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デビルズゲート  作者: Rozeo
第1章 ソルジャー期
3/6

第二話「邂逅と決断」

遡る事丸三年ーー東京ーー。


「最後に言い残す事はないか夏南(かなん)よ」


俺はその者の名を口にした。我々悪魔は人の名前を聞かずとも知っている。そして魂を喰らうのだ。


これから何年寿命が残っていようと関係ない。俺は殺し、吸い取り、無に返す。溜まりに溜まった腹の中のドス黒いものを吐き出すかのように。俺はそうやって己の心のバランスを保ってきた。


学校の裏庭。人型の悪魔の俺は無論気付かれない。仮に悪魔だということがバレたとしても兵士(ソルジャー)を呼ばれる前に此処を立ち去るのは容易な事だ。


さあーー。恐れ慄け女子高生よ。


「アンタ、魔悪君でしょ」


ん?


何故コイツは俺の名を知っているんだ?まさかコイツも悪魔……いやそんな筈はない。だが名前は当たっている。


「……そうだ」


取り敢えず返事をした。見れば夏南は綺麗な顔立ちをしていた。目がクリクリっとしていて、細身である。だが関係ない。俺は……。


「アタシ、キミを待ってたの」


何を言っているんだコイツは……。


「アタシは未来が読める。キミは自分が思ってるほど悪い人じゃない。一緒に帰ろ?」


不意の言葉に俺は言葉を失った。まるで俺の過去まで知っているかのように、全てを見透かしたかのように、その眼は澄んでいた。


「あ、ああ……」


俺はあろう事か裏庭から離れ、グラウンドが一望出来る通路に出た。若干夏南がホッとしているかの様に見えたが、その顔は何処か満足気だった。


(未来が読める人間か……)


俺と夏南は校舎を出て、夕日が眩しい歩道を歩き始めた。若干数の車が行き来しているが、俺が通報される事はないだろう。


「怖いの?」


誰かと思えば夏南だった。此方に向き直り、目を合わせてくる。

俺は……。俺は悪魔だ。兵士(ソルジャー)如き、能力で吹き飛ばせるはずだ。だが過去の傷はいつ迄も消えない。全部アイツのせいで……。


「ン……」


夏南の唇が俺の唇を捉えていた。な……何なんだこの女は……。脳が溶けそうになる感覚を覚えた。傷だらけの心が癒えていく。


「はい、おしまい。今日はもう帰るね」


そう言って夏南はバスに飛び乗った。ブブーと音が鳴り、ドアが閉まる。俺は暫くの間立ち尽くしていた。

俺は魔悪。人型悪魔ーー。二十四歳。


ーー


次の日の放課後もやっぱり夏南は現れた。鞄を揺らしながらスキップしている。


「お前こそ悪魔である俺が怖くないのか?取ろうと思えばいつでもお前の魂を取れるのだぞ?」


「ぜーんぜん。全ての悪魔が性格悪いって訳じゃないでしょ?それに……試したかったの。悪魔の唇がどんなもんか。やっぱりフツーだね」


笑ってみせる夏南。薄く化粧をしているその笑顔は、何処か純真さを帯びていた。


その時、サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。気付かれたか。身長180センチの俺は女子高生と並ぶにはあまりに不自然な存在だった。

パトカーから降りた兵士(ソルジャー)は瀧澤左近という名だった。サングラスをかけており、腕には自信がありそうだ。


「逃げて魔悪!」


兵士(ソルジャー)の手にした銃を見て、思わず声を上げる夏南。だが俺は戦う。こんな所で逃げちゃ男が廃る。そんな気分に俺は陥っていた。


パトカーを超能力で宙に浮かばせ、兵士(ソルジャー)を下敷きにする。だが、相手の銃のトリガーを引く方が一歩早かった。俺は撃たれ、胸から血を流した。

だがこの程度で悪魔は死なない。対悪魔用に作られた銃の様だが、一撃で死ぬほど柔ではない。


(痛ってなーもう!)


掌の力を解いた。パトカーがガシャンと音を立てる。だが鎧姿の左近はあろう事か無傷だった。


野郎中々やりやがる。だが俺は負けねえ……!


スイッチの入った俺は時空を歪ませた。技名「ディメンションマジック」。左近の身体を真っ二つにする事すら可能だ。


「凄い……!」


夏南が驚きの声を上げている。


「ディメンションマジック」を使わなければならない相手はこれが初めてだ。この技は諸刃の剣。悪魔で在る自分の吸い取った魂を約十人分消費する。魂のストックが消えた時、悪魔は命を落とす。


緑色の光に包まれ視界の上半分が反転する。深い脱力感に苛まれている頃、左近は死んでいた。


「もう直ぐ応援のパトカーが来るわ。逃げましょ!」


夏南に手を引かれ、公園へと足を踏み入れる。

遊具の影に身を潜める俺は肩で息をしていた。


「あの技やっぱり使うの大変なんだ……」


「ああ……ディメンションマジック。諸刃の剣だ」


己の腕から魂が抜けていくのを感じた。これまで吸い取った魂は合わせて五十人。残り四回……。


いや何を言ってるんだ。これまで通り次から次へと人を襲えばいいじゃないか。

だが夏南のような人間もいる。その幼き顔に隠された覚悟に俺はまだ気付けていなかった。


ーー


次の日俺は学校に立ち寄るのを辞めた。

さよなら夏南。あの唇の感触は永遠に忘れないよ。


歩道をトボトボと歩いていると、前から話し声が聞こえてきた。顔を上げると夏南が両脇に女子を並べて歩いてくるところだった。


「まあ偶然」


と自身の口に手を当てる夏南。

彼氏?と両脇の女子が茶化すが「ちょっとね〜」と夏南は先に二人を帰らせた。


ほんとに偶然か?先が読める夏南はわざとこの時間帯に帰ったのではないか?そんな疑問を携えながらも、ベンチに腰を下ろした。


「昨日一日考えたんだけど、やっぱり魔悪は人間サイドに付くべきだと思うの。その方が気が楽でしょ?」


「確かにそうだが……」


そんな単純じゃない。俺は魂を必要としている。

それにしても夏南の隣だと安心する。それは確かだった。


兵士(ソルジャー)の本部に来てみない?」


「それって……」


悪魔と戦うって事か。俺は小さくため息をついた。

思えば悪魔大王には憎しみしかない。夏南側に付くべきなのか。


「……お前誰とでもキスするのか?」


言ってみた。返答次第では夏南を置いて去るだろう。


「どうかしら」


腕を組んでフンッと見せたかと思えば、其処には溢れんばかりの純粋な笑顔があった。


「もう行こ。遅くなっちゃうよ」


「本部に今からか?」


手を引かれて半ば強引に桜並木を歩き出す。

そうこれは夏南(ひと)魔悪(あくま)が織りなす少し変わった物語。


ーー


バスで都会に出た。町のビッグスクリーンには出没した悪魔のニュース。左近を殺したこの俺が受け入れられる可能性は低かった。


「やっぱり辞めとこう。俺は正真正銘の人型悪魔。人間に受け入れられる筈がない」


「それはどうかしら」


夏南はビルに設置されたスクリーンを指差した。

ーー相川兵藤。対悪魔の解説を取りなす彼は知る人ぞ知る変わり者である。

奴を信用?出来るはずない。俺を実験台にして身体を改造させられるかもしれない。


夏南も的外れな事言うんだなーー。

俺は手を頭の後ろで組み、スクリーンを眺めていたその時だった。


『儂は悪魔と手を組むべきだと思っとる。かなり先進的な考えじゃがの』


兵藤は確かにそう言った。テレビのリポーターまでもが「正気ですか!」と声を上げている。


『最新の研究で彼らの一部には良心を持つ者もいると噂されている。目には目を。倒せるのは奴らしかおらん』


兵士(ソルジャー)の開発にも力を入れている兵藤だが、もはやそれでは勝てないと考えたのか。いずれにせよ会ってみる価値はある、そう感じていた。


三十階建てのビルが兵士(ソルジャー)の本部。先日戦った左近も、このビルに専属していたに違いなかった。


東京ーー。俺はこの場所で夏南に会い、とんでもないものに巻き込まれかけている。


それにしても左近の強さは中々のものだった。行けば強さの秘密が解明するかもしれない。パトカーに押し潰されても無傷の人間は明らかに普通ではない。


東京の街並みを歩いていると人々の視線を感じた。どうやら俺が悪魔だと言うことを薄々感じ取っているらしい。今はスーツ姿だが、邪悪なオーラを警戒した人間が感知できる世の中で魂を吸い取るのは容易い様でリスクの伴う事だった。


兵士(ソルジャー)。対悪魔用に開発されたそれは三年間の間に蓄積された人間たちの怒りが生み出した人間兵器だったが、兵藤は更に悪魔を籠絡する事でこの戦いに終止符を打とうとしている。


着いた。兵士(ソルジャー)の本部。司令室は上の方の階にあるのだろう。兵藤も其処にいるはずだ。


「緊張するね」


夏南が兵藤に会いに来たと一階のエントランスで言う。セーラー服の彼女が言葉を発するのをキョロキョロ辺りを見回しながら聞いていたが、どうやら俺を兄として紹介しているらしい。


一応悪魔という事はまだ伏せてある。そして兵士(ソルジャー)に入隊したいという名目で中に通されたが、両脇には銃を持った警官が監視しているまま、エレベーターに乗せられた。


まさかこのまま上で殺されたりしないよな?ああもう夏南の前で臆病な考えは捨てよう。いざとなればディメンションで……。


俺は覚悟を決め最上階に通された。待っていた六十歳前後の老人が兵藤だった。普段は杖を付いているようだが今は司令室の椅子に腰掛けている。デビルズゲートが開いた三年前から突如頭角を現した研究者である。


「よく来たね。ン?君もしや悪魔かね」


「…………そうだ」


眼鏡に手を掛けながら言う兵藤に、俺は微かに頷いた。来るところまで来てしまった。いざとなれば戦うしかない。


「そうかそうか。我々に味方してくれるか。儂はその娘を信用してみる事にした」


俺ではなく夏南……まあ当然か。

司令室のソファに座らされ、兵士(ソルジャー)入隊の話が持ち出された。


「この間戦った兵士(ソルジャー)は只者じゃなかった。その強さの秘密を知りたい」


「ほう何故かな?」


兵藤は熱々の紅茶をカップに注ぎながら目を光らせた。


「俺はある悪魔と対立している。そいつを倒すには強さが必要だからだ」


本当の事を言った。昔から嘘や小細工はしない、と言うより苦手だった。それでも自身を非道に駆り立てたのはあの壮絶な過去があったからに他ならない。


「瀧澤左近の事かな?あやつは儂が造った最高傑作じゃ」


「……造った?」


夏南が紅茶を啜るのを辞めた。


「左様。あやつはクローンじゃ。対悪魔用の七つの武器全てを使いこなせたのは数ある兵士(ソルジャー)の中でも彼一人。おまけに『あの女』とは違って人間性も最適じゃ」


「クローンって事は他にも左近がいるのか?」


兵藤はニヤリと笑みを浮かべ隣の部屋から男を呼び寄せた。


昨日戦った左近。顔はそのまんまだった。


「元々身体能力の高かった左近に『パワードスーツ』と言う名の鎧を着させた。君ももし兵士(ソルジャー)への入隊が決まればスーツを差し上げよう」


俺はゴクリと唾を呑んだ。


兵士(ソルジャー)に入隊する……それは対悪魔用の武器や防具を手に入れる最も効率の良い手段。おまけに仲間も増える。


左近は黒いパワードスーツを着ていた。先の尖った対悪魔用の鎧である。


「夏南ちゃんだったかな。彼は信用できるタイプの悪魔なんだろうね?」


夏南は間髪入れずに頷いた。

俺が対悪魔戦で何かを取り戻す。夏南に導かれ俺はこの場所に赴いた。一昨日までの人間に対する非情な感情はずいぶん消えている。


だが問題は悪魔にとっての養分である魂を吸い取り辛くなる事。そこまで兵藤が上手く考えているとは思えない。


「……分かった」


言っていた。


「俺を兵士(ソルジャー)に入れてくれ」


対悪魔の日々。平安など保障されないが、俺は本気だった。


「そうか。では入隊試験だ。ランクB以上の悪魔を倒してこい。一体左近を貸す」


ランクB。命の保障は無かった。


「いいだろう」


立ち上がった。左近と目を合わせる。腰には銃と剣が備えてあった。


「夏南ちゃんもこの事は他言しないように」


兵藤は深く目を閉じ「武運を祈る」と言った。


これから戦いの日々が始まる。大きすぎる決断をした。だがこれもあの悪魔大王を倒す為。奪われ翻弄された過去を取り戻す為。


ソファに腰掛けた夏南が見つめてくる。


「行ってくる」


とだけ言い、俺はエレベーターに飛び乗る。

左近はサングラスを掛けた、三十代前半の大柄な男だった。背中にはガトリングガンが仕込んであるようで、心強い味方であると言えた。


さて、東京の街に出た俺たちは獲物の匂いを嗅ぎ分ける。今日からは悪魔族が獲物だ。


駆け出した。クローン左近も付いてくる。

獣型悪魔のオーラは遠く離れていても感知できる。同じ悪魔族である俺が為せる業だった。


「魔悪のダンナ、気配は確かなのかい?」


左近は筋肉質の日に焼けた腕を鳴らしながら言った。

俺は今もスーツ姿。いずれあの鎧を手に入れる。そう心に誓った俺は逃げ惑う人々とすれ違い、遂に対象である獣と対峙した。


ケルベロス。体長五メートルに及ぶそれに背筋が凍りそうになったのは大袈裟ではない。少なくともあの涎を垂らしながら徘徊する獣型悪魔は、黒い毛皮を身に纏いながら、大きな牙を剥き出しにしている。


だがーー。


「行くぞ左近!」


「はいよ!」


危険度Bランクのケルベロス。此奴を恐れていては悪魔大王は倒せない。俺は超能力を三頭犬に向けて放ち、宙に浮かせた。


「今だ狙い撃て!」


「分かってる!」


ガトリングガン。ズダダダ……ッと音を立てながら空中の標的に連射する左近。 


くっ!


重た過ぎるケルベロスの重量に耐えかねた俺は対象を後方へ吹き飛ばす事で超能力を解いた。


ディメンションは使わな……い!?


怒った血塗れのケルベロスが俺に向かって突進してきた。速い。俺は腕を噛まれた。激痛が伴う。


「てやっ!」と左近がすかさず剣で加勢に入る事でケルベロスは怯み、何とか距離を置くことが出来たが、既に戦意は失せかけていた。


「魔悪!」


見れば後ろに夏南がいた。そして俺と彼女以外時間が止まっている。剣で斬りつけられたケルベロスも、決死の攻撃を試みる左近も、完全に止まっている。


「今よ、魔悪。攻撃を」


俺は止まっている左近から剣をひったくり、心臓を思いっきり貫いた。戦闘は終わり、時間は再び動き出した。


「一体何が……」


左近は頭を押さえている。


夏南の仕業だろう。未来を読めたり、時間を止めたり、明らかに普通の人間ではなかった。


それにしても後を付けてきたとは。

俺は自身の膝に手を置きながら、ありがとう、と言った。


「魔悪の旦那、勝てばクローンである俺の武器と防具を受け渡す手筈となっている。返り血付いちゃってるが……受け取れ」


出来れば新品が良かったが、防具の生産にも限りがあるというわけか。何はともあれ、これで兵士(ソルジャー)の仲間入りを果たしたと言うわけだ。


「武器は七種類ある。どれがいいんだ?」


俺は少し悩んだ挙句、大剣を選んだ。

武器の基本的な扱い方を習うべく、俺たちは海辺を訪れた。


鎧を脱いだ左近の茶褐色の肉体が露わになった。


「何処からでもかかって来い」


頷き、二メートルの大剣を横に振るう。デモンズソード。獣型悪魔を素材に作られたそれは扱い方にコツがいる。避けられた俺はおっとっととバランスを崩した。


「フラフラしていては戦えんぞ」


「分かってる」


訓練は夕方まで続き、左近は本部へと帰っていった。


「ここよく来るんだよね」


砂浜に腰を下ろした俺に、夏南が話し始めた。

砂の感触を確かめるかのように徘徊する夏南。夕日はオレンジ色に輝いており、波の音は優しかった。


「何で剣にしたの?」


「近接武器の方が性に合ってる。それに……銃は弾がなくなったら終わりだろ?」


フフフンと笑みを浮かべる裸足の夏南を他所に、俺は海を眺めた。

そう言えばこの辺りはデビルズゲートが開いた場所。あのケルベロスも此処から……。


「ん?」


その時夏南の後方で何かが目に留まった。いや何かじゃない。あれはーー。



デビルズゲート



高さ三メートルの黒いゲートは鎖を解き放ち、今まさにギギギ……と開こうとしている。

ケルベロスを繰り出したのもコイツの仕業だ。

潜れば魔界に行ける。鎧を手にした今、悪魔大王への復讐のチャンスだ。


夏南を見た。

頷いている。魔界に行けば平安はない。それでも着いてくるというのか。


「アタシも戦う」


俺はゲートが再び閉じる前にと、迷う暇もないまま、彼女と共に海の中へと歩き始める。そして……俺たちはデビルズゲートを潜った。

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