海の匂いは蜜の味?
夏の準備……
謙二と夏海が戻って来た翌日、夏海は学校に行った。夏休みも目前となっており、そろそろ6月も終わりを迎える。夏本番間近となるこの時期、確かに気温も高くなっている。
謙二は本日も大輔の指示の元、色々と仕事をしている。
「社長、少し休みましょうよ?」
「まだまだ!…運ぶ物とか色々有るんだよ!」
「でも……凄く大変なんですよ……」
「去年までは、俺が1人でやってたんだ!…弱音を吐くな!」
「社長……軽い物しか持ってないじゃないですか?」
「いいだろう?…俺は社長だぞ?」
「……この馬鹿社長……」
「何だと?…聞こえたぞ?」
「何も言ってませんよ!…ボケたんじゃないですか?」
「この野郎……給料減らすぞ?」
「……この悪魔め……」
「だから、聞こえてるんだって!」
何だかんだと、騒がしい2人である。
本日大輔がやっている事は、簡易シャワーや簡易更衣室の設置である。ここからは、海を目的に客足が増えて来る。大変ではあるが、この準備は確かに必要な物である。
同じ時、伸介は会社に出勤していた。
「大槻、休み明けから調子いいな?」
「そうか?」
「有給休暇、良かったみたいだな?」
「確かに良かったな……なぁ、東京は海の匂いがしないと思わないか?」
「何言ってんだ?」
「いやいや、だってさぁ……東京には東京湾が有るだろう?…なのに、東京だと海の匂いがしないんだ。おかしいと思わないか?」
「大丈夫か?…海の匂いなんて、仕事に関係有るのか?」
「仕事に関係ないかもしれないけど……日本は周囲を海に囲まれてるのに、東京は海の匂いがしないなんて……」
「大槻……海の事はいいじゃないか……今は、この前の失敗を取り返す事が先決だ」
「……確かにそうかもしれないけど……」
「まぁ、心機一転頑張ろうぜ!」
伸介の同僚は、伸介の肩を叩いて自分のデスクに戻って行った。
「海か……」
伸介は呟き、仕事を始めた。
本日の謙二だが、特に客が来るという事はなかった。これから夏休み等が有り確かに海は賑わうのだが、7月に入ってからの話となる。今は本格的な夏に向けて準備といった状況である。
「謙二君、頑張ってるね!」
「春香ちゃん、社長が人使い荒いんすよ!」
「謙二、お前は一言多いんだよ……春香、どうしたんだ?」
「差し入れ!…アイス買って来たの!」
「流石春香ちゃん、折角だから休憩といきましょう!」
「お前が決めるな!」
「誰が決めても構わないでしょう?…これだから年寄りは……」
「だから、お前は一言多いんだよ!」
「まあまあまあ、とりあえず一緒に休憩しましょうよ!」
大輔と謙二は、春香の買って来たアイスを食べながら休憩を取った。
「明日から、客が来るからな」
「明日ですか?…まだまだ夏前ですよ?」
「別に、海が目的じゃない奴等も居るんだよ」
「ああ、いつもの人達だね?」
「そうなんだよ……今年も来るらしい」
「いつもの人達?」
「明日になれば分かるよ!」
「失礼のない様にな!」
「大丈夫ですよ社長!…俺を信用して下さい!」
「……お前だから信用出来ないんだよ……」
休憩の後も、謙二は本格的な夏の為に色々と準備していった。
夕方になり、夏海が学校から帰って来た。
「謙二君、ご苦労様!」
「おう……お前のお爺ちゃん、人使いが荒いよ……」
「文句言わないの!」
「謙二、若いんだからもう少し頑張れよ!」
「これ以上やらせるつもりですか?…安月給なのに……」
「何だと?」
「まあまあ、とりあえず休もうよ!…今日は私が夕飯作るからさ!」
「マジか?……胃薬も頼むな!」
「何だって謙二君?」
タクシーがブルー·マリンの駐車場に入って来た。タクシーから、荷物を持った伸介が手に紙を持って降りて来た。
「どうしたんだ?…伸介?」
「伸介さん、どうしたの?」
「ちょっとね……社長、これをお願いします」
伸介は手に持っていた紙を大輔に渡した。
「これ……履歴書じゃねぇか?」
「「履歴書?」」
「海の匂いが懐かしくなっちゃって……」
「まさかお前……」
「会社辞めちゃいました……俺も、夏を感じる所で働きたくなりました!」
「しかしお前……夏が終わったら……」
「その時は、また考えます。たまにはいいかなって思ったんですよ!」
「何だよ伸介、俺に憧れてたって言えばいいのに!」
「あんたねぇ……デリカシーのないあんたには憧れないよ!」
「……お前、株式会社ソニックって……」
「ソニック?……俺でも知ってる会社だぞ?」
「凄い!…大企業じゃない……伸介さん、勿体ないんじゃない?」
「部長にも言われたよ……将来は昇進して、もっと上の立場にってね」
「それだったら……」
「部長にも言ったんだけどさ……確かにこの先、会社を辞めた事は後悔するかもしれないけどさぁ……この選択をしなかったら、絶対に後悔すると思ったからね!…そして、この選択は絶対に後悔しない!」
「伸介……意外にお前も馬鹿だな?」
「うるせぇな!…海の匂いは蜜の味なんだよ!」
「……伸介、一緒に夏を感じるか?」
「そのつもりだよ!」
「お帰り、伸介さん!」
「……採用とは言ってないぞ?」
「社長、それはないでしょう?」
「お爺ちゃん?」
「うちには、謙二が居るだろう?」
「なら、謙二をクビにして俺を!」
「おい、伸介!…お前は……」
「お爺ちゃん!」
「……分かったよ……しっかり仕事して貰うからな!」
「はい!」
「やった~!」
「よし、伸介!…このまま海行くぞ!」
「おう、行こうぜ!」
2人は海に走り出した。
「待ってよ~、私も!」
夏海が後を追う。
「荷物を運べ!」
大輔は怒鳴ってから、ブルー·マリンに入って行った。
「参ったな~……馬鹿が2人に……」
大輔は右手で頭を掻いていたが、顔が少しにやけていた。
そろそろ本格的な夏がやって来そうである。
楽しい夏になりそう……