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018 もう一度

『行け。お前が護りたいものを、護るために』


 そう言って、一方的に通信を切った暁。


「アカツキ!!」


 声をかけども、暁から返答はない。


「姫さん、坊主の言う通りだ。坊主が此処で足止めしてくれてる内に、俺達はイラマグラスタに向かうぞ」


「――っ!! アカツキを見捨てると言うのですか!?」


「坊主は騎士の誓いを立てた。それを無碍にすることを、同じ騎士としちゃしたくはねぇ。それにだ」


 ガランドはトワラを真摯な眼差しで見据える。


「俺もあいつと同じ気持ちだ。此処で黄昏(あんた)を終わらせせねぇ。国のため、家族のため、あんたと一緒に護るべき未来を切り開く。そのために、俺達は自分が出来る事をするんだよ」


「……っ」


 すでに、乗組員(クルー)は自分達が成すべきことを行っている。巨大移動旅団機(キャラバン)は、トワラの命令一つで発進する事が出来る。


 皆が、トワラの命令を待っている。


 分かっている。理性では、分かっているのだ。暁が正しい。ガランドが正しい。皆が正しい。此処は、誰か一人を置いて行くべきだ。


 けれど……。


 操縦室の強化硝子越しに、戦う暁を見る。


 機体はもう動かなくなる寸前。連戦続きで暁の体力も集中力も削れてきているだろう。


 このまま戦えば、暁は死んでしまうかもしれない。


 短く、浅い付き合い。一度の過ちを犯しはしたけれど、それ以外に特筆するべき事柄は無い。


 けれど、トワラは心の底から暁に死んでほしく無いと思っている。


 出会って間もないのに。まだ、少しの事しか知らない相手なのに。


 突然現れた、伝説の機体を操る少年。何も知らない。何も教えて貰ってない。自分の事情を押し付けてばかりで、まだ、暁から何も聞いていない。


 それなのに、暁は護ると言ってくれた。


『誰も、何も信じられなくても、俺の強さなら信じられるだろ?』


「……行きましょう」


 一つ呟き、一つ瞑目し、今度こそ、はっきりとした黄昏姫(王女)の言葉で告げる。


「私達はイラマグラスタに向かいます!!」


 トワラの言葉に、それぞれが一糸乱れぬ返答をする。


「此処からイラマグラスタまで全速力で向かうぞ!! 誰も追いつけねぇ程全速でだ!!」


 艦長席に座り、ガランドが指示を飛ばす。


「姫様はお部屋へ」


「いえ、此処に残ります」


 バルサの言葉を拒み、トワラは戦う暁を見る。


「せめて、彼の姿が見えなくなるまで……」


「かしこまりました」


 トワラの言葉に頷き、バルサはそれ以上は言わなかった。


 巨大移動旅団機(キャラバン)は順調に動き出し、ツェペルを出発する。


 生き残ったサンサノーズはそれに追従して、巨大移動旅団機(キャラバン)と共にツェペルを出る。


 当然、敵はそれを追おうとする。しかし、注意を巨大移動旅団機(キャラバン)に向けた者から突如現れた叛逆(リベリオン)に命を狩り取られる。


「アカツキ……また会えたのなら、貴方の話を聞かせてください。だから、どうか……」


 生きて、帰ってきてください。


 届かぬ言葉を胸の内で呟き、トワラは暁の無事を願った。


 暁が見えなくなるまで、トワラは操縦室から離れる事は無かった。



 〇 〇 〇



 ツェペルを出て数日。


 イラマグラスタまではもう目と鼻の先まで距離を縮めていた。


 物資はぎりぎり。機体の状態も良いとは言えない。すでに何機かは動作に異常が出ている。


 けれど、もう少し。もう少しでイラマグラスタにたどり着ける。


「後少しだっつうのに……!!」


 けれど、物事はそう上手くは進まない。


 巨大移動旅団機(キャラバン)に襲撃を仕掛けるのは十機のオーヴァディア。


 対して、サンサノーズの数は四機。機体に異常が出ており、武装も不十分だ。


 オーヴァディアから発射されたミサイルが巨大移動旅団機(キャラバン)を襲う。


「きゃっ……!!」


 揺れる巨大移動旅団機(キャラバン)


 帝国軍からの襲撃は、これが最初で最後。


 イラマグラスタに逃げ込めればトワラ達の勝ち。その前に巨大移動旅団機(キャラバン)を落とされればトワラ達の負けである。


 帝国軍からは容赦が消えており、マシンガンよりも殺傷力の高いミサイルを湯水のごとく撃ち続けている。


 サンサノーズが数少ない弾丸を使ってミサイルを撃ち落とすけれど、それでも全ては落としきれない。


「後少し……!! 後少しだぞお前等!!」


 ガランドが乗組員(クルー)を鼓舞するように言う。


 イラマグラスタにはトワラが使者として行く事を伝えてはいない。


 通信を使ってしまえば、誰が傍受しているかも分からない。アナログな手段で仲間内だけで連絡を取り合い、イラマグラスタにたどり着いたら同盟への加盟の意思を示す。アポイントメントをとってはいないけれど、同盟にとってもミラバルタの加盟は悪い話では無いはずだ。


 この会談は絶対に成功する。同盟も黄昏鉱(トワイニウム)の輸出は魅力的だろう。その餌があれば、絶対に成功する。


 だから、後はたどり着くだけなのだ。そこから先には新たな戦いが幾つもあるけれど、今は目先の勝利を収める。


『姫様。此処まで御同道出来た事、嬉しく思います』


『――ッ!! 待ちなさいミゼット!!』


 ナサニエルの切羽詰まった声。


 直後、響く爆音。


 サンサノーズの一機が大量の爆薬を持って敵機数機を巻き込んで自爆したのだ。


 それでも、削れたのはたったの三機。残りは七機残されている。


 騎士が自爆したと知り、トワラは顔を苦し気に顰める。


「後、少しだと言うのに……!!」


 悔しい。自分が戦場に出られたら。この手で、戦う事が出来たら。


「誰も、誰も死んではなりません!! 生きて!! 生きてイラマグラスタへ!!」


 無理だと、無茶だと、分かっている。そんな事を言っていられる状況ではない事は、分かっているのだ。


 けれど、誰も死んではいけない。これ以上の血を流してはいけない。


 此処まで一緒に来てくれた者達を、どうして疑える。どうして見捨てられる。


「どうか!! どうか――」


 死なないで。続く言葉は爆音に掻き消された。


 また一機、サンサノーズが落ちる。味方の騎士が殉職する。


『こんのぉ!!』


 一機のオーヴァディアに残った銃弾を惜しげも無く浴びせる。


 オーヴァディアが一機落ちる。けれど、それでも戦力差は歴然だ。


 誰もが考える。


 何か、何か無いのか。何か、策は無いのか。この状況を打開できるだけの策は!!


 けれど、何も無い。利用できる地形も無い。虎の子も無い。投入できる物資も、期待できる増援も、何も無いのだ。


 ミサイルが着弾する。 巨大移動旅団機(キャラバン)内に警告音(アラート)が鳴り響く。


 トワラは、指先が白む程手を握り締める。


「此処まで、なのですか……!!」


 あれだけ犠牲にして、あれだけ裏切られて、後少しのところまで来て、届かない。


 指先は、もう少しで届きそうなのに。


夕焼け(お前)が沈むにはまだ早い』


「――っ」


 唐突に、暁の言葉が思い起こされる。


 そうだ。まだだ。まだ沈めない。俯くな、顔を上げろ。まだ、日は昇っているだろう!!


「全速前進を維持!! 救難信号を出してください!!」


「もう出してます!! けど、応答が……!!」


「諦めないで!!」


 諦めきった乗組員(クルー)の言葉に、トワラは強く言葉を放つ。 


「届きます!! 絶対に届きます!! 私達は、まだ此処に居るのだから!! まだ、私達は沈んではいません!!」


 トワラは前方を向く。街は見えない。その外壁すら、まだ見る事は出来ない。


 毅然と前を向き胸を張り、知らしめるかの如く高らかに言い放つ。


夕焼け()はまだ、此処に在ります!!」


『ああ、まだそこに居てくれ』


 トワラの言葉に返す言葉。


 直後、轟音と共にオーヴァディアの胴体に風穴が開く。


「――っ!!」


 新たに接近する機体を知らせる警告音(アラート)


 しかし、それに警戒を示す者はただ一人としていなかった。


 続いて、二度の轟音。


 オーヴァディアの肩と脇腹辺りが吹き飛ぶ。


『チッ……やっぱ下手だな。ナサニエルさん! 後頼みます!!』


『――ッ!! 心得た!!』


 近付いて来た機体がナサニエルの乗るサンサノーズに大口径の狙撃銃を投げ渡す。


 受け取ったナサニエルは即座に構え、即座に撃つ。


 轟音。直後、胸部に風穴を開けるオーヴァディア。


『お見事』


『この距離ならば外さないさ!』


 緊張感も気負いも無い言葉の応酬。


 そんな言葉の応酬の間に、オーヴァディアが二機落ちる。


 これで、残りのオーヴァディアは後三機だ。


 数を数えている内に、ナサニエルがもう一機落とす。


 瞬く間に形勢逆転。


『逃がすか!!』


 隻腕で振られる()


 あの堅いオーヴァディアを一刀で斬り捨てる。


 これで、残りは一。


 やけになったのか、それとも、暁を放置しておくことは出来ないと判断したのか、残されたオーヴァディアは大剣を持って闖入者へと肉薄する。


 しかし、それは早計な判断だ。


 闖入者に肉薄するオーヴァディアの胸部装甲に衝撃が走る。


 即座に振り向き、手に持っていた刀で操縦席(コックピット)を貫く。


 あれだけ手間取ったオーヴァディアがたった数分の間に全滅した。


 そんな奇跡のような状況を作った者の名を、トワラは感激の声で呼んだ。


「アカツキ……!!」





 迫り来る全てのオーヴァディアを倒し、暁は巨大移動旅団機(キャラバン)へと叛逆(リベリオン)を収納する。


「暁!! お前生きてやがったか!!」


 ラッドが嬉しそうに言って、暁の頭を乱暴に撫でる。


「痛っ……ちょ、痛いってラッド!!」


「我慢しやがれこのすっとこどっこい!!」


 乱暴に言うラッドの声が涙ぐんでいる事に、乱暴に頭をかき乱されている暁は気付けない。


 これは戦争だ。戦争で、仲間は何人も死んだ。


 暁みたいに残って、死んだ仲間を何人も知っている。だからこそ、こうして再び会えた事が、ラッドは素直に嬉しい。それこそ、情緒を揺さぶられるくらいには。


「「お兄ちゃん!!」」


 たたたっと元気な二つの足音。


 ラッドが暁の頭を放し、声のした方を見れば即座に腹部に衝撃が。


「うおっ!?」


 腹部を見れば、二人の瓜二つな少女が抱き着いてきていた。


「ポーニャ、ピーニャ! 良かった、無事だったんだな……」


 外に出ていた双子が無事である事を確認でき、暁は安堵の息を吐く。


「それはこっちの台詞よ。どれだけ心配したと思ってるんだか」


 双子の後に続いたのはトワラ付きの侍女、シシリア。


「シシリアも無事だったんだな。良かった」


「だから、こっちの台詞だっての!」


 怒ったように言い、シシリアは暁の頭を軽く小突く。しかし、直ぐに安堵したように表情を緩める。


「でも、本当に良かったわ。あんたが無事で」


「ええ、本当に」


 シシリアの言葉に続いたのは、彼等の背後から悠然と歩いてくる少女だった。


 暁はシシリアから視線を外し、彼女達の背後から現れた少女――トワラに視線を向ける。


 一瞬の沈黙。


 静かに、暁が口を開く。


「ごめん。もう少し早く来られれば……」


「いえ、暁は十分に働いてくれました。それ以上を望むのは、私の傲慢です」


 騎士が二人死んでしまった事には気付いた。何せ、サンサノーズの数が合わないのだから。


「貴方は、私達を護ってくれました。それだけで、十分です」


 穏やかに、トワラは微笑む。


 その微笑みを見て、暁は自分が酷く安堵するのを感じた。


 胸が温かくなって、今まで張り詰めていた糸がぷつりと切れて、気付けばその頬を涙が伝っていた。


 誰もがその事に驚きを表す。


「お兄ちゃん、どっか痛いの?」


「のー?」


 双子が、暁に抱き着いたまま心配そうに尋ねる。


 心配してくれる双子に、暁は泣きながら笑みを浮かべて二人に言う。


「大丈夫。なんでも無いから」


 そうは言うけれど、涙は止まらない。


 だって、やっと分かったのだ。


 例え目の前の少女が自分の知らないトワラ・ヒェリエメルダでも、彼女がトワラ・ヒェリエメルダである事に変わりはない。


 護りたいと思った。もう二度と失いたくないと思った。


 なら、もう護るしかないだろう。この笑顔を、陰らせてはいけない。


 例え記憶の中と違ったとしても、例えあの日々を知らないとしても、例えその気持ちが自分に向いていなくても。


「トワラ」


「なんですか?」


 穏やかな笑みを浮かべ、暁は言う。


「護るよ。これからも。多分……いや、絶対に、俺はそのために此処に来たんだ」


 あの日の過ちを暁は繰り返さなかった。繰り返さなかったという事は、あの日あの時に終わるはずだった続きがあると言う事に他ならない。


「俺、トワラの騎士になるよ。トワラの望む未来に、俺が絶対に連れて行く」


 今度こそ、絶対に。


 暁の覚悟を持った言葉に、トワラは満面の笑みを浮かべる。


「はい。一緒に行きましょう、アカツキ」





 何故この世界に来たのかは分からない。どうやって、どうして、そんな疑問は尽きない。


 けれど、もう一度チャンスがあるのなら、もう一度護る事が出来るのなら、今度こそ、今度こそ護り抜こう。それが自分の中で唯一持っている明確な答えなのだから。


 こうして、夕焼けの騎士はもう一度立ち上がる。今度こそ、自分の大切な者を護るために。


 夕焼けの騎士を伴い、一行はイラマグラスタへ向かう。


 それは戦争への道だけれど、服従の道ではない。最後まで抗う、叛逆の道だ。その道行の長さは、まだ誰にも分からない。


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