第16話 ノラのトラウマ
カズト達は馬車に乗り込むと、再び西へ向かって馬車を進めた。
馬車の扱いを教えるために、カズトは大佐と御者台に座り、残りの4人は荷台に乗り込んだ。
馬車が動き出すと、エマがアニエスに尋ねた。
「アニエス、アニエスはカズトと夫婦なの?」
「え、えええええええ。違いますよ。カズトの先生が私の祖父で、その縁で一緒に旅をしているだけです。」
アニエスは思いもよらなかった質問に、顔を真っ赤にしながら答えた。
「そうなんだ。ふ~ん。」
「じゃ、ミヤと大佐は?」
「ミヤと大佐はカズト様の家族ですニャ。」
エマは少し首をかしげたが、直ぐに「そうなんだぁ。」と言った。
「ねぇ、ノラ、エマ、今後の戦闘の時のために二人の戦闘技能を教えてもらえるかしら。」
「私は剣術使いで、電光石火というユニークスキルがあるわ。」
ノラが答えると、エマも直ぐに、「エマも剣術使いで、ユニークスキルは一刀両断よ。」と言った。
「魔法はどう?」
アニエスが尋ねると、再びノラが答えた。
「魔力はあるみたいなんだけど、精霊が居そうなとこへ行ったことがないので、魔法を使えるかどうか分からないの。」
「アニエス達は魔法が使えるの?」
エマがアニエスに尋ねた。
「私と大佐は風魔法、ミヤは水魔法が使えるわ。カズトは両方ね。」
「カズト様は他にも色々できるニャ。とっても強いニャ!」
「後は、私もミヤも大佐も、バリアとヒールは使えるわ。魔力があるなら、二人とも使えると思うから、覚えてみる?」
アニエスがそう言うと、二人は口をそろえて「是非教えて下さい。お師匠様。」と言った。
「あはは。教えるのは私じゃないわ。そこに居るボックが先生よ。」
「お呼びでございますか?」
馬車の隅で黙っていたボックが、起き上がった。
ノラとエマは驚いて後ろにひっくり返り「ああああ、ほ、ほ、本がしゃべった・・・」と言って後ずさった。
「ボックはミヤの魔法の先生ニャ。」
「おお、それは失礼しました。私はノラ、そしてこちらは妹のエマです。ご教授のほど宜しくお願いいたします。」
二人は慌てて正座をすると、頭を下げた。
「はい、カズトさんのお仲間なら喜んで教授いたします。」
それからはボックの指示で魔力の強化を4人で始めたので、荷台からは、「うーん、うーん」とうめくような声が響いた。
(当分はこの声を聞かされるのかな・・・)
その後は4人のうめくような声を聞きながら、カズトは大佐に馬車の運転を教えた。
そして、2時間ほど進んだところで、林が見えてきた。
林の中の木々は間伐してあるようで、それほど木は密集していなかった。
「大佐、魔物の気配はどうだ?」
「道の近くには居ないワン。でも、巣穴で寝ているゴブリンの気配は感じるワン。」
(あー、折角語尾のニャとワンがなくなりかけていたけど、旅に出て元に戻っちゃったな。)
「そうか。じゃ、慌てる旅でもないし、ここでキャンプにしようか。」
まだ日は高かったが、ノラとエマの力量も分からなかったので、カズトは少し早めにキャンプをすることにした。
「アニエス、ちょっと肉を捕ってくるから。キャンプの準備を頼めるか。」
「林に入るの?」
「うん、仲間も増えたしごちそうでも作ろうと思って。それにまだ日も高いしね。」
「なら私も行きたいわ!」
(んー、大佐と行こうと思ったけど、アニエスと行くか。)
「わかった。大佐、ミヤ、キャンプの準備頼む。」
「はいニャ。」「はいワン。」
「ノラ、エマ、ちょっと林に肉を捕りに行ってくるから、ミヤと大佐と一緒にキャンプの準備やっておいて。」
「カズト、林に入るの?」
「ああ、直ぐの戻るよ。」
「そ、そう。行ってらっしゃい。」
ノラは先日のことで林が怖いらしく、少し声が震えていた。
カズトはアニエスを伴って、林の奥へ進んでいった。
そして5分ほど林に入ったところで、千里眼で周辺の動物を探し始めた。
「アニエス、シカとイノシシどっちが良い?」
「じゃ、シカで。」
カズトはその言葉を聞くと、手の平をシカに向け、ギュッと握りしめた。
そして、「アポート」と唱えた。
すると、シカがカズトの目の前に現れた。
カズトはシカに向かって手を合わせると、「さぁ、戻ろうか。」とアニエスに言った。
アニエスは何が起こったか分からず、気が抜けたようにボーッと立っていた。
「え、何が起こったの?もう終わり?」
「あ、うん、なるべく苦しめないようにサイコキネシスでシカの脳を握りつぶして、アポートで取り寄せたんだよ。あまり動物を殺すのは好きじゃないんだけどね。先生も食べる分だけなら仕方がないって言っていたから、神様も許してくれると思うよ。」
(あ、でも俺は無神論者だった・・・)
カズトは平静を装っては居たが、実際動物を殺すことは本当に好きではなかった。
しかし、ミヤと大佐は基本的に肉食なので、そのために今までも時々は動物を狩ってきた。
「そ、そう。」
アニエスは一瞬の出来事に驚いたが、それ以上言葉がでなかった。
カズトはサイコキネシスでシカを持ち上げると、アニエスと共に林を出た。
馬車に戻ると、ミヤと大佐が「シカー、シカー」と言ってはしゃぎ始めた。
「うわぁーでっかいシカ!」
エマもミヤ達と一緒にはしゃぎ始めてしまった。
「ミヤ、大佐、はしゃいでいないで解体するぞ。」
「私もやるー。」
こうして、4人で解体を始めたが、エマは以前肉屋に勤めたことがあるらしく、見事な手さばきだったので、途中からエマとミヤと大佐に解体を任せて、カズトはテントを張っているノラの所へ行った。
「ノラ、手伝うよ。」
「あ、有り難う。」
「ところでノラ、やっぱり林は怖いのか?」
「う、うん。あ、でも迷惑かけないように頑張るから、見捨てないで・・・」
「あ、うん、それは大丈夫だから心配しなくて良いよ。」
(でも、なんとかしてあげないといけなさそうだな・・・)
カズトはテントを張り終えると、アニエスを呼んで何か話すと、食事の支度を始めた。
今日の夕食は、鹿肉を使った味噌鍋と、鹿肉ステーキ、鹿肉の刺身と、シカづくしの料理だった。
「さぁ、今日はノラとエマの歓迎会だ。いっぱい食べてくれ。」
こうして歓迎会が始まり、夜が更けていった。
そして、みんなが料理を食べ終えると、カズトが一つの提案をした。
「林の中のゴブリンどもを一掃しよう!」
「良いわね。やりましょう。」
即座にアニエスが賛成した。
ミヤと大佐も「ゴブリン退治!」と言ってはしゃぎだした。
カズトは、食事を作る前にアニエスとノラ達のことを相談していた。。
「アニエス、ノラとエマは多分林を怖がってる。だから、林に行って俺がゴブリンを一掃して、俺たちと一緒なら魔物なんて怖くないよって教えてあげようと思うんだ。」
「それは良い考えね。私もカズトが戦うところを見てみたいし。」
「じゃ、食事が終わったらゴブリン退治を提案するからよろしくね。」
と、こんなやりとりをしていたので、アニエスは即座に反応してくれていた。
ノラとエマは黙りこくってしまったが、アニエスに心配いらないと言われ、またテントに二人で残るのも怖かったので、カズト達についていくことにした。
林に入ると、ノラとエマはビクビクしながらカズトの後をついてきた。
そして10分ほど歩いたところで、カズトはアニエスと大佐にトルネードで木の上に出るように言った。
「ミヤ、ノラ、エマ、俺たちも行くぞ。」
カズトはそう言うと小さな竜巻を4つ作り、3人と一緒に上空へと舞い上がった。
全員が上空に着くと、カズトは千里眼で林の中のゴブリンを探し、サイコキネシスで次々に上空へ持ち上げた。
林の中のゴブリンは、「ぎゃー。ぎゃー。」と悲鳴を上げ、手足をばたつかせながら上空へと登っていいった。
その時、ノラとエマは耳を塞ぎ目を閉じて頭を抱えていた。
【ノラ、エマ、よく見ておいて。】
カズトが二人にテレパシーで呼びかけると、二人は恐る恐る顔をあげて目を開けた。
「大佐、これで全部かな。」
大佐は林の中の気配を探ると、「はいワン。」と答えた。
カズトはその言葉を聞くと、手を広げて上に伸ばすと、目を閉じて拳を握りしめながら肘を引いた。
次の瞬間、ゴブリンどもの頭がグシャッと音を立てて次々に砕けると。残された身体は地面に落ちていった。
一瞬の出来事に、ミヤと大佐以外は驚いていたが、カズトは気にせずにアニエスと大佐に下に降りるように言うと、自分もノラ、エマ、ミヤと一緒に下に降りた。
そして、みんなを掴まらせるとテレポーテーションで馬車の所へ戻った。
「ノラ、エマ、どうだった?」
「カズト・・・・・」
ノラは言葉が出なかったが、エマは、「うわぁぁぁカズト、めっちゃすごい!」と言ってとても驚いていた。
(エマはこれで大丈夫そうかな。ノラも少しは林への恐怖は消えているといいな。)
「カズト、あれは爺様に教わったやり方なの?」
「そうだよアニエス。他にも色々教わったけど、一掃するときはあれが一番手っ取り早いかな。」
(さすがにアニエスも驚いたかな?)
しかし、カズトの予想とは違う言葉がアニエスの口から出てきた。
「うーん。カズト、今後は戦闘に参加しないで。」
「え?なんで。」
「あれでは私たちの出る幕がなくなっちゃうじゃない。私たちが手に負えないとき以外は、見ていて。」
(そう言うことか、まぁ、アニエス、ミヤ、大佐の3人でほとんどの魔物はいけそうだし、ノラとエマもシルバーランクだから、俺が手を出す必要も無さそうだな。)
「あはは、良いよ。」
ノラは馬車に戻ってからもしばらく何か考えていたが、しばらくすると寝る準備をしていたカズトの前にやってきた。
「カズト、あれは林を恐れている私とエマのために見せてくれたんだよね。どうも有り難う。そしてカズト、一生ついていきます!」
「え、あははは。」
(ちょっと薬が効きすぎたかな・・・でも、これでノラとエマから恐怖が消えたのなら、大成功だな。)