006 海中遊泳
「こっちこっち!」
「こっちー」
「分かった! 分かったからそんなに引っ張らないでくれ!」
二人の少女に引っ張られ、暁はガレージに向かう。
引っ張られている暁を、巨大移動旅団機の乗組員は不思議そうに見ているけれど、特に何を言ってくる訳では無かった。
「ここ!」
「ここー」
少女達に引っ張られながらも、何事も無くガレージに到着した。
ガレージはそれなりに広く、六機のサンサノーズと叛逆が一機格納されていた。
「あれ! あれお兄ちゃんの?」
ツーサイドアップの少女が指差すのは、夕焼け色の差した叛逆だ。
「それを確かめに来たんだ」
かつかつと鉄階段を鳴らして降りる。
ガレージでは整備士達が忙しなく動き回ってサンサノーズの整備をしていた。
その合間を縫って、整備士達の怪訝な視線を無視して暁は叛逆へと歩み寄る。
様々な角度から、じっと叛逆を見る。
「……同じだ」
「同じ?」
「うん」
小首を傾げる少女達に、暁は一つ頷く。
目の前にある叛逆は暁の記憶の中の叛逆と同じだった。
カラーリングが寸分違わず同じなのだ。
暁は操縦席に乗り込むための階段を上り、叛逆を見ていた整備士を押し退けて操縦席に乗り込む。
「あ、おい! そいつは今整備中なんだ! 勝手に乗り込まないでくれ!」
「こいつの事はあんた達よりも俺の方がよく知ってる」
言いながら、暁は機体データを開き、装備や機体の状態を見る。
「……やっぱり……」
叛逆の七機は加速器と推進器が独特ではあるけれど、ある一部分を除けば、機体を動かす機構は自分の好きなようにカスタマイズする事が出来る。
そのカスタムが、暁の使っていた叛逆とまったく同じだった。こちらも寸分違う事は無い。
これで、確信を持てた。この機体は、暁のものだ。もし暁の機体で無いのだとしても、暁の機体に近付けるために調整されている。
数ある部品の中で、全ての部品が寸分違わず合致するなどある訳が無い。外装を含めれば、その確率は非常に低くなる。
この外装、この機構。暁の使っていた叛逆と同じという事に、何かの作意を感じずにはいられない。
「ねー! これ、お兄ちゃんのー?」
「のー?」
いつの間にか二人の少女も登ってきたのか、身を乗り出して操縦席の中を覗きこむ。
「あ、ああ……多分、俺のだ」
「すごーい! これかっこいいね!」
「かっこいい」
興奮したように、機体をぺたぺたと触る二人。正直冷や冷やするから止めて欲しいけれど、子供の止め方なんて知らない。
「こらガキ共! 危ねーからべたべた触んな!」
「きゃー! 怒られたー!」
「怒られたー」
二人を怒鳴り付ける整備士に、しかし二人は堪えた様子も無くきゃっきゃと笑いながら操縦席に乗り込む。
「え、ちょっと……」
「せまーい!」
「せまい」
「狭いなら出てくれない? あと、危ないから勝手にいじっちゃ駄目だ」
冷や冷やしながら暁はわたわたと少女二人を止めようとするけれど、少女達は止まらない。
どうしようかと慌てふためいていると、操縦席に影が差す。
「こら!! 邪魔しちゃダメって言ってるでしょ!!」
空気を劈く高い声。
叱責をの声を聞けば、少女二人はぴたりと動きを止める。因みに、暁もびくっと身を震わせて動きを止めている。
「ポーニャ、ピーニャ、操縦席から出てきなさい!」
「「はーい……」」
二人は肩を落として操縦席から出て行く。
出て来た二人を見て、まったくと鼻息荒く言えば、しかし、直ぐに表情を柔らかいものに戻して暁に視線を向けた。
「ごめんなさい。この子達が邪魔しちゃったわよね」
「ああ、いえ……」
「邪魔してないもん!」
「案内したもん」
「此処は危ないから入っちゃダメだってお姉ちゃん言ったでしょ! それに、皆の迷惑にもなるんだから! だいたい、今はお勉強の時間でしょ? お勉強するってお姉ちゃんと約束したよね? その後なら一緒に遊ぶって――」
不満げな二人の言葉に、少女は取り付く島もなくぴしゃりと雷を落とし、続いて一つ二つと雷を落としていく。
怒られている二人を尻目に、暁は操縦席から出る。
暁は三人から離れ、うるさくて敵わないと言った様子で少しだけ離れたところで作業をしていた整備士の元へ行く。
「なぁ、一つ良いか?」
「あ? なんだよ」
暁の言葉に、整備士は不機嫌そうに言葉を返す。それもそうだろう。整備をしていたら子供四人に邪魔をされたのだ。それに、内一人は自分の方が詳しいと、勝手にデータを弄くり始めたのだ。整備士として面白い訳が無い。
「なんで子供が居るんだ? この巨大移動旅団機って戦闘艦だろ?」
「あぁ……まぁ、訳アリだよ、訳アリ」
「訳有り?」
整備士は三人の様子を窺いながら、声を潜めて言う。
「あの双子、両親を帝国に殺されたんだ。んで、身寄りがねぇってんで、姫様がこの巨大移動旅団機に匿ったんだよ。安全でもねぇが、他の町に歩きで行くのはしんどいだろうってな。この艦にはそんな奴らばっかりさ」
「じゃあ、あの女の子は……」
「ああ、実の姉じゃねぇ。あいつらの姉代わりってやつだよ。このご時世、珍しいもんじゃねぇ」
もう良いだろ。とっととどっか行け。
彼はそう言って、整備に戻った。
流石に、これ以上邪魔をしてしまうのは申し訳無いので、暁は三人の隣を通って独房に戻ろうとした。
けれど、その腕を二人の少女が掴む。
「え?」
驚いて二人を見れば、むすっといじけたような顔で俯いていた。
「こら! お兄ちゃんを巻き込まないの! ごめんなさい。整備とか、色々あるわよね? ほら、お兄ちゃんの手を離しなさい!」
「いえ……」
暁はこの艦では特に役割を割り振られてはいない。そもそも、トワラに手を貸すかどうかすら決めていない。
別段、此処で足止めを食らっても困りはしないのだけれど……。
「……」
「……」
泣きそうな顔で俯いている二人の対処には、困ってしまう。
暁は小さな子供の相手などしたことが無い。それに、どちらかと言えば、小さな子供は苦手だ。
二人は、暁の手を離さない。懐いたから、という訳では無い。
ただ、そう、ただこの少年が、二人の事を怒らなかったから。二人が暁の手を掴んだのは、たったそれだけの理由だ。
この艦の皆は、どこか余裕が無い。それもそうだ。いつバレるかも分からない偽装をして、いつ襲われるかも分からない航行をしているのだ。必然、常に気は張り、少なくないストレスに苛まれる。
そして、この艦には少女達と同じ境遇の者が多い。軍人でも神経をすり減らす航行に、一般市民である彼等が耐えられるはずが無いのだ。
大人の余裕の無さを、子供は思ったよりも見ている。どこへ行っても息が詰まる艦内で、彼女達が年相応にはしゃげる場所は少ない。
少しだけ暁は考えて、整備士に声をかける。
「整備はどれくらい終わってる?」
「あ? あとちっとだ」
「シミュレーションモードは正常に稼働する?」
「ああ」
「なら、ちょっとこいつ使うよ」
「は? おい後ちょっとなんだから待てよ! てか、なにに使う気だ? おい!」
暁は整備士の質問には答えず、自分の腕を掴む二人の手を引く。
「ちょっとこの子達預かるよ」
「え、ちょっと!」
暁が先に操縦席に入り、その後に二人に操縦席に入るように言う。
二人は小首を傾げながらも、操縦席に入って暁の後ろに行く。
「ねぇ、ちょっと! 何するつもりなの!?」
「ごめん、そこ退いて。キャノピが閉められない」
「なら説明してちょうだい! 何するつもりなの?!」
「ちょっとした息抜きだよ。良いから退く。身体挟んでも知らないよ」
「ちょっ、説明になってな――」
「おい危ねぇって!!」
キャノピを閉めれば、少女は整備士に羽交い絞めにされて操縦席の入り口から無理矢理剥がされる。
「ねぇ、なにするの?」
「するのー?」
「遠足だよ」
言いながら、暁は機器をいじりシミュレーションモードを起動する。
シミュレーションモードとは、機体内にあるVRデータを投影してその中で戦闘や移動などの訓練を行う事の出来るモードだ。機体自体が動くわけではなく、仮想の機体が動くので安全に訓練を行う事が出来る。
シミュレーションモードで、暁は海中を選択する。
一瞬の暗転。次いで、ぱっと全てのディスプレイが青く染まる。
「わぁ……!!」
「きれー……!!」
ディスプレイに表示された青に、二人は目を輝かせる。
映し出されたのは、美しい海の青。
シチュエーションを海中にし、敵機無しの海中移動訓練にした。
暁は海中の移動も慣れている。言わば、ただの海中遊泳だ。ヴァーチャルではあるけれど。
けれど、ヴァーチャルとは馬鹿に出来ないくらい、ディスプレイに映し出される海の青は美しく、海面から海中をかかる光のカーテンはとても幻想的だ。
「椅子に掴まってて。機械はいじっちゃダメだからね」
一応それだけ注意して、暁は仮想の海中を移動する。
「わ、わ! 見てピーニャ! お魚!」
「見て、見て、ポーニャ! くらげ!」
二人は大はしゃぎして、ディスプレイを眺める。
魚などの生物を映すのは処理能力に多少の負荷がかかるけれど、叛逆の処理能力であればなんら問題は無い。
子供のあやし方は分からない。
思い出したのはトワラとの思い出。
アイアンには執政という概念がある。執政自体はAI搭載型のNPCが行っていたけれど、まれにプレイヤーも行っていた。
トワラはミラバルタの王女という事もあって執政に関わっており、一日中執務に追われる事も少なくなかった。
そんな忙しいトワラはあまり出かける事が出来ない。そのため、トワラは時間が無い時は暁と叛逆のシミュレーションモードを使ってよく仮想散歩を楽しんでいた。
海を、森を、草原を――
シミュレーションモードの内容は殆どが戦闘向けなので、遊びのある場所というのは少なかった。けれど、彼女はたびたび暁にせがんで二人で仮想散歩を楽しんだ。
逆に、トワラが気落ちしている時は暁から誘う事もあった。
そんな思い出があったから、海中散歩でもすれば元気が出るかなと思ったのだ。
暁の考え通り、二人は夢中になって仮想の海中を眺めている。
その事に、暁はほっと胸を撫で下ろす。
泣かれても困ったので、二人が元気になってくれて良かった。
暁は自由に操縦桿を動かし好きなように海中遊泳をする。時折二人の指示に従って操縦桿を動かす。
幼い二人にとっては見た事も無い光景に、二人の眼はきらきらと輝いていた。
「ね、ね! あれ! あれなに!?」
「あれはホオジロサメだよ。肉食の怖い奴」
「あれはー?」
「あれはウミガメだね」
二人の問いに答えながら、暁は深度を間違えないように操縦桿を動かす。敵がいないとは言え、一応は訓練だ。叛逆の耐えられない深度に達してダメージが蓄積すれば終了してしまう。
そんな味気ない終わり方では興醒めだろう。
それから、三十分程海中遊泳を楽しんでからシミュレーションモードをオフにした。二人とも名残惜しそうにしていたけれど、あまり外の二人を待たせるのも申し訳ないので、後でまた見せる事を約束した。
「楽しかったー!」
「たー」
キャノピが開くなり、二人は元気溌剌に外へと出る。
「やーっと出て来た」
座り込んでいた少女が伸びをしてから立ち上がる。
「ねーねー聞いて! あのね、ワタシ達海に居たの!」
「カメいたー! あとサメー!」
「え、海? カメ? サメ?」
楽しそうに少女の足元を回る二人に、少女は困惑した表情をする。どうやら、少女は中で何が起こっていたのかを知らないらしい。整備士の姿が無いので彼は説明をしないでどこかへ行ってしまったのだろう。
「ね、お兄ちゃん! また見せてね!」
「見せてねー」
「ああ」
無邪気に笑う二人に、暁もつられて笑みを浮かべる。
「……何したの?」
「あーっと……機体にはシミュレーションモードってあって――」
暁は少女にシミュレーションモードについてと、二人が何を見たのかについて説明をする。
「なるほど……ね、ねぇ……」
納得したように頷いた後、少女は遠慮がちに暁に言う。
「わ、私にも見せてくれないかしら? 海中ってどういうのか、ちょっと気になるし……」
「後でなら良いよ。流石にこれ以上整備の邪魔しちゃ悪いし」
「そ、そう。じゃあ、今度お願いするわね」
「ワタシもー!」
「もー!」
「うん、約束したからね」
「やったー!」
「たー!」
きゃっきゃとはしゃぐ二人に、暁と少女は思わず笑みをこぼした。