反動
翌日。
私は放課後麗紗の屋敷へと向かった。
八重染琥珀をあれだけ使ったのは初めてだったな。
その所為かめちゃくちゃ体が重い。
まあ私はその位で済んだんだけど……。
「どうぞ琥珀先輩……入って下さい」
「凍牙は……」
「まだ起きないんですよ……息は安定してるらしいんですけど……」
凍牙は一晩経っても眠ったままだった。
千歳曰く、やっぱり能力の反動らしい。
あれだけの力を出したんだ。無理もない。
私は凍牙が寝かせられている研究室に入った。
研究室なのは何か不測の事態が起こっても対応出来るようにする為らしい。
「あ、いらっしゃい琥珀ちゃん」
「よう。遅かったじゃねーか」
「おい俺の台詞取るんじゃねーよこの野郎。ていうか誰だお前」
「どうも……」
部屋には千歳と漢野、耕一郎も居て、部屋の真ん中のベッドに寝かされている凍牙を見守っていた。
心配してるのは皆一緒らしい。
「まだ起きない、か……」
「無理し過ぎたのよ。全身ボロボロになってるわ」
凍牙は静かに眠り続けている。
それにしても、あの“峠”は何者だったんだろう。
本当に謎が多いな……起きた時は凍牙になるのか、それとも……。
「はあ……このバカ弟子……あんな事があるんなら最初っから麗紗に頼めば秒で片付いただろうに……無茶しやがって……」
「……一人でケジメ付けたかったんだろ。こいつはそういう奴だ」
「だとしてもよ……」
ため息をつきながらそう言う耕一郎に、漢野がぽつりと返す。
コイツがこんな事を言うとは……意外と人を見てきているのかもしれない。
「立場とか気にしなくていいっていつも言ってるのに……早く起きてよ……ねえ……起きてさっさと体直してご飯作りなさいよ……作るの大変なんだから……」
麗紗が凍牙の傍に立って言う。
……部下を心配するあたりやっぱり優しいんだなこの子。
私がそう少し感動していると。
「かしこまりました。お任せ下さい!」
「わっ! 起きた! 遅かったじゃない! もっと早く起きなさいよ!」
「も、申し訳ございません……」
凍牙の目がぱちっと開き、明るく麗紗の命令に答えた。主人からの命令で起きるとは……すごく凍牙らしいな。
でも良かった……!
「そうだぜ凍牙。怪我ってのは一晩で治すもんなんだよ。この俺みたいにな!」
「あ、あなたは! 無事だったんですね!」
「へっ、あんなん怪我の内にも入らねえぜ!」
一番酷い怪我だった漢野が凍牙に言う。
ていうかコイツも能力大分使った筈なのに薬使ったとはいえ一瞬で意識取り戻すあたりめっちゃタフだな。
流石ド根性、とんでもない。
「凄いですね……」
「そうよ。この人を見習いなさい凍牙。あなたより酷い状態だったのに今こうして平然と歩いてるんだから。人間辞めてるわよ」
「いやあそんな事無いぜ~」
「照れる所ではないような……って酷い状態? 私が?」
「そうよ」
「え?」
漢野に突っ込みつつも凍牙は千歳の言葉に首を傾げる。
すると次の瞬間。
「ぎゃあああああああああ!!! 痛い痛い痛い!」
「ああ~まだ動いちゃ駄目よ。あなたこの人と違って貧弱なんだから」
「いやこの人がおかしいんですよ! 死ぬ程痛むんですが!」
凍牙は痛みに悲鳴を上げた。
えっ……漢野どんだけ痛みに強いんだよ……。
「というかさっきから思ってるんだけどよ……何でコイツ普通にこの場に溶け込んでんだよ! マジで一体誰なんだよ! 新人なのか!?」
「ああ、彼は琥珀さんの仲間で……」
「漢野力也だ。よろしくなオッサン」
「そうか……琥珀お前……ちゃんと友達選べよ……」
「いや友達って訳じゃないけど……」
「え? 違うんですか琥珀さん?」
「……そんなひどい……」
私から友達認定されていない事にショックを受けた漢野は膝を抱えて床に蹲った。
いや私からすればどこでどう友達認定されたのか知りたい。
麗紗といい何で私の周りにはかまってちゃんが集まってくるんだ。
「それよりさ……今あなたは“凍牙”なの? “峠”じゃないよね……」
「ああ、今は私、“凍牙”ですよ。あの狂った人格は不安定なのでこの眼帯を外した時以外は眠っているんです」
「へえ……そうなんだ……じゃあ何かの拍子で眼帯取れたらヤバいんじゃ……」
「いやいや! 今までそういう事は無かったので大丈夫ですよ!」
「あ……」
「フラグが立ったわね」
千歳の言う通り、今思いっきり旗が立てかけられてしまった。
またビルが壊れるなんて事になったら……。
どうか回収されませんように……。
私がそう祈っていると、麗紗が私の手を取って言った。
「それじゃあ凍牙も回復した事ですし、一緒に遊びましょうよ琥珀先輩♪」
「え……いやそれは流石に酷いんじゃ……ってちょっとちょっと!」
「うふふ……すごく楽しみですね琥珀先輩……だって随分久し振りじゃないですか、先輩が私と遊ぶのは」
「えっ!? いや三日前くらいに遊んだような……」
「ほら! 三日も遊んでないじゃないですか!」
凍牙の存在が頭から完全に消えている麗紗は、鬼の首を取ったようにそう言った。
三日も……うん……三日もね……。
さっきちょっと感動した私が馬鹿だった……。
麗紗はニッコリと圧の籠った笑みを浮かべて続ける。
「そうやって私を放置するなんて許しませんよ? 四六時中、永遠に一緒に居られないと私死にますから……ね? 先輩。今日はたっぷり遊びましょう?」
「ウン……ソウダネ……」
「それでいいんです。それが正解なんです。それが真理なんですよあはははははっ!」
そうして私は麗紗に彼女の部屋へと連れて行かれた。
「……いくら何でも酷いですよお嬢様……」
「元気出せよ……後でナスビやるから……」
「いりません……」
背後でもう一人部屋で膝を抱える男が増えたのを感じ取りながら……。




