遭遇
「熊に襲われてもちゃんと時間通りに登校する私……優秀!」
私は二年六組の教室のドアを開けながらそう呟く。こういう事の積み重ねが人生を変えるのさ! 速さは文化の神髄って言うじゃない。
そんな品行方正な私はお淑やかに窓側の自分の席に座る。
何かクラスメイトの皆さんが「動物園の熊が逃げ出したってよ!」「えっ普通にやばくね?」みたいな会話を繰り広げてるけど気にしない。
「おはよ琥珀。今日は珍しく遅かったね。もしかして熊にでも会っちゃった?」
「いっ……いや全然……そそそそんな事ないよ……」
「どうしたの急にカタコトになって……まさか本当に熊に会っちゃったの琥珀?」
隣の席の友達、相葉優紀が挨拶と一緒にそんな事を言ってきた。私がその熊を討伐しましたなんて言える訳がない。
因みに優紀は特色者じゃない。普通の黒髪の可愛い子だ。
そんな子が疑いの目で私を見てくる。無駄に勘の良い奴だ……。私はとりあえず誤魔化す為に話題を変えた。
「いや何でもない。あっそうだ、動物園のチケットいる?」
「今の流れで!? まあ……くれるんなら誰かと行くけど……」
「一枚500円ね」
「しかも金取るの!? 定価よりちょっと安いけどさ!」
「じゃあタダでいいや。あげる」
「そう……結局タダでくれるのね。ありがとう……ってこれってまさか琥珀!」
私は優紀にチケットをあげた。多分これが一番いい使い道だろう。一万円貰ったしやっぱメルメルで売らなくてもいいや。
めんどくさいし。
この一万円を推し事に使おうとは思わないけど。
だって何か汚れてそうで嫌じゃん? 買い食いにでも使おう。
優紀が「琥珀あなた熊倒したの!? このチケットはそのお礼なの!? ねえ!? どういう事!?」とか言ってきてる気がするけど今は心を無にしよう。
そんな風にゆったり過ごしているとHR開始のチャイムが鳴った。担任の山田花子先生が教室に入ってきた。とんだテンプレな名前だ。まさか実在するとは。
若い先生なだけにインパクトが凄い。学級委員の号令で挨拶が行われ、先生からの情報伝達の時間になる。
「えー今日は伝える事が何個かあります。まず一つ目ね。朝のニュースで動物園の熊が脱走したっていうのを見た人もいると思いますけどさっき速報で無事に捕獲されたっていうのが入ってきたのでこの件はもう大丈夫です~」
「「「良かった~」」」
「!?」
うわあいつじゃん……あっぶね吹き出しそうになったわ。
「じ~っ」
「どうしたのそんなに私の事見つめて? 別に私じゃないってば~」
「ホントに? 何か怪しいんだよな……」
優紀が何故か私の方をじっと見てくる。何なんだろうね……。
まあ可愛いから良し! ……いや別に私は女の子が好きとかじゃないけどね。
「えっと次に。これは特色者限定の話になるんだけど、最近特色者に決闘を挑んでくる特色者が出没してるらしいから二人は気を付けるようにね」
「は、はい」
「分かりましたぁ~」
いきなり特色者の話になったから驚いた。私のクラスには私以外に特色者がもう一人いる。
名前は黒萌みるり。
見た目は紫色の髪をツインテールにしたロリ。顔は可愛いけど何か生意気そうだ。
黄色と緑の大きな目を輝かせて返事をする黒萌。接点が無くてあんまり話したことが無いから能力は知らない。能力をひけらかす特色者も居るけど黒萌は違うみたいだ。
髪の色と目からして能力はなんか凄そう。大体漫画とかラノベでもロリは強キャラと相場が決まっているし。ロリっていうか合法ロリだけどね。
ていうか決闘を挑んでくるって何だよ。アホな奴も居るもんだ。
「これで伝達事項は以上です。授業の準備をして下さい」
そんなこんなで先生がそう言ってHRは終わった。
「ねえ優紀、次の授業何?」
「数学だよ」
「うわっそうだっためんどくさ……ああもうやだ数学……」
「私は好きだよ数学。矢場センセイが何を壊すか楽しみだもん」
「数学関係ないじゃん……ていうかあの破壊神よくクビにされないよね」
「この前は教卓壊して……その前は黒板消しだったよね」
「もはや教師じゃなくただのゴリラだよ」
「あはは! 琥珀、先生に向かってそれはひどいって〜」
「ゴリラ力強いし頭も良いからからいいじゃん。私は褒めてるんだよ」
優紀は私の言葉またひどーいと言ってげらげらと笑った。さては少しもひどいとか思ってないなコイツ。
そんなたわいもない会話をしながら私達は数学の準備をした。
*
*
*
「は~あ。やっと昼休みだよ……」
「月曜日ほんとダルいよね~。パン買いに行こーよ琥珀~」
「いいよ」
長~い午前中の授業が終わって私は優紀と一緒に購買にパンを買いに行った。元気のいい男子なんかは授業が終わったら直ぐに教室を飛び出して購買に走っていく。
昔は能力を使う奴もいた。そういう奴等は先生に即捕まっていたけど。だから八重染琥珀を使う訳にはいかない。少しでも調整を間違えたら人が死ぬし。
どうせ今から走った所で間に合わないので私達はのんびり購買に向かう。
「焼きそばパン残ってるといいなあ」
「まあ多分残ってるでしょ。カレーパンとかの方が人気だし」
と、そんな風に呑気に歩いていると前方に曲がり角が。
今朝は曲がり角で熊に遭遇したんだよな……。次はヤンキーとかだったら私は逃げる。
そう思いながら曲がり角を通ると……。
「きゃっ!?」
「おっと」
何と女の子がぶつかってきた。良かったヤンキーとかじゃなくて……。
それにしても可愛い女の子だ。
髪はピンク色のショートヘア。紫と青のオッドアイ。少しあどけなさが残っている整った顔。多分背の低さからして一年生だろう。こんな子居たんだな。私は帰宅部なので殆ど後輩と接点が無いのだ。
「あっ……ごめんなさいごめんなさい! ぶつかってしまって……痛かったですよね?」
「いや全然大丈夫だよ。君こそ大丈夫?」
「私は大丈夫ですよ……すみません……それでは」
そう言ってその子は走り去っていった。なんか遠慮がちな子だったなあ。特徴的な見た目だし何かの作品のヒロインに居そうだ。
「今の子……」
「ん? どうしたの優紀? さっきの子と知り合い?」
「いや別に……あの子の目……」
「あの子の目がどうかした? 珍しいけどさ」
「ごめん何でもないや。パン買いに行こ~」
「そう……」
頼む、最後まで言ってくれ。気になるやろがい!
黒萌といいあのオッドアイが何の秘密を抱えてるんだよ!
そんな風に内心モヤモヤしつつも購買に向かった。
明日の夜8時に次話を投稿します!