第146話 セラの移住打診
「セラが来てくれるのは嬉しいけど、此処での仕事はどうするんだ? 牧場長が居なくなったら、此処の人たちが困るだろ?」
「多少は困るかも知れないけど、それ程ではないと思うわ」
「どういう事だ?」
「私は夫が亡くなったから、牧場長になったというだけだもの。
義弟の方が、牧場の事についてはずっと詳しいわ。
事務的なことも義弟の奥さんと一緒にやってきたから、問題ないと思うわ」
「それでも、急に牧場長が居なくなるのは困るだろ?」
「私だって、明日死んでしまうかもしれないから、それを言ったらキリがないわよ。
義弟だって、いつでもその心構えはあるはずよ。
それに、きちんと引き継いでから行くつもりたから安心して」
「そうか、でもなんで急にそんなことを決めたんだ?」
「一番の理由は、イルデと会って話したことかしらね」
「イルデと? 何か言ったのか?」
「別に、普通に話していただけよ」
「そうね、イルデからは特別なことは何も聞いていないわ。
でもね、イルデが幸せに満ち足りた顔つきで話しているのを見て、私も行きたくなったのよ」
「そんな顔していたかしら?」
「していたわよ」
「そんなつもりはなかったのだけど、いつの間にかそんな風になっていたのね」
「自分の夫や娘、自分までもがやりたいことを自由にやらせてもらえるって、そうそうないことなのよ」
「あなたはやりたいようにできなかったの?」
「動物は嫌いじゃないから、牧場をやること自体は良いのよ。
でも、牧場では動物を飼うだけじゃない、経営しなきゃいけないから、思い通りにはならないこともあるわ。
雄の子牛や、牛乳が出なくなった雌牛を最後まで生かしてあげられないのは、何時まで経っても慣れないのよ」
「それは、牧場として成り立たせるには仕方がない部分もあるよな」
「それに、私も服作りを続けたかったのだけど、嫁ぐ時に辞めてしまったから」
「牧場の仕事をしながらでも、続けられなかったの?」
「此処まで大きい牧場だと、服を作っている暇なんてないわね」
こちらにセラが来る場合、牛を飼うことは厳しいことになると思うが、別に構わない。
羊だけでも、居ると居ないのとでは大きな違いだ。
それに、羊なら生きている内は毛を刈り取ることができるから、最後まで生かすことに、何ら障害は無い。
「よし、分かった。
だけど、セラ、確認しておきたいことがあるんだが、良いだろうか?」
「何かしら? ゴブリンと一緒に暮らす事かしら? それとも、他種族を差別するなって事かしら?」
「ノアさん、村のルールについては、もう話しているわ」
「『こんな決まりがあるのよ』ってイルデが嬉しそうに話していたのよ」
「そうか……で、セラは問題無いと」
「そうね、何も異存はないわ」
「よし、じゃあ新たな村民としてセラを歓迎するよ。
何時頃、こちらへ来られそうだ?」
「そうね、引き継ぎと荷物整理で10日ぐらいかしら」
「分かった、11日後に迎えに来るよ。
もし、引き継ぎが終わらなかったら言ってくれ。
こちらとしては、何時でも良いんだから」
「分かったわ、ありがとうね」
「いや、こちらこそ助かるよ。
羊をどうやって面倒を見ればいいのか分からなかったから」
「そう言えば、ノアさん。
此処に使っていない糸車があるらしいの。
手回し式で小型のものらしいから、貰っていきましょう」
「そうなのか? 貰えるなら有難いが……」
「糸車を新しくする時に、要らなくなって仕舞っておいたのがある筈よ。
古い手回し式のだけど、使う分には問題無いと思うわ」
「足踏み式のは、大きすぎて持ち帰れなかったから助かるよ」
「その糸車は古すぎて、足踏み式に改造できなかったからなの。
何かの役に立つかもと思って仕舞っておいて、正解だったわね」
「そうだ、セラにも渡しておこう。
これを使えば、荷物整理が楽だから」
そう言って、セラにストレージを渡した。