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サフールのポルクスダイヤ  作者: あかあかや
10/17

ザイラプ新首都

召喚日までの間、ボブはチャックの勉強をみていた。チャックがサッカーの練習に夢中で、学校の成績が伸び悩んでしまったためだ。今は食堂で飲食しながら、ボブが記した授業のノートを基にしてチャックに数学と理科を教えている。

しばらくして、チャックが黒い瞳を和らげて、キリリとした眉の力を抜いた。炭酸飲料とハンバーガーを食べながら、満足そうな笑みを浮かべる。

「おお。分かったぞ。なるほどな!」


ボブも同じ食事をとりながら、笑顔でうなずいた。

「これが分かれば、電磁石を使ってのスピーカーとマイクが作れるようになる。サッカー選手はケガを負いやすいからな。万一に備えて、仕事で使える知識を蓄えておくのは大事だぞ、チャック」


チャックが軽く肩をすくめた。ボクサー体型なので見栄えがする。

「まあ、そうなんだけどな。でもよ、コレを学んでも就職先はジャンク屋だろ」

ボブが苦笑しながら肯定した。

「まあ、そうなんだけどな。でもまあジャンク屋じゃなくて、電器屋って呼んでくれ」

その後は、チャックが彼女についてのノロケ話を始めたので、教えるのを切り上げるボブであった。



召喚日の朝になり、いつものように装備を整えたボブが召喚に応じると、マゴリ港町の役場前に出現した。召喚魔術陣を消しながら、フタンが出迎える。

「おはよう。町長にはもう会っておいた。このままテレポート魔術ゲートを通ってザイラプ新首都へ行こう」

ボブが挨拶を返してから、フタンに聞いてみた。

「首都トゥアルからこの港町まで、かなりの距離がありますよね。行き来するの大変じゃありませんか?」


フタンがボブにヤシの実ジュースを渡してから、ドヤ顔で答えた。

「ロマイさんの助力を得ているのでな。彼は招造術の専門家だから、一気に4000キロメートルまで私もテレポートできる」

フタンがこれまでの道中で地面に落していた小石には、魔力が封じられていて半年間ほど有効だそうだ。その小石を使って、テレポート魔術陣を作成している。

この魔術陣とゲートを併用して、ほぼ待ち時間ナシでの長距離テレポートができている。

「招造術の専門家特権だな。おかげで私も首都トゥアルで仕事をしながら、現場と行き来できている」

ボブがヤシの実ジュースを飲み終えて感嘆した。

「はええ……凄いんですね。さすが魔術」


テレポート魔術ゲートを抜けると、広大な建築現場に到着した。北にはかなり高い山脈が迫っていて、南は海だ。見覚えのある地形なので、ボブが気楽な表情になっている。

「あー……俺の世界の首都ポートモレスビーの辺りと似てますね。だけど、北の山脈がやけに高いな」

フタンも一緒に山脈を見あげた。

「一番高い場所は標高4000メートル台になるそうだ。サフール王国では珍しく雪が積もるし、雪渓もある。涼しいので、標高1000から2000メートルの間に避暑地がいくつか設けられているな」

ボブが工事現場用ヘルメットの上から頭をかいた。

「避暑地ですか。氷河期の世界でも、海沿いは蒸し暑いんだなあ」


ザイラプ新首都では建設ラッシュになっていた。施工面積は数百ヘクタールにもなるだろうか。数千体もの土製、金属製ゴーレムが建築作業と土木作業をしている。それぞれのゴーレムを操作しているのは、出稼ぎ労働者たちだ。獣人の出稼ぎも多い。彼らは日陰で寛ぎながら、空中モニター越しに担当するゴーレムを操作していた。

フタンが軽く説明した。

「一般人だと1人で操作できるのは1体のゴーレムだけだ。なので、数千体のゴーレムを動かすために、同数の出稼ぎ労働者が必要になる」

ゴーレムは力が強く丈夫なので、人や獣人が作業するよりも仕事が効率的に進むらしい。


フタンが魔術具を取り出し、それを上空へ浮かべた。しばらくすると、その魔術具が戻ってきたので腰ポーチに収納する。小首をかしげて眺めているボブにフタンが説明してくれた。

「ああ、これは上空から新首都の建設状況を記録するために使ったのだ。ここではまだ真教団の施設が完成していなくてな。出稼ぎ労働者が多く仕事をしているので、早急に施設を建てて神官を常駐させねばならないんだが」

病院に相当する機能を真教団が受け持っているのだろう。危険な作業は全てゴーレム群が担当しているのだが、それでも出稼ぎ労働者の負傷や病気、出産などに対応しないといけない。


ボブがゴーレム群の仕事ぶりを眺めて、納得した。

「事故を心配しなくて済むってのは大きな利点ですよね。あ。壁が崩れてゴーレムが下敷きになった」

全て鉄筋コンクリート造りなのだが、壁の一部は石積みにしている。壁の装飾だろう。その石積み壁がバランスを失って崩れ、数体のゴーレムが巻き込まれた。

しかし、ゴーレムたちは何事もなかったかのように起き上がり、修復作業を始めている。人や獣人であれば、石積みに押し潰されて惨事になっていただろう。

ボブが着々と作られていく街並みを見ながら、感心している。

「コンクリートの養生にかかる時間は一緒だけど、俺の世界よりも建築のペースが速いんですね」


フタンにとっては日常の建設風景のようだ。軽くあくびをしている。

「……出稼ぎ労働者は建設土木の専門知識を持っていない。実際に作業を担当しているのは、ゴーレム内のガラスコアだな。作業プログラムが組み込まれている。出稼ぎ労働者はガラスコアが提示する作業方針を追認するという役割だな」

フタンに案内されて、ボブが仮役場へ向かった。大きなドーム型で、丈夫な木綿布キャンバスである。仮役場の内部では、大勢の役人が働いていた。机とイスも簡易なもので、軽量だ。


受付に来訪を告げると、すぐに対応し仮執務室へ案内してくれた。

「都長は多忙ですので、用件は短めでお願いします」

了解したボブとフタンが都長に挨拶し、ここへ来た目的を簡潔に説明した。都長は異世界から召喚されたボブの姿が自身たちとほとんど同じなのを見て驚いている。

「召喚魔術と言えばドワーフや魔法世界の技術者なのですが、彼らは肌が白っぽいんですよね。異世界にも私たちと同じような肌の者が居て、親近感が湧きますよ」


フタンが都長に同意してから、本題に移った。

「……して、新首都建設に支障が出るような魔獣や盗賊団は居るか?」

都長が少し思案してから答えた。

「そうですね……建設現場内と近辺には居ませんね。なので、建設作業は順調に進んでいます。ですが、警察による広域調査によると、北の山間地にはジャイアント群が徘徊しているそうです」

ここの警察も真教団と同じく施設がまだ完成しておらず、人員も少数に留まっているらしい。

「そのため、詳細な調査がまだ行われていません。喫緊の脅威では無いのですが、魔術研究所と真教団が代行してくださると助かります」


都長がフタンとボブに、ジャイアントが潜んでいるという山中にある洞窟までの地図を提供した。フタンが軽く腕組みをして地図を見つめる。

「ふむ……新首都から北へ200キロメートルほどか。確かに、これだけ離れていれば新首都への脅威は低いな。警察による調査が進んでいないのも理解できる」

ボブが眉を寄せてフタンに指摘した。

「フタンさん。この遠距離では、洞窟までの移動中に俺の召喚時間が終了してしまいませんか? 麻ミュレに乗っても5時間以上かかりますよ」


都長が明るく微笑んでボブの懸念を払しょくした。

「移動時間の問題は解決済みです。警察が洞窟前までテレポート魔術陣を設けていますよ。私が警察署長に命じれば、すぐに使用できます」

ボブが驚きながら納得した。

「そ、そうなんですか。凄いですね」



こうして、警察が使用しているテレポート魔術陣を通って200キロメートル北にある山中の洞窟近くまで移動したのだったが……フタンが小さくため息をついて呆れている。

「おいおい……ジャイアントじゃなくてワイバーンの巣じゃないか。かなり適当な調査をしたようだな」

ボブもフタンと一緒に岩陰に隠れて洞窟を見つめながら、同意した。

「ですよねー……」


ワイバーンはドラゴン族に属する魔獣だ。ただ、ドラゴンと違い両手は無く、皮翼となっている。魔力を使って飛行するため、皮翼は大きくない。急激な方向転換をする際に羽ばたく程度だ。

この山中は標高が高く、地図によれば3000メートル台だというフタンの話だった。そのため、この辺りの植生は熱帯地方とは異なり針葉樹林と竹林、それに落葉樹の森が広がっている。ボブが東西方向へ視線を移すと、冠雪した峰がいくつも見える。標高4000メートル台らしい。

(俺の世界でも、パプアニューギニアの高地じゃ雪が降る。でも、冠雪までには至らないんだよね。さすが氷河期)


フタンが洞窟内のワイバーン群を観察し終わり、岩陰から外へ出た。門番役をしているワイバーンがすぐに吼えて仲間たちに警告を発している。一気に騒々しくなる中で、フタンがボブに振り返って告げた。

「ボブさんはそこで潜んでいてくれ。ワイバーンは温厚な種族だが、念のためだな。これから会って、事情を聞いてみよう」

残念そうな表情を浮かべながらも了承するボブであった。

「そうですか……フタンさん、お気をつけて」


フタンが着ている法衣が効いたのか、ワイバーン群はすんなりと受け入れてくれた。しかも、このワイバーン群は多くが会話可能である。普通にフタンと話を交わし始めた。

ボブが岩陰から眺めて目を点にしている。

「おお……すっごくファンタジーだな」

ポルクが解説した。

「実際は、ワイバーンがソーサラー魔術を行使して、彼らの独自言語を人間の言葉へ自動翻訳しているのだよ。ワイバーンの巨大な声帯と口内の構造では、人間の言葉を発する事は不可能だ」


病気にかかっているワイバーンを数体ほどフタンが法術で治療してから、ボブに手招きをした。

「もう危険は無い。出てきても構わないぞ」

感心しきりのボブである。

「凄いんですね、法術師って」



フタンがボブをワイバーン群に紹介した後で、ボブに状況を説明した。

「警察が調査した当時は、ジャイアント群が棲みついていたそうだ。ジャイアントといってもトロルという低級な種族だが。ここのワイバーン群がトロル群を洞窟から追い払って、こうして棲みついている」

ボブがうなずく。

「なるほど。警察の調査は一応正しかったんですね。それで、ここのワイバーン群は新首都への脅威になるんでしょうか?」


フタンが最も巨体なワイバーンと目くばせしてから、微笑んだ。このワイバーンは頭から尾の先まで15メートルほどもある。

「ワイバーンの縄張りは半径50キロメートルほどだ。その中に人間が入って獣を狩ったり、家畜を放牧したり、農地を切り拓いたりしなければ問題無い。入った場合でも毎月家畜を提供すれば大丈夫だ」

巨体のワイバーンが補足説明してくれた。

「法術師が定期的に訪問してくれれば、病気やケガを治してもらえるのでな。人間は歓迎なのだよ」

ボブが予想していた以上の渋い声に内心驚きながらも納得した。

「なるほど。お互いの領域を守った上で交流するんですね。それで、追い出されたトロル群は今どうしているんでしょう?」


巨体のワイバーンが首を西の峰々に向けた。多くが冠雪していて白く輝いている。

「うむ……ここから250キロメートルほど西に岩山がある。そこへ新たに棲みついているようだ。我らの縄張り外なので放置している」

ボブが聞いてみる。

「そのトロルですが、人間に対して攻撃的なんでしょうか? 新首都への脅威になり得ると思いますか?」

巨体のワイバーンがボブに頭を向けた。

「あのトロルは暑さが苦手だ。故に海岸近くまでは降りて来ぬよ。ただ、魔獣と同様なので人間に出あうと戦闘になるだろう」

フタンがボブに告げた。

「そういう事だな。トロルの生息地が分かったので、これで調査は完了だ。今後は、都庁と警察署長、王国軍が判断する。まあ、距離が離れているので放置だろうな」


ボブが小首をかしげた。

「ん? この世界では冒険者やハンターなどは居ないんですか?」

フタンも小首をかしげる。

「居ないぞ。氷河期の世界なので、熱帯雨林は貴重なんだ。当然、そこに生息する魔獣群も人間に危害を加えない範囲内で保護している。魔獣だからといって乱獲すると、その地を治める森の妖精が怒って厄介な事になるのだ」

ボブが納得した。

「なるほど。俺の世界での自然保護区みたいな位置づけなんですね」

フタンがワイバーン群に手を振ってから、ボブに微笑んだ。

「さて。今回の召喚はここまでにしよう」



その5日後に召喚された際は、半ば観光旅行になってしまった。ザイラプ新首都はボブの世界の首都ポートモレスビー近くに位置するため、地形の違いに興味津々のボブである。海からの風に吹かれながら、ボブが目を輝かせている。

「へえ……俺の世界と比べると海岸線が120メートル低いせいで、海岸の地形がかなり違うんですね」

そう言ってから、ボブが自身の首を肩に手を当ててマッサージした。フタンが小首をかしげてボブを見つめる。

「ん? 筋肉痛か? 今、治療してやろうか?」


ボブが素直にうなずいた。

「助かります。実は昨日、父が首都ポートモレスビーへ来ていまして。夜中までトラックの荷下ろしを手伝っていたんですよ」

ボブがフタンに両親の仕事内容について説明した。興味深くも同情気味に答えるフタンである。

「……そうなのか。ボブさんの世界ではテレポート魔術が無いのだったな。輸送面では苦労するだろう。では早速、筋肉痛を治療するから背中を向けてくれ」



ボブの治療を終えてから都長へ会いに行くと、今回も受付が案内してくれた。都長の仮執務室に入ったボブとフタンに、都長が笑顔を向けて挨拶する。彼は今回も書類の山に囲まれていた。

「これはようこそ。歓迎しますよ。トロルの件では新情報を提供してくださり、ありがとうございました。警察署長も感謝していましたよ」


フタンが他に懸念事項があるかどうか都長に聞いてみたが、特に無いという返事だった。しかし、少し思案してから都長が空中モニターに地図を表示させる。

「強いて言えば、ザイラプ新首都から西へ200キロメートルの高地で、建設中のマイオラ高原町までのテレポート魔術ゲートの作動状況を確認してもらえますか? 現在は問題無く稼働していますが、魔術研究所による確認をまだ済ませていません」

ボブが困った表情を浮かべた。

「残念ですが、俺は素人ですよ。確認は無理です」

ポルクが提案した。

「では、我がボブ君の代わりに確認しよう。確認後の情報はテレポート魔術ゲートを介して、首都にある魔術研究所のロマイ君に送信すれば良かろう」


ボブが感心しながら左人差し指の黒い爪を見つめる。

「凄いな、ポルク。もうすっかり魔術を習得してるのか」

ポルクが自信満々の口調で答えた。

「まあな。共通魔術は全て習得済みだ。治療法術も共通魔術に該当するものは習得したが、ここは専門家のフタン君に任せるよ」

フタンが了解した。

「そうだな。共通魔術では軽傷しか治療できない。重傷を負った際に困る事になる」


都長が興味深く会話を聞いていたが、もう一つ思いついたようだ。

「ああ、それとですね。北の山脈を越えた向こう側に一つ漁村があるんですよ。マイオラ高原町から北へ400キロメートルほど離れています。今後、リゾート地として開発する計画があるのですが、そこへ接続しているテレポート魔術ゲートについても動作確認をお願いします」

ウル漁村という寒村なのだが、太平洋に面しているため海浜リゾート地として注目されているそうだ。現在は新首都とマイオラ高原町の建設に人員が集中しているため、まだ開発が開始されていない。

同時にこのウル漁村は手つかずの大森林に囲まれているため、木材、樹脂、ゴム、薬用植物などの採集と集積拠点としても有望だと都長が話してくれた。


ポルクが二つ返事で引き受けた。

「構わぬよ。しかし、今回は冒険というよりも観光だな」

ボブとフタンも視線を交わして同意している。都長も気楽な表情である。

「そういう事ですね。前回、ご活躍なされた感謝という意味合いがあると思ってください」


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