成長中
(……じ〜〜)
(……じぃ〜〜……)
ドアを頭ひとつ分ほど開いて、お互いの鼻と鼻を突き合わせる影が2つ。
片方は最近の特訓が実を結び、高速ハイハイという荒技が可能になったエレオノールことわたし。
そして、もう片方は、わたしからすると、熊のようにも見える巨大な四足歩行生物だ。名前は後から知ったがアードルフというらしい。
遡ること、数分前。
生後7ヶ月になるわたしは、ただ寝転がる日々に飽き飽きしていて、日中は、最も身近な移動手段であるハイハイの特訓に勤しんでいた。
最近では、筋力がついたのか、ハイハイのスピードは当初の倍近くまででるようになっていた。
この日も御多分に洩れず快調に飛ばし、いつもの部屋で暴走行為を繰り返していた。ただ一点だけいつもと違うのは、母カリーナがドアをキチンと閉めず、わたしの頭ひとつ分くらい開けて、何処かに行ってしまったことだ。
気分良くハイハイしていたわたしは、当然いつもとドアの様子が違うことに気づく。
警戒心もあったが、冒険にも似た状況にワクワクし、頭の中では歌を歌いながらドアに近づいていく。
(あるぅ日〜森のなっか〜、クマさんに〜出会っ……)
そこまで歌い、ドアの向こうからわたしを見つめる目があることに気づいた。
しかも、雰囲気だけだが、大きい。それこそ、本当にクマに遭遇したかと思うほどだ。
(まっ……まずい。)
引き返そうにも、わたしにはまだ、バック機能はついていない。
――ツゥー――
額に一筋の汗が流れる。
(あれっ? これって詰んだかな? きっとこの後食べられて、わたしの転生生活もわずか7ヵ月で終わるに違いないのね。神様の意地悪! 鬼! 悪魔!)
半ば諦めの境地に達し、神様に暴言の限りを尽くしている間にも、顔らしきものはどんどん近づいてくる。
――ぬ〜〜――
(近い近い……てか近っ!!!)
もはや、お互いの鼻がくっ付き、全貌が見えない。
――ねちょっ――
(ギャー、食べられたー!)
軽くパニックになる。
しかし、暫く経ったが痛みは無く、代わりに顔にはべっとり唾液がついている。
「あらアードルフ、貴方にはまだ紹介してなかったわね。新しく私たちの家族になったエレオノールよ。アードルフもお兄ちゃんなんだから、優しくしてね」
そう言いながら、わたしを抱き抱える母さん。
まだ、ボヤ〜としか見えないが、正体は大きな犬
(?)であるようだ。
後から判明したが、この時は2歳で、犬種はセントバーナードだった。そりゃ、大きいわけだよね。
一時は死の覚悟さえしていたが、
こうして、無事に家族全員のお披露目がすんだのだった。
――――――――――――――――――
(……プルプルッ……)
なんやかんやあったが、わたしは無事に1歳になっていた。そして今何をしているかというと……
テーブルの脚に掴まり、独りでつかまり立ちをしようと特訓している最中なのだ。
(立つのはイケる! イケるわっ! つっ……ついに特訓を次のフェーズに移行する時期がきたようね!)
わたしは、鼻息も荒く、初めての一歩を試る。
ハイハイスキルアップの際に色々と鍛えられて、下地が出来ていたのか、数歩進むことが出来た。
一歩を出すまでが中々勇気が必要だったが、いざやってみたら、呆気ないものだった。
夜に家族が揃った際にお披露目すると、皆んなが喜んでくれたのを覚えている。
そして、わたしは2歳になるまで、自身の身体強化とこの世界の情報収集に努めたのだった。
――――――――――――――――――
努力の甲斐もあり、この世界について分かったことがある。
まず、神様が言っていた、科学メインか、魔法メインかということについては、魔法がメインの世界に産まれたようだ。
例えば灯りだが、勿論この世界でも、ロウソクなど使われているが、前世で言うところの蛍光灯のような灯りは魔法を使わないと無理らしい。
また、ガスや電気の代わりにも魔力が用いられているようだ。そして、その魔力だが、基本的には歳を重ねるのと比例して魔力も大きくなるということが、大人達の会話から判明した。
わたしも早く大きくなりたいところだ。
この星については、わたしの過去人生では経験はないが、火星や他の惑星にいるような印象は受けない。
重力もあるような気がするし、前世と大きくは違わないとみて間違いないだろう。食べ物も野菜のような物を食べているみたいなので、地球と似ている。
言葉については、ある程度脳内で、自動変換が行われている。例えば人の名前などはそのままだが、その他については、勝手に翻訳してくれるようだ。
仮にシュタインと言われても、私の中では、馴染みのある日本語で石と聞こえる。
文明のレベルはおそらく中世のヨーロッパくらいなのかと予想している。車の音はしないし、たまに、馬車のような音が聞こえる。建物も高層ビルのような物は見かけない。しかし、魔法がある時点で別世界なので、細かい点での違いは多々あるだろう。
実際に、どのような世界かの答え合わせは、これから成長して、自分で外の世界にでられるようになった時の楽しみにとっておこうと思う。
まだまだ、活動範囲、時間ともに十分ではないため、現時点ではこのくらいが限界といったとこか。
頭の中を整理したわたしは、明日からのことに思考を切り替える。
(確か2歳になったし、明日から父さん達と畑に行ったり、近所の子達と森に採集に出かけても良いって言われたんだっけ)
それは、今日の夜の食事でドミニクが突然言い出したことだった。この町(王都のはずれに位置している)では、2歳になると外の世界に慣れるため、親の職場や、森での採集を行う。
赤ちゃんの時に抱っこ紐で連れ出されたことはあるが、自分で自由に外を見て回るのは初めてだ。
まぁ、本当に人生経験ゼロで、初めて外の世界を見るというわけではないが、ワクワクは止められない。
(う〜ん、2歳かぁ。大人達の話から、どうやらこの世界は4〜6歳で幼稚園に通っているみたいだから、文字の勉強や、外にいる生き物の生態調査なんかは、あと2年でやっておきたいところね)
そういえば、この前文字に興味を示したら、母さんがビックリした顔で、「この子天才じゃないかしらっ!?」って声に喜色を込めて、色々教えようとしてくれたっけ。
(2歳からは文字の読み書き、森での調査、そして3歳からは、今のところは全く手つかずだけど、少し興味をそそられる魔法についても調べてみようかしら)
そんなことを、徒然なるままに考えながら寝台に寝そべってみる。
(魔法……魔法かぁ〜、神様の言い分だと、たくさんの世界や惑星的なものがあっても、必ず、科学か魔法がメインで、確率は半々な感じの印象だったけど、わたしってば、魔法がある世界ってのは初めてじゃないかな?)
なんとなく思い至っただけだろうが、この結論は真実であった。神様でさえ、操作出来ない確率50%をことごとく科学世界を引き当ててしまった稀有な存在が彼女だった。
(何か簡単な魔法だけでもいいから、使えないかなぁ〜?)
そんなことを考えながら、前世の記憶にある照明を思い浮かべた。
感覚で、魔力を流しこむイメージがわかり、自然と魔力を込める。
するとまるで部屋に蛍光灯を取り付けたかのように、明るくなった。
(うわっ、びっっくりしたぁーー!!)
何かしら呪文的な物を唱えないといけないという、固定概念があったため、いきなり部屋が明るくなったことに驚きを隠せない。
(う〜ん、魔法使えたのはいいんだけど、眩し過ぎるね。もう少し光量を落とせないのかなとイメージしてみる)
すると、今度はまるでツマミを絞ったかのように、部屋が適度な明るさになる。
この時のエレオノールは気づかなかったが、この世界で魔法を微妙に調節できるのは宮廷魔術師くらいだ。
蛇口をガバッと捻って水を出す。そして、一気に締めて水をとめるような使い方はできる。
しがし、今回行ったような微妙な調節というのはかなり厳しいのである。
エレオールは、初めての魔法、さらにはイメージだけで発動した魔法に有頂天になってしまっているが、見る人が見れば、歴史的な偉業が人知れず達成されていたのだ。
(イメージだけで、調整効くなんて、超便利〜。魔法最高! ビバ魔法! グラシアス魔法!)
事の重要性を理解していない、彼女は、本来なら精神と魔力をかなり消耗する魔法を、ちょっと便利な道具くらいにしか思っておらず、後に指摘されて初めて気付くのであるがそれは、少し先の話となる。
…………イケナイ、イケナイ、照明を消さないと母さん達がビックリしちゃう…………
――消し忘れ、ダメッ、ゼッタイ――
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