009 苛立ち
トワラに協力する事を決めたその日から、早くも数日が経過した。
その間、目立ったトラブルも襲撃も無く、暁達はイラマグラスタへと進んで行った。
「イラマグラスタへ行く前に、一度侯爵領に寄ります。そこで最後の物資の補充と、難民の引き受けをしてもらいます」
「その、侯爵ってのは信用なるのか?」
「はい。侯爵も同盟派です。何も心配は無いと思います」
「そうか……」
トワラはそう言うけれど、正直暁はあまり信用が出来ないと思っている。
帝国派と同盟派に分かれているとは言え、そのどれもが真実を言っているとは限らない。
暁は同盟派の中に間諜がいると思っている。
トワラが王都に居ないという事は、恐らくもうすでに知られているだろう。それは良い。そこまではトワラも考えている事だろうから。
けれど、暁が遭遇した最初の襲撃にはあまりにも迷いが無さ過ぎた。
帝国が物資目当てに商業艦を狙うという事は有り得ない話では無いけれど、帝国の攻撃の仕方は艦内の物資の安否を気にしたものでは無かった。知っていたのだ、トワラが乗っている事を。
後で聞いた話だけれど、あの時が初めての襲撃であったらしい。初めての襲撃であの迷いの無さであれば、あらかじめどの艦にトワラが乗っているのかを知っていたという事になる。
トワラが帝国派にどの艦を動かすか、どの航路で行くのかを教えるとは思えない。
帝国派と言えども貴族ではあるし、どの艦に何が乗っていたのかを調べる事は容易であろう。
けれど、航路までは分からないだろう。航路は艦によって違うし、何処に何日寄るかも分かったものではない。
いくらミラバルタが小国とは言え、発展途上国である事には変わりなく、何処にでも人の目がある訳では無い。人の目が無いのであれば、新しい情報は入りにくいはずだ。
王都から巨大移動旅団機は日に何度も出入りをするし、イラマグラスタに入る道は一つではない。虱潰しに探せる程、今のミラバルタに人員があるとは思えない。
ましてや、同盟派と帝国派に分離しているのであれば、割ける人員は激減するだろう。
まったくの偶然という可能性もあり得なくは無いけれど、確率としては限りなく低いだろう。
偶然では、無いのだろう。恐らく、いや確実に、同盟派に裏切者がいる。それも、この艦の航路を知っているという事は、トワラに近しい者という事になる。
トワラの王都での立ち位置を知らない暁には特定は出来ないけれど、最悪の場合を想定する事は出来る。最悪の場合になれば、それはトワラにとっては最悪の敵になるだろう。
トワラはどうだか分からないけれど、秘書官であるバルサは予想がついている事だろう。後、ガランドも。
「まぁ……どっちにしろ俺のやる事は変わらないか」
「何がー?」
「がー?」
「いや、何でもないよ」
よく似た顔の少女二人に問われれば、暁は何でもないと笑って誤魔化す。
よく似ているとは思っていたけれど、この二人は一卵性の双子らしく、ツーサイドアップの少女が姉のポーニャ・ルル。カントリースタイルの少女が妹のピーニャ・ルル。
暁は今、二人の勉強を見ている。と言っても、この世界の勉強の事なんて分からないので、ちゃんと勉強をしているかどうかの監督役だ。シシリアに頼まれてしまったので、仕方なく二人の監督役をしている。
本当は敵襲の時に直ぐに出撃できるようにガレージに近い位置で待機していたいのだけれど、流石に、同乗しているのに何もしないのは気が引けたので、この仕事を引き受ける事にした。ありていに言えば、二人の子守りだ。
暁が二人が勉強をしているのを見守っていると、和やかな時間を切り裂く警報が鳴り響く。
「――ッ! 二人は此処にいて! 良いね?」
「「はーい」」
二人が頷いたのを確認して、暁は部屋を出てガレージに向かう。
ガレージにたどり着けば、ラッドが暁に声をかける。
「整備は問題無ぇ!! 弾も装填してある!! 存分に暴れてこい!!」
「言われなくても!」
暁は叛逆に乗り込み、キャノピを閉める。
「システム、オールグリーン。各種計器異常無し。いつでも行ける」
『叛逆から先に出すぞ!!』
叛逆を固定していた安全装置が外され、叛逆は自由に動けるようになる。
「叛逆、暁、出る!!」
開け放たれたハッチから飛び降りる。
慣性のままに地面を滑りながら、加速器で巨大移動旅団機の速度に合わせる。
『敵機、九時の方向! 反応は十六です!』
「了解! 先行して叩き潰す!」
『え、ちょっと!?』
独断専行で敵機へと向かう暁に、オペレーターが慌てたような声を上げる。
しかし、暁はそれを無視して敵機へと迫る。
暁は連携が出来ない訳では無い。けれど、今回はあえてしない。
この巨大移動旅団機の機体の数は叛逆を合わせて七機だ。数的不利はどうあっても覆せない。大勢で攻められれば、巨大移動旅団機の防衛も難しくなる。
遠くで数を減らし、抜けた少数を相手してもらう方が良い。
それに、暁は一人の方が強い。
敵機に接近。オーヴァディアも暁に気付き、銃撃を開始する。
前回の事で暁を警戒しているのか、敵からの銃撃が厚い。暁をまず潰す事を考えているのか、全機体が暁に向かって銃を撃つ。
「その程度……!!」
高速起動で敵の銃撃を掻い潜り、暁は一機のオーヴァディアに迫る。
右手に持った肉厚な片手斧でオーヴァディアの腕を叩き付け、左手に持った散弾銃で頭部を吹き飛ばす。
叛逆の装備は一新されており、攻撃手段は片手斧二本と散弾銃のみとなっている。暁の要望通り、両肩に小型の盾を装備し、左腕にも盾を装備している。
「まずは一機」
一機を落としても、暁は動きを止める事は無い。
即座に射線が暁に集中し、暁が先程までいた場所を蜂の巣にする。
高速移動の相手に読ませないランダムな移動で相手を撹乱しながら、散弾銃を撃って牽制する。
中距離であればそれなりに威力を発揮する。幾ら装甲の厚いオーヴァディアと言えども、散弾銃の火力であれば装甲を抉るくらいの事は出来る。
躍起になって暁へと射線を集中させるけれど、それは悪手でしかない。
突如、一機のオーヴァディアの頭部が吹き飛ぶ。
『アカツキ君! そのまま攪乱をお願いします!』
「了解」
最初に暁とコンタクトを取ったミラバルタの騎士――ナサニエル・クラウドからの通信。それだけで、ナサニエルが巨大移動旅団機から狙撃したのだと分かった。
ナサニエルとシミュレーションモードで戦闘をしたけれど、ナサニエルはとても優秀な操縦者だった。
遠近どちらも攻撃の精度が高く、ここぞという時に相手の懐に突っ込む事が出来る度胸もある。叛逆とサンサノーズでの戦闘だったから暁が全戦全勝をしたけれど、これが同じサンサノーズであったならば勝負は分からなかっただろう。負け続ける事は無いとは思うけれど、勝率は大きく下がったはずだ。
それほどまでに、ナサニエルの操縦者としての腕は良かった。
だから、安心して後ろを任せられる。
巨大移動旅団機の上に乗り、ナサニエルは正確無比な射撃を繰り出す。
ナサニエルの射撃に動揺したのか、一瞬動きに迷いが見られるけれど、直ぐに統制が整う。
暁の相手を五機に任せ、残りの九機が巨大移動旅団機へと向かった。
しかし、それも悪手でしかない。
たかが五機のオーヴァディアで落とせる程、暁は甘くはない。
一機のオーヴァディアにタックルをして体勢を崩させ、別のオーヴァディアの射線上に立たせる。
流石に味方を撃つような愚を犯す事は無く、一瞬銃撃が止む。けれど、その一瞬で射線は薄くなる。
体勢を崩したオーヴァディアの頭を散弾銃で吹き飛ばし、暁は次に向かう。
銃撃では埒が明かないと判断したのか、オーヴァディアは銃を捨てて両手斧と大剣に持ち変える。
相手が接近戦を選んでも、暁は恐れる事無く突っ込む。
振られる両手斧を紙一重で避ける。
肩に片手斧を引っ掛け、大剣を振り上げていたオーヴァディアの前へと無理矢理移動させ盾の代わりにする。
突然味方機が目前に現れた事により、振り上げたままの姿勢で固まってしまうオーヴァディア。
「そこは直ぐに移動しろよ」
片手斧でバランスを崩したオーヴァディアの頭を散弾銃で吹き飛ばし――
「もう一発」
――その奥に居たオーヴァディアの頭を更に散弾銃で吹き飛ばす。
「残り一」
即座に動き、残った一機の元へと向かう。
最後の一機になった事に動揺し、焦ったのだろう。
一機で僚機を一気に五体も葬り去ったのだ。目の前に悪魔でも居る様な気分にもなるだろう。
その動揺、焦りが、悪魔に魂を明け渡す事になるとは、本人も気付いていない事だけれど。
振り下ろされる大剣。けれど、それはまたも紙一重で避けられる。
「終わり」
両腕を片手斧で落とされ、最後に頭部を片手斧で叩き潰した。
これで、暁の対応をしようとした機体は全て倒した。
けれど、これで終わりではない。
暁は即座に反転し、巨大移動旅団機へと向かう。巨大移動旅団機では依然交戦中であり、数的不利もあって少しばかり押されているようだった。
後方から急速にオーヴァディアへと突っ込む。
振り返って暁を迎え撃とうとしたオーヴァディアを後方――つまり、巨大移動旅団機の方からサンサノーズが撃つ。衝撃で動けないオーヴァディアの頭部を散弾銃で吹き飛ばし、即座に近くに居たオーヴァディアへと向かう。
戦闘終了となるまで、そう時間はかからなかった。
全てのオーヴァディアを落とし、全機無事に大きな破損も無く生還する事が出来た。
今回は討ち漏らしも無い。まずまずな戦果と言えるだろう。
全機をガレージに収納してから、ガレージのハッチを閉める。
叛逆を安全装置で固定してから、暁は叛逆から降りる。
「おう、お疲れ」
「うん。ごめん、肩強く打ったから、重点的に見ておいてもらえる?」
「おう。あーあ、盾も拉げてやがるなぁ……」
「タックルしたからさ」
「あー……肩に盾付けるって聞いた時は何に使うんかと思ったが、そのための盾だった訳か」
「そういう事。それじゃあ、お願いね」
「おう。お前さんはゆっくり休めよ」
「分かってる」
ラッドの態度は最初からは比べ物にならない程軟化している。
暁はぶっきらぼうで生意気なところがあるけれど、悪い奴ではない事がここ数日の生活で分かったからだ。それに、機体にも詳しい。機体のあれこれを話す事が出来るので、ラッドは話しをしていて楽しい。この間は男の浪漫武装についてついつい熱く語り合ってしまったくらいだ。
それに、年も近い事もあって、ラッドにとっては少し生意気な弟のような気分だ。自分が一人っ子だけに、そう言った存在を存外悪くは思ってなかった。
しかし、ラッドのように態度の軟化した者もいれば、変わらない者もいる。
「お疲れ様です、アカツキ」
ガレージから双子の元へと向かおうとした暁の前に、トワラが現れる。
「……どうも」
どうにも、未だにトワラが苦手だ。自分に他人行儀なところが、特に。
実際、このトワラとは他人同士である事は変わりないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど、同じ顔をしているからか、どうにも割り切れない。
だから、暁の言葉も素っ気ないものになってしまう。知らない者から熱を持った言葉を貰っても、気持ち悪いだけだろうと思ったから。
特に話す事も無いので、暁はトワラの横を通り過ぎようとしたけれど、トワラは暁に用があったのかそのまま口を開く。
「操縦席で私も見ていましたが、凄まじい戦闘技術ですね。貴方程の腕であれば世間にその名を轟かせそうなものですが」
「ずっと田舎に引っ込んでたから」
「ガランドは言っていましたよ。あれは百戦錬磨の強者の動きだと。田舎に引っ込んでいてあのあれ程の技術は――」
「あの」
トワラの言葉を遮り、暁は言う。
「俺の素性って今関係ある? 俺は巨大移動旅団機を護るし、あんたをイラマグラスタに送り届ける。それ以外に、何か必要?」
「いえ……」
「なら、良いでしょ」
言って、暁はトワラの横を通り過ぎる。
最低だなと、自分でも思う。こんなの、完全に暁の八つ当たりだ。トワラが悪い訳では無い。
ガレージから出てすぐ、暁は苛立ったように壁に拳を叩き付ける。
「……ガキかよ、俺は……」
苛立つ暁は気付いていなかったけれど、少し離れた位置からシシリアが暁を見ていた。
「あわわわわ」
お疲れさまと言いに来たのだけれど、苛立った暁を見つけてしまったシシリアはただ慌てふためいていた。暁がそれに気づいて謝るのは、少し先の話。