海でーとその4
「お待たせしました~!」
「おお、意外と早かったね~」
麗紗が水色の丸い浮き輪を持って戻ってきた。
私は全身がまだ熱いのを必死に隠して言う。
「じゃ、泳ごっか」
「はい!」
浮き輪を海面に浮かべて嬉しそうにその中に入る麗紗。
「これで私も泳げます!」
「……ぷっ」
浮き輪でぷかぷかと浮かぶ麗紗の姿は、なんだか子供っぽくて可愛かった。私はそれがちょっと面白くて思わず噴き出してしまう。
すると麗紗はぷくっと顔を木の実を頬張るリスのように膨らませて言った。
「なんで笑うんですか琥珀先輩! 私が泳げないのがそんなにおかしいんですか!」
「あはは、ごめんごめん~。泳ご泳ご」
こういう所は普通の女の子なんだけどな~。
ていうか反応かわいいな。
さて……これでようやくまともに泳げるぞ~!
千歳の水着と麗紗のアレで泳げなかっ……。
「……泳ごう」
またさっきの感触がフラッシュバックするのを私は海に潜って無理矢理搔き消した。
少しでも油断すれば体が恥ずかしさで火照ってしまう。
どうしちゃったんだ私は……なんか変だ。
こうやって色々と考えちゃうのがいけないのかな……。
私は泳ぐのに集中を注ぐ事にした。
ちなみに私は一応クロールならできる。
なんで特色者で身体能力高いはずなのにクロールしかできないのかは謎だ。
たぶん練習してないからなんだろうけどね。
水をかいてどんどん前へ前へと進んでいく。
それにしても綺麗な海だ。だいぶ先まで見渡せる。
魚とかいないかな~。クラゲはいるけど。
そんな風に泳ぐのを楽しんでいると、突然体が持ち上げられ空中に浮かび上がった。
「うわっ!?」
「琥珀先輩! なんで私を置いていくんですかぁ! ひどいじゃないですか!」
麗紗が桃色の糸を出しながら涙目で私にそう言ってくる。
びっくりした……麗紗の糸だったのか。
ていうかこれくらいの事で涙目にならないで欲しい。ちょっと離れただけじゃん……。
「もう! 琥珀先輩のいじわる……!」
「いや別にいいじゃん……近くには居たわけだし……」
「近く!? どこがですか! さっきまで私と先輩の間に21メートル36センチ7ミリもの距離があったんですよ!? めちゃくちゃ遠いじゃないですか!」
「ミリ単位で把握してるのねえらいえらい」
「誤魔化さないで下さい! 私は先輩と離れている時間が狂おしい程つらいんですよ……だから二人きりの時は絶対に離れないでください……私の手の届かない所になんて行かないでください……私、つらくてつらくて世界を滅ぼすところだったんですよ? もし次に先輩が遠くに行ったら……私……わたし……あははははははははっ!」
「わああああああ! もうどこにも行かないから! 別の遊びしよ? ね?」
「ほんとですか!? 約束ですよ! 絶対に守って下さいね! で、なにをして遊びますか?」
私の言葉に笑顔を輝かせてそう言う麗紗。
……もしかして私墓穴掘った? この約束が有効なの島の中だけだよね?
まあ気にしないでおこう。考えてたらキリがない。
「耕一郎達が水鉄砲とか持ってきてない? 海の定番だし」
「あ~持って来てないですね。でも、私達なら水鉄砲が無くても能力で水を飛ばせますよ。それでやりませんか? ついでに能力も鍛えられますし」
「いいね。それやろ~」
「ふふ、じゃあ行きますよ!」
私が麗紗の提案に賛成した瞬間、麗紗は糸で大きな桃色の袋を形作り、それに水を入れて射出した。
消防車のホース並みの水量が、私に襲い掛かってくる。
こんなの水鉄砲じゃない! もはや大砲だよ!
私は大慌てで加速してその水流をかわす。
それにしても恋色紗織ってこんな事まで出来るのか……想像以上に応用が利く能力なのかもしれない。
ていうかあの袋何で水漏れしないんだ?
糸を傘の布みたいな性質に変えてるのかな?
千歳の薬といい能力って割となんでもありだな。
もしかしたら私の八重染琥珀もこんな感じの事が出来るのかもしれない。
ていうか何で私達はこんな物理学とかその他諸々を無視した力を使えるんだろう。
その根幹に一体何があるんだろう?
……って今はそんな事を考えてる場合じゃない。
私は水に八重染琥珀を注ぎ麗紗に撃った。
バケツをひっくり返したような量の水が高速で飛んでいく。
案外水でも制御できるな。
もう八重染琥珀のコントロールで悩む事は無さそうだ。
「水量が足りませんよ? えいっ!」
「うん、知ってた」
しかし私が撃った水は麗紗の大砲によってあっさり打ち消されてしまった。
大砲から放たれた水がまた私を狙ってくる。
それを見越していた私はそれを加速で避ける。
うん……。
これ水鉄砲遊びじゃない……!
ただの能力戦だ!
「まだまだ行きますよ琥珀先輩! ほらほらほらぁ~!」
「うわあああああああ! 水量が殺しに来てる! 殺しに来てるってぇ!」
麗紗が満面の笑みで袋をぎゅっと絞り、水を乱射する。
まるでナイアガラの滝みたいだ。
私はその圧倒的な水量の前になすすべもなくただ逃げる事しかできなかった。
力が違いすぎる!
「ハアッ……ハアッ……逃げ回る琥珀先輩かわいい……」
「お願い変な世界の扉開かないで――ごぶっ!」
なぜかおかしな性癖に目覚めた麗紗は余計に水の勢いを強めた。
その結果私は水の餌食となってしまう。
あまりの勢いに私の身体は宙に舞い、海の中に落とされてしまった。
ただでさえオーバーキルな水をさらに強くしてどうする!
麗紗の性癖は元々おかしいからしょうがないとして。
私はすぐさま立ち上がって麗紗の水を避ける用意をする。
「こはくせんぱぁぁぁぁぁぁぁい! わたしの手の届かない所に行かないでって言ったじゃないですかぁぁぁぁ!!!」
「私をぶっ飛ばしたのは麗紗だよ!」
すると水ではなく麗紗が飛んできた。
頭のネジ全部抜けてるの?
困惑する私に麗紗はいつもの圧を出して言う。
「今私猛烈な孤独感に襲われましたよ先輩! 胸が張り裂けて死ぬ程痛かったです! どうしてそんなに私と離れようとするんですか先輩……? 私の事が嫌いになったんですか? 私の顔を見ただけで虫唾が走るようになったんですか? 私の姿を見ただけで胃の中のモノを全部吐き出すようになったんですか? 私の声を聴いただけで耳が腐るようになったんですか? 私の名前を聞いただけで悪寒がするようになったんですか? 私の何がいけなかったんですか? 答えてください先輩。どこでも変えてみせますから」
「そういう事を平気で言っちゃう所を直してほしいかな」
「……分かりました! では口を切りますね!」
「……これで頭冷やしなさい!」
「ぷあっ!?」
私は糸を出そうとする麗紗の顔に八重染琥珀で大量の水を発射した。
よし、これでお互い一発ずつだな。
威力が全然違うけどね!
「うう……ひどいですよ先輩……私はただ悪い所を直そうとしただけなのに……」
「頼むから普通でいて……? お願い……」
しょげる麗紗に、私は心の底からそう言った。




