恋の始まり
今回は普段より大分長くなっております。
失礼致します。
「おいおいおい! お前の力はそんなもんか!? ガッカリだぜぇ、もっと強いかと思っ―――」
「今だ!」
「のわっ!?」
私は八重染琥珀で河原の砂や石を撒き散らした。
さっき地面に転がされた時どさくさに紛れて石とか砂に触っておいたのさ!
挨拶とか言ってあいつが砂埃撒いた時は平気だったみたいだけど、不意打ちでこれをやられたら流石に効くんじゃないかな?
「うっ……目があ……見えねえぜこん畜生……!」
「必殺……八重染琥珀……チャージ!!!」
そして八重染琥珀の力を溜め込んでおいた石を漢野に投げた。
石はまるで彗星のように光り、漢野に直撃した。
私の八重染琥珀は時間を掛けさえすれば重ねてエネルギーを与える事が出来る。
つまり今の一撃は今までの八重染琥珀の威力とは段違いだという事だ。技名も付けたし。
え? 必殺技とかお前の方が厨二病なんじゃないかって? な、何の事ですか?
それを食らった漢野は川の向こう岸まで弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……やれば出来んじゃねーか……でもまだまだ……俺はこの程度じゃ倒されねえ……もっと力を見せてみやがれ!」
「これでも倒せないか……」
漢野はよろけながらも立ち上がってそう叫んでみせた。
まだ戦う気があるらしい。しぶとい奴だ。
「なら見せてあげるよ!」
八重染琥珀で重ねて加速させた石を右手で漢野に投げる。
さっきのように目に追えない速さで飛ぶ石をなんと漢野は素手で殴って方向を逸らした。
身体はもうボロボロの筈なのに……ド根性馬鹿力って名前はアホらしいけど能力は凄いな。
「へっ……もっとドンドンこいやぁ! お前の投げるヤツ全部ホームランにしてやるからよぉ!」
「何だよその台詞! いつから野球始めたんだよアンタは!」
私は漢野の台詞にそうツッコミを入れてまた右手で加速を加えに加えた石を投げた。
漢野はそれをパンチで弾き飛ばす。まだ威力が足りないか……。少なくとも音速は超えてる筈なんだけどね。
私は今までのよりも更に八重染琥珀を掛けた石を右手で漢野に投げる。それでも漢野は拳一つで防いでしまう。
私はもっと加速を入れた石を右手で漢野に放つ。漢野がまた叩き落す。そんな激しい攻防がしばらく続いた。
その競り合いをピタリと止めたのは漢野だった。
「お前……さっきから思ってたんだが……何で右手しか使ってないんだ?」
「…………」
「お前さては……左手で力溜めてるだろ?」
「あちゃ~バレたか……そうだよ! 食らえっ!!!」
私は左手にずっと隠し持って力を籠めていた石を撃った。それはまるで隕石のように眩い光を放って漢野に激突する。
「うおおおおおおおおおおお!! すげえよ……すげえよお前……! こんな強ええのは初めてだ!」
漢野は両手を前に突き出して石を抑えている。太陽のような光が辺りを焦がす。あまりの威力に漢野はじわじわと後退させられている。
よし……今度こそ行けそうだ……!
「ていうか眩しすぎて何も見えねえぞ……すげえなこれっ……うおおおおおおおおおお! でもまだまだ……! まだまだ上がるぜぇ! へへっ……俺のド根性の勝ちぐばぁ!」
「隙あり……!」
漢野が隕石を頑張って押し返している所を私は横から勢いをつけた石を投げた。
残念、本命はこっちでした~。
漢野は突然の不意打ちに反応できる訳もなく気絶してパタリと倒れた。最後まで本当に痛々しい奴だったな。もうやだこんな奴と関わるの。
石は上空に上がって見えなくなった。建物に当たらなくて良かった……。
「そんな……兄貴が倒されるなんて……」
「兄貴ィ! しっかり!」
「あっそうだあんた達……」
「「ヒィッ!!!」」
漢野に駆け寄る取り巻き二人に私が声を掛けると二人は蛇に睨まれたカエルのような顔になった。そんなに私が怖いか。
「す……すいません闘いとか調子こいた事言っちゃって……本当に反省してます……」
「僕達本当はビビりな少年なんです……どうか許してください……」
「……私はこの子が助けられればそれでいい。あなた達が何かしない限り私は何もしないよ。あと出来ればコイツが私の前に二度と出て来ないようにして」
「「はいぃっ!! 善処します!」」
「よし、許す」
「「あ、ありがとうございまぁす! それでは!」」
「す、すごい……」
私の言葉に取り巻き二人はそう言って漢野を抱え逃げていった。一年生は茫然と走り去る漢野達の姿を見てぽつりとそんな事を言う。今のは普通の会話だったと思うんだけど……。
あ、このままじゃ警察にあいつ等を引き渡せない。
しまった。やっちゃった……。
そんな風に私が後悔していると、パトカーのサイレンと警察官の声が聞こえてきた。
『そこの三人! 止まりなさい!』
「「げっ! 見つかった!」」
『待てーーー!』
良かった。間に合ったみたいだ。
私は警察の催涙弾の音を聞いてほっと胸を撫で下ろしたのだった。
*
*
*
その後私と一年生はきちんと警察に事情を説明し、警察署を出た。一年生の証言で正当防衛がちゃんと認められたから良かった。ちょっとやりすぎたかと思ったけど相手が相手なだけに警察官も許してくれたんだろう。
「あの……助けて下さり本当にありがとうございました!」
「いやいや別にいいよ。気にしないで」
「そんな! あなたは命の恩人ですよ! 何かお礼をさせて下さい!」
「お礼とかはいいよ。私これから用事があるからこれで……」
「待って下さい! せめてお名前だけでも……!」
「名乗るような名は無いよ……! それじゃ!」
私は礼を言ってくる一年生にそう言って八重染琥珀の加速で素早くその場を立ち去った。ヒーロー気取りとは……フッ、私らしくない事をしてしまった。
でもこの時の私は思ってもいなかった。
これが恐怖の幕開けだったって事を……。
*
*
*
琥珀が一年生こと桜月麗紗の下を立ち去った後。
彼女は帰路を辿りながら心に渦巻く未知の感情に困惑していた。
「何だろうこの気持ち……あの人の事を考えるだけで胸がドキドキする……嬉しい時の気持ちに似てるけどちょっと違うような不思議な気持ち……これってもしかして……恋なの?」
琥珀は図らずも麗紗の心を撃ち抜いていた。だが恋に落ちる展開としてはあまりにも王道で理想形。
麗紗が琥珀に性別の壁を越えて恋の病に罹ったのも、恋という常識が通用しない存在の前では性別など些細な壁に過ぎない。
「でも気のせいかもしれないし……私が女の人を好きになるなんてあるのかな……いやでもこのドキドキは……う~ん……」
麗紗の考えは中々纏まらなかった。恋は盲目とよく言ったものだ。そんな麗紗の目の前に、立ちふさがる一人の男が居た。
「よ~お。久しぶりだな。元気か? 俺は元気ビンビンだ! 何せあいつの攻撃のおかげで今の俺はベストコンディションだからな! サツから逃げんのも楽勝だったぜぇ!」
そう、あの喧嘩至上主義の漢野だ。琥珀の攻撃から目を覚ました彼は警察署の天井を貫き、空高く飛び上がって警察を振り切り、目視でいとも早く麗紗を発見したのだ。
麗紗はそんな漢野をただ呆然と見つめた。
「さあ、さっきは邪魔が入ったが……俺と闘ろうぜ!」
「ねえ……恋って、何?」
「知らねえよそんな事ァ! 闘るつってんだよ!」
漢野が麗紗に向けて拳を振るう。
「“恋色紗織”」
しかし、その拳は麗紗が一言そう呟くだけで止められていた。
(何だ……? 止められた? 何に?)
漢野は何が起きたのか分からず恐る恐る己の拳を見ると、ハートを形作った桜色の糸が結ばれていた。その糸は麗紗の体から伸びている。
(やべえ……何だよこの糸……いつの間に巻き付けられたんだ!?)
漢野は戦慄した。
この糸に巻き付けられた時、全く気付けなかった事に。
(つまりこの糸は俺の目に追えない速度で腕に絡みついたって訳か!? しかもあっさりと本気の、しかも絶好調の俺のパンチを抑えてか!? どうなってやがる!? コイツまさか……)
愕然とする漢野に麗紗が声を掛ける。
「ねえ。いいから教えてよ。ねえ」
「へっ……もう勝った気でいやがるのかよ!? まだ勝負は終わって―――」
漢野が少し調子を取り戻して麗紗に仕掛けようとしたその時、彼はようやく気付いた。
自分の体が、動かないという事に。
「な……何だよ……これ……」
漢野が恐怖に戦慄いていると。
麗紗はそんな彼に痺れを切らしたのか、彼の腹を一切情け容赦無く殴りつけた。
漢野の強化された腹に傷一つない白い手が突き刺さる。
「がふっ!」
「ねえ、さっきから何で教えてくれないの? ねえ、何で!? 何でよ!?」
「がっ、ぐぇ、ぎぃ……」
麗紗はそう怒りのままに彼の身体を痛めつける。漢野の肉と骨がミシリと悲鳴を上げた。
口からは血が滴り落ちている。
「もうやめろ……分かった、分かったから止めてくれ……」
「は? 何が分かった、よ? いいから教えてって言ってるのよ私は!」
「あぐっ……! ごえっ……」
「うわっ……汚いじゃない!」
あまりの激しい殴打に漢野は胃の中の物を全て吐き出してしまう。麗紗は顔をしかめながら吐瀉物を躱した。
(この女……! 壊れてやがる! もう何を言っても無駄だ……)
漢野は自分の最期を感じ取っていた。
自分はここでこの女に殺される、と。
だが違った。神は最後の最後で彼に味方した。
「はあ……もう良いわ。耕一郎達に聞くしかないわね……」
麗紗は漢野を問い詰めるのを止め、興味が尽きたとばかりに彼の下を去っていった。
(何だよあの女……やべえ……完全に喧嘩を売る相手を間違えた……)
漢野は麗紗が去った方向を怯えながら見つめる他無かった。