第19話 エルフの里
滞在用の家に入ると、アニエスは落ち着かないように居間を歩き回っていた。
ノラや、エマ、ミヤ、大佐は、エルフの里の探検に出かけて、カズトとアニエスだけが家の中にいた。
「アニエス落ち着けよ。」
「ねぇ、カズト、もしかしたら契約できるかも知れないから一度試してみようかしら。」
(やっぱりなぁ。まぁ、何もしないでいるのも落ち着かないだろうしね。)
「そうだな。やるだけやってみようか。」
「じゃ、シャワーを浴びてくるわ。」
アニエスは急に元気が出たようで、急いでシャワーを浴びると、泉の周辺で日が明るく差している場所へ行った。
「このあたりが良さそうだね。」
「じゃ、ここでやってみるわ。」
アニエスは気持ちを落ち着けると心の中で『この地に住まう精霊よ、我と契約しその力を我に与えんことを願う。』と唱えた。
しかし、結果は予想どおり何も起こらなかった。
「アニエス。そのうちうまくいくよ。」
「そうね・・・」
「じゃ、森林浴でもしようか。人間の匂いを薄める効果があるかも知れないよ。」
カズトは、そう言ってアニエスと一緒に森の中を散歩した。
「なぁ、アニエス。ソフィー様がハーフエルフと言うことは、ソフィー様のお父さんは人間なんだよね。」
「そうよ。子供の頃、婆様から聞いたことがあるわ。」
「そうなんだ。俺にも教えてよ。」
「良いわよ。」
二人は、近くにあった丸太でできた椅子に座って話し始めた。
「ひいお爺様の名前は、ソウスケって言うの。」
「じゃ、転移者なの?」
「転移者ではないけど、転移者の子供らしいわ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「それで、何年前か教えてくれなかったけど、ひいお婆様はあちこち旅をしていたらしいの。そんなある日、転移者の父と一緒に旅をしていたひいお爺様と一緒に旅をすることになったの。」
「何か、話の先が見えてきたような気がするよ。」
「多分カズトが考えている通りね。当時、ひいお婆様は200歳を超えていたらしいのだけれど、見た目は今と変わらず若い女性だったから、やがて二人は恋に落ちて、結婚して婆様が生まれたと言うことらしいわ。」
「200歳と20歳ぐらいのカップルか、普通なら考えられないけど、エルフなら有りなんだな。」
「その後、ひいお爺様は80歳くらいで亡くなって、ひいお婆様は婆様を連れてエルフの里に戻ったの。それからしばらく婆様はここで暮らしていたらしいわ。」
「どれくらい里にいたんだろうね。」
「歳がばれるって言って教えてくれなかったわ。爺様にも聞いてみたけれど、爺様も知らないって言っていたから、ひいお婆様にでも聞いてみようかしら。」
(エルフといえども女性だから、やはり歳は気になるんだな。)
「それで、ここからは婆様の話になるのだけど、婆様もひいお婆様みたいに、旅に出ることにしたんだって。」
「へぇ、それじゃ、旅をしているときに先生と知り合ったんだな。」
「ところが、そうじゃないみたいなのよ。」
「どういうこと?」
「なんでも爺様は修行を終えると、カズトみたいにグレンサの街へ行ったらしいの。そしたら、いきなり婆様が爺様の前に現れて、仲間に入れて欲しいって頼んだらしいの。爺様もいきなり若くて綺麗なハーフエルフが一緒に旅をしたいって言うので、とても驚いたらしいわ。」
「それなら、アニエスと同じだね。もしかしたら、ソフィー様は転移者と旅をしようと待っていたのかも知れないね。」
「私は・・・・まぁ、似たようなものかも知れないわね・・・。そんなことはどうでもいいわ。それでねその時のことを婆様にも聞いたんだけど、ニコニコ笑っているだけで教えてくれなかったのよ。」
「あはは。じゃ、ナターシア様に聞いてみようよ。」
「いいわね。」
こんな話をしていると、アニエスも少し元気になってきた。
「アニエス、もう少し歩こうか。」
「そうね。」
今度は周りを見る余裕ができたらしく、小さな花を見つけると、喜んでのぞき込んだりしていた。
そしてしばらく森を歩いていて、カズトはなんとなくボックにソウスケのことを聞いてみた。
「なぁ、ボック。ソウスケって人のことを知っているか?」
「はい、存じております。」
「お、やっぱり知っているのか。」
「あの方は、カズトさんから数代前の転移者のお子さんでございました。」
「ナターシア様とはどんな出会いだったの?」
「あれは、ソウスケさんが20歳頃でございましょうか。ある日、ナターシアさんが、ソウスケさんのお父様が転移者だと知って、一緒に旅をさせて欲しいと頼んでこられました。ソウスケさん達は断る理由もないので、一緒に旅をすることになったのですが、ナターシアさんがソウスケさんに恋をなさったのです。ソウスケさんは、顔立ちも良く、とてもお優しい方でしたので、今思えばこれも必然だったのではないかと存じます。」
「アニエスの家系は積極的な女性が多いんだな。」
「後で聞いた話ののですが、ソウスケさんのお父様は、ナターシアさんが現れたときに予知能力でこうなると分かっていたとおっしゃっていました。」
「プレコグニッションか。俺はまだ経験していないな。」
「ボック。じゃ、爺様と婆様の事も覚えているわよね。」
「はい、覚えております。ふふふふ。」
「何よその笑いは。」
「いえ、あの時のことを思い出して、思わず・・・」
「何がそんなにおかしかったの?」
「あれは、忠国殿が泉での訓練を終えて、グレンサの街で度の準備のために買い物をしていたときでした。いきなりソフィー殿が忠国殿の前に現れると、土下座をなされまして。『わ、わ、わ、私は、エ、エ、エ、エ、エルフのも、も、森のハ、ハーフエルフのソ、ソ、ソ、ソフィーとも、も、申します。た、た、た、忠国様、ど、ど、ど、どうか私を、お、お、お、お、お仲間にい、い、い、入れてださい。』とおっしゃったのです。緊張されていたのだと思いますが・・・」
「あの婆様が?」
「はい、聞いていた忠国様は必死に笑うのをこらえておられました。」
(あのソフィー様がねぇ、それは笑って誤魔化すわけだよな。)
「じゃ、それから一緒に旅をして、結婚して忠行殿が生まれたんだね。」
「はい。忠国殿はどちらかと言えばおっとりしたお方なので、ソフィーさんに猛烈にアタックされておりました。」
「あははは。なんか今のソフィー様からは想像できないな。」
「あれ以降あのように緊張なされることはなくなりましたが、あの頃はとても楽しい旅でございました。」
「ボックがナターシア様やソフィー様の結婚を知っていると言うことは、年齢も知っているんだよね。」
「存じております。しかし、ご本人の了解がなければお教えすることはできません。」
「まぁ、いいよ。面白い話が聞けたし、かなりのお年だと言うことは分かったしね。それにしても見た目は20代なのに年齢は数百歳って、エルフってすごいよな。アニエスも若いままなのかな?」
「どうなのかしら?」
「それはこの先のお楽しみで宜しいのではございませんか。」
「それもそうだな。ところでアニエスさっきから弓で的を射るような音が聞こえるけど、何だろう。」
「そうね、ちょっと見に行ってみようか。」
カズトとアニエスが音がする方に行くと、ノラ、エマ、ミヤ、大佐の4人が弓の練習をしていた。
「みんな何してるんだ?」
カズトが声をかけると、弓を持った若い男性のエルフが近づいてきた。
(あ、若くてもすごい歳かも知れないな。)
「やぁ、アニエスとカズト君かな。私はルーカス。ナターシアの兄だ。」
(ほぉらやっぱりお爺さんだ。)
「カズト様、弓の先生だニャ。」
「あなたが先ほどナターシア様が言っておられた弓の名手のお方ですか。」
「そうだね。この里では私が一番弓が上手いよ。」
「初めましてカズトです。」
「アニエスです。」
「今日はもうすぐ夕食の時間だから、明日から君たちもどうだね。エルフの弓は覚えておいて損はないよ。」
そう言うと、ルーカスは弓を見せた。
日本の弓と比べるとかなり小ぶりで、矢も短いようだった。
「あ、お婆様のお部屋にもあったわ。」
アニエスが思わず声に出した。。
「ソフィーに弓を教えたのは私だよ。アニエスが光の精霊と契約するまでは時間をもてあましてしまうだろう。」
「そうですね。では、明日からは私たちも一緒にお願いいたします。アニエスも良いだろう。」
「そうね。私もお願いいたします。」
カズトとアニエスは練習の様子を見ていたが、しばらくして日が暮れると、夕食となった。
昼食は軽いものだったが、夕食は種類も多くごちそうだった。
どれも見たことがない料理ばかりだったが、ソフィーの料理と同じで、とても美味しものばかりだった。
(やはりエルフは料理を美味しくする何かを持っているんだろうか・・)
中でもワインは絶品で、いくらでも飲めそうだった。
この世界の成人は18歳なので、アニエスはカズトが美味しそうに飲んでいるのを横目でうらやましそうに見ていた。
(作り方覚えたいなぁ・・・聞いてみようかな・・・)
「ナターシア様、もし宜しければ、このワインの作り方を教えて頂けないでしょうか?」
「お気に召しましたか。宜しいですよ。では、明日私がお教えしましょう。」
「良いのですか?では、宜しくお願いいたします。」
(弓の練習はワイン造りを教わってからでいいや。)
夕食を終えると、カズト達は滞在用の家に戻った。
この家には居間と台所、それと寝室が3部屋あるので、カズトと大佐、アニエスとノラ、エマとミヤに分かれて寝ることになった。
エマとミヤは気が合うらしく、最近はいつも一緒に行動していたので、カズトはこの二人を同室にしてあげた。。
その後カズト達は、居間でしばらく今日の出来事を話していたが、夜が更けるとそれぞれの部屋に分かれて就寝した。