ユメトエゴ
「琥珀ちゃんに繋がらない……一体何があったのよ……!」
千歳は繋がらない携帯を強く握り締めた。
「確実に麗紗が何か良くない事をしたに違いないわ……もっと私が警戒していれば……!」
自身のミスに、津波のように後悔が押し寄ってくる。
千歳は琥珀に対する罪悪感に苛まれた。
「ごめんなさい……私がふがいないせいで……! ……とにかく今すぐにでも琥珀ちゃんを探さないと」
千歳は今自分に出来る事をする事にした。
「もしもし。黒萌情報屋さん? ちょっと知りたい情報があるんだけどいいかしら?」
「お高いけどそれでもいいの?」
「いくらでも出すわ」
「ふふ……分かったわ。何でも聞いていいわよ」
千歳は黒萌に繋がった事を安心しつつ、深呼吸をして黒萌に聞いた。
「――今現在の琥珀ちゃんの居場所を教えて」
「何であいつの居場所なんか聞くわけ……? まあいいわ……教えてあげる」
黒萌は前に琥珀にされた事を思い出し、軽く青筋を
立てながらもその依頼を引き受ける。
「“悟りのスピカ”! 弥栄琥珀のクズ! 人でなし!」
そして能力を発動し、情報を手に入れる。
「……ん? 病院? なんで……? 入院してるじゃない……事故にでもあったのかしら。きっと天罰が下ったのね。今あいつは斯波県立病院に入院してるわ」
「えっ……」
黒萌は千歳に冷ややかにそう告げた。
それを聞いた千歳は頭が真っ白になる。
「琥珀ちゃんが……入院……!?」
千歳は現実から目を背けたくなった。
これはただの悪夢だと信じたくなった。
しかし千歳は必死に自分の感情を抑えた。
「教えてくれてありがとう。後でお金は振り込んでおくわ」
「毎度ありよ。あっ、もし一週間経っても振り込まれてなかったらあなたの個人情報は世界に広められるからね。それじゃ」
黒萌は最後に凄まじい脅迫を残して、通話を切った。
千歳は体をふらつかせながら麗紗の部屋に向かう。
「わたしのせいで……わたしのせいで……!」
せめてもの贖罪の為に。
「あら千歳? 手伝いに来てくれたの?」
「……あなた琥珀ちゃんに何をしたのよ!!! 言いなさい!!!」
にっこりと笑う麗紗に千歳は激昂して掴み掛った。
「さっきからどうしたのよ千歳。あなた何か変よ?」
千歳が怒っている理由に一つも心当たりがない麗紗はぽかんと首を傾げた。
そんな麗紗に千歳はまた更に声を荒げる。
「あなた、罪の意識ってものが無いの!? あなたのせいで琥珀ちゃんは――」
「またその話? だから琥珀先輩を家に招待するだけって言ってるでしょ」
麗紗は千歳の言葉を遮り、気怠そうに言う。
「私と琥珀先輩は……もう……一線を越えちゃったんだから……責任は取らないとね……うふふふふ……」
そして顔を赤らめてそう続けた。
この一言が千歳を凍り付かせるのは実に容易かった。
「ど、どういう意味よ……!?」
「えっ? そんなの一つしかないじゃない……わざわざ
私の口から言わせる事無いでしょ?」
「ちゃんと言いなさい……っ!」
「はいはい。分かったわよ。千歳には教えてあげる。凍牙達には内緒ね? 私と琥珀先輩は……ついに結ばれたの。ついに……せっ、セックスしちゃったの! ふふふふふ!!! きゃーっ! 恥ずかしいぃぃぃ!!!」
「そんな……」
あまりの事実に千歳は言葉を失った。
その行為が、確実に同意を得ていない事は火を見るよりも明らかだった。
自分の無力さと、吐き気が込み上げるような麗紗のエゴに千歳は耐え切れなくなる。
「あなたね! いつまで夢を見れば気が済むの!? いつまで自分のエゴを他人に押し付けるの!? その夢とエゴであなたは琥珀ちゃんを殺すよりも酷い目に遭わせたの! あなたのした行為は愛を築く行為なんかじゃない……ただの強姦よ!」
「はあ!? あなた何言ってるの!? 人を犯罪者呼ばわりして何様のつもり――」
「……あなたがした時、琥珀ちゃんは何て言ってた?」
「え? 最初は……すごく恥ずかしがってたわね。能力まで出すんだかびっくりしちゃったわ。まあすっごくかわいかっ――」
「それが拒絶だって事が何で分からないのよッ!」
「――っ!」
千歳は怒りのままに麗紗の顔を殴りつける。
麗紗は、千歳の言葉の意味をようやく理解した。
あまりにも遅かったが。
「琥珀先輩が……私を拒絶……」
「そうよ。あなたはその現実から目を背けて……琥珀ちゃんを、あなたの一番大切な人を一番最低な方法で傷つけたの」
「で、でも琥珀先輩みたいな人をツンデレって……」
「仮にそういう人だったとしても普通能力まで出さないわよ」
「そん、な……」
麗紗は自分の犯した罪の重さに、がくりと崩れ落ちた。
「わたしは……なんてことを……!」
「……やっと分かったみたいね」
そして後悔に打ちひしがれる。
そんな麗紗の姿を見て、千歳は自分の無力さをなお
悔いた。
「……せめて、謝りに行きましょう。顔を見るのも嫌だって言われるかもしれないけど……」
「……うん……私はもう琥珀先輩に会う資格はないけど……謝れるなら……謝っても謝り切れないけど……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
二人は罪の重さに暗澹たる気分になった。




