高潔な闘い
「へへっ……いつも通りだぜ! やっぱ喧嘩はこうじゃねーとなぁ!」
身体の限界。
それこそが漢野のベストコンディション。
漢野はさらに力を漲らせ跳び上がり、ナルミーユに殴り掛かった。
「オラァ!」
「来ると思いましたぞ!」
ナルミーユは翼で自らの体を覆い漢野の拳を受け止め、体を捻って尻尾を振り回した。
「ぬんっ!」
漢野は両腕でガードし尻尾を受け止める。
今度は弾き飛ばされることなく防ぎ切った。
「力が増幅しているようですな……素晴らしい! こちらもそれに応えましょうぞ! “才”――! “爪”! “賢者”! “推進機構”!」
ナルミーユは能力をさらに重ね掛けする。
手から鋭い爪が、背中にバイクの排気用パイプのようなものが生える。
「また能力を……! 重ね掛けに上限は無いのかしら……? だとしたら……!」
「また面白そうなのを生やしやがったなぁ! 来いッ!」
漢野は拳に力を溜め、ナルミーユを迎え撃とうとする。
「加速!」
ナルミーユは背中のパイプから炎を噴き出し自身を加速させた。風を切りながら彗星の如きスピードで漢野に迫る。
漢野はナルミーユが激突する瞬間に拳を放った。
ナルミーユの爪と、漢野の拳が鍔競り合う。
「ぐっ……! 重てえ……!」
「そうでしょうな……それがしに限界などないのですぞ!」
「それは俺も同じだッ! おらあああああああああああ!!!」
漢野の体にどんどん力が漲っていき、じりじりとナルミーユの爪を押し返していく。
「さすがは我が敵……! ですがそれがしにはまだまだ奥の手がありますぞ……! “賢者”!」
ナルミーユは後退させられつつも使っていない性質、“賢者”を発動させる。
ナルミーユの脳が活性化し、IQが10倍に跳ね上がる。
(リキヤの能力はそれがしと同じように自身を次々と強化できる類の能力……! 強くなる条件はおそらく闘いを続けることか、自身の体を限界まで動かすことか、相手の攻撃を受ける続けることのいずれか……!
どの能力にせよ闘いが長引けば付与する隙が無くなりこちらが不利になる可能性がありますぞ……! ここは迅速に決めるしかないでしょうな……!)
この結論を出すのに掛かった時間はおよそ0.0001秒。
ナルミーユは漢野の拳を受け流し、加速して漢野の真上を取る。
「どわっ!?」
「そして真正面から迎え撃つのは愚策……! この隙に力を増幅させる……! “才”――! “鷹”! “大砲”! “蜘蛛”!」
ナルミーユの瞳が鷹の目に、右腕が大砲に、両足が蜘蛛に変化する。
「おおどんどん変わるなぁ! 飽きねえから助かるぜぇ!」
「それがしもここまで面白い闘いは初めてですぞ……! ですがこれで決着となるでしょう……とおっ!」
ナルミーユは獣耳と鷹の目で漢野の拳が来る方向を察知して躱し、蜘蛛の足で跳躍した。
「は、速いっ!?」
その跳躍に翼と加速が重なり誰も追い切れない速度となる。
ナルミーユは跳躍を繰り返し漢野を攪乱しながら、鷹の目で大砲の狙いを定める。
「ここですな」
砲口に白い光が凝縮し、膨大な熱量を孕む。
そして蜘蛛の糸を漢野に巻き付けて動きを封じた。
「ぐっ!? う、動けねえ……!」
「行きますぞ……! 今こそ、決着の時……!」
ナルミーユが大砲に手を添え、白い光を放つ。
白い光は光線となって周囲の空気ごと漢野を焼き払った。
災害が起きたかのような衝撃が辺りに走る。
千歳は吹き飛ばされそうになりながらも必死に立つ。
「うっ……! 眩しい……っ!」
「くっ……はあああああああああああああああ!!!」
ナルミーユは翼をできるだけ大きく広げ、パイプの噴出を全力で行い大砲の反動を抑える。
しかしそれでもナルミーユは後退させられてしまう。大砲の威力が桁外れであることを物語っていた。
「はあっ……はあっ……やはりこの力はとんだじゃじゃ馬ですな……!」
ナルミーユは息を切らしながら“大砲”の性質を解除する。
「か、漢野ちゃん……?」
光が止むと、黒焦げになった漢野が右の拳を突き出した姿勢のまま立っていた。
その拳はプルプルと震えている。
「まだ……だ……! 決着は着いてねえぞ……ッ!」
弱々しい、生まれたての小鹿のような足取りでナルミーユに近付く漢野。
「バカッ! 死にたいの!? これ以上はあなたの命が……!」
千歳は漢野の前まで走って叫び、薬を口の中に突っ込んだ。そんな千歳に、漢野は薬を吐き出してから言う。
「喧嘩で死ぬのが、オレが望んだ最期だ……!」
「……何言ってるのよ! 冗談じゃないわ! あなたは
ここで死ぬべきじゃないの! 私達を置いていかないで!」
千歳は漢野の肩を掴んで、涙をぽろぽろと零しながら言う。その言葉に、漢野は笑って答える。
「……んなこた分かってる。でもよ千歳……ここでお前の薬を飲んじまったらあいつに合わせる顔がねえ。フェアじゃなくなるからな……」
「……全然分かってないじゃない! それじゃあ死ぬって言ってるのと何も変わらないわよ!」
「平等に喧嘩出来ねえんなら、死んだ方がマシだ……!」
「……っ!」
漢野は、憤りのような感情を顔に浮かべて叫んだ。
千歳は漢野の揺るぎない信念に少し言葉を詰まらせるが。
「……それでも私はあなたに死なれて欲しくない! たとえあなたが私を嫌いになったとしても私はあなたを助ける……! それが出来ないなら死んだ方がマシよ」
「お前……っ!」
千歳は自らも心を曲げない事を決意した。
注射器を取り出し、漢野の肌に刺そうとする。
「でも俺は……っ! 俺は……っ!」
漢野は注射器を縋るように振り払おうとする。
「……いい仲間を持ちましたな。リキヤ」
「……なっ!?」
それを静かに見守っていたナルミーユが、おもむろに口を開いた。
「薬を使いなされ。その程度で我らの闘いが穢れることはありませぬ」
「で、でも……」
「それがしにも、その薬とやらを打てばよいのですぞ。さすれば、お互い、条件は変わりませぬ」
「お、お前……!」
漢野は目を見開いて、ナルミーユの言葉に驚く。
「闘いの中で死ねるのは本望……ですがそなたのような強者がむやみに命を散らすのはあまりに惜しい。仲間がいるのであれば尚の事。
あれを食らっても立ち上がるそなたの根性は素晴らしくはありますがな……勇敢なのと無謀なのは違いますぞ」
「……そうか。悪かった。すまねえ千歳。俺が間違ってたぜ」
「別にいいのよ。もっと早く気付いてほしかったけど」
漢野は過ちを認め千歳に深々と謝った。
千歳はほっとしたような笑みを浮かべてそう言った。
「それじゃあ、これを飲みなさい」
「ああ……ありがとよ」
「はい、あなたの分。宇宙人が飲んでも平気かどうかは分からないけど……」
「かたじけない。それがしは大丈夫ですぞ。地球の方々の性質を付与すればよいのです」
千歳が二人に薬を渡すと、二人は即座に薬を服用した。二人の体が、一瞬で癒える。
不完全な状態で。
「ん? まだ体が超痛えぞ? これくらいどうってことねーけど……千歳の薬なら……」
「完治しちゃったら漢野ちゃんの能力が発動しなくなっちゃうじゃない。命に関わらない程度に効力を下げさせてもらったわ。あの人に渡したのも同じ効力の薬だから安心して頂戴」
「……やっぱし俺は、いい仲間を持ったなぁ!」
「それなのに死のうとしたお馬鹿さんは誰かしらね?」
感動を噛みしめる漢野に千歳は冷ややかに言った。
漢野はうなだれて千歳に謝る。
「……悪かったって。ごめんよ」
「冗談よ。分かってくれればいいの」
「さあ、そろそろ闘いを再開してもよろしいかな?」
「ああ……」
ナルミーユの問いに漢野はそう答えて。
「今度は、全力で行かせてもらうぜ。俺の仲間と一緒にな! “ド根性皆力”!!!」
体に、赤い火花を走らせた。




