人生プラン
「冷たっ!」
頬に冷たい感触を受け、目が覚める。
ご想像にお任せするが、多少口から液体が漏れ出ていたらしい。ご愛嬌だ。
(断じてわたしが悪い訳ではない、おそらく《極》と刺繍がされた枕が悪いに違いない!!)
気を取り直し、部屋の中を見回してみる。
部屋の雰囲気、文字、家具などが日本風なのは、おそらく前世の影響だろう。
(まぁ、特にやることもないので、申請書の提出期限に間に合うように、早速資料の読み込みを開始しよう)
部屋の隅に本棚が置いてあり、棚には未練ノートと書いたものが並べられている。過去の人生の記憶はあるが、100回分の人生といったら、莫大な量になる。
しっかり読み込む時間は無いから、共通部分を見つけ出すことに尽力する。
1日目に50冊、2日目に50冊読み終えた。全100回分を読み終えた中で、特に印象深かったのは2つであった。
1つ目は、親孝行に関する未練。過去の人生では、死別や、様々な理由から自分で納得のいく親孝行は出来ていなかったようだ。
2つ目は、育児に関する未練。どういうわけか、流産や独身生活の記憶などが多く、出産したことがない。
どの人生もそれなりに一生懸命に生き、人並みに充実感はあったが、親孝行したい、子供を育ててみたいという願望が強かったようだ。
ちなみに、ノートで気づいたことだが、わたしは男性だった記憶が無い。よく分からないが、ずっと女性としての人生だったようだ。
そして、断定できないが、おそらく、次も女性であるという妙な確信がある。特に育児に関しては、こうした経緯からも未練が強くでたのだろう。
他にも、少数ではあるが、どこぞの惑星パフェが食べたいだとか、鳥のように飛んでみたかっただとか、色々あったが、優先度は低い。明日一日考えてみても気持ちが変わらなければ、この2つを人生の目標にしようと思った。
〜申請書を受け取って4日目の朝〜
「ふぁ〜あ、だいぶ悩んだけど、気持ちは変わらなかったなぁ〜。期日も迫ってきてるし、これでいこう!」
朝の支度を終え、街の中心部に位置する役所へと向かう。役所は一応この街では一番大きな建物である。レンガ調で天使がトレードマークの旗をたてている赤茶色の建物だ。
「すいませ〜ん、申請書持ってきました」
「はいは〜い、こちらで預かりますので、このクリアファイルにいれて順番までお待ちください」
応対してくれたのは、背中に真っ白な翼を持つ天使だった。比喩的に天使のように可愛いとかではなく、ガチな天使だった。記念に写真撮って欲しかったがグッと我慢した。わたしも多少は成長しているのである。
これが、人生の2、3回目だったなら、おそらくミーハー根性丸出しだっただろう。
(それにしても、旗にはマークで登場してたけど、まさか本物の天使に会える日がくるとは、神様ありがとう!)
そして待つ事、小1時間、ついにわたしの番がくる。「受付番号528番の方〜?」
「はい!今行きます」
「書類をチェックしましたが、特に不備はありませんでした。では、転生の泉にはこちらの第1号転生証を持参して下さいね。手続きは以上になります。それでは、あなたの次回の転生により良き未来が訪れることを!」
役所での手続きを終えて、転生までの数日間は、家でゴロゴロしたり、観光スポットに行ったりして、満喫した。
次の人生は全力で頑張るつもりなので、せめて、ここにいる間はグータラと過ごしたいという欲求がそうさせたのだろう。何はともあれ、ついに転生の日がやってくる。
――――――――――――――――――
転生の泉に着いたわたしは、頬を引き攣らせた。
(今回の転生こんなにいるの? 転生するには一通りの儀式のあと、泉に飛び込むって聞いたけど、こんな人数大丈夫なの?)
不安になるのも無理はない。明らかに泉の大きさには入りきれないくらいの人がひしめき合っている。
そんな折、妙な音が聞こえてきた。
「ガ〜ピ〜、ピギャ〜〜、あ〜あ〜、マイクのテスト中」
(ん? なんかお爺ちゃんの声が聞こえたぞ。てか、なんでレトロな感じの拡声器持ってんの?)
「静粛に! 静粛に! え〜、ワシが神である。今日集まった者達はメモリアル転生と聞いておる。おおいに、楽しんできてもらいたい。
まぁ、どの世界、どの時代にいくにしても完全ランダム制で、このワシにもどこに転生するか、さっぱり分からん。ただし、ワシの趣味で、世界は魔法か科学のどちらかをメインで作っておる。
いずれにせよ、メモリアル転生者同士が同じ世界の同時期に生まれることはないし、魔力は平均以上、科学メインだとIQは平均以上になっておるから、安心するが良い。長々と話したが、何ぞ質問ある者はおるか?」
……シ〜ン……一瞬訪れる静寂
「あの〜?」
恐る恐るといった感じで、ひとりの女の子が口を開く。
「恩恵は無条件で死ぬまで与えられるのでしょうか?」
「ほっほ、まぁ基本は死ぬまで恩恵は受ける。ただし、例外がある。自分の手で他者を殺めた者は恩恵を剥奪される。しかし、世界や時代によっては、正当防衛や、不慮の事故のような形で結果として該当する場合もある。
ワシが恩恵を剥奪するのは、悪質な場合と快楽で殺人を犯す者とする。今までのメモリアル転生者で、該当者はでていないので安心するが良い。」
「分かりました。ありがとうごさいます」
「他に質問はないか?なければ―――」
「はい!今後について教えて下さい。メモリアル転生後はどうなるんでしょうか?また輪廻転生を繰り返し、100回毎の恩恵を受けるというのを未来永劫続けていくのでしょうか?」
(神様が話を終えようとしていたので、食い気味に聞いてしまった。今更だが、周りの視線が恥ずかしい)
わたしは、天国に来るたびに、記憶が戻り、そして転生前に記憶がリセットされることにあまり良い印象をもっていなかった。それで、以前から聞いてみたかったのだが、今までは神様と逢うことは叶わなかった。
しかし、今日初めて神様に逢うことができた。そこで、我慢ができずに思わず質問してしまったのである。
「ふむ、メモリアル転生後は、人によって道が違う。一般的には、通常の輪廻へと戻っていく。しかし、メモリアル転生で世界に多大な貢献を残したものは、ある一定の審査をクリアすれば、この天国での永住権を得ることも可能じゃ」
「分かりました。ありがとうございます。」
「他にはないか?無いなら今度こそ儀式をはじめるぞい」
神様は何処からともなく、杖を手にし、泉の水面を無造作に杖で触れた。
すると、泉から光が溢れ、空まで伸びたかと思うと、転生予定の者達に降り注ぐ。
暫くしてわたしは、自分の身体に異変が起きている事に気づく。急速に身体が小さくなったかと思うと、まるで引っ張られるように、泉へと吸い込まれていく。
ここで、意識は一旦途切れ、再び意識が戻った時は目の前が暗く、律動的なリズムが聞こえてきたのだった。
その後、
眠さに抗う事ができず、すぐに深い眠りについたが、
沈みゆく意識のなかで、その心地よさが、母のお腹にいることによるものだと、うっすらと実感したのだった。