ド根性VS安定その2
「ここならどうだ?」
「屋上か……いいな!」
漢野と天衣の二人は支社の屋上に来ていた。
屋上の端で四方を囲むフェンスはさながら格闘場のリングのようだった。
「こんな所で闘うのは初めてだ。面白え! さっさと始めようぜ!」
「やれやれ……最近の若者はどうも血の気が多くて困るね……まあいい。かかって来なさい」
拳をポキポキと鳴らしながらもそう言う漢野に、天衣は冷めた表情で手招きをした。
それと同時に天衣は漢野の急速な身体能力向上の仕組みを調べようとしていた。
(先程は何故奴の身体能力があそこまで上昇したんだ……? 何か条件がある筈だ……それを知らなければ……)
「へへ……ならお言葉に甘えて挨拶と行かせてもらうぜ! でも先に言っとくぜ、今日の俺は最っ高のコンディションだ! 根性見せろよ! “ド根性馬鹿力”ッ!」
漢野は右のジャブを天衣に撃つ。
天衣はひらりと残像を残しつつその一撃を躱す。
(確かさっきはこんな風に避けたんだったな)
天衣の能力、“コンフォートウィンク”はウィンクをすると一日の間だけ記憶を保持した状態で時を何度でも自由に巻き戻す事が出来る能力だ。
朝起きた時まで時間を巻き戻すという事も、ほんの数秒前まで巻き戻すという事も可能だ。時間を巻き戻して巻き戻す前と違う行動を取れば当然未来が変わる。
故に変えたい事実以外はあまり変更しない方が本人の望んだ未来に行着きやすい。
「おお……! こんなに速い奴は初めてだ!」
「お褒めに預かり光栄だよ」
称賛する漢野に天衣は棒読みでそう返す。
そんな天衣との温度差を一切気にする事なく漢野は天衣に無数の拳を放っていく。
「ま、すぐに追い付いてやるよオラオラオラァ!」
「ふん……」
(これも前回と同じだ。出来事のズレは起こっていないようだな)
天衣の思惑通りその拳は全て天衣の虚像を打つだけに止まった。そうして天衣はなるべく出来事を変更しないようにほぼ同じ行動を取りながら、その時を待った。
「オラァ!」
「何度やろうと結果は同じだ」
天衣はそう言い放って残像を見せながら避けようとした。
「っ!?」
「言ったろ、今日の俺は最っ高のコンディションだってな!」
漢野の拳が、残像ではなく本物の天衣をしっかりと捉えていた。天衣は先程とは一味違う彼のパンチを受け止めざるを得なかった。
(ここだ……! 奴の力が跳ね上がったのは……!)
天衣はここが初めて漢野の身体能力が向上したタイミングだと見当を付けた。
(ここからは違う行動を取るとしよう。今回は情報収集に徹する。攻撃や刺激をなるべく与えないようにして奴の能力を観察するのだ……!)
天衣はそう考え、反撃はせずに漢野の拳を受け流した。反撃が来ると踏んでいた漢野は天衣にこう言ってラッシュを掛ける。
「……おうどうした? 様子見かぁ!? そんな暇はねえぜ!」
「ふん……」
天衣は漢野のパンチを全て防ぎ、分析する。
(攻撃回数や時間経過で威力が上がるという訳ではないようだな……私の力を吸収している訳でもない……それなのに能力レベル8程度からレベル9程度にまで上がってきている……本当に条件は何なんだ? それともただ単に本気を出していないだけなのか……)
身体強化型は傍から見ると能力の仕組みが非常に分かりにくい。放出型や具現発動型とは違い身体強化型は体の内部で作用する為だ。
(あまり深く考えるよりも攻撃のパターンを覚えた方がいいのかも知れないな……一旦戻すとするかな……)
「おいおいおいおい。何で本気を出さねえんだ? もしかしてそんなに俺の能力が知りたいのか? 仕方ねえなあ~……教えてやるよ!」
「……なっ!? 何だと!?」
漢野はあくびをしながら攻撃の手を止め、天衣に能力の仕組みを明かした。
「俺の能力は“ド根性馬鹿力”。己が傷付けば傷付く程力が上がる能力だ。バラしたのはもちろんてめえを困らせてやる為さ!」
「……そういう事か……巻き戻れ、“コンフォートウィンク”」
漢野の説明に天衣は納得し、この世界の時空にウィンクをした。
すると時が二人が屋上に来た時間に巻き戻される。
「ここならどうだ?」
「屋上か……いいな!」
「ここが貴様の墓場だ。安らかに眠るがいい」
「何!?」
天衣は漢野に何かをさせる隙を与えず全力で彼の顎に跳び蹴りを放った。
漢野の“ド根性馬鹿力”の唯一の弱点、それは強大な一撃で攻撃をされる事。
つまり麗紗のような完全に格上の相手には“ド根性馬鹿力”は通用しないのだ。
識英天衣もまた然り。
もっとも、普通の能力なら自分より強い相手に勝てる要素は無いのに、“ド根性馬鹿力”は多少自分より強い相手でも勝ててしまうという時点で他の能力とは一線を画す力である事は確かなのだが。
漢野の顎に天衣の爪先がめり込み、漢野は声も無く倒れた。
「勝負あったな。私の勝ちだ」
「……不意打ちした上に勝利宣言とはやってくれるじゃねえかよ!!!」
「な、何ぃ!?」
だが漢野はまたしてもすぐに立ち上がって天衣に拳を振るった。
天衣は慌てて拳を受け止める。
「何故だ……本気を出した筈なのに……何故お前は倒れない! まあそんな事はどうでもいい……攻撃のパターンを覚えるとしよう。“コンフォートウィンク”」
「何だぁ!?」
時が再び逆流する。
「ぐあっ!?」
「オラオラどんどん行くぜ!? なんせ今日の俺は最っ高のコンディションなんだからな! オラオラオラァ!」
「ぐああああっ!? がああっ!? うがあっ!?」
漢野は次々と天衣にパンチ、肘鉄、膝蹴りを入れていく。先程とは打って変わって漢野が天衣を圧倒している。天衣は漢野の怒涛の連撃にフェンスまで吹き飛ばされた。
「がっ……! うぐっ……!」
「さて、シメといくぜ!」
「……大体、攻撃の隙と癖は分かった。“コンフォートウィンク”」
漢野の攻撃パターンを覚えた天衣はこれで良いだろうと考え、能力を発動させる。
またも時計の針が逆戻りする。
「へへ……ならお言葉に甘えて挨拶と行かせてもらうぜ! “ド根性馬鹿力”ッ!」
「そこだっ!」
「ごふっ……!」
突っ込んできた漢野の鳩尾に天衣の爪先が入った。
普通の人間ならばここで終わっているが、漢野にとっては大した事は無い。
漢野はすぐに体勢を立て直し突きを放とうとするが、その攻撃を読んでいた天衣にそれを防がれ、眉間に裏拳を打ち込まれてしまった。
「がっ!!」
「いくら頑丈な君でも……急所を狙われ続けたらどうだろうね?」
「ああっ……ぐうっ……!」
天衣にとって今の漢野はゲームで言う所の攻略法が完全に判明している状態のボスキャラ。弱点を突き続ける事がいとも簡単に出来てしまうのだ。
「何だお前……何かの武術でもやってんのか……?」
「一応、護身術は一通りね」
「……だからってどうって事ねーけどな!」
漢野はそう言って天衣に飛び膝蹴りを撃った。しかし天衣はその攻撃も前回で既に見ていた。来る事が分かっている攻撃と分かっていない攻撃とでは反応速度に雲泥の差が生じる。
漢野の“ド根性馬鹿力”によって攻撃のスピードが増したとしてもその差が天衣の反応速度に大きな働きをもたらす。天衣はまた漢野の攻撃をひらりと躱し、喉仏に正拳突きを喰らわせた。
先程天衣を圧倒していた時の状態の漢野だというのに。
「ごあっ! がはっ、がはっ……!」
「喧嘩遊びもここまでだ。ほらっ! ほらっ! ほらっ!」
「おぐっ……!」
喉を抑えて苦しむ漢野に天衣は更に急所を狙って追い打ちを掛ける。天衣のそのもはや死体蹴りとも言える攻撃に漢野は大量の血を吐いて倒れた。
骨が何か所も折れている。
だが漢野はそんな状態でも手をついて立ち上がろうとする。
天衣は漢野の胸倉を掴み持ち上げて言った。
「これだけやってまだ息があるとは。往生際の悪さもここまで来ると称賛に値する」
「ふざ……けんじゃねえ……!」
「君は逃げる、という言葉を知らないのか? 三十六計逃げるに如かず、兵法の基本だぞ。いい加減諦めろぉっ!!」
「うるせえ……俺だって分かってんだよ……お前がバカみてえに強ええってのは……でもな、俺は絶対に諦めねえ! 何回倒されようが、何度でもド根性で立ち上がってやるよ! 俺はずっと、それで勝ってきたんだ! それでダチを守ってきたんだッ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「な、何なんだ貴様!? その体力は一体何処から……!」
漢野は根性で立ち上がり、身体中を紅く光輝かせながら突きを撃った。余波で疾風が巻き起こる。
天災と呼ぶに相応しい力で放たれたその拳は、天衣の肋骨をいとも容易く打ち砕いてしまった。
「がはああああああああああああああああっ!!! こ、この力はあっ……! “コンフォートウィンク”」
天衣はこれは不味いとまた時間を巻き戻す。
そして何度も、何度もそれを繰り返し、漢野を叩きのめした。しかし、天衣がどんな行動を取っても漢野は確実に天衣に届いてくる。
(何故だっ……何故なんだっ……! 何なんだ、この男はっ……!)




