第5話 グレンサの街
カズト達が訓練を初めて1年が過ぎた。
カズトは忠国の作る栄養豊富な食事と厳しい訓練で、今では2周りほど身体も大きくなり、大人の体つきへとなっていた。
もちろんミヤと大佐も、カズトと同様に成長し、戦闘力も1年前とは比べものにならなくなっていた。
「カズト君、訓練を初めて1年。そろそろ森に入って実践を経験してもらおうと思う。」
「やっと森へ入れるのですね。」
カズト達は大喜びで、ミヤはそこら中を駆け回り、大佐は何度も遠吠えをあげた。
「じゃが、その前に、こままの装備では危ないので、防具を買いに街まで行こうと思う。」
ミヤと大佐は、「おかいもの~おかいもの~」とはしゃぎ回ったが、カズトは少しうなだれていた。
「どうしたのですか、カズトさん。」
ボックが心配そうにカズトに尋ねた。
「あの~、実は人が多いところはちょっと苦手で・・・」
聞こえるか聞こえないかと言うくらいの小さな声でカズトは呟いた。
「どうしたカズト君、街だぞ、行きたくないのかい?」
「いや、そう言うわけではないのですが・・・」
(引きこもっていたから人と合うのが苦手だなんて恥ずかしくて言えないしなぁ・・・)
「カズトさん。いずれは色々な場所を旅することになるのですから、これも修行でございます。買い物程度でへこたれないでくださいませ。亡くなったご両親もきっと応援してくださっていますよ。」
「ボック、分かったよ。これも修行だな。勇気を出して頑張ってみるよ。」
(とは言ったものの、やっぱり気が重いなぁ。でもいずれはここを離れて旅に出ることになるのだろうし、どこかで踏ん切りをつけないといけないよな。引きこもる前は普通にできていたんだし、なんとかなるか・・・)
「じゃ、行くとしようか。みんなわしにつかまるんだ。カズト君、ボックを忘れずにな。」
カズトは忠国に言われるままボックを持つと忠国の袖をつかんだ。
と、次の瞬間。
身体がスーッと軽くなったと思ったら、次の瞬間カズト達はグレンザの街の正門の前に立っていた。
(これがテレポーテーションか。先生が時々使うところは見ていたけれど、やっぱりすごいな。俺も早く覚えてぇ。)
「門番に声をかけてくる。少し待っていてくれ。」
忠国はそう言うと、門番の方へと歩いて行った。
(それにしても街かぁ。8年か9年ぶりくらいになるのかな・・・)
忠国は何か書類にサインをしているようだったが、しばらくすると皆を手招きした。
(いよいよ街の中か、あーいやだいやだいやだ・・・)
「カズトさん、何をなさっているのですか。さぁ参りましょう。」
ミヤと大佐は駆けだしていて、既に忠国の所にいた。
一方のカズトは、やはり気が重く、とぼとぼと歩いて行った。
(覚悟を決めてきたはずだったけど、やっぱり気が重い・・・)
「カズト様!早く早くー」
この頃には語尾にニャを着けなくても話せるようになったミヤに呼ばれて、カズトは渋々歩みを早めた。
門を入ってしばらく行くと、道の両側に店が並んでいて、多くの人々が買い物をしていた。
カズトは、はぐれないように忠国の後ろ姿だけを見てついていった。
しばらく進むと、ミヤが何かを見つけたらしく、一目散に駆けだした。
「ミヤ、どこにいくの?」
大佐が慌てて追いかけたけれど、大佐がミヤを捕まえる前に、運悪く通行人とぶつかってしまった。
「いってぇなぁ!」
「あ、すいません・・・ニャ」
ミヤは怖くて思わず「ニャ」と言ってしまった。
「小猫ちゃんよぉ、こんな人混みで走っちゃ危ねぇじゃねぇかよぉ。腕の骨が折れたみたいじゃん。どうしてくれるんだよぉ。」
「す、すいませんニャ。」
「すいませんじゃねぇよぉ。治療代払えって言ってるんだよ。金がねぇなら小猫ちゃんを奴隷商にでもうっぱらってもいいんだぜ!おい!」
そう言うとミヤがぶつかった男はミヤを脅し始めた。
その時怖くなったミヤは、あっと言う間に高速移動でカズトの後に隠れてしまった。
「あ、逃げやがったな。何処行きやがった!」
男は周囲を見渡し、カズトの後にミヤが隠れているのを見つけると、カズトに近づいてきた。
「よぉにいちゃん。お前がこの小猫ちゃんの飼い主かぁ。猫はちゃんと首に縄つけてつないでおかなきゃあかんだろうがぁ。この小猫ちゃんのおかげで俺の腕が折れたみたいなんだ。慰謝料よこせや。」
(何処にでもこんな輩はいるんだな。ミヤがぶつかったくらいで骨が折れるわけないじゃないか。ん~どうすっかな。ミヤを脅しやがって腹も立つし、ちょっとからかってやるかな。)
カズトにすれば、この手のチンピラを痛めつけることは簡単なことだったが、常日頃忠国からむやみに人を傷つけてはならないと言われていたので、暴力を使わずに少しからかってやることにした。
カズトは念のためにテレパシーで忠国に【ちょっと懲らしめます。暴力は使いませんのでご安心ください。】と伝えると、忠国から【好きにやって良い。】と返事があった。
カズトが黙っているので、男は「おい、なんで黙ったいるんだよぉ、慰謝料をよこせって言っているだろう。金がないならその小猫ちゃんをよこしな。」
「あ、これは失礼しました。慰謝料お支払いいたします。」
カズトはそう言うと一応持っておくように忠国から渡された財布から金貨を1枚出して男に渡そうとした。
「おいおい、沢山持ってるじゃねぇか。全部よこしな。」
そう言うとカズトから財布をもぎ取って中身を全部出すと財布を放り投げた。
男は「小猫ちゃんには縄着けておけよ。」と言うと仲間と一緒に立ち去っていった。
「カズト様。すいません。」
そう言うとミヤは大声で泣き出してしまった。
「ミヤ、大丈夫だよ。まぁ、見ていてごらん。」
カズトはそう言うと、財布を拾い、「アポーズ」と小さな声で呟いた。
カズトはミヤに財布の中身を見せて「はい元通り」と言ってミヤにほほえみかけた。
「でもね、ミヤ、ちゃんと周りを見て行動しなくては駄目だよ。次からは気をつけてね。」
「カズト様ごめんなさい。もうしません。」
「よしよし、さぁ、もう泣かなくて良いよ。買い物の続きをしようね。」
「はい。」
ミヤはやっと泣き止んでカズトに笑顔を見せた。
「カズト君、お見事だったな。なかなか良いアポーズだった。ああいったチンピラはどの世界にもいるもんだ。また来たら今度は私が対処しよう。」
「はい、先生宜しくお願いします。」
「ところでミヤ、さっきは何を見つけたんだい?」
忠国がミヤに聞いた。
「はい、そのぉ~綿菓子です。昔、お祭りで売っているのを見てずっと食べてみたかったんです。」
「ほう、そうだったのか。じゃ、一つ買ってあげよう。大佐も食べるかい?」
「はい、私も食べてみたいですワン。」
大佐も語尾にワンと言わなくなっていたが、うれしいことがあるとついつい言ってしまうようだった。
「ははは。大佐、ワンと言っていますよ。」
ボックにそう言われて大佐は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
「カズト君はどうする?」
「私は結構です。」
「そうか。」
「では、ミヤと大佐に綿菓子を買ってあげてくれるかな。」
「はい。分かりました。」
カズトはそう言うと二人を連れて綿菓子を売っているお店に行って、二人に綿菓子を買ってあげた。
3人が忠国の所に戻ると、ボックがニヤニヤしながらカズトに言った。
「カズトさん、先ほどまであんなに嫌がってございましたのに、いつの間にか平気になられたようですね。」
(あ、そうか。さっきの騒ぎでなんか、人混みが嫌だというのを忘れてた。)
「頭にきていてそんなこと忘れていたよ。」
「案ずるより産むが易しでございますね。」
「ははは。その通りだな。では、あのチンピラに感謝しないといけないな。カズト君の人嫌いを治してくれたからな。ははは」
忠国はそう言うと豪快に笑った。
「それじゃ、防具屋へ行くとするか。」
忠国に促されて、皆そろって防具屋へと向かった。
防具屋向かう途中、忠国はカズト達に好きな色を聞いた。
「敢えて言うならば赤でしょうか。」
カズトがそう言うと、ミヤが、「私もカズト様と同じ赤が良い。」と言った。
大佐は黄色が好きだと言ったところで、防具屋に着いた。
防具屋に入ると、忠国が「初めてなので、今回は私が選んであげよう。」と言うと、店内を物色し始めた。
そして忠国がカズトと大佐に選んだ防具は、中世ローマ兵の着ていたような革製の防具一式だった。
マントと甲は必要ないと言うことで、それ以外を購入した。
後で染めやすいように、どちらも色は白だった。
そして、ミヤに選んだ防具は黒い忍者用の服だった。
「忍者装備なんてうっているのですね。」
カズトがそう言う、ボックが「昔転移した日本人が着ていたものがいつの間にか広まったものでございます。」と教えてくれた。
この時、色を見たミヤが「えーあかがいいいいいい。」と駄々をこねた。
「黒い服を着ると、穏行が上手になるんだが、それでも赤が良いか?」
「ん~じゃ、黒で良い。」
ミヤには穏行がうまくなるという言葉がかなり効き目があったようで、あっさり黒を受け入れてしまった。
「では、昼食を食べてから帰ろうか。ピザで良いかな?」
「え、ピザがあるのですか?」
カズトは思わず大声を出してしまって、恥ずかしそうにうつむいた。
「ああ、ピザの美味しいお店があるから食べていこう。」
カズトは引きこもり時代を思い出して思わず苦笑いしたが、久しぶりに食べるピザはとても楽しみだった。
しばらく歩くとピザが食べられる店に着いた。
店に入ると懐かしいチーズの匂いが心地よく、カズト思わずよだれが出そうになった。
カズト達は、数種類のピザを注文し、色々な味を楽しんで店を出た。
「お腹もふくれたし、小屋に戻ろう。正門の外でテレポーテーションをするから、そこまで歩いて行くぞ。」
忠国に促され、皆は正門へ向かって歩いて行った。
正門の近くまで来ると、先ほどのチンピラが仲間と共に待ち構えていた。
「やっぱり来たな。おい、てめぇなめたことしてくれるじゃねぇか。もう金だけじゃ許さねぇ。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか。みんな、この生意気な奴らを懲らしめてやろうぜ。」
そい言うと、武器を手にした数人のチンピラ達がカズトめがけて飛びかかろうとしたが、その場にたったまま動いてこなかった。どうやら忠国がサイコキネシスで足を押さえつけているらしかった。
動けないチンピラどもを見て、忠国が先ほどのチンピラに話しかけた。
「私の連れに何かご用かな。」
「なんだって、この爺・・・・・あっ、おまえは・・・あ、あ、あなたは、千人斬りの忠国・・さ・・・ま。」
「何かご用かな?」
忠国がチンピラの耳元で再び囁いた。
「い、いえ、何も・・・」
「次まだ同じようなことをやっていたら、呪いますよ。宜しいかな。」
忠国はチンピラだけに聞こえるように耳元で囁いた。
「へい、忠国様のお連れ様とはつゆ知らず、失礼しやした。」
この言葉を聞くと忠国はテレキネシスを解いた。
そしてチンピラ達は動けるようになると、一目散に逃げていった。
「先生、チンピラに何と言ったのですか?」
「ああ、呪うよと言っただけだよ。」
「先生呪いもできるのですか?」
「いや、できない。」
「あははは。先生・・・しかし、先生に千人斬りなどと言う異名があるとは、驚きました。」
「まぁ、若気の至りというやつだ。よし帰るぞ。」
忠国はこの話題については話したくないようで、さっさと正門を出て、皆と共にテレポーテーションで小屋へと戻った。
(千人斬りの忠国か。今度ボックにな詳しく聞いてみよう。)