014 黄昏の聖騎士
外の戦闘が激化する中、トワラは車に乗って巨大移動旅団機を目指していた。
「姫さん、しっかり掴まってろよ!!」
ガランドはそう言うと、車を急速発進させる。
「――っ」
右へ左へ。ガランドの巧みな運転技術で、キャラバンまで車は高速で進む。
「腕は大丈夫なのですか?!」
「喋んな! 舌噛むぜ!」
トワラの心配を余所に、ガランドは巧みなハンドルさばきを見せる。
トワラはしっかりとアシストグリップを掴み、激しい揺れに耐える。
車の揺れに耐えながら、トワラは戦闘を見る。
味方の騎士が敵と戦い、本来味方であるはずのサンサノーズとも戦っている。
これが、ミラバルタの現状。自分が、自分達が煮え切らないばかりに起こしてしまった意味の無い、無駄な争い。
「あ……」
建物の間から一瞬だけ見えた。見えてしまった。
この世に一体しか存在しない機体。暁の操る叛逆が、サンサノーズを背後から撃ったところを。
それも、ただ背後から撃ったのではない。その銃撃は明らかに操縦席を狙っており、あの距離、あの威力であればまず操縦者は助からないだろう。
「そんな……」
トワラは今見た光景の衝撃を受け、顔を青褪めさせる。
今までの戦いを、トワラはしかとその目に焼き付けてきた。何せ、自分の選んだ道で起こった戦闘だ。自分には、それを見届ける義務がある。
だから、暁が戦った二回の戦闘も見てきた。
暁はどの戦いでも圧倒的な力を持ってして、敵を打倒してきた。その際、部位の破壊はしていたけれど、一度も操縦席を狙う事はしなかった。
それは、暁のような強者にだけ許された戦い方だ。そして、それは暁の人を殺せないという、殺しへの迷いの表れでもあった。
その迷いを、暁は断ってしまった。殺す事を、選んでしまった。
殺す事が正しいとは言わないけれど、戦場ではそれは限りなく合理的だ。
暁にそんな合理性を選ばせてしまった、そんな事態を招いてしまった事に対して、トワラは自身の失態を重く思い知る。
暁の年はシシリアから聞いている。十五歳。まだ、子供である。
ミラバルタでの成人は十八歳。十五歳と言えば、まだ学校に通っている時分である。
そんな子供に、殺しをさせてしまった。情けないったらありはしない。
思えば、とても大人げない事をした。暁の思慕を利用し、身体を使って誘惑し、戦力として国に留めようとした。
「本当に、私は……!!」
どうしようもないくらいに、周りが見えていない。
悔しさに表情を歪めているその時、ガランドの慌てた声が聞こえてくる。
「クッソがッ……!!」
何があったのかを確認するために前を向こうとしたけれど、その前に身体に衝撃が走った。
二転、三転、もしかしたらそれ以上かもしれない。身体が振り回される感覚。
その感覚を最後に、意識が暗転した。
〇 〇 〇
片腕を失った叛逆を駆り、次々に敵機を倒していく。
一機殺した。その後も、何機も殺した。
抵抗をしない、または出来なくなった機体は手足を奪って放置した。暁だって、殺したくて殺している訳では無い。無抵抗の人間を殺せば、それは虐殺だ。無意味に命を奪う必要は無い。
本来なら、誰も殺したくはない。人殺しに正当性など無いのだから。
「――ッ!!」
警告音が鳴り響く。
レーダーに移される敵影。数は三機。しかし、ただの三機ではない。
「ゴライアス・オーヴァ……それに、あれは……!!」
新たに現れた二機のゴライアス・オーヴァは驚異的ではあるけれど、問題はその二機を引き連れている機体だ。
黄昏色の機体。それが、黄昏の騎士団の内の一機である事は直ぐに分かった。暁は何度も見た事がある。
背後から伸びる二枚の大きな盾。両手に持った日本の剣。仰々しい騎士甲冑を全身に身に纏った意匠。肩から掛けた外套は特別製であり、防刃防弾効果がある。
まるで、御伽噺の騎士のようないで立ち。
黄昏の聖騎士。黄昏の騎士団が一機である。
『ほう。良くもまぁ、そのような状態で此処まで戦ってこられたものだ』
黄昏の聖騎士の外部スピーカーから上から目線の言葉が放たれる。
気のせいであって欲しかった。何かの間違いであって欲しかった。けれど、彼の言いざまは正しく敵側の言葉だ。
「お前が、トワラを裏切ったのか……」
『我が姫君を呼び捨てるとは、何たる愚弄か。口を慎めよ下郎』
「答えろよ。お前が裏切者かって言ってんだよ」
操縦桿を強く握りしめる。目はモニター越しに映る黄昏の聖騎士を睨みつけている。
『ふんっ、裏切ったとは人聞きの悪い。私は、姫様にとって正しい道を選んだに過ぎない』
「正しい道、だと……?」
『ああ。この国は斜陽にある。この国だけではない。同盟も連合もそうだ。帝国の戦争に対して、私達が出来るのは児戯にも等しい抵抗だけだ。抵抗が長引けば、それだけ犠牲も、要らぬ労力も増える。資材も、食料も、何もかも無限にある訳では無い。全てが有限であるならば、より勝機の高い方を選ぶ必要が在る』
まるで、賢い方を選んだとでも言わんばかりの言い方。事実、彼――アグリス・バンラッツェンは、それが英断だったと胸を張っている。全てはトワラを助けるため。トワラを護るため。
「……ふざけんな」
『ふざけてなどいない。国のため、我が姫君のためだ。……ふむ、先程から思っていたが、貴様は口の利き方がなっていないな。姫様を呼び捨て、私に対する敬意の失した言葉の数々。まぁ、田舎者であれば仕方のない事か……しかし、ゆくゆくは田舎だろうが必要な教育を――』
「ふざけんなよ、糞野郎が」
一発。手に持ったマシンガンを地面に向けて発砲する。
『……何のつもりだ? まさか、その状態で私と戦うとでも言うつもりか? 誉れある黄昏の騎士団が一人にして、聖騎士の機体を持つこの私と?』
苛立ったようなアグリスの言葉。
けれど、苛立っているのは、怒っているのは、暁だって同じだ。
「トワラのため? 国のため? ふざけんなよ。今の状況考えろよ。此処で何人死んだと思ってんだよ」
建物は崩落し、人々の営みを飲み込む炎が町を這いずり回る。
「此処は、お前の護る国だろ? お前の護る町だろ? なのに、お前が壊してどうすんだよ!!」
『貴様には分からぬだろうが、これも謀だ。下民風情が、貴族の謀に口を出すな』
「分かるかよ……人の命を簡単に奪える謀なんて、分かってたまるかよ!!」
暁は銃を構える。
武器はマシンガンしかない。けれど、此処で戦わなければいけない。アグリスはトワラを狙っている。生かすにせよ、殺すにせよ、アグリスに捕まればトワラの思い描く未来は掴めないだろう。
戦って、止めるしかない。
『ほう……この私に盾突くか。下民風情が、随分と大きく出たな』
心底不愉快そうに言い、アグリスは背後に立つゴライアス・オーヴァに指示を出す。
『お前達は姫様を探せ。絶対に殺すな。私の妃になるお方だ』
「――ッ!!」
アグリスの指示を受け、二機のゴライアス・オーヴァは二方向に別れてトワラを探す。
『お前の躾は、聖騎士であるこの私が手ずからしてくれよう。二度と私に盾突かぬよう、徹底的にな』
抜刀した剣の切っ先を向けるアグリス。
「ナサニエルさん。ゴライアス二機がトワラを探してる。絶対に敵より先に見付けて欲しい」
『分かった! けれど……こちらも少々厳しい!』
必死に応戦している声が伝わってくる。
向こうも数多の敵と応戦している。トワラを探し出している暇は無いだろう。
「厳しくてもお願いします。トワラがいなくなったら意味が無い」
『分かっている……!! しかし、こうも敵が多くては……!!』
「敵大将を今から叩く。そうすれば、少しは指揮も乱れるはず」
とはいえ、指揮が乱れるのはサンサノーズだけだろう。オーヴァディアは帝国の直属の兵士だ。帝国側の将を叩かない限りオーヴァディアはどちらかが死ぬまで攻撃を続けるだろう。
けれど、形勢は今より良くなるはずだ。すでに、味方の機体は二機目が落とされた。このまま行けば全機落とされるのもそう時間はかからないだろう。
いくらトワラの騎士が手練れとは言え、これではあまりにも多勢に無勢だ。
殲滅は勝ちではない。此処は、撤退してイラマグラスタに保護してもらうのが勝ちだ。
「お前ごとき、手早く叩く」
『口を慎めよ、下民風情が!!』
剣を構えた黄昏の聖騎士が暁に迫る。
暁は牽制として手に持ったマシンガンを乱射する。
暁の撃った銃弾を、しかし、アグリスは盾を使う事無く加速器を巧みに使って避ける。
『その程度、当たると思ったか!!』
「んなわけ無いだろ」
接近するアグリス。
暁は逃げる事などせず、迫り来るアグリスにマシンガンを撃ち続ける。しかし、数撃たれた弾丸は黄昏の聖騎士にかすりもしない。
『はっ! 大層な機体を持っていながら、口だけのようだな。下民!!』
アグリスは更に機体を加速させ、暁に迫る。
『もらった!!』
高速で迫る黄昏の聖騎士が無防備な叛逆の胴を切り裂こうとする。
「こっちの台詞だ!!」
振られる剣。しかし、刀身は叛逆を捉える事無く空を斬る。
『なっ!?』
確実に当たると思っていた剣が空ぶった。その事実に驚愕を隠せないアグリス。しかし、驚愕はそれだけでは終わらない。
『ぐっ……!!』
機体が振り回される感覚。そして、宙に投げ出されるような浮遊感。
『おのれ!!』
しかし、相手はあの黄昏の騎士団だ。空中に放り出された機体を巧みに操り、しっかりと着地をするアグリス。
そのまま剣を構えるけれど、何かがおかしい。
『なっ……!? 貴様、私の剣を奪ったな!?』
黄昏の聖騎士の右手に持っていた剣が消失しており、代わりに、目の前に悠然と立つ叛逆の右手に先程まで自分が持っていた剣が握られていた。
先程の攻撃の時、暁は敵の懐に潜り込み、相手の斬撃の力を利用して黄昏の聖騎士を投げつつ、相手の手から剣を掠め取ったのだ。
マシンガンの乱射は全て囮。そこまで得意な武器ではないマシンガンから自身の得意な剣に武器を変えるために、残りの弾を全て使い果たして陽動したのだ。
『なんて意地汚く手癖の悪い奴だ……!!』
「性根の腐ってるお前よりはマシだ」
『ほざけ!!』
アグリスは腰に佩いた予備の剣を抜き放ち、暁に迫る。
剣を構えた暁も、アグリスに迫る。
黄昏の聖騎士の剣を叛逆は真っ向から剣で受ける。
背後に広がる大盾の先端が叛逆に向けられる。その瞬間、暁は即座に鍔迫り合いを止めて射線からずれる。
暁が移動した直後、大盾に仕込まれた大口径の銃口から銃弾が放たれる。
大盾に銃が仕込まれている事は知っている。初見であれば多少判断がもたつくだろうけれど、知っていればどうという事は無い。
『くっ……ちょこまかと!!』
銃弾を避けた暁を追従し、黄昏の聖騎士は銃弾を撃ちながら剣を振るう。
銃は牽制。当たれば幸運程度だ。本命は剣による近接攻撃。
「知ってるよ。何度戦ったと思ってんだよ!!」
放たれる銃弾に気を配りながらも、暁は激しい剣戟を繰り広げる。
『おのれぇ……ッ!!』
大盾を前に出し、近距離から突進してくるアグリス。
相手の速度に合わせて後方に跳びながら、急速前進をして相手が背を向けている方へと回り込む。
ギリギリの距離で通過したため、盾と装甲が擦れ合い火花が散る。
『その程度、読めているぞ!!』
黄昏の聖騎士は即座に反転。後方に流れながらも自身の背中を斬られないように銃撃をする。
なるほど。流石は黄昏の騎士団の一人だけある。
相手の銃撃を避けつつ、暁は機体を前進させる。
アグリスも即座に加速器を噴かせ、叛逆へと肉薄させる。
『片手でよくやる……!!』
「両手でそれだけか!!」
剣の応酬をしながらも言葉の応酬を。
そこだけ高次元の戦闘が繰り広げられる。誰も手を出せない程の超高速の戦闘。高い技術力が生み出すその戦闘を、しかし誰も見る者はいない。
誰も彼もが自分の戦いで必死になっており、それどころではないのだから。