転生ランド
「ここは……?」
霞んだようになっている眼を擦り、ほどなくして、またこの場所に還ってきたのだと理解した。
「ん〜……ここにいるということは、わたし死んだんだよね?」
誰にともなく、一人呟いてみる。
(えっと……確か、このあとは目の前の川を渡って、次の転生の準備をすることになるんだっけ?)
川の端を見渡せば、一人用の船が準備されている。慣れた様子で乗り込み、対岸へと進んで行く。
何故、慣れているかというと、過去99回にわたりこの作業を経験しているからだ。
人であれ、亜人もしくは獣人であれ、死ぬと同時に一度この場所に還り、過去の人生全ての記憶を取り戻す。
そして、晴れて転生する際には記憶はリセットされ、その後、次の人生を歩むというシステムである。
体感にして、20分くらい経っただろうか、ようやく対岸に辿り着く。
出発地点では霧がかかって見えなかったが、こちら側に着いた途端に景色は変わり、綺麗な街並みが姿を現わす。
街の入り口には、大きな兎のような造形の生き物が立っており、街に入る人達に声をかけている。
「ようこそ転生ランドへ! あなたの転生までの天国生活を、きっちり、徹底サポート! 充実した衣食住に加え多種多様なアメニティグッズも取り揃えております! 暫くの休息をごゆっくりお楽しみ下さいませ」
わたしは、街に入って行く人達を横目に、その愛くるしい生き物に目をやる。
10回目くらいの転生ランド生活で初めて、この兎の名前がシュタインバーグということを知った。兎らしからぬ仰々しい名前だというのは深くは突っ込まない。
とはいえ、このシュタインバーグ(心の中ではバーグちゃんと呼んでいる)は非常に優秀で、この街の観光スポットから、絶品料理のお店、若者に人気のシャレオツなお店まで網羅している。
(噂では、転生ランドの料理店は転星という独自の方法で星の数による店の評価がされているとか、その選定にはこのバーグちゃんの意向が強く反映されてるとかなんだとか……)
可愛い生き物が三度の飯より好きなわたしは、我慢できずに大した用もないのにバーグちゃんに話しかける。
「あの〜、今回わたしに、支給される家はどこの区画になります?」
「あっ、すいません案内が遅れて。では、調べますので、腕輪見せて頂けますか?」
腕輪というのは、街に入ると同時に割り当てられる個人情報を含んだ、証明代わりになるものだ。
情報の閲覧はバーグちゃんか、役所の人にしか出来ない決まりになっているので、わたしは、役所に行く手間を厭い、目の前のバーグちゃんに腕輪を手渡した。
「え〜っと、達成人生回数100回。過去の人生において、殺人などの違反はゼロ。自殺も無し。前世では、志半ばで餅を喉に詰まらせたことによる窒息死ですか……ふむふむ……。だいたい分かりました。それでは、お手数ですが、詰所まで一緒に来て頂けますか?」
「え〜っと、すいません。何か問題ありました?」
過去に詰所に連れて行かれた記憶がなかった私は、驚いて聞き返した。
(まずいな〜、5回目の人生で、神殿のお供え物をこっそり食べたのとかまで記録されてたりするのかな? あっ、それとも、8回目の時に無神論者をきどって、天に唾吐くようなデスメタルバンドとかやったのがまずかったかな〜?
う〜ん、でも他にも色々思いつくな〜。今までに怒られたことは無かったから、セーフだと思いたいけど。詰所って初めて連れていかれるよね? 怖いところかな〜? 嫌だな〜。怖いな〜怖いな〜)
人知れず、心臓バクバクで反応を待つ。
「いえいえ、ご安心下さい。問題は特にありません。ですから、あなたに不都合な事はありません。それどころか、次の人生は恩恵が与えられることになるんじゃないでしょうかね。詳しくは詰所でお話ししますね」
――――――――――――――――――
詰所に来たわたしは拍子抜けした。
狭い建物で照明とかあてられて、カツ丼的なものがでてくるかと戦々恐々としていたが、案内された場所は小綺麗な建物で、貴族感溢れる中庭までついている。
「申請書をお渡ししますので、しばらく腰掛けてお待ちください。」
「分かりました。失礼します」
(ぬぬっ……分かりましたとは言ったけど、申請書とは面妖な! まさか安心させといてからの、詐欺的な何かなの?! ねぇ、怖いから何の申請書かだけでも教えて! 過去にはそんな手続きなかったよね? 強制労働イベントとか絶対無理だかんね!)
〜数分後〜
「お待たせしました。こちらが申請書になります。」
ドキドキしながら、申請書に目を通す。複雑な心理状態で読んでみたが、内容はおおまかに次のようなものだった。
――――――――――――――――――――――――
①次回転生においては、過去の全人生における記憶、
スキルを全て継承できる。
②過去の人生で扱った道具や薬などは基本的に作る
ことができる。(一部例外あり※)
※魔力不足や、素材の不足などの場合は作れないこと
もあります。素材は、当該世界に存在さえしていれ
ば、遠くにあっても、素材として使用できます。
しかし、魔力量により、その範囲は左右されます。
小さい頃なら、家の周辺程度くらいが妥当です。
また、料理は例外とします。料理のための機材な
どは作れます。
――――――――――――――――――――――――
その他には特別な制約はなく、好きな人生を送っても良いとのことだった。
どうしていきなり、こんな恩恵が?と思ったが、どうやら、101回目、201回目など、100回区切りで、メモリアルな恩恵が与えられるとのことだった。
とりあえず制約はないとのことだったが、不安だったので、バーグちゃんに質問してみた。
「あの〜、読んだ限りでは何をしてもいいようでしたけど、皆さんどうされてますか?」
「それに関しては、本当に皆さん様々でいらっしゃいます。その道の達人を目指す方、アイドルや英雄を目指す方、盗賊や、邪教徒を堪能される方などもいらっしゃいます。
しかし、世界を滅ぼしたり、当該世界を安定して維持するために必要な人物を殺めたりした際は、転生者が亡くなると同時に神様によって世界はリセットされます。相当な悪事を働かない限りは特に気にしなくても大丈夫ですよ。ご安心下さいませ」
「では、こちらの目標、希望の人生プランっていう欄は??」
「それは、そのままの意味で捉えて頂いてかまいません。例えば、パティシエになりたいと書けば、類い稀な味覚の持ち主として生まれたり、アイドルなら生まれつき容姿が飛び抜けて良いといった感じで、ちょっとした、ボーナス的なものが与えられます。ここは、絶対に記入するのがオススメですよ!」
「申請書の提出期限はありますか?」
「そうですね、役所が週末はお休みですので、今日を含めて、5日以内にお願いします。また、人生プランの参考になるかは分かりませんが、お部屋には今までの人生で未練があることをまとめた資料もあるので、よろしければご活用ください」
「分かりました。ありがとうございます」
「あっ、そうそう、言い忘れておりました。一応次回転生は10日後となっております。10日後の午前9時に転生の泉の前にお越し下さい。当日は混雑が予想されますので、お早目にお越しください」
「了解です!」
そう一言答えると、足早にあてがわれた部屋を目指して歩き出す。どんな人生にするか、ワクワクしながらも、キリッとした表情を心がける。
あれこれ、考えているときは、アホの子みたいだと前世ではさんざんからかわれたからだ。
(せっかくのメモリアルな人生なら、未練が残らないように、充実した人生を送りたいな……)
そんなことを考えながら、家路につく。
部屋に着いた頃には辺りは薄暗くなっていた。
用意された食事をとり、お風呂を済ませた後、寝巻きに着替えて、布団に転がる。
本当は、未練について書かれた資料に目を通す予定だったのだが、睡魔に勝てず、3秒と経たず寝落ちしたのだった。