日常
色々な事がありすぎた先週は過ぎ――。
その翌週の月曜日。
私は教室の自分の机で突っ伏してぼーっとしていた。
「疲れた……」
麗紗のスイーツパーティーの時は表に出さなかったし推しを家に帰ってから眺め続けたのとスイーツで大分回復はしたけど今の私は絶賛SAN値不足だ。(あ、SAN値っていうのは正気度の事ね)
そりゃああんなもの延々と見せ続けられたらSAN値はいくつあっても足りない。なんとか突破できたから良かったけどね……。
あの時は推しが力を貸してくれたからな……本当にありがとうストーム……。
「おはよ~。また疲れてるのー? 大丈夫?」
「あ、優紀おはよ。ちょっと色々あってね……」
「また何かあったのね……」
私がSAN値不足で悩んでいる所に優紀が教室に入ってきた。優紀は私の話にくすくすと笑いながら鞄を下ろす。私の先週の恐怖体験は笑って済まされるような内容じゃないけどね!
「あ、そうだ。私昨日カニ娘でスベスベマンジュウガニ当てたよ」
「はあっ!? あの渋いガチャで……?」
「うん。私運いいも~ん」
「クソがーーーっ! 私この前のガチャ全部サワガニとワタリガニだったのにっ!」
「へっへ~ん♪ でも琥珀一番強いタカアシガニ持ってるじゃん~」
「そういう問題じゃないんだよ! 当てたいじゃん!? それにタカアシガニも相手によっては普通に負けるし!」
優紀がドヤ顔でカニ娘の神引きを自慢してくる。こいつ引き運いいんだよなぁ~ムカつくわ~。
カニ娘は今一番流行っているソシャゲだ。
ざっくり言うと蟹の擬人化の女の子を水槽で育てて相撲大会に出場させて優勝させるゲーム。
何故蟹と相撲なのかと言うと製作者が蟹の喧嘩を見て相撲みたいだと思ったからだそうだ。
意味が分からないけどまあ可愛い女の子がほぼ下着のようなあられもない姿で相撲を取り合っている様は素晴らしいから細かい事は別にいいよね! というアレだ。
私はこのゲームをやりながら改めて日本の文化は凄いと思った。
擬人化は日本の文化の神髄なのさ……。
そんな風に私達がたわいもない話をしていると、黒萌が教室に駆け込んできた。
「はあーっ! 危なっ! ギリギリじゃん!」
息を切らしながら時計を見て遅刻しなかった事に安心する黒萌。
……そう言えば麗紗と和解したからすっかり忘れてたけどあの子も問い詰めないといけないんだった。 麗紗に私の個人情報を渡したのは間違いなくあの子だ。放置は出来ない。
「おっと、あとちょっとで先生来るよ」
「ん? ああごめん優紀」
優紀が私にそう声を掛けられる。
ああ……これじゃ今すぐには黒萌に聞けない……。
次の休み時間絶対に聞かないと……。
私はバタバタと椅子に座る黒萌を見ながらそう決意した。
*
*
*
一時間目の授業を聞き流しながらも終え、休み時間に入った。
私は即座に立ち上がり黒萌の机に向かおうとするとなんと黒萌の方から私の所にやって来た。何やら申し訳なさそうな表情だ。
どういう事なんだ……?
「弥栄……話があるんだけど……ちょっと来てくれない?」
「ああ……いいよ……」
「(また告白されるんだね琥珀……)」
黒萌の思惑が分からず困惑しながらも玄関の下駄箱の所まで階段で降りる。
「ここなら今の時間は多分誰も来ないはずよ……で、その……話なんだけど……」
「ああ」
黒萌の話を纏めるとこうだ。
自分が情報屋をやっている事。
“悟りのスピカ”という情報収集の能力を持っている事。
麗紗から私を調べろと依頼が来て引き受けてしまった事。
誘拐された事を知り助けようとしたが麗紗に先回りされていた事などだ。
そして黒萌は続けて私に謝った。
「私だって……クラスメイトの情報は渡さないでおこうかなって思ったんだけど……同じ学校だしそんなに警戒する必要無いと思って情報を渡しちゃったの……今思えば軽い考えだったわ……ごめんなさい」
「うん、私はそれで一回地獄を見てるからね? 本当に反省してよ? 私があの子にどんな恐ろしい目に遭わせられたかあなたに教えてあげてもいいよ?」
「ひいいっ……! 本当にごめんなさいごめんなさい……! 私もあの子があんな化け物だとは思ってなかったの! お願い許して! 今後私の情報屋無料で使っていいから! 何でもするから! ごめんなさい!」
私が縮こまる黒萌に圧を掛けると黒萌はさらに謝りだした。
ん? 今何でもするって……。
まあこの辺にしておこう。何か可哀想だし反省はしてるっぽいし。
「いや冗談だ……いや本当だけど別に反省してるんならそれでいいから……無事に脱出できた訳だし」
「弥栄……ありがとう……本当にこれからいつでも黒萌情報屋を無料で使っていいから……どんな情報でも手に入れられて見せるわよ」
「え!? マジで!? 本当にいいの? やった~! じゃあ何かあったら頼らせてね」
「うんっ!」
黒萌がそんな気前の良い事を言ってくれる。
でもこの子の不手際で私は誘拐された訳だしこれ位はあってもいいのかもしれない。
「あとさ……一つ聞きたいんだけど、どうやってあいつから逃げ切ったの?」
「それは……」
そりゃ気になるだろうな。
私は事の顛末をグロい所以外全部黒萌に話した。
「なるほどね……それなら脱出出来る、か……わざわざ教えてくれてありがとう」
「いやいやこれ位はいいよ全然……でも黒萌、あなた能力で調べられるんじゃ……」
「私依頼と自己防衛以外には能力を使わないようにしてるの。能力的に恨み買いそうで怖いしね」
「なるほど……そこはちゃんとしてるんだ……あっ、ってもう時間ヤバい!」
「ああっ! 急いで戻らなきゃ!」
私達は慌てて教室へと戻った。
何はともあれこれで黒萌は大丈夫だろう。
それどころか味方になったな。何か情報が必要になったらこの子に頼もう。
私は問題が一つ片付いてほっとした。
でも教室に戻った後優紀がなぜか「なんて言われたの? ねえねえ? なんて言われたの? ねえねえ?」とかニヤニヤしながら聞いてきたけどあれは何だったんだろう。不思議。
 




