千歳の実験その1
「あの野郎……何がお嬢様に怒られるから、だ!」
私はまたあの隠し通路を通りながら凍牙に対してムカついていた。
凍牙の奴……私が氷の事を聞いたら……。
「氷ですか? 仮にここで私を殺してもしっかりと残りますよ? あと出入り口の扉の氷を解いたら私がお嬢様に叱られてしまいますのでそこの氷は解きませんよ。お逃げになるのでしたら隠し通路を行って下さい。そちらは氷で塞いでいませんし落とし穴に気を付ければ安全です」
とかほざきやがった。
負けた上に冷蔵庫と壁の間に挟まってる奴が能力は解かないぞとか言うんじゃねーよ! 私勝ったじゃん!
まあでもある程度情報はくれたから良しとしよう。隠し通路の地図も渡してきたし。これで落とし穴は大丈夫だ。
体はボロボロだけどね!
そんな事を思いながら隠し通路を歩いていると、白い扉が見えてきた。
「あそこが出口だな……」
私はようやくここから出られるんだ……! と逸る気持ちを抑えながらその扉を開けた。
そこには曇りなき大空が……!
という事はなく、謎の実験室のような部屋に出た。
「何だここ……」
部屋の壁は白一色でそれなりにスペースがあり、不思議な色の薬品が入ったビーカーや試験管が並んだ棚、何に使うのかも分からない機械、資料がぎっしりと詰まった棚などが置かれていた。
部屋の一番奥の机で白衣を着た白髪の女性が何か熱心にパソコンに入力している。どこもきちんと整理されていて非常に清潔に保たれているという印象。
本当に何でこの屋敷にこんな実験室が? と疑問に思っていると、部屋の奥の女の人が私に気付き、作業を止めてこちらに近付いてきてこう言った。
「あっ、私のラボへようこそ先輩。えっと名前は琥珀ちゃんだっけ。麗紗ちゃんから話はたくさん聞いてるよ。私は吉祥千歳。ちーちゃんか千歳って呼んでね。よろしく!」
「あ……どうも。こちらこそよろしくお願いします千歳さん」
「あら敬語なんて使わなくていいわよ。呼び捨てでいいわ。その代わり私も琥珀ちゃんって呼ぶから~」
「えっ……じゃあ……こちらこそよろしく千歳」
「ええ、琥珀ちゃん♪」
やたらフレンドリーに接してくるその人に、私は困惑した。
千歳と名乗ったそのお姉さんは、女の私も少し緊張してしまう程美人だった。顔立ちは凛々しく整っており、綺麗な丸く大きい赤い瞳を湛えている。
白い髪がゆったりと波を打っていて、どこか幻想的にも見えた。
出過ぎず足りなすぎず引き締まった体はまるでモデルのようだ。
歳は20代前半くらい?
髪の色からしてこの人も特色者だろう。こんな所で何を実験しているのかは分からないけど、顔からして喋り方は軽いけど頭は良さそうに見える。
一体何者なんだ、この千歳って人は。
何を考えて私にこんな対応をしているんだ……?
「でさ、琥珀ちゃん。あなたは麗紗ちゃんに熱烈に愛されて困ってるでしょ?」
「もちろん死ぬほど困ってます」
千歳のその問いかけに私は即答した。
本当に困ってるんです。本当に。一刻も早くここを出て推しに会いたいです。千歳は私の返事にうんうんと頷いてこう続ける。
「だよね~。私も麗紗ちゃんが早く正気に戻って欲しいわ。使用人兼友達としてあの子が犯罪者になんてなって欲しくないもん」
「もしかして千歳は凍牙みたいにあの子を止めたいの?」
「そうよ」
私がそう聞くと千歳は即座に言った。
凍牙の奴はあくまで任務に忠実みたいな所はあったけどこの人ならもしかしたら味方になってくれるかもしれない。
「でも、あの子と長年一緒に居た私としてはちょっとは報われてほしいって思うのよね~」
「ええ……」
「あの子、あなたはもう知ってるだろうけど桜月財閥の御令嬢じゃない? だから苦労も多かったのよ。能力が暴走したって話は凍牙から聞いた?」
「一応ちょっとは聞いたけど……」
「麗紗ちゃんの能力……恋色紗織って言うんだけど、それがあまりに強力すぎて暴走しちゃってね……甚大な被害が出た所為であの子の親がこんなの育てられないって麗紗ちゃんを屋敷とお金と使用人だけ渡して自分達の家から追い出したの。殆ど見捨てたようなものね。……それが、あの子が小学一年生の時だったのよ」
「嘘でしょ……」
千歳の話に私は言葉を失った。
麗紗ちゃんは小学一年生の時に親に追い出されて、散々嫉妬もされて生きてきたのか。今までずっと。
あの子がああなったのも無理もないかもしれない。
「それにね、麗紗ちゃんはあなたを射止める為にとんでもない努力をしてたの。その内容は秘密だから言わないけど、普通の人には到底出来ない量の努力をあの子はあなたの為に平然とやってのけたのよ」
「でも……やり方が完全に間違ってるでしょ……」
「それは当然分かってるわ。だから私としてはあの子には正しいやり方で琥珀ちゃんに恋をしてほしいって思ってるわ」
「……それでどうするつもりなの?」
「琥珀ちゃん、あなたに協力してあげる。いや、協力させてくれないかしら?」
千歳は私の目を見てそう頼んできた。
その目はとても綺麗に見えた。




