べながら、ボブがふと思った。
(んー……農産物じゃなくて、魚を俺の世界へ輸出すれば良いのでは?)
ポルクが否定した。声を介さずに思念でボブに告げる。
(海にも妖精か精霊が居る。大量の漁獲をすると、彼らの逆鱗に触れるだろうな)
ボブが炭酸飲料を飲んでから、落胆した。
(そうか……思うようにはいかないものだねえ)