誕生
「良くやったぞカリーナ!! 早く俺にも顔を見せてくれ」
そう言って、善意で集まってくれた近所の奥様方を押しのけて部屋に飛び込んできたのは、この家の主であり、どうやら、私の父にあたる男のようだ。
父の名前はドミニク。赤い髪に、筋骨隆々とはいかないが、細身ながらもしっかりと筋肉がついている。身長も平均よりも高いっぽい。歳は30代前半といったところだ。
髪は短く、精悍な顔つきをしているが、笑うと目元がゆるみ、周囲を和ませる雰囲気を持っている。農業を営んでいて、後に数々の野菜で品種改良を成功させ、農作物の父と呼ばれるのだが、それはまた後の話だ。
「女の子かぁ〜、俺は3人兄弟で育ったが、全員男だったからな、凄くうれし――うっ……うっ……」
感動したのか、顔を紅潮させ涙を流す父。後で分かったことだが父はかなり涙脆い人だ。
仁義に厚く、涙脆い実直な男、それが周囲からの父の評価だった。
「父さん、何で泣いてるの?」
(ん? 男の子の声?)
「だって、おまえ、は…はじめ…の…おんな…子だぞ。嬉しくてたまらないじゃないか!」
「う〜ん、そうだね。まだよく分からないけど、僕もお兄ちゃんとして、いっぱい可愛いがるよ」
そう宣言した男の子はマルクと呼ばれていた。
父と似た赤毛の髪に、まだ少しソバカスの残る優しそうな少年がマルクだ。
どうやら、今世での兄はこのマルク少年ということになるらしい。
(ふむふむ、まだ、輪郭とかがボヤ〜と見えるだけだが、優しそうだし、良好な関係を築いていけそうな気がする。頼りにしてます兄様)
「もう、2人とも騒がしわね。ほらっ、その子も疲れてるだろうし、ゆっくりと寝かせてあげてちょうだい」
先程カリーナと呼ばれていた女性(わたしの母だろう?)は、2人を部屋から追い出し、わたしを大事そうに抱き上げる。
「はじめまして、そしてようこそドミニク家へ。貴方が新しく家族の一員になるのを心から歓迎するわ」
そう語りかけてくる母さんは、ふんわりとしたお日様のような匂いがする、知的な女性だった。
髪は紺色で腰の辺りまでのばし、鼻筋も高く、街を歩けば100人中99人は振り返って見てしまうような美人さんだ。歳は父さんと、そう違う様には見えない。だいたい同じ年代だろう。
この時は、赤ちゃんで視力も発達しきれていないため、ぼんやりと見えただけだったが、それでもわかるくらい美人だった。
―――――――――――――――――
その夜、わたしを除くドミニク家の面々が一堂に会し、テーブルを囲んで座っていた。
先に席についていたカリーナとマルクは、遅れて入ってきた父ドミニクが口を開くのをソワソワとしながら待っている。
「では、ただいまから、ドミニク家緊急会議を開催したいと思います。内容については母さんからお願いします」
「え〜、今回の議題は、新しく家族となった赤ちゃんの名前決めにしたいと思います!」
カリーナは声高らかに宣言する。
「異議無し」
「異議な〜し」
こうして会議は始まった。
「はい!」
一番はじめに挙手したのはマルクだった。
「ヒルデガルドっていうのはどうかな? 何か響きがカッコいい気がする」
ニカっと楽しそうに笑いながらマルクが提案する。
「父さんは特に反対でもないかな。候補には入れていいと思うが?」
そう言いながら、カリーナに目をやる。
「そうね、立派な名前だけど……」
カリーナの歯切れが悪い。
「私は、元々リーベンシュタットの出身でしょ?その時の幼馴染で同じヒルデガルドって子がいたのよ。名前に罪はないんだけど、その子がたまたま、意地の悪いお嬢様でね……反対ではないけど、正直、気乗りしないわね」
少しため息混じりに、そう溢す。
「じゃあ、父さんはどんな名前が良い?」
マルクが尋ねる。
「父さんか? 父さんは女の子が産まれてくれただけで幸せだから、特には思いつかないな。それに、男の子なら、色々考えてたけど、女の子の名前ってのはなぁ〜」
「じゃあ、母さんは?」
次にカリーナに聞いてみる。
「私は、エレオノールとかどうかと思うんだけど?」
「エレオノールかぁ。うん。可愛い名前だね。何か理由はあるの?」
「お母さんのお祖母様、マルクからしたら、ひいお祖母様になるんだけど、名前がエレオノーレっていうの。もうお亡くなりになったのだけれど……。
エレオノーレお祖母様は地元でも有名な方で、とても偉大な人だったのよ。お医者さんだったから、当時の国王陛下の体調も管理していたみたいだし、色んな薬の発明もなさってたみたい。
でも、お祖母様の名前が一般の人にも有名になったのは、街を守り、多大な貢献をしたことがキッカケなの」
そこで母さんは、一度言葉を区切り、それから、どれだけお祖母様が凄い人だったか語ってくれた。
昔、ひいお祖母様の住む地方で、嵐と飢饉があったらしい。しかし、何故かひいお祖母様は嵐が来る一ヶ月前から嵐が来ると主張し、街の皆に、防災対策を促していた。そして一ヶ月後本当に嵐が来た。防災対策の甲斐もあって、家屋や施設の被害は最小限で済んだそうだ。
しかし、農作物は大打撃を受け、飢饉が発生する。
そこで、すぐにひいお祖母様は自分の私財の大部分を投入することを決意する。
別の街から食料を買い集め、それを無償で街の人々に分け与えた。
その甲斐あってか、街は何とか復興できるまでに回復し、救ってくれたひいお祖母様をまるで神様のように尊敬するようになったらしい。
後日、街の真ん中にエレオノーレの等身大の銅像が建てられることになったのは、また別の話だ。
「うんうん。本当に凄い人だったんだね! なんだか、僕が褒められたわけでも無いのに、無性に誇らしいや。そんな凄いひいお祖母様の名前にあやかって、エレオノールって名前にするなら、僕も賛成だな!」
「俺も特に自分では思い浮かばないし、異論はないな」
ドミニクも賛成の意を表す。
「じゃあ、エレオノールで決まりね!」
――――――――――――――
〜翌朝〜
……ツンツン……
……ツンツンツン……
(誰?わたしのマシュマロほっぺをつつくのは?)
「エレオノール元気か? 喉とかかわいてないか?」
マルクが寝転がるわたしの横に来て話しかけてくる。
(ん? エレオノール? わたしの名前かな? 変な名前じゃなくて良かった〜。でも、前世が日本人のわたしからしたら、いきなり西洋風の名前にびっくりだね。名前も決まったみたいだし、一応、これからは庇護してくれる人物であろうお兄様に、愛想よく笑顔でも作ってっと……)
「あっ、笑った。自分の名前が分かったのかな? 僕の妹は賢いようだね。僕も兄として負けられないね。それじゃあ、僕は父さんと畑に行ってくるね」
何故か、鼻息も荒く部屋を出て行くマルク。
マルクが部屋を出て行くと、また睡魔が襲ってくる。いかに、これまでの人生が記憶として残っていても、器は赤ん坊である。眠くなるのはしょうがない。
(ところで、今回の人生は、親孝行と子育てをメインテーマに掲げている。 お父さん、お母さんは優しそうな人だし、自然と親孝行してあげたいと思える。
この点は、運が良かったといえる。もし、強欲で、腹黒そうな親だったら、出だしから、計画は頓挫しかねないもんね。
それにしても、親孝行するには、何だかんだで結局お金だよね。お金が全てではないが、あるに越したことはないもんね。……まずは……稼ぐことを最優先にするか……)
そんな赤ちゃんらしからぬことを考えながら、再び眠りにつくのであった。
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