正体
温室にて。
「本当にそんな強い奴がいたのか!? そりゃ闘いてえなぁ!」
「俺は二度とゴメンだね」
耕一郎の話に目を輝かせて食い付く漢野。
そう、話の種は元こはく島で耕一郎達が遭遇した謎の特色者の事だった。
「なんせあの麗紗が一方的にやられたんだからな。俺もだけど。一体何者なんだろうな」
「アイツが一方的か……スゲエな……師匠が本気出しても勝てねーんじゃねーの?」
「ムリムリ。勝てねーよあんなの」
耕一郎はひらひらと手を振って気怠げにそう言った。
だが漢野はより一層目を輝かせる。
「なら俺と一緒に鍛えようぜ師匠! そうすりゃソイツに勝てる!」
「やだよ今だりい……」
「師匠! 弟子を鍛えんのが師匠の役目だろぉ!?」
「お前が勝手に師匠扱いしてきたんだろうが!!!」
漢野は前に耕一郎の実力を読み取って無理矢理喧嘩を持ち掛け、その強さに感心して師匠扱いし、その後もたびたび温室に来ては耕一郎を庭に引きずり出していた。
耕一郎はいつも漢野に根負けさせられていた。
いい迷惑である。
「にしてもよ~! そんなおもしれ~事があんなら俺もこはく島ってのに行きたかったぜ! なんで言ってくんなかったんだよ~!」
「お前部外者だろ! ここの使用人じゃない癖に何言ってやがる!」
漢野が不満そうに言うと、耕一郎は即座にツッコミを入れる。
「じゃあいっそここの使用人になるか! アイツに頼んでくる!」
「おいちょっと待て! 麗紗は今琥珀とイチャついてる最中だ! 邪魔したらえげつない方法で殺されるぞ!」
「そ、そうか……なら後で行くぜ!」
「俺は圧死体とか処理したくねーからな! 本当に気を付けろよお前?」
漢野は耕一郎の言葉に従い、駆け出した足を止め戻ってくる。
耕一郎はふと前に屋敷に入ってきた空き巣の事を思い出した。
麗紗が退治したのだが、もちろんその空き巣は人間の形を留めておらず、さながらムンクの叫びのように骨格が押し歪められていた。
その芸術品を掃除したのは耕一郎だった。
「あの時は吐いたなあ……」
「やった事あんのかよ……まあそんな事より早く闘ってくれよ~」
「まだ言うのかよ!? ああ~じゃあ分かった分かった! 俺と同じ位強い奴を教えてやるから今はそれでいいか? 俺は今だりいんだよ」
「おお! まあそれでもいいぜ! どんな奴なんだ!?」
耕一郎はうっとうしい漢野を他の人間に押し付ける事にした。
「向こうの実験室に居る千歳は強いぞ。それにあいつはクソ優しいからある合言葉を言うだけで戦ってくれるぜ」
「へえ……確かにあの女強そうだもんな。で、その合言葉はなんだ?」
「『お前胸パッドだろ』。この一言で死ぬ程戦ってくれるだろうさ」
「おおそうか死ぬ程か! 合言葉まで用意するとはあの女も喧嘩好きなんだな! 行ってくる!」
「がんばれよ~!」
耕一郎は勢いよく走り出した漢野を見送った。
そしてニヤリとほくそ笑んだ。
「よし……これで最近やたら失礼なアイツに仕返しできるし漢野も戦えるな……さて寝るか」
耕一郎はそう独り言ちて自分の部屋に戻った。
*
*
*
「おーいあんた! 俺と戦ってくれ! 『お前胸パッドだろ』!」
「は? ……ふーん……いくらでも戦ってやるわッ!!!」
「おお! 本当だ!」
実験室に辿り着いた漢野はドアをノックしてそう言い放った。
すると千歳がガラリとドアを開け、漢野に薬餌式ドライヤー銃で炎を乱射する。
漢野は耕一郎の言う通りだったと炎を受け止める。
「どうせやるなら庭でやろうぜ! 来いよ!」
「いいわよ……そこが貴方の死に場所よ!」
「すげえ! こんなやる気満々な奴は初めてだ!」
漢野は千歳を戦場へと誘い出す。
千歳から放出される濃密な殺気に漢野は早くも高揚感を味わっていた。
そして二人は庭に出た。
庭の真ん中に立って、それぞれの戦闘態勢を取って向き合う。
「死ぬ覚悟はいいかしら?」
「いつでも出来てんぜ! 闘いの中ならな!」
「そう……死ねッ!」
千歳は銃をリロードし、引き金を引く。
漢野は宙に跳び上がり千歳に踵落としを放った。
炎が空を焦がし、豪脚が地面を抉る。
「これを避けるかぁ……いいなお前!」
「脳筋の男は嫌いよ……馬鹿だから」
「俺は馬鹿だが根性はあるぜ!」
冷たく言い放つ千歳に漢野はフックをお見舞いする。
だがその一撃はひらりと躱されてしまう。
「うおっ!?」
「根性……? ふーん、じゃあ実験してあげる。本当に根性あるのかどうか」
千歳は銃に別の白い弾を充填し、漢野に撃った。
白い弾丸が射線上でゲル状に広がり、漢野の体を包み込む。
「なっ……何だこりゃ!? 接着剤か!? 動けねえ!」
「確かあなたの能力って物理攻撃を食らうと身体能力が向上する能力だったわよね。だったら物理で攻めなければなければいいのよ」
接着剤の粘着力に身動きが取れない漢野の耳に、千歳は携帯のスピーカーをかざす。
そして彼女自身の耳に耳栓を付けて、再生した。
「私が魂を込めて作った曲、たっぷり聴いて頂戴♪」
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
漢野の耳に、不快音が、黒板を引っ搔いたような音のハーモニーが炸裂した。
「ああああああああああああ!!! 耳がああああああああああああ!!!」
「ふふっ、そうやって這いつくばってる方が可愛いわね♪ さて、あなたに聞きたい事があるの……」
「うう……何だぁ?」
千歳は不快音の再生を止め、漢野に聞く。
「あなたにあの事を吹き込んだのは誰?」
「え……? 合言葉の事か? 耕一郎から聞いたけどよ……」
「わかったわ、ありがとう」
千歳は満面の笑みでゲルから漢野を開放し、銃を充填しながら温室へと足を向けた。
そんな彼女を漢野が呼び止める。
「おい待てよ……勝負はまだ終わっ……」
「また私の曲聴いてくれるの? 嬉しいわね」
「……もっかい鍛え直してくるわ」
千歳の言葉に、漢野はあっさり身を引いた。
彼は千歳に対してあまりにも能力的に分が悪すぎた。
千歳は漢野にさっと背を向け、再び温室へと歩き出す。
だがその時、漢野はある事を思い出した。
「あ! 悪いちょっと待ってくれ! あんたに聞きてえ事があるんだ!」
「……何かしら?」
「お前もこはく島であの超強え特色者に会ったんだろ!? どんな奴だった!?」
「……何で知って……喋ったのねあのバカ……」
漢野の質問に、千歳は苦い顔をしてため息をついてから、こう答えた。
「とんでもなく強かったわよ。でも……多分あれは特色者ではないわ」
「あ? どういう事だ?」
漢野は千歳の言葉に首を傾げる。
そんな漢野に、彼女はさらにこう続けた。
「特色者を超越した何か……おそらく能力の根源的存在よ」




