ひいお祖母様の手記
母さんが倒れた翌日、晩御飯が終わり、食器を片付けて、ドミニク家緊急会議が可及的速やかに行われていた。
議題は、昨日の私の魔法についてだ。場の空気は張りつめており、就活時の面接さながらの、無慈悲さを醸し出していた。
重い空気を振り払うように母さんが口を開く。
「ねぇノル? 父さんも、母さんも怒らないから、本当のことを教えて頂戴。 魔法は母さんが教える前からできたの? それに、隠してることとかはもう無いの?」
「え〜っと、魔法は……習う前から、たまたま成功した事があって……隠してることというか、母さんに報告してないことは、これのことかな」
そう言いながら、テーブルの上に噴霧機もどきをコトリと置いた。
「ん? ノル? これは何?ちょっと変わった形してるけど、前に使わなくなって貴方にあげたコップにも見えるけど……それに、いったいどういう風に使うものなのかしら?」
「これは……ちょっと前に作ったもので、中の液体を霧状にして散布出来る道具なの。一度つくった道具だから、あとは魔力を流すだけで、使えるみたいなんだけど?……」
私の言葉を聞いて、母さんがまたも頭を抱えた。
「ノル……貴方って子は……まさか魔道具まで作れるなんて。才能という言葉では説明できないわ。とんでもなく常識から逸脱してる……天才……いや、場合によっては天災にもなりうるわね。
ノル、普通はね、魔道具は専門に作ってる魔具士と国の専門的に研究している機関が共同で開発していくものなの。しかも数多の道具は失敗し、世に出てくるのはその中でもほんの僅かなのよ。
それを貴方は気軽に作ってしまった。これが世間に明るみに出たら、世の中パニックになるわ
お願いノル、魔法は無闇に使わないで頂戴。あと、使うときは、私たちといる時だけ、もしくは、事前に教えてからにして頂戴。約束できる?」
「はい母さん」
「よしよし、良い子ね。本来、魔法が使えることは、誇ることで、悪いことではないわ。母さんもなるべく、貴方の才能を伸ばせるように協力するわね」
すると、痺れを切らしたドミニクが口を挟んできた
「なぁノル? 結局、噴霧機ってやつは霧状に液体を出すオモチャか何かか? 中には水を入れるのか?」
そう尋ねられてハッとした私
「あっ、忘れてた。ごめん父さん、これはもともと父さんの為に作ったものなの」
「ん? 俺の為に? 父さんにはサッパリ話が読めないな。良かったらどう使うのか教えてくれるか?」
「んとね、この噴霧機は中に防虫剤をいれるの。そして霧状にして野菜の葉っぱにかけるの。そしたら、害虫被害にあわなくなるの」
「ほっホントかノル? それに防虫剤っておまえ……まさか、それもノルが作ったのか?」
ビックリした様子で父さんが尋ねてくる。
「うん。前にリュエルの木って、父さんが呼んでた赤い木があったでしょ? あの木の葉っぱからとれた汁をいれてるよ。私は魔法で液体がつくれたけど」
「何でリュエルの葉っぱにしたんだ?」
「森に行った時に、あの木の近くだけ害虫の被害がないことに気づいたの。それに、手に匂いがついてたら、アードルフが凄く嫌がるのを見て、動物や虫はこの匂いが苦手なのかな?って……
実際に、自然に生えてるコマールで試したけど問題なかったよ。濃度も調べたから任せて」
絶句するドミニク
――暫し訪れる静寂――
「はぁ〜、国の食料事情をこんな小さな子が改善しちまうとわな。しかし、国には報告しないといけない案件だよな。もうすぐ3歳になる子の発明だとは誰も信じないよ……な?
しょうがない、緊急に報告した方がいい事案だし、気乗りはしないが、俺の名前で報告をあげるか」
後日談となるが、この時の発明により、国の食料自給率は大幅に改善した。この報告を行った一年後、国による調査があり、安全面その他のチェックを受けた後、その功績(防虫剤及び、魔道具の発明)が認められ、父さんには男爵の爵位が与えられ、この町を任されることになった。
――その後、マルクの卒園の話になり、ひとしきり話し合った後、最後に再び私の話題となった。
「最後に、ノルが幼稚園に入るまでの計画を立てましょう」
母さんがそういうと、
「俺とマルクは今までと変わらず、畑に連れて行って、自然を使って色々体験させようかと思う。幸い、近くには安全な森と、小さいが、川もある。マルクが付いていてやれば、特に危険もないだろう」
と父さんが答える。
「そうね。じゃあ、私は、一般教養と礼儀作法を教えようかしらね。ノルは何かやりたいことある?」
「いつ、何を思いつくか分からないけど、そのままだと忘れちゃうから、外に出るときは紙とインクが欲しいな。あと、母さんの部屋の棚に置いてある紙の束を読んでみたいな」
「紙の束? あ〜あれね。勿論見ていいのだけれど、あれはエレオノーレお祖母様の手記なの。ただ、私には読めない文字で書いてあって、形見の品としてとってあるのよ。今度見せてあげるわね」
「うん。母さんありがとう。」
――こうして、家族会議は終了した。
翌日から、会議で決まったカリキュラムに従って一日を過ごしていく。
朝から、母さんに礼儀作法を習った。よその家にお呼ばれしたときのテーブルマナーから、母さんのマル秘交友術など、中々為になる授業だった。
基本的に母さんは昼から夕方までが仕事なので、今日みたいに雨が降った日は、森に行くのが中止になり、かわりに午前中は母さんが授業を行い、色々教えてくれている。
「そうだわ、母さん今からお仕事だけど、雨で畑はお休みだから、お昼からは前にノルが読みたいって言ってた、エレオノーレお祖母様の手記を読んでて良いわよ」
「ホント? 嬉しい!」
「ただし、何もないとは思うけど、危ないことはしないで頂戴? 約束できる?」
「は〜い」
「よろしい。じゃあ母さんは仕事に行ってくるわね」
「行ってらっしゃ〜い」
母さんが部屋を出た後、さっそくひいお祖母様の手記を手に取る
――えれおのーれメモ帳――
(えっ? どういうこと? 緩い、緩すぎるわ。なんで平仮名なの? ひいお祖母様って聞いた感じでは、もっと厳格な方だと思ってたんだけど……)
「ていうか、日本語じゃん!」
思わず声が出た。
(こんなところで、日本語とか絶対におかしい。もしかして、ひいお祖母様って私と同じ転生者だったのかな? 確か同じ世界の同時期には、存在しないっていってたから、メモ転の先輩ってことだよ……ね?)
――パラリ――
閉じられた紙をめくってみる。
(ふむふむ、ひいお祖母様の笑いのツボに入った出来事が書かれてるね……あっ、こっちは構想中の魔道具かな? それに……こっちには、虫とか動物を観察し
て分かったことがかいてあるわ)
「そっか、そうだったんだ」
メモ帳のおかげで、ひいお祖母様が何で嵐がくるのが分かったのか理解した。
この世界には、ファングホイシュレッケという、カマキリに似た虫がいる。そのカマキリもどきの生態を調べているうちに、草に卵を産み付ける高さによって、嵐についての大まかな予想が可能だったようだ。
手記には、通常は地上から50cmくらいの高さに産み付けるが、20cmくらいに産みつけた時は、約ひと月以内には嵐がくると書かれていた。
真面目なことばかり書いてあると思っていたが、意外にも、どうでもいい事も書いていた。
ひいお祖母様は、ゲラだったようで、日常のちょっとしたことで、ウケていたらしい。ひとつ抜粋するとこうだ。
「あの兵士は兵士やめて芸人になった方が良いわ。新人さんなのかしら? 私のことは知ってたみたいだけど。
まぁ、私が王様に急に呼ばれて、偶然その前に立ち寄った町で頂いたお魚を、王様の用が済むまで、持っててって頼んだのがいけなかったんだけど。
いつもはいるはずのない私がイキナリ現れたからって、何故こんな所に? いや、自分の見間違いか? まさかな? なんていうなんて、日本人だった私をピンポイントで狙ったテロかしら(笑)」
完全に言葉の事故だった。ただのダジャレである。しかも笑いのレベルが低い。しかし、テレビがなく娯楽も少ない世界で生きている私にとってはいい暇つぶしになりそうだ。
まだまだメモ帳は沢山あるので、暇を見つけては読んでみようと私は心に決めたのだった……
後日、何故メモ帳が読めたのか、母さんから尋ねられたが、エレオノーレひいお祖母様が、夢で教えてくれたと荒唐無稽なことを言ったら、私の前科も頭をよぎったのか、何やら納得してくれた。
そして、母さんに言われた。
「そうね。ノルはお祖母様と同じ黒い髪に、薄っすらと茶色が入った黒い瞳ですものね。
母さんも、お祖母様以外には、黒髪で黒い瞳の人には出会ったことないもの。
生まれ変わりにも見えるような貴方だったら、お祖母様が夢にでてきたのも、ある意味納得出来るわ」
(ん? 何かサラッと凄いこと言った? えっ? 黒髪って凄くレアなの? 確かに町を歩いても一人もいなかったけど……)