第27話 温泉
「ねぇ、カズト、起きて!」
カズトはまだ夜も明けきらぬ頃にアニエスに起こされた。
「アニエス、なんだい?もう朝か?」
「もうすぐ夜明けよ。」
「え~、もう少し寝かせてくれよ。」
「これからの予定を決めないといけないでしょ。」
「アニエスに任せるよ。じゃ、おやすみ。」
「何言ってるのよ!起きて!」
「はぁ、アニエス・・・・」
カズトは目をぱちぱちしながら起き上がると、ベッドに腰掛けた。
「で、どうする?」
「ん?そうだなぁ・・・・・・・・」
「カズト寝ない!」
「とりあえず南へ行こうか。後は・・・・・」
「カズト!」
「そうだな、温泉でも探すか。」
「魔力量増強ね。ボック、マンダールに行く途中に温泉はあるの?」
「ございまず。」
「カズト、じゃ、次の目的地は温泉ね。」
「そうだね。じゃ、おやすみ・・・」
「もう、仕方ないわねぇ。」
アニエスはそう言うと部屋を出て行った。
そして、それから1時間後、アニエスは再びカズトを起こしに来た。
「カズト起きて!出発するわよ。」
「え~。朝食は?」
「馬車で食べるように買ってあるわ。」
「・・・・・・・」
「さぁ、行くわよ。準備して。」
カズトは半分眠りながら準備をすると、馬車の荷台で再び眠りについた。
それから1時間、カズトはやっと目を覚ました。
「あれ、いつの間に出発したんだ?」
「まだ寝ぼけているの?」
「あ~、なんか夢の中でアニエスに起こされたけど、あれは夢じゃなかったんだ。で、アニエス。何処に向かっているんだ?」
「温泉よ。夜までには着けるわ。」
「しかし、なんでこんな早くから出発したんだ?」
「そっ、それは、別に理由なんて無いわよ。」
アニエスはそう言うと、昨日鍛冶屋から受け取ったナイフの柄を握りしめた。
(ははぁー、そう言うことか。早く武器を使ってみたいんだな。)
「じゃ、当面は魔物退治はやめて、温泉巡りにするか!」
「それは駄目!」
アニエスが思わず大きな声を出した。
「なんで?」
カズトは少し意地悪そうな顔付きでアニエスに聞いてみた。
「それは、そう、魔物で困っている人が居たら助けてあげないといけないじゃない。」
「そうですか。」
「そうです!」
そう言うとアニエスはこれ以上カズトに突っ込まれないように、ぷいっと横を向いた。
(まぁ、これくらいで勘弁しておこうかな。)
その時、大佐が「血のにおいがします。」と言った。
「朝っぱらから魔物か?」
カズトはそう言うと、大佐が指ささす方をクレヤボヤンスで見てみた。
「盗賊だ。駅馬車が襲われてる。先に行く。」
そう言うとカズトはテレポーテーションで襲われている駅馬車へ移動した。
いきなりカズトが現れたので、盗賊達は驚いたが、直ぐにカズトに斬りかかってきた。
(人殺しになるのは嫌だから、捕まえるかな。)
カズトはサイコキネシスで、盗賊達を地面に押さえつけると、傷を負った御者に回復魔法をかけた。
しばらくすると、アニエス達がやってきた。
「もう片付いたの?」
「とりあえず、地面に押さえつけてあるから、縛ってスタインの警備隊にでも渡そうと思ってる。」
「じゃ、縛るのを手伝うわね。」
カズト達は、盗賊を全員縄で縛ると、カズトがスタインの街までテレポーテーションで連れて行き、盗賊を警備隊に引き渡した。
そして、直ぐに引き返して自分たちの馬車に乗り込もうとしたときだった。
「どうも有り難うございます。何とお礼を言ったら良いか。」
乗客の中の初老の男性がカズトに近づいてきてお礼を言った。
「いえいえ、当然のことをしただけですので。では私たちはこれで失礼します。」
カズトがそう言って立ち去ろうとしたとき、御者がカズトに何処に行くのか聞いた。
しかし、カズトはまだ行き先を聞いていなかったので、アニエスの方を見た。
「この先のヴァイムの街へ向かっています。」
「そうですか、それならば目的地は同じですので、ご一緒させて頂けないでしょうか。護衛料をお払い致しますので。」
「別に構わないわよ。」
「ではヴァイムまで宜しくお願いいたします。」
そして、出発しようとしたときだった。
先ほどお礼を言った初老の男性が、カズト達の馬車に近づいてきた。
「どうかされたのですか?」
「少しお話がしたいと思いまして、宜しければこちらの馬車に乗せて頂けないでしょうか。」
「かまいませんよ。」
カズトは快くその男性を馬車に乗せた。
「私はエイドラと申します。」
「私はカズトです。そして、アニエス、ノラ、エマ、ミヤ、大佐です。」
「皆さん若くてうらやましいですね。」
「それで、お話は何ですか?」
「実は、もう40年も昔のことですが、駅馬車で旅をしていたのでございます。その時も、今日のように盗賊に襲われて殺される寸前だったのですが、若い青年が現れて、先ほどのカズトさんのように助けて下さったんです。何か目に見えない力で盗賊どもを押さえつけて、あっと言う間にどこかに連れて行ったんですよ。」
(これは先生だな。)
「そうだったんですか。その時その青年の名前は聞きましたか?」
「その時はその方は名乗らずに、いずこかへ行かれてしまいました。しかし、不思議な縁で、それからかなりの月日が流れて、グレンサの街へ行ったんです。そうしたらその方が居たのです。」
(あ、間違いないな。先生だ。)
「街の人に聞くと、その方は忠国様と言われるお方で、それはそれはお強い方だと知りました。」
(はい、決まり!)
「直ぐにお礼を言おうと思ってお宅に伺ったのですが、旅に出られたらしくお会いすることは出来ませんでした。それから何度かお伺いして、昨年もお宅へ伺ったのですが、ご不在だったので、若くて綺麗なお嬢様に手紙をお渡しいたしました。あれはお孫さんだったのか見知れません。」
(アニエス・・じゃ無さそうだな。ソフィー様か・・・)
「先ほどのカズトさんを見て、いても立ってもいられなくなりまして、こうして馬車に押しかけた次第ございます。もしかしてカズトさんのお知り合いの方ではありませんか?」
「あの方は、私の先生です。」
「おーやはりお知り合いでしたか。」
「そして、このアニエスは先生の孫です。」
「おおおおお、忠国様のお孫様ですか。お爺さまには命を助けて頂きまして、とても感謝いたしております。」
「爺様も当然のことをなさっただけですから、お気になさらないで下さい。」
「いえいえ、私がこうして生きながらえていられるのは忠国様におかげでございます。また、数年したらお伺いするつもりでございます。」
「では、爺様には手紙を書いておきますわ。」
「有り難うございます。」
このエイドラという老人は、各地を旅してまわっているらしく、その後は世界中の事を話してくれた。
また、カズトが温泉について尋ねると、温泉の場所を沢山教えてくれた。
そして馬車は進んでいき、日没が迫った頃にヴァイムの街に到着した。
「またどこかでお会いできることを楽しみにしております。」
エイドラはそう言うと街の中に消えていった。
カズト達は、「夜は魔物に襲われるかも知れないので誰もおりませんが、勝手に入っても構わないですよ。」とエイドラが言っていたので、街へ入らずに、馬車で10分ほどのところにある温泉へ向かった。
温泉は、とても広かったが、混浴になっていたので、カズトは後ではいると言ってアニエス達に先に入るように言った。
「カズト、何言ってるのよ。一緒にはいるわよ。」
「いや、だって、お風呂だよ。それは駄目だよ。」
「カズト一緒に入ろうよ。」
ノラもアニエスと一緒になってカズトに迫ってきた。
「この世界は、男女一緒にお風呂に入っても良いのよ。」
(いやいやアニエス、それは違うだろ・・・)
「一緒に入らないなら、これから毎日夜明け前に起こすわよ。」
「えええええ。それは嫌だ。じゃ、タオルを巻いて入ってくれるなら一緒にはいるよ。」
「分かったは。じゃ、先に入ってて。」
カズトは渋々腰にタオルを巻いて温泉に入った。
そして、しばらくすると、一糸まとわぬ姿で、アニエス達がやってきた。
カズトは顔を真っ赤にすると、後ろを向き、「や、約束が違うじゃないか!」と大声で言った。
「あら、そんな約束したかしら。お風呂は裸で入るものよ。」
そう言うと、アニエスとノラが、カズトの両側に座った。
カズトは両手で顔を覆って、じっとしていたが、アニエスとのらはお構いなしでカズトにすり寄ってきた。
一方、大佐は、まだ頭の中は子供なので、エマとミヤの3人で、泳ぎ回って遊び始めた。
「アニエス、ノラ、お願いだから少し離れてくれないか。」
しかし、二人とも離れくれなかったので、カズトはテレポーテーションで、馬車に逃げてしまた。
(あの二人は何を考えているんだ??)
男女関係に疎いカズトは、二人が何を考えているのかさっぱり分からず頭を抱えた。
一方のアニエスとノラは、お色気作戦をやっていたわけではなく、単純にお風呂は裸で入るのが普通だし、カズトのそばに居たかっただけだったので、カズトに逃げられて、ぽかんとしていた。
しばらくして、アニエス達が温泉から出てきたので、カズトは素知らぬ顔で魔力量のことを聞いてみた。
「どうかしら、増えていると思うけど、使ってみないと分からないわ。」
これについては、皆、アニエスと同じように感じているようだった。
「じゃ、街に戻って宿屋を探そうか。」
「待って、今日はここでキャンプしましょ。」
「でも、魔物が出るかも知れないよ。」
「その時はこれで!」
アニエスはそう言うと、刀の柄を握りしめた。
(やっぱり早く使いたいんだな。)
結局、キャンプをすることになり、カズト達は夕食を食べると、眠りについた。