私と先輩の愛の巣その2
「そんな当たり前の事よりも先輩、早く食べないと冷めちゃいますよ~」
「あっ……ああごめん」
麗紗ちゃんにそう声を掛けられて私は我に返り、目の前のパンに手を伸ばす。
「あっ、先輩ちょっと待ってください。私がやります」
「え?」
麗紗ちゃんが私の手を遮る。
私がやります? 一体何をする気なんだろう。
麗紗ちゃんはおもむろにパンを手に取って私の口の前に運び。
「はい、あ~ん!」
「ええ……」
うわあ……この子……やっちゃった……。
もうこの子の中では私は完全に一切容赦なくイチャつける恋人として認定されているんだな……。
ここで従ったら駄目な気がす……いやそれはそれで刺されそうだ。得体の知れない特殊型特色者とか警戒する要素しかない。
ここは素直に従っておこう……気が重いけど……。
私は思い切って差し出されたパンを食べた。麗紗ちゃんはそんな私を見てくすっと笑う。
「……っ! おいしい……」
「ふふっ、先輩のお口に合って良かったです!」
このパン……ほんのり甘味があって口当たりがすごくいい。しかも作り立てで暖かい。これは普通に食べたかったよ……。
私が複雑な気分でパンを味わうと麗紗ちゃんはオムレツをスプーンで掬い上げてまた私の口の前に持ってくる。
「ほら、オムレツも食べてください。あ~ん!」
「うん……」
私はオムレツを口に入れた。
ふわとろな食感とバターの優しい旨味が……!
ケチャップもトマト本来の美味しさが引き立てられている。美味しい……これが手作りって凄いな……。
「ど、どうですか?」
「めっちゃおいしい……」
「きゃ~っ! ありがとうございます先輩!」
感想を聞いてくる麗紗ちゃんに私は素直に答えた。
このとんでもない料理スキルを何故私に使うんだ……。
そうして麗紗ちゃんにあーんされ続けながらも私は料理を堪能した。全部食べ終わると、麗紗ちゃんが席を立った。
「それでは先輩、私はお買い物に行ってきますのでお留守をお願いします」
「えっちょっと待っ……」
麗紗ちゃんの一連の行動で言い損ねてたけどここは言わないといけない。
私があなたと恋人になった覚えは無いって。
もしかしたら殺されるかもしれない。
でも、言わなかったら私の自由な人生はそこで終わる。今のままじゃ麗紗ちゃんにずっと束縛されたままだ。
そんな私の決意もよそにスタスタとリビングから出ていく麗紗ちゃん。聞こえなかったのか聞こえないフリをしているのか。
その判断がつかず麗紗ちゃんに声を掛けられずにいると。
ふと麗紗ちゃんが立ち止まり、私の方を振り返って嬉しそうに言った。
「先輩、私がちょっと居なくなるからってそんな不安そうな顔をしないでくださいよぉ~。私は絶対に戻ってきますから~」
「いやそうじゃなくて……」
不安そう? 勘違いにも程がある。この子はどれだけ自分に都合のいい解釈をするんだろう。
麗紗ちゃんは悲しそうな表情になって更にこう続ける。
「私だって……永遠に先輩の傍に居たいです。でもお買い物には行かないといけないんです……ごめんなさい……だから待っていてください。帰ってきたら……ふふふっ……」
「…………」
「たっくさん愛し合いましょうねぇ……ハァハァ……うふふふふふっ……楽しみにしていてくださいね先輩♪」
「ひいっ……!?」
目を見開き狂愛に満ちた笑みを浮かべて、息を途切れさせながら理解不能な事を言う麗紗ちゃん。
私はあまりの狂気に体が竦んで何も言えず、ただただリビングを去っていく彼女の背中を見る事しか出来なかった。
そして麗紗ちゃんが見えなくなってようやく私は竦みから解放された。
怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
逃げないと……絶対に逃げ切らないと……!
私の思考はただそれだけになった。怖気付いてる場合じゃない。
何が何でも早くここから出ないと、本当に私の人生が終わる。
「さっきのコックは……」
私は立ち上がってさっきのコックの方を見た。厨房で皿洗いをしているようだ。
アイツからは監視とかはされてない……らしい。
でも他の麗紗ちゃんの配下が私を逃げないように見張っている可能性はある。
というか、そうだと思って行動した方がいいだろう。だとしてもここから脱出する以外の選択肢は私に残されていない。
だからやるしか無い。
私はそう決意して、こっそりリビングを出て玄関を探す。
中世風に作られたこの屋敷は二階建てで、庭には小さな建物と温室があった。やっぱりここはかなりの豪邸だ。これだとセキュリティが厳しいかもしれない。
一階に降りてみると玄関があった。
ここから出られる……といいな。
私は扉の鍵を開けてドアノブを回そうとした。
ガキッ。
扉はビクともしない。
まあそりゃそうだ。
監禁されているのだから簡単に出られる訳がない。
結果は分かっていたけどそれでも私は少し気が重くなった。




