004 曇天
巨大移動旅団機を護るため、暁は叛逆を駆る。
「くっ……! 操縦桿が重い……! それに、アクセルの踏み込みも微妙に違う……!」
いつも使っていた叛逆との差異に苦心しながらも、器用に岩山などの障害物を避ける。
一瞬、上手く戦えるかの不安が鎌首をもたげるけれど、そんな弱気を振り払うように首を振る。
「やらなきゃ……トワラに恥じないように……」
叛逆を走らせれば、数分後には目視で確認できる距離まで接近する事が出来た。
「――っ!? 商業艦じゃ無かったのか!?」
目視で確認できた頃には、襲撃者に対して応戦する者が居た。
もちろん、商業艦に機体が乗っている事もある。彼等の生命線である商品を護るために必要になる事もあるからだ。しかし、問題は応戦している機体だ。
オレンジを基調とした全体的にすらりとしたシルエットの機体。手には騎士を思わせる剣と盾を持ち、俊敏な機動性を持って相手を迎撃していた。
「ミラバルタの機体じゃないか! どういうことだ……?」
ミラバルタ。それは、暁がアイアンで所属していた国の名前。つまるところ、トワラが治めていた国だ。
サンサノーズとはミラバルタが所有する主要機体の名前だ。騎士のようないで立ちは他の国と変わらないけれど、全体的に線が細い。機動性と速度を重視し、装甲の厚さをぎりぎりまで削っている。
機動性を重視しているから力負けするかと言われればそういう訳でも無く、中の機構は他の機体と同等の出力を持っている。
オレンジを基調としているのは、ミラバルタの王族の髪と瞳の色が橙色だからだ。
彼等は王家や国民を護る騎士なのだ。
毎日見ていたから、分かる。あれは、紛れもなくサンサノーズだ。
何が、どういう……と混乱する頭で考えるけれど、今はそれどころではない。
一気に加速。短機関銃を正面に向けて乱射する。
乱入してくる機体に気付いていたのだろう。両者ともに後方へ退避する。
戦場のど真ん中で機体を止め、外部スピーカーを使って問いかける。
「加勢に来た!! 巨大移動旅団機が被害者で間違い無いか!?」
「あ、ああ!! 奴らは帝国軍だ!!」
暁が問えば、即座に答えが返ってきた。
帝国軍。アイアンにも帝国はあり、ミラバルタとは敵対していた。
だから、彼等の言葉には直ぐに頷く事が出来た。
「了解した!」
承知した直後、帝国軍の機体が動き出す。
暁は短機関銃を向け、迷う事無く撃つ。
狙いは腕、足、頭などの失えば戦闘に支障をきたす箇所。
しかし、帝国軍の機体は堅く、短機関銃では表面を多少歪ませる事くらいしか出来ない。
「ちっ……流石にこれじゃ通らないか……!!」
帝国の機体の名はオーヴァディア。重厚な装甲に、黒と赤のカラーリングは目前に迫る相手に威圧感を与える。
装甲は厚く、当たらないではなく当たっても動けるという事に重きを置いている機体だ。
使う武器は威力の高いものが多く、ガトリングや機関銃、巨大な斧や叛逆が背負っている大剣よりも肉厚な大剣などを使っている。
ミサイルなども搭載している事があるのだけれど……見たところ、ミサイルやガトリングと言った殲滅兵器は持ち合わせていないようだった。
妙だと、思ったけれど、巨大移動旅団機を狙っているのであれば合点も行く。積み荷を破壊してしまっては元も子も無いのだろう。
だが、ミサイルが無いだけで少しは安心して戦える。
「短機関銃でダメなら!!」
暁は短機関銃を投げ捨てると背中の大剣を抜き放つ。
黒々とした、長大な大剣。大剣は肉厚で、斬る事よりも叩き潰す事に特化した形状をしている。
迫るオーヴァディアに、暁からも迫る。
オーヴァディアは手に斧を持っており、こちらと白兵戦をする気は満々のようだ。
二機が迫り、互いに得物を振りかざす。
「ぐっ……!! 流石に重い……!!」
流石に、分厚く重い装甲を支えるだけの出力は伊達ではない。正面から打ち合えばその衝撃は凄まじく、暁も思わず歯を食いしばる。
「だけど……!!」
大剣を傾け、相手の斧を逸らす。
そのまま流れるような動作で回転斬りを放ち、オーヴァディアの脚を切り落とす。傾いたオーヴァディアへ間髪入れずに大剣を振るって斧を持った腕を切り落とす。
最後に頭部を柄で叩き潰してから次の相手へと肉薄する。
叛逆の七機の強みは、細かい動作性にある。通常、加速器と推進器の操作は同一化されており、機体の姿勢を整えるために自動で推進器が作動するようになっている。つまり、加速器を使って崩れた体勢を、遂次推進器が整えているという事になる。
加速器と推進器の同一化によって、機体を簡単に操縦する事が出来るようになったのだけれど、各機体によって動きがパターン化してしまうのだ。
けれど、叛逆の七機は推進器を自動化せず、手動操作で動かす事によって、既存パターンを無視した機動をする事が出来る。
しかし、加速器はともかくとして、推進器の手動操作はとても難しい。ただでさえ機体を動かすのにはしなくてはいけない操作が多いのに、機体の重心を調整する推進器の操作を同時に行うのは至難の業だ。
ただ動かすのも難しいのに、それを戦いながらしなければいけないというのだから、余程の判断力が無ければ操作は難しいだろう。
思考と判断と反射。この三つの能力値が高くなければ叛逆の七機を真の意味で使いこなす事は出来ない。
そこに操縦者としてのバトルセンスも要求されるとなれば、更に使い手は狭まるというものだ。
だからこそ、アイアンで叛逆の七機を使いこなせる者はアカツキと他二名しかいなかったのだ。
ともあれ、叛逆は超高機動であり、量産機しか相手にしていない彼等にとっては未知の動作をとる相手という事になる。
そうでなくとも、暁の腕前は超一流。伊達に、小国ミラバルタを護ってきてはいない。
「慣れて、来た……これなら!!」
そして、ゲーム内の操縦との齟齬も無くなってきた。
暁は先程よりも確信した動きで叛逆を走らせる。
早々に僚機を一つ倒した事で暁の危険度を理解したのか、後衛の機関銃を持った機体は他のサンサノーズを前衛に任せて、銃口を暁だけに向ける。
盾は無い。けれど、大丈夫だ。
「叛逆の動きに早々着いて行けると思うなよ!!」
量産機では有り得ない程の急激な機動の変化を持って、暁は後衛に肉薄する。
大剣を振り上げ、銃身ごと腕を切り落としてその場を離れる。基本、遠距離攻撃を受けている時はヒットアンドアウェイだ。
縦横無尽に動き回り、暁は次々と後衛を戦闘不能にして行く。
暁が最後の一機を追おうとした時、最後の一機は全速で後方へと退避する。
レーダーで確認すれば、残った敵機が倒された僚機を無視して全速力で撤退していく。
勝ち目が薄くなったと判断したのだろう。僚機を見捨てる事に対しては憤りがあるものの、その判断は間違えていない。
巨大移動旅団機が動いている以上、暁もそれに追従するけれど、意識は撤退していった敵機に向けられている。いつまた追ってくるとも限らない。
レーダーから敵機の反応が消えるまで、暁は微塵も警戒を緩める事が無かった。
「ふぅ……」
レーダーから敵機の反応が完全に消滅し、暁は一つ息を漏らす。
何とか……何とか戦えた。主力武装ではなく、アイアン時代に一ヶ月ほどお世話になった初期装備だったけれど、なんとか帝国機を退ける事が出来た。
それに、人を殺さずに済んだのは僥倖だろう。此処が現実か電脳世界かも分からないのに、簡単に人を殺せる訳が無い。
敵機も退けられたので、一度例の施設に戻ろうとしたその時、一機のサンサノーズが暁に並走してくる。
『どこの誰だか分からないが助かった。礼を言う。お陰で損害はゼロだ』
外部スピーカーを使っての通信に、暁も音声出力を外部スピーカーに切り替えて答える。
「それは良かった」
誰も死ななかった事、何も失わなかった事にほっと胸を撫で下ろす。
『ついては、貴官にお礼をしたい。それと、少しだけ話があるのだが、時間はあるだろうか?』
「お礼は必要無いです」
『いや、そうもいかん。助力を受けたのに恩を返さないのは王国騎士の恥だ。是非、お礼をさせてほしい』
「……そういう事であれば」
『感謝する』
ゲームでもミラバルタのNPCは忠義に篤く、実直で誠実なキャラクターだった。断る事も出来るだろうけれど、そんな性格だから断る方が骨が折れるだろう。
「それで、お話というのは?」
『それなら、一度巨大移動旅団機を止めて話そう。しばらくは、帝国も警戒して襲撃をしないだろうしな』
「分かりました」
暁が頷けば、並走していた巨大移動旅団機が徐々に速度を落とし、暫くしてから完全に停止する。
暁も叛逆を止めて、キャノピを開ける。
「熱……」
キャノピを開ければ、荒野に吹く乾いた熱風が肌を舐る不快感に顔を顰める。
『声を聞いてもしやと思ったが……子供だったのか……』
隣に立っているサンサノーズから驚嘆の声が漏れる。
しかし、その声に侮りは無く、ただ単に暁の年齢に驚いているといった様子だった。
『ん、ああ、私も戻ろう。済まない、機体を戻してくる』
それだけ言って、サンサノーズは巨大移動旅団機の後方へと向かった。
暁はそのまま開けた操縦席の縁に座り込み、ぼうっと迎えが来るのを待つ。一応、レーダーなど各種索敵機能は起動させたままだ。
座りながら考える。やはり、ゲームというには今自分がいる場所はあまりにも現実味を帯びている。
じんじんと荒々しく主張をする掌を見る。
近接機と打ち合った時、敵を斬り付けた時、敵の腕を叩き落とした時。その時の衝撃が、未だに手に残っている。
こんな感覚、アイアンには存在しない。
……現実だと、そう思おう。仮想世界である可能性もあるけれど、現実に居ると仮定した方が暁にとっては現実的だ。それに、楽観視するよりは全然良いだろう。
「ひ、姫様危険です! 助けていただいたとはいえ、何処の者とも分からぬ者と姫様が直接お会いになるだなんて!」
「いいえ。助力を願うのは私です。その私自ら出向かずしてどうするというのです」
「御身の事も良くお考え下さい!! これが敵の罠だとしたらどうするのです!!」
「あんな凄腕を雇っておいて、わざわざ私を助ける意味が分かりません。彼一人で私の護衛を撃退できたでしょう。貴方も、彼の戦いぶりは見ていたはずですが?」
「そ、そうですが……!!」
何やら少女と男性がもめているような声が聞こえてきた。
その事に、暁は驚く。
彼等が近付いて来た事にはまったく気付かなかった。けれど、驚いたのはそんな事では無い。
慌てた様子で、暁は声のした方を見る。
「――っ!!」
思わず、息を呑む。
まるで夕焼けを思わせる橙の髪と瞳。気が強そうに吊り上がった柳眉に、狐のように美しく吊り上がった目尻。
一見気が強そうに見える彼女だけれど、その実とても優しく、怖がりな少女だという事を、暁は良く知っている。
思わず、声を大にしてその名を呼んでしまう。
「トワラ!!」
「――っ!!」
暁の声の大きさに驚いたのか、名前を呼ばれた事に驚いたのか、夕焼けの少女――トワラ・ヒェリエメルダは弾かれたように顔を上げた。
目と目が合う。正面から見て、彼は確信する。
トワラだ。トワラ・ヒェリエメルダだ。
「トワラ!!」
歓喜の声を上げ、暁は昇降用のワイヤーを使って地面に降り、トワラへと駆け寄る。
「トワ――!?」
トワラの元へ駆け寄ったその直後、視界がぶれる。
「無礼者!! 姫様の呼び捨て、あまつさえ許可も無く近くに寄るとは何事か!!」
「――ぐっ!?」
衝撃。驚愕から戻れば、痛みが訴える。
天から地へと落ちた視線。そこで、ようやく自分が投げ倒された事に気付いた。
「お止めなさい、バルサ。乱暴は好きません」
「ですが……」
「お止めなさいと、私は言いました」
「……承知いたしました」
男――バルサは暁を押さえつける手を離した。
痛みから解放された暁だけれど、その衝撃からはまだ抜け切れていなかった。
先程から、トワラはこちらを見ていない。目を向けても、確認程度の視線だけだ。そんな熱の無い視線を、トワラは一度だって暁に送った事は無い。
ざわざわと胸がざわつく。
トワラは未だに地面に寝そべる暁と少しでも視線を合わせるためにしゃがみ込み、トワラを見上げる暁を見る。
「貴方は私の事を知っているようだけれど、私と貴方は初対面です。ですので、自己紹介をしましょう。私は、トワラ・ヒェリエメルダ。ミラバルタ王国の第一王女です。最初は大目に見ますが、以降は呼び捨てにする事の無いように」
淡々と、事務連絡のように初対面の挨拶をするトワラ。その目には暁との日々を感じさせる色は無く、曇天のような曇りだけがあった。
それは、暁をどん底に突き落とすのには、十分だった。