おみ足
「何よここ……瞬間移動でもさせられたの?」
真乃は見覚えのない目の前に広がる白一色の部屋に困惑する。
「あん……? ここどこだよ……?」
「何でアンタもいるのよ!? ふざけんじゃないわよ!」
「ごふっ!?」
その隣には、同じく状況が掴めていない耕一郎が立っていた。
真乃はそんな彼の腹に前蹴りを打ち込んだ。
耕一郎は腹を押さえて床に倒れる。
「おい……いきなり何しやがる……!」
「アンタがそこにいて存在が邪魔だったからよ。消えて」
「お前なあ……なんでそんなに俺の事が嫌いなんだよ……仲良くしようぜ? 同じ使用人なんだか――」
「はっ」
なだめようとする耕一郎を鼻で笑い、腹に再び蹴りを入れる真乃。
「ごあっ! てめえいい加減にしやがれ! 俺が何をしたって言うんだよ! これ以上は暴行罪で訴えんぞ!」
「それが分からないから駄目なのよこのクズが!」
真乃は鬼の首を取ったように叫ぶ。
まさか耕一郎も高校の時の恋を未だに根に持たれているとは思いもしないだろう。
そもそもただのサボり癖のある平社員だったのにも関わらず、レベル10の特色者というだけで化物扱いされていた麗紗の屋敷の使用人にされてしまったことに対して、面倒臭いという理由一つで抗議を怠るほどものぐさな彼に、高校時代の事を思い出せというのが酷な話である。
ちなみに耕一郎は真乃とは高校だけでなく大学も、職場までも同じ所にいたのである。
桜月財閥の社員。
それが耕一郎の元々の立ち位置だ。
能力が農耕型のレベル10であるという理由だけで採用され、その能力での活躍が期待されていたが、もちろん彼はかなり雑に働いていた。
生贄に捧げられてもあまり文句は言えないかもしれない。
それを耕一郎はあっさりと受け入れてしまったのだが。
彼のやる気のなさは、化物への恐怖すらも遥かに凌駕したのであった。
「はあ……とにかくここから出なきゃ……私の黒歴史が……」
「そうだな。早く帰って寝たいぜ」
「私に同意するんじゃないわよ。虫唾が走るわ」
「辛辣すぎだろ! じゃあ俺にどうしろってんだ!」
「むせび泣きながら腹を切って私に詫びなさい」
「……あーもういいや。黙っときゃいいんだろ黙っときゃ」
耕一郎は真乃と和解するのは諦め部屋の出口を探すことにした。
どういうわけか、二人が居る部屋には出入口が無かった。
完全に閉じ込められている。
部屋の天井に通気口らしきものはあるが、人が出入りするどころか鼠も通れそうにない。
「何なのよこの部屋……! 出しなさいよ! このクズと一緒の空気吸いたくないんだけど!?」
「おい出せよ! 面倒なこと続けるんならこの部屋道連れ覚悟でこやし塗れにすんぞ!」
「ちょっと冗談じゃないわよアンタ!? やったら本当に殺すからね!?」
「大丈夫、最後の手段だ」
「そもそも手段に入れるんじゃないわよ!」
耕一郎の恐ろしい脅迫を、真乃は顔を青ざめさせながらも必死に止める。
「地球人っていうのは品が無いわねえ。プライドをドブにでも捨てて来たのかしら?」
「ああ~! ピセッロのおみ足ぃ~!」
そこに、どこからかピセッロとソイアの二人が現れる。
ピセッロが、姉のソイアをサッカーボールにしながら。
もちろん彼女たちの星にサッカーというスポーツはないが、似たようなスポーツなら存在する。
なかなか変態的な登場を決めた二人を、真乃はじろりとにらんだ。
「何よアンタ達……まさか……私達をここに閉じ込めたクソ野郎はあんた達なの?」
「汚い言葉を使いすぎよ……ちゃんと毎日歯磨きしてるのかしら? これだから地球人は……まあいいわ。あんた達を閉じ込めたのは――」
「私は毎日ピセッロに歯磨きしてもらっているわ! あなたと違ってね!」
「お姉様は黙ってて」
「ごふう! 頂きましたァ!」
「……きもっ」
真乃の口から、ひとりでに言葉が出た。
心の底から思ったその言葉を。
ソイアはこほんと上品に咳払いをして取り繕うが、その程度では姉の失態を縫い切れてはいなかった。
「あ、あなた達をここに閉じ込めたのは私達よ。悪いけど、今はあなた達をここから出す訳にはいかないの。出たいんだったら私達を倒してから行きなさい。まあどうせ倒せないでしょうけど!」
「私を倒していいのはピセッロだけよ! ご褒美を貰うためにもあなた達を止めるわ!」
「そんな事だろうと思ったわ……あなた達生理的にキツいからなるべく早く降参してね」
「めんどくせえけど……たまには動くかぁ……」
「私達が生理的にきついですって……!? 許さない! お姉様を侮辱していいのは私だけなの!」
「ピセッロ以外の攻めは……いらないのよ」
「ふん。知ったこっちゃないわよ!」
闘いの火蓋が、切って落とされる。




