推しくらまんじゅう
「食らえっ!」
私は八重染琥珀で空中に浮かび上がり、童顔に黄玉を乱射する。
こいつの能力の強みは機動力にある。
だからこうやって高い空中から攻めてやれば手も足も出ないはず!
今の高さなら、こいつのバネで跳んでも届かないだろう。
勝ったな!
「私に空中戦を持ち込もうだなんて五億年早いわバァーカ!」
「なっ――があっ!?」
突然後ろから罵倒と童顔の蹴りが飛んできた。
不意を突かれて私はどうする事もできず、壁に叩き付けられた。
思っていた以上にこいつのバネは力があるみたいだ。
一回戦ったくらいで気を抜いちゃ駄目だな。
「おかえしだっ……!」
痛みをこらえつつ黄玉で童顔を攻撃する。
ここで牽制して呼吸を整えないと……!
「遅い遅い遅いっ! MONSTER×MONSTERの連載並に遅いわっ!」
「あれはもう止まってるじゃん! がっ!」
童顔は黄玉を躱して反撃の蹴りを繰り出してきた。
私はその衝撃で地面に叩きつけられる。
くそっ……早く続きが読みたいのに……!
いやそうじゃない。
こいつなんか前より強くなってる気がする。
前は黄玉が通じていたし、出し惜しみをするタイプではないだろう。
やっぱり強くなってるんだ。
私に負けてよっぽど悔しかったのかな……。
それとも……。
『これは特色者が狂えば狂う程強くなる事も示しています。琥珀さん、あなたもその一例なんですよ?』
『あなたのその力は所詮それの副産物にすぎない! 強姦されて出来てしまった赤子と全く変わらないんですよ!』
私の脳裏に、熊の言葉が蘇る。
まさか……いやそんなはずはない。
私に負けてムキになっただけだろう。
絶対にそうだ。間違いない。
自分にそう言い聞かせる私の耳に、漢野の笑い声が入ってくる。
「いやっほう! こいつぁ楽しいぜアハハハハッ!」
「クソッ……! しぶといな……!」
「うわっ……」
爆撃を食らってくるくると楽しそうに宙を舞っている漢野。
トランポリンで飛びはねる子供みたいなテンションだ。
地面のあちこちにクレーターみたいな穴が開いているけどまあ楽しそうだから大丈夫なんだろう。
あいつは放っておくとして、童顔が無駄に強いんだよな……。
これは早くも、推し事の盾の出番か……!
「やっぱりまだまだガキね! 弱っちいったらないわ!」
「あんたはそのガキに負けるんだけどね!」
「大人舐めんじゃ――うっ!?」
私は八重染琥珀で閃光を放ち、童顔の目をくらませる。
その隙に私は光を凝縮させて推し事の盾を作り出した。
一陣の風を纏って、光の盾が現れる。
「なっ……何よそれ……!?」
童顔は推し事の盾の存在感に少し圧倒される。
「見りゃ分かるでしょ。盾だよ」
そんな童顔に私はけろりとそう言い放ち、盾で童顔を殴りつけた。
童顔は慌てて避けようとしたが無駄だった。
盾が童顔の体を宙へと吹き飛ばす。
「ごあっ……!?」
「オタク魂舐めるなよ……はあっ!」
私はさらに盾を振るい、無双する。
童顔は盾のあまりの速さに付いていけず一方的に殴られるだけだった。
「があぁっ!! クソ、ガキがぁっ!」
それでも童顔は根性を見せて渾身の回し蹴りを私にお見舞いする。
凄いスピードだ。
でも、推し事の盾ならそれを防ぐ事くらい楽勝だった。
童顔の蹴りはカンッ! という固い音と同時に盾に弾かれた。
「ぐぅ……! クソッ……! こんなガキ程度に……っ」
「おばさんには負けないよ。だって若いし」
童顔はがくりと力尽き、地面に倒れ伏した。
あっ……なんで麗紗と一緒に居たのか聞き損ねた……。
「そろそろ飽きたな。オラァ!」
「ごふっ!」
「あっ……」
漢野は赤髪の腹にパンチを入れ、空高くへとかっ飛ばした。
トドメ刺したっぽいなあ……これじゃ聞き出せないな。
まあ麗紗を止めた後に聞いても遅くはない。
今は気にしてる場合じゃないか。
そんな事を考えているとおもむろに漢野が本社の裏の方を指差して言った。
「おい琥珀! あれ見ろよ! でけえ竜がいるぜ!」
「え? 何?」
漢野が指差した方向には、NNN本社ビルとほぼ同じ大きさの白銀の竜が居た。
まさか……峠の能力……!?
凄いな……。
そんな事より漢野に初めて名前を呼ばれた事の方が驚いたけどね。
まあ屋敷に居たら私の本名も分かるか。
それにしてもあんな使い古された漫画の展開みたいな出会い方をしたのはこいつが初めてだな。当たり前だけど。
「いいねえ……! あのサイズなら壊しがいがありそうだぜ!」
「ほんとに暴れる事しか考えて無いんだね……」
私が呆れながらそう呟くと、漢野は白い歯を見せてニヤリと笑って言い放った。
「そりゃ人間は闘う生き物だからな! それが人間の、俺の生きる意味だ!」
「あっそ……」
ここまで来ると清々しいな。
正しいかどうかはさておき。
私は漢野の言葉を軽く流して提案する。
「そんな事よりも合図が来るまで中で休んでおこうよ。出番まで温存しとかないとまずいでしょ」
「そうだな。俺は休んだら負けだけど体がまだまだ温まりきってねえ。あいつ相手ならもっと体あっためてからの方が楽しそうだ」
漢野もすんなりと頷いてくれた。
今からあの麗紗と戦うのだから、準備は完璧にしておかないとね。
そうして私達が中に入ろうとした時。
背後から突然声を掛けられた。
「待て!」
「ん?」
「何だぁ?」
私達が振り向くとそこには……。
「そこを通りたければ、俺の必殺技に打ち勝ってからにして貰おうか!」
黒いマントを翻してカッコつけている晴衣が居た。




