017 夕焼けの騎士
「行くぞ……!!」
気迫を孕んだ声を吐き、暁は叛逆を走らせる。
二対一。けれど、関係無い。この程度の不利、幾度となく乗り越えてきた。今日だって、乗り越えるだけだ。
ジェネラル・オーヴァの射撃が叛逆に襲い掛かる。
暁は相手の牽制射撃を予測していたので、馬鹿正直にまっすぐに突っ込んで行ったりはしない。
相手に軌道を読ませない動きで相手に肉薄し、敵の隙を伺う。
相手は二機。多対一は慣れたものとはいえ、慎重に立ち回らなければやられるのは暁だ。
ジェネラル・オーヴァの射撃を警戒しつつ肉薄する。
『業腹だが、姫様に逃げられても面倒だ。手早く行かせてもらう!!』
「できるものなら!!」
ジェネラル・オーヴァの射撃の合間を縫い、アグリスが果敢に攻めてくる。
問答は最早不要。お互い、相いれない存在だと散々言い合って分かった。必要なのは、剣を交える事だけだ。
火花を散らしながら、互いの剣が交差する。
『退けぇい!!』
『――ッ!!』
鍔迫り合いから数瞬、敵将の言葉に従い、アグリスは即座に後退。
直後、容赦なく弾丸が浴びせられる。
けれど、それは読めた事。アグリスが後退したと同時、暁は前へと進み出ていた。
背後を無数の銃弾が流れる。
『――小癪な!!』
「甘いんだよ!!」
苦し紛れに振られた剣を流し、返す剣で黄昏の聖騎士のもう一枚の大盾を支柱から叩き切る。
『ぐっ……!! おのれぇ!! がぁっ!?』
振り返られても面倒なので、暁はがら空きの胴体を蹴り付ける。
そして、止まる事無くジェネラル・オーヴァへと肉薄する。
『ぬぅ!! 化け物め!!』
「お互い様だろうに!!」
マシンガンを捨て、ジェネラル・オーヴァは両手斧に切り替える。
流石に、片手では鍔迫り合いを行う事は出来ない。ヒットアンドアウェイと行きたいところだけれど、背後から迫る黄昏の聖騎士と混じられると面倒だ。
一撃で仕留める……!!
機体を加速させる。
『一撃か!! 面白い!!』
「何も面白く無いんだよ、こっちは!!」
暁の意図を理解した敵将は、両手斧を後ろに流すように構える。
対して、暁は剣を右肩に担ぐように構える。
機体が衝突するその刹那、ジェネラル・オーヴァは両手斧を振る。
『ぬぅんっ!!』
しかし、斧を振った先に叛逆の姿は無い。
『何!?』
機体重量はジェネラル・オーヴァに分がある。だからこそ、敵将はこの一撃必殺を受けた。
衝突すれば倒れるのは叛逆だ。けれど、衝突はしなかった。斧すらも当たらなかった。
機体に影が差す。
『なんと……!!』
上空。夕焼けが影を作る巨大な機体。
叛逆は空中に飛び上がっていた。
『あ、悪魔……!!』
続く言葉は無かった。
叛逆は空中で縦に一回転し、ジェネラル・オーヴァの頭から胸部を一刀両断した。
「これで一……!!」
着地をし、即座に振り返る。
『くっ!! やはり名だけか!! 使えん!!』
すぐそこまで迫り来ていた黄昏の聖騎士と向き合い、暁はぼろぼろになった剣を捨て、ジェネラル・オーヴァの腰に佩いてある剣を引き抜きながら肉薄する。
あまり時間はかけられない。戦況は刻一刻と悪化しており、すでに僚機も半数が落ちてしまっている。巨大移動旅団機にだって、少なくない被害が出ており、今はまだ運航できるけれど、このまま被害が広がればどうなるか分からない。
お互い剣一本。それ以外の小細工は無い。
剣一本の地力であれば、到底負ける気がしない。
「――ッ!! くそ……っ!!」
しかし、この戦場には暁とアグリスの二人だけではない。
敵将が討たれた事に気付いたゴライアス・オーヴァの内の一機が、暁に射線を集中させる。
暁は迫り来る射線を避けながら、暁は黄昏の聖騎士を警戒する。
暁は攻めあぐねるけれど、それはアグリスも同じ。下手にゴライアス・オーヴァの射線に入れば、自身の機体も粉々になる。そんな死に方はごめんだろう。
しかし、このままゴライアス・オーヴァに潰される、もしくは足止めをされていればその間にトワラを探す事が出来る。此処で暁に勝つ事がアグリスの勝利条件では無い。トワラを探し出し、手中に収める事がアグリスの勝利条件だ。
『アカツキ!! 皆巨大移動旅団機に避難しました!! このままイラマグラスタに向かいます!! 貴方も早くこちらへ!!』
巨大移動旅団機から通信が入る。声の主はトワラだった。
無事巨大移動旅団機に着いた事にほっとしながらも、気を抜く事無く叛逆を動かす。
こちらへと言われても、ゴライアス・オーヴァからの射撃があるため、不用意に近付く事が出来ない。
それに、安全に脱出するのであれば、暫くの間は敵を此処で足止めしなければいけない。
ならば、それをするのは――
「トワラ達は先に行け。此処は俺が食い止める」
『なっ!? 何を言ってるのですか!! この数を食い止めるのは無理です!! 一緒に離脱し――』
「それこそ無理だ」
巨大移動旅団機の被害は運航に不備が出る程ではないにしろ、このまま行けば運航そのものが出来なくなる可能性が高い。
できる事なら、今すぐにでもこの場を離れた方が良い。
「此処で誰かが食い止めなきゃ、敵に追われ続ける。少なくとも、此処で敵の頭を潰して指揮系統を乱れさせる必要が在る」
『そ、それなら、私達も此処で戦います!! 勝利の後に、イラマグラスタに向かえば――』
「それじゃあ敵に時間を与えちまう! 良いか? 此処にトワラがいる事はすでに知られてる! 帝国派や、他に居るかもしれない帝国軍が攻めるために準備を進めてるかもしれない! 此処で戦闘になった以上、もう時間が無いんだ!!」
此処での戦闘が足止めで、今まさに外側から戦力をこちらに向けている可能性だってある。包囲されれば、巨大移動旅団機は確実に落とされるだろう。
今は派閥で割れていても、同盟に加盟すればミラバルタは盟約同盟の内の一国になる。そうすれば、帝国派の貴族達は表立った反発が出来なくなる。
今はどこにも属していないミラバルタも、同盟に入ればその立場は確立される。何せ、同盟に加盟するという事は、帝国の敵に回ると表明する事なのだから。
帝国と敵対すると言っている自国の意思に反して帝国と手を組むという発言、ないし行動をすれば、それは国家反逆罪に他ならない。
同盟への加盟は、内側の敵への牽制にもなるのだ。
帝国派の貴族を叩く大義名分にもなる。国の意思を統一できる。
「行ってくれ、トワラ。その先に、お前が護るべき未来がある」
『アカツキ……』
「絶対に護りぬく。一機たりとも、お前の行く手を負わせない。俺が……今度こそ、お前を護る」
『……どうして……』
泣きそうな、トワラの声。
『どうして、そこまで……』
「やっと分かったんだ」
言いながら、暁はゴライアス・オーヴァの脚を斬り付ける。
関節部分が火花を散らしながら、自重に耐え切れずに歪に切断される。
倒れ込むゴライアス・オーヴァの操縦席を剣で突き刺し、黄昏の聖騎士からの追撃を躱す。
『化け物め!!』
アグリスが苛立たし気に吐き捨てる。
「違ぇよ。俺は――」
「名前、決まりましたか?」
開口一番、トワラは嬉し気な笑みを浮かべてアカツキに問うた。
「う、うん……」
対して、暁はどうにも煮え切らない反応をする。
「どうしたのですか?」
「いや、ちょっと自分でもこれはどうなんだろうってネーミングだったから……」
「……そんなに酷いのですか……?」
先程までも嬉しそうな笑みから反転、今度は不安気な表情を浮かべるトワラ。
「いや! 別に変じゃ無いんだけど……」
「けど?」
「……安直と言うか、子供っぽいと言うか……」
「まぁ。ふふっ、良いじゃないですか。アカツキはまだ子供なんですから」
恥ずかし気に言った暁に、トワラは微笑みながら言う。
子供扱いをされた事に対して、若干不服に思うけれど、トワラが暁を馬鹿にして言ったわけではない事を知っているので、不服を申し立てる事はしなかった。ちょっと表情に出ていたことに、トワラは気付いて笑みを濃くしたことに、暁は気付かなかったけれど。
「では、教えてください。私を、なんと名付けてくれたのですか?」
黄玉色の瞳を輝かせ、暁に催促をするトワラ。
もう少しその瞳の輝きを見ていたい気がするけれど、あまり待たせてしまうのもよろしくない。
暁は周りに誰も居ない事を確認した後、少し逡巡してから恥ずかしそうに言った。
「ゆ、夕焼け……」
「夕焼け、ですか?」
「ああ……」
「黄昏とそう変わらないんですね」
少しだけ、ほんの少しだけ落胆を瞳に表すトワラ。だって、それは他の人がもう付けてしまっている。トワラは、周知の呼び名では無く、二人だけの特別な呼び名が欲しかったのだ。
けれど、せっかく暁が付けてくれた名だ。嬉しい事は嬉しい。
これからは夕焼けと呼んでもらおうと心中で決めていると、暁は弁明するように言った。
「似たような名前だなって俺も思った。けど……」
「けど?」
「こ、こっちの方が、可愛いだろ? なんか、御伽噺のお姫様っぽくて……」
顔を赤くして、照れたようにそっぽを向く暁に、一瞬虚を突かれるけれど、すぐに照れる暁がおかしくて笑いだしてしまう。
「わ、笑うなよ!」
「ご、ごめんなさい……! でも、ふ、ふふふっ」
「も、もういい! 今の無し! もっとましなの考えてくる!」
「いえ、いえ。夕焼けで良いです。いえ、夕焼けが良いです」
笑いながら、けれど、確かな温かみのある笑みで暁に返す。
「夕焼け……確かに、黄昏よりは可愛らしいですね。ええ、気に入りました」
こくこくと頷きながら、暁がくれた名前を馴染ませる。
夕焼け姫。それが、暁から見たトワラ・ヒェリエメルダ。凛々しさや逞しさでは無く、ただただ、自分が可愛いと思う一人の少女を思って付けられた名前。
それが、嬉しくない訳が無い。自分が気を許した殿方なら、なおさらだ。
自分の中に馴染ませて、トワラは優しい、それこそ夕焼けのような温かな笑みを浮かべて暁に言った。
「私は、今日から貴方の夕焼けです。貴方だけの、夕焼けです」
「――っ」
可愛らしく、年上らしい抱擁力のある笑みに思わず息を呑んでしまう暁。
「ですので……そうですね。アカツキは私の騎士ですから――」
嬉しそうに、トワラは言った。
可愛らしいその名は自分には似合わないと思ったけれど、トワラとお揃いなのは悪い気がしなかった。
「俺は……」
黄昏の聖騎士とすれ違いざまに片腕を切り落とす。
『な、にぃ……!!』
呻く、アグリスからの追撃。
それを剣でいなし、流れるように残ったもう一方の腕を斬り落とす。
『ば、かな……!! この私が……!! 聖騎士たる、アグリス・バンラッツェンが……こんなガキに……負けるものかぁぁぁぁぁぁああああああああ!!』
気迫の声と共に、黄昏の聖騎士が突っ込んでくる。けれど、それはあまりにも無防備だ。
暁は頭部を意図も容易く突き刺す。
そのまま、暁は剣を流し、頭部を破壊しながら黄昏の聖騎士を地面に倒す。移動できないように背中の加速器を踏み潰して壊す。
「俺は、夕焼けの騎士だ」
確かめるように、刻み込むように、暁は言う。
高速で叛逆を駆り、すれ違いざまに一機落とす。
巨大移動旅団機を背に庇い立ち、戦場の全てに聞こえる声で言う。
「俺は、夕焼けの騎士アカツキ!! トワラ・ヒェリエメルダの騎士だ!!」
剣を構え、相手を睨みつける。
操縦席に居ては暁の形相は見られないだろう。けれど、その意思、その気迫は叛逆を通して伝えられる。
伝説の機体にして、その旗頭機。夕焼けを受け輝く姿は黄昏時に現れる幽鬼が如く。
「この夕焼けを、お前等ごときが沈められると思うなよ!!」
集中する射線。
地面に落ちている盾を蹴り上げ、自機と射線の間に挟ませる。
空中でハチの巣にされる盾。その間に、低い姿勢のまま敵に肉薄する。
敵の胸部に剣を突き立て、一撃で仕留める。
しかし、剣を抜いている時間は無い。そのまま敵機から離れ、無手のまま次の敵へ。
圧倒的なまでの機動力を生かし、敵機の懐へ入り込み、頭部に爪を立てる。相手が混乱している間に銃を奪い取り、操縦席に容赦無く銃弾を浴びせる。
その姿は騎士と言うよりは、一体の餓狼。
「行け、トワラ。直ぐに追いつく」
戦いながら、暁は言う。
機体の関節部分が火花を散らす。激しい機動による負荷や度重なる戦闘によって限界が近付いてきていた。
それでも、暁は止まらない。止まれない。
『けれど、暁は……!!』
「俺は大丈夫だ。誰も、何も信じられなくても、俺の強さなら信じられるだろ?」
何度も、暁はその強さを見せてきた。
ゴライアス・オーヴァも、ジェネラル・オーヴァも下してきた。黄昏の聖騎士ですら、暁は倒して見せた。その強さは、本物だ。
けれど、心配なのだ。胸がざわつくのだ。置いて行くのが正しいと分かっていても、心が痛むのだ。
「夕焼けが沈むにはまだ早い」
『……っ』
「行け。お前が護りたいものを、護るために」
それだけ言って、暁は一方的に通信を切る。
少しして、巨大移動旅団機はサンサノーズを連れて動き出した。
もちろん、敵はそちらを攻撃する。
しかし、注意を暁から逸らした敵は暁によって即座に潰された。
「よそ見とか、つれない事するなよ」
片腕で、動かなくなる寸前の機体で、敵機を倒して回る。
「お前らの敵は此処だ!! 此処に……俺はいるぞ!!」