本音
唐突に語られる設定④
特色者はレベルが上がるにつれ素の身体能力も上がる。
生命力や免疫力なども向上する。
「ここからやっと出られるのか……それにしても何か嫌な雰囲気だなここ……」
私はもう一つの温室の中を通りながら出口へと向かっていた。
こっちの温室は黒いバラとか紫色のチューリップとか暗い色の花しかない。
綺麗ではあるんだけど……何だかなあ……。
まあでも……。
「これでやっとここから出られる! やった~!」
その後麗紗ちゃんに色々言わなきゃいけないけど、それでもとりあえず出られるのは嬉しい。
家に帰ったらとりあえず推しを見て回復だな!
そう心に決めながら扉から外に出ようとしたその時。
扉が、独りでにキイ……と開いた。
えっ……さっきのおっさんか? でも三国志読むって言っていたような……。
いや、まさか。
そんな筈は……。
あの子が帰って来るとしたら絶対玄関からの筈なんだ。仮に帰って来ていたとしてもわざわざここからは入らないだろう。
私は頭の中で無い筈の選択肢を必死で否定した。
違う違う違う違う違う違う……!
ありえない。あの子がここに居る訳がない。
そしてその扉から出てきたのは。
――麗紗ちゃんだった。
麗紗ちゃんは私の顔を見ると少し驚いた表情をし、飛び抜けて明るい笑顔を浮かべて狂喜乱舞した。
「せ、先輩!? どうしてここに!? ま、まさか私が先輩を驚かそうとこっちの出口から帰って来ようとしたのをそのテレパシーを感じ取って私の帰りを出迎えてくれたんですか!? きゃ~っ! 私今すっごく嬉しいです! 繋がりを感じます! 運命を感じます!」
な、何を言ってるのこの子は……。
それに行動の意味が分からない。
私を驚かそうとしてこの出口から入ってきた? 一体何がしたかったんだ?
麗紗ちゃんは思考停止する私の事などお構いなしにきゃぴきゃぴと笑いながらこう言った。
「うふふっ……私達って本当に運命の赤い糸で結ばれてますよね! いや、運命というのも超えていますね! 必然ですっ! 私と先輩が結ばれるのは確定事項なんですっ! そうですよね、先輩!」
「ひっ……」
怖い……っ!
好きでもない相手からここまで恋人扱いされるのは想像を遥かに超えて怖かった。足が竦んで動けない。口は震えるだけで言葉が出ない。
怯えて何も出来ない。私は今ただ恐怖に震えるだけの子羊だった。
「さ~て先輩、私先輩と約束しましたよね? たくさん愛し合いましょうって。もう我慢しなくていいんですよ? 私だって……もう我慢なんて出来ませんからぁっーーー!」
麗紗ちゃんが私に飛び付こうとしてくる。
……もう、何でもいい。
好きにして。勝手にして。
何をされてもどうだっていい。
どうせ、逃げられないんだ。
そうやって、何もかも諦めようとした私の脳内に、ふと凍牙と千歳の言葉が響いた。
『どうかお願いします……お嬢様と……あの子と逃げずに話をして頂けないでしょうか』
『あの子と話し合う事になったら……難しいとは思うけど怖がらずに本音をぶつけなさいよ。その方が伝わるわ』
私はその瞬間、はっと我に返って八重染琥珀で飛び付いてくる麗紗ちゃんを躱した。
そうだ……怖がっている場合じゃない……!
私はここに来てから何の為に戦ってきたんだ!
何の為に、自分よりもずっと強い相手を捻じ伏せて来たんだ!
麗紗ちゃんの呪縛から自分を解放する為に戦ってきたんじゃ無かったのか!
怯えてる暇なんてない。
私はまだ、この子と話し合ってすらいない。
まずはそれをしないといけない。ただそれだけの事だ!
私は避けられてぽかんとしている麗紗ちゃんの目を見てはっきりとこう言った。
「ねえ……麗紗ちゃん。私がいつ君の恋人になったのかな。私そんな事一言も言ってないし君の事はただの後輩としか思ってないよ。何でそう思ったの? 第一私告白の返事もしてないのに。いつそう思い込んじゃったの?」
「えっ……」
私の言葉に唖然として顔から笑みを消す麗紗ちゃん。
「何を言ってるんですか先輩? 私と先輩の仲じゃないですか……。あっ、すみませんでした! 冗談で―――」
「冗談じゃない! 私はふざけて言ってるんじゃない! さっさとここから出せ!」
言った。
言ってやった。
私の本音を。
心臓がばくばくと鳴ってるけど知った事じゃない。
ここまで言えば誰だって分かる筈―――。
麗紗ちゃんは打ちひしがれた表情を浮かべて涙を零しながら私に言った。
「先輩ごめんなさい……私が間違っていました……運命なんて無かったんです必然も無かったんです愛も無かったんです! 何もかも……無かったんです。全部私だけが見てた幻だったんです! 全部私の早とちりだったんです! また私は間違ってしまったんです……! 先輩……本当にすみませんでした……でも……でも……もし叶うのでしたら私の告白の返事を聞かせて下さい。今の私は幻じゃなく、ちゃんと現実を見ますから」
「……やっと、分かってくれたんだね」
凍牙と千歳が言っていた事はやっぱり正しかった。
この子だって普通の女の子だ。
私が、ちゃんと言葉にして自分の本音を伝えていなかったからこうなってしまっただけなんだ。
これからも、きちんと本音を言っていかないと。
私は麗紗ちゃんの告白の返事を―――。
「いえ、すみませんでした先輩。やっぱり私ったら現実が見えていませんでしたね。すみません。返事なんか聞かなくても結果は分かりきってる……。先輩は私を拒絶するに決まってるっ! こんな間違いを犯した……死んでも償い切れない事をした私に返事なんかいらない! こんなクズで愚かで不細工で不器用で弱者で狂人で怪物な私が先輩の慈悲を受け取る権利なんて無い! 無いのよ私! 現実を見なさいよ! あああああぁああああぁあああああああ!!!」
「ちょ……ちょっと麗紗ちゃん……?」
自分を強く責めて嘆き狂う麗紗ちゃんに、私は戸惑った。
何でこの子はここまで自分を責めるんだ……?
なんで……!?
分かってくれたんじゃ……!
麗紗ちゃんはふと叫ぶのを止め、私に笑って言う。
「先輩……本当にすみませんでした……私はどうお詫びすればいいのか……どう贖えばいいのか分かりません。だから……っ」
麗紗ちゃんは温室のどこからか鉈を取り出して続けた。
「愚かな私なりの最上のお詫びとして、私が苦しみ続けている所を今から先輩にお見せしようと思います。あと、恐れながら最後に一つだけ言わせて下さい。私、一つだけ間違っていませんでした。先輩という最高の人を、好きになった事です。それでは私のお詫びをたくさん受け取って下さいね! あはっ、はははっ、はは、はははははははっ!」
「いや……やめて!」
私が止めるのも虚しく麗紗ちゃんは自分の手首に鉈を振り下ろした――。




