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007 戦う理由

 これ以上は邪魔してはいけないと思い、ガレージを後にした暁達は、少女二人が先程まで勉強していたという部屋に向かった。


 一瞬、独房に戻ろうかとも思ったけれど、トワラが扉を開けておいたという事は中を自由に見て良いという事だと解釈して、三人に着いて行った。


 電子端末を使って、二人が文字の勉強をしている間、暁はお目付け役の少女に訊ねる。


「なぁ、世界地図ってある?」


「世界地図? 端末見れば早いと思うけど……」


「俺、端末持ってなくて……」


「ああ、そうなんだ。じゃあ、これ貸してあげる」


「ありがとう」


 少女から端末を受け取り、暁は世界地図を検索して開く。


「そう言えば、名前言ってなかったわよね? 私はシシリア。シシリア・オルテス。貴方は?」


「俺は……」


 一瞬、本名を名乗ろうとしたけれど、今の自分の姿を思い出す。


 今の自分の恰好は、制服を着た宮前暁ではなく、ぼろぼろのポンチョを身に纏い、中に無地のシャツとズボンを着ただけの、アイアンのNPCとして登場しそうな格好だ。


 ゲームの時の恰好では無いけれど、何故だか宮前暁と名乗るのは気が引けた。


「……俺は、アカツキ。アカツキだけで良いよ」


「……そう」


 アイアンの世界観では、苗字(ファミリーネーム)が誰にでもある。ミラバルタの現状が暁の知っているものと相違ないのであれば、アカツキとだけ名乗った暁をシシリアが少しだけ訝しんでいるのも頷ける。


「別に、偽名じゃない。ただ、ファミリーネームが好きじゃないだけなんだ」


「そう、なのね」


 暁が適当に誤魔化せば、少しだけ納得したような様子を見せる。しかし、やはり訝しむ気持ちはあるのか、表情に戸惑いがある。


 そんなシシリアを無視して、暁は情報収集にいそしむ。


 アイアンの世界では電子機器は普及していた。そもそも、時代背景がファンタジー系のものではなく、機械を駆使して戦う近未来であるのだから当たり前と言えば当たり前だ。


 しかし、それでも首都部から離れた村があるというのは、ひとえにミラバルタの国力が弱いせいだ。


 そもそも、ミラバルタは小国。他国からの輸入も必要最低限であり、首都部以外の村は自給自足が殆ど。家屋も古く、また質の良いものとは言えない。電化製品は在るけれど、それも数年型落ちした物になる。


 どうやら今のミラバルタもその状態は変わっていないらしく、シシリアが渡してきた端末も古めかしい型落ち機だった。


 情報収集が出来るので文句は無いけれど。


「……やっぱり……」


 世界地図を開き、暁は一つ頷く。


 アイアンの世界では大陸は一つしか無かった。(ふち)の歪な楕円の中央に通る(のこぎり)の歯のように険しく連なる山脈が大陸を分断し、下半分が帝国の領土となり、上半分が各国の領土となっている。


 帝国――ファブラゲネシス帝国は大陸の半分を領土としており、その統治形態は絶対君主制。


元々、帝国のある大陸の下には多くの国があった。それを、帝国が全て制した。その結果、大陸の半分を国土に収める大帝国が完成した。


 此処までの筋書きはアイアンと同じ。黄昏鉱(トワイニウム)を狙ってミラバルタにちょっかいをかけているのだって同じだ。


 しかし、ゲームとは明確な違いがある。


 まず、ゲームではファブラゲネシス帝国ではなく、ローグアイアス帝国だった。そして、現在の主導者も違う。


 ゲームでは、バゼス・グランロッド・ローグアイアスだったけれど、この帝国の皇帝の名はデウス・エワンゲリウム・ファブラゲネシスとなっている。


 添付されていた写真も違う。こんな男を、暁は知らない。


 帝国意外にも、盟約同盟国家群の各国家の名前も違う。


 まず、ミラバルタの隣国であるイラマグラスタ王国。


 次に、その隣にあるテディマリア共和国。


 最後に、共和国の隣にあるエリエル王国。


 この三つが盟約同盟国家群という扱いになっている。


 世界地図と各国の情報を見比べながら、暁は頭の中を整理する。


 情勢はゲームと同じ。ミラバルタが小国であり、黄昏鉱(トワイニウム)を狙って帝国がちょっかいを出してきているという事も同じ。


 けれど、国の名前が違う。そして、この争いは遊びでもなんでもなく、人の命がかかっているという事だ。


 相手も、見方も、自分も、死んでしまう。生き返る(リスポーン)は出来ない。死んだら、本当にそこで終わってしまう。


「うーん……」


「うむむん……」


 端末を使って勉強をする二人を見る。


 彼女達も、今此処で彼女達に文字を教えているシシリアも、死んでしまうのだ。


 思い起こされるのは、あの日の光景。


 瓦礫に埋もれ、今際(いまわ)(きわ)に笑みを浮かべたトワラの相手を思う優しい笑顔。


 帝国の攻撃に容赦は無かった。


 この艦が壊れる事を分かっていて、徹底的に攻撃をしていた。あの攻撃には、トワラに対する配慮すらなかった。つまりは、そういう事(・・・・・)なのだろう。


 次はもっと敵が増える。叛逆(リベリオン)の介入を危険視して、もっと強力な武器を持って攻めてくるはずだ。


 手を貸してしまった暁は考えるまでも無く最早無関係とはいえないのだ。連続して続く事に対して、一度の手助けはただの自己満足にすぎない。暁は、この事が終わるまでは手を貸さなくてはいけない。それが、手助けをした者の義務なのだから。


 考えさせてくれとは言ったけれど、助ける事は決めていた。ただ、情報収集を……いや、心の整理を付けたかった。


自分の知らないトワラのために戦えるのか、どうか。それをずっと考えていたけれど、まだ答えは出そうにない。


 だから、暫くはこの子達のために戦おうと思う。


 帝国は子供相手だろうが容赦はしない。そも、子供がこの艦に乗っている事すら知らない可能性が高い。オーヴァディアの高火力集中攻撃を受ければ、いくら頑丈な巨大移動旅団機(キャラバン)と言えども、ただでは済まないだろう。


 今回は良かったけれど、次はロケットランチャーを搭載してくるかもしれない。そうなれば、防衛の難易度は上がる。


 護るための戦いをしてこなかった訳ではない。けれど、今の装備では巨大移動旅団機(キャラバン)を護るには不十分過ぎる。


「端末、ありがとう」


「ああ、うん」


 暁はシシリアに端末を返すと、部屋を出て行こうとする。


「あれ、どこ行くの?」


「ちょっとガレージに」


 それだけ言って、暁は再びガレージに向かった。


 トワラが狙われる理由は教えて貰った。けれど、情報が不十分である事も理解している。


 しかし、戦う理由は出来た。今の暁には、それだけで十分だった。





 再びガレージに向かえば、叛逆(リベリオン)の前で先程の整備士が腕組みをして悩んでいた。


「なぁ」


「あ? んだよ、またお前かよ」


 暁が声をかければ、整備士の青年は嫌そうな顔をした。


「ちょっと、頼みたい事があるんだけど」


「なんだよ」


「此処の予備の装備のリストを見せて欲しいんだ。護るには、この装備じゃ心許ないから」


「それ、姫さんには言ったのか?」


「言ってない」


「じゃあ駄目だ。話を通す順番が違うだろうがよ。まずは姫さんに話を通せ。此処の事実上の責任者は姫さんなんだからな」


「分かった。じゃあ、盾とオーヴァディアにも通る銃を……できれば散弾銃(ショットガン)が良いな。リスト作っておいて」


 言うだけ言って、暁はトワラの元へ向かう。


「あ、おい! 俺はお前の使いっ走りじゃねぇんだぞ!?」


「それで皆を護れるなら安いものでしょ?」


「~~んのっ!! お前これで失敗したら絶対(ぜって)ぇ許さねぇからな!!」


 去り行く暁に吠えてから、整備士の青年は苛立たし気にリストの制作を始めた。


「失敗なんて出来るかよ……」


 小さくそう言うと、暁は足早にガレージから出て行く。


 失敗なんてしない。したくない。そのための準備だ。


 トワラがいる場所なんて知らないけれど、巨大移動旅団機(キャラバン)の構造はどれも似通ったものになっている。そのため、おおよその場所は分かる。


 迷いの無い足取りで暁は巨大移動旅団機(キャラバン)の操縦室へと向かう。


 この巨大移動旅団機(キャラバン)の最高責任者であれば操縦室にいるだろうという安直な考えだけれど、いなかった場合は呼び出すなり部屋を教えて貰うなりすれば良いだけの話だ。


 操縦室までたどり着くと、暁は扉の開閉ボタンを押す。


 扉が開いた事に気付いた操縦室の面々が一瞬暁に視線を向けるけれど、直ぐに自分の仕事に戻る。お姫様を乗せているのだ。簡単に気を散らしているようでは此処の乗組員(クルー)は務まらない。


 その中で、一人だけ暁の元へやって来る者が居た。


「おう坊主! どうした? なんか用か?」


 気さくに声をかけてきたのは、先程暁の独房へと足を運んだガランドだった。


 まぁ別にこの人でも良いかと思い、暁はガランドに言う。


「さっきの話、受ける事にした」


「おお、そうか!! いやぁ、手練れが一人増えるのはありがたいぜ!! よろしくな、坊主!!」


 快活に笑って、ガランドは手を差し出す。握手という事だろう。


「……よろしく」


「おう!!」


 力強く暁の手を握るガランド。ちょっと痛いけれど我慢する。


「にしても、見た事無ぇ機体使ってんだな? ありゃなんて機体だ?」


 操縦室(ここ)でそんな世間話をしても良いのだろうかと思いながらも、機体の事についてガランドが訊ねれば、他の乗組員(クルー)の興味も一瞬だけ暁に向いた。どうやら、気になってはいるらしい。


 なら良いかと思いながら、暁は答える。


叛逆(リベリオン)。それが俺の機体の名前だ」


 暁がそう言えば、ガランドはぽかーんと呆けた面を見せる。


 他の面々も、予期せぬ言葉を聞いたとばかりの反応を見せる。


 何かまずっただろうかと思いながらガランドの返答を待っていると――


「ぷっ……がはははははははっ!」


 ――ガランドは、おかしそうに笑いだした。


「お、おいおい! 冗談はよせって! そりゃあ大昔の大戦の時の機体だろ? 今現存してるわけねぇだろうがよ!!」


「え……?」


 大笑いするガランドと、まぁそりゃあそうだよなと頷く他の面々。


 しかし、暁は皆の反応に困惑を隠せない。


 おかしい。確かに、叛逆の七機(シリーズ・リベリオン)の設定は大昔の大戦で使われていた機体という事になっている。けれど、アイアンでは全機が健在だった。


 そこまで考えて、暁は気付く。


 そうだ、此処はゲームの世界では無いのだ。ゲームの世界では機体が残っていたとしても、現実世界では残っているとは限らない。逆に、ゲームでは名前だけ上げておいて機体を出さないなんて事をするわけが無いのだ。


 あっちで在って当然だとしても、こっちでは無い方が当たり前なのだ。


 けれど、あの機体はどこからどう見ても叛逆の七機(シリーズ・リベリオン)の旗頭、叛逆(リベリオン)である。操作もしたし、機体情報も確認しかたら間違いない。


「いや、あれは本当に――」


 暁が言いかけた時、操縦室の扉が開く。


 そして、慌てた様子で先程の整備士の青年が入り込んでくる。


「おう、ラッド。どうした、そんな慌てて?」


 ガランドが整備士の青年――ラッドに声をかけるも、ラッドはガランドではなく暁を見る。


「おいお前!!」


 そして、暁を見るなり興奮した様子で掴みかかるラッド。


 喧嘩かと一瞬身構えるガランドだったけれど、ラッドは手を出す事無く続ける。


「あ、ありゃあどういうことだ!? なんかの冗談か!?」


「あ、あれってどれさ……」


「あの機体の事だよ!! さっきは駆動系のとこしか見てなかったけど、装備合わせんのに機体情報見りゃ、ありゃあいったいどういう事なんだ!?」


「だ、だから、なんの事を――」


 いや待て。ラッドは機体情報を見たと言った。


 そこで暁はラッドが何に驚いたのかを察したけれど、暁が何かを言う前にラッドが唾を飛ばしながら怒鳴るようにして言った。


「あの機体、叛逆の七機(シリーズ・リベリオン)叛逆(リベリオン)じゃねぇか!! あんな伝説級の機体、どこで見つけた!? どっから掘り当てた!? ええ!?」


 ラッドがそう言い切れば、操縦室は静寂に包まれる。


「いや、気付いたらあったとしか……」


「あの機体が気付いたらあるわきゃねぇだろうがよぅい!!」


「わっ、汚っ」


 滅茶苦茶に唾が飛び、思わず顔をそむけてしまう暁。


「ま、待て待て! ラッド。お前がさっき言ってた事は本当なのか?」


「ああ!? 何がっすか!?」


「柄悪いな!! いや、この坊主の機体が叛逆(リベリオン)だって事だよ!!」


「本当の本当っすよ!! 俺はこの目で見たんですから!!」


「ま、マジかよ……」


 ラッドの言葉に、ガランドは思わずと言った言葉を漏らす。


 暁の言葉を信じなかったのは、単に暁の事を知らなかったからだ。だから、暁の事を疑っていた訳では無いけれど、冗句を言ったのだと思ったのだ。


 けれど、ガランドとラッドの付き合いはそこそこ長い。機体に対して嘘を吐くような奴でない事は知っている。だからこそ、伝説の機体を前にして彼が此処まで興奮しているという事実を簡単に受け入れられるのだ。


「坊主……お前はいったい……」


 何者なんだ。


 言葉にならない問いを暁は正しく理解した。


「今は、ただの傭兵(マーセナリー)……って事で」


「んな訳あるかよ」


 暁の言葉を、ガランドは困惑したような声で否定した。


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