013 ゴライアス・オーヴァ
物資の搬入中、暁は空気が異様な緊張感を孕んでいる事に気付く。
この場が戦場になる。理屈では無く、直感が暁にそう訴えかける。
ゲームの中でも、何度か覚えた感覚だ。首の後ろをちりちりと太陽の熱が焼くような、そんな緊張感を覚え、そのすぐ後にはその場所は戦場になった。
暁は鋭く周囲に視線を向ける。
直後、爆発音が響き渡った。
「――ッ!? ラッド!! 俺は叛逆に乗る!! お前達は艦内に避難しろ!!」
「あ、ああ!!」
暁は走り、叛逆に乗り込む。
即座に叛逆を起動させ、巨大移動旅団機を護るために外へと躍り出る。
「――っ!! どこから入って来たんだ!!」
目に映るのは、町を蹂躙しながら巨大移動旅団機へと侵攻してくるオーヴァディアの姿。
一歩踏み出そうとして、眼下に人が居る事に気付く。それどころか、町中に人はいる。ツェペルのような大型都市、それも高層建築物があるこの町でむやみやたらに戦えば、建物は倒壊し、中に居る人も外に居る人も犠牲になりかねない。
市街地戦は住民の避難が完了してからしか行えない。けれど、敵は違う。敵は蹂躙の限りを尽くす侵略者だ。住民など気にも留めないし、反抗される可能性も考えて徹底的に痛めつける事を選ぶだろう。
敵に情けは無い。だからこそ、攻撃に転じるのも早かった。
オーヴァディアの銃口が暁に向けられる。
「くそっ!!」
暁の装備は近距離装備のままだ。散弾銃は届かない距離だし、闇雲に撃てば逃げ回っている住民に当たりかねない。
此処で、銃撃戦は出来ない。
暁は正面に向かって加速する。
左手に持った盾を構え、操縦席を護りながら突貫する。後ろには巨大移動旅団機がある。避ける事は出来ない。
オーヴァディアのマシンガンが火を吹く。
機体を揺るがすほどの衝撃が連続する。
「ぐっ、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
叫び、恐怖に負けそうになる身体を叱咤してアクセルを踏み込む。
加速器が唸り、砲弾もかくやの速度でオーヴァディアへと肉薄する。
暁がオーヴァディアに突っ込むことが出来ているのは、オーヴァディアまで障害物の無いからだ。巨大移動旅団機が移動するには巨大な道が必要になる。その道のど真ん中に相手が立っていたから、暁は何も考えずに突っ込むことが出来る。送じゃ無かったら、今頃巨大移動旅団機に戻って遠距離用の武器を持ってきている。
巨大移動旅団機はトワラを回収した後、ツェペルを出るだろう。物資の大半は積み込んだ。イラマグラスタに逃げるだけであれば十分に足りる。
そう、逃げれば勝ちなのだ。内乱という恥をイラマグラスタに晒す事になるけれど、国の未来のためには一時の恥なら我慢するべきだ。それで国を護れるのなら、それくらいなら苦汁であっても飲み込むべきだ。
巨大移動旅団機が逃げれば勝ち。ならば、その間は暁がしのぐ。
ツェペルとイラマグラスタは目と鼻の先の位置にある。そこまでなら、暁が護衛をしなくてもたどり着くことが出来るだろう。会談をする事を相手も承知しているだろうし、救援を要請すれば良い。
此処をしのげば、こちらの勝ちなのだ。
「だから……邪魔なんだよお前等!!」
ボロボロになった盾を捨て、片手斧を相手のオーヴァディアの頭部に叩きこむ。
次いで、予備の片手斧を左手に持ち、足、腕と切り落とす。
直後に警告音。暁が冷静に、しかし迅速に回避行動を取れば、暁の居た場所にミサイルが着弾。盛大な爆発音を上げて周囲の建物を爆砕する。
「ぐっうう……!!」
爆風に機体が揺られる。
「ふっざけんな……!! ふざけんなよ!! お前等の仲間もいたんだぞ!?」
暁の居た場所に着弾したという事は、暁が相手をしていオーヴァディアもその場に居たという事になる。建物をも崩すほどの爆発。幾ら堅牢が売りのオーヴァディアとて、ただでは済まない。ましてや暁によって損傷させられた機体だ。無事で済むはずが無い。
「なんでそんな簡単に撃てる!! それでも仲間かよお前等!! 俺が殺さない意味を考えろよ!!」
叫び、怒り、嘆き、暁は叛逆を走らせる。
仲間が仲間を殺すのなら、暁が殺さない意味とは何なのか。葛藤して、恐怖して、躊躇って、それでもなお戦う暁の覚悟を馬鹿にされたようで。
遠距離攻撃の出来ない暁が片手斧を投げようとしたその時、横合いから放たれた銃撃によってオーヴァディアがバランスを崩す。
誰が撃ったかを確認する前に、暁はアクセルを踏み込み、オーヴァディアの両腕を切り落とす。次いで足を片方切り落とし、即座に背後に跳ぶ。またミサイルでも撃たれたら、暁が何のために生かしたのかが分からないから。
『アカツキ君!! いったん巨大移動旅団機に戻るんだ!! 君の装備じゃ市街地戦には向かない!!』
ナサニエルから通信が入る。やはり、今の援護射撃はナサニエルだったようだ。
『換装の時間は私達が稼ぐ!!』
「分かりま――ッ!?」
頷きかけたその時、警告音が鳴り響く。
建物を薙ぎ倒しながら突貫してくる機体が一機。オーヴァディアではない。同じ黒色だけれど、違う。それは、オーヴァディアと比べるとあまりにも大きすぎる。
「ゴライアス・オーヴァか……!!」
ゴライアス・オーヴァ。それは、巨人の名を冠するオーヴァディア。オーヴァディアの倍の巨躯を誇る、進むだけで目前にある物を全て破壊する凶悪さを持つ。その代わり、その巨躯を動かすだけあって燃料の消費が激しい。それに勝る破壊力を見れば、燃費など微々たる問題だけれど。
「だから、何処に居たんだよ……!!」
即座に、散弾銃に持ち変える。相手の背丈が高いのなら、上に向かって打てば下に居る者達に当たる事は無いだろう。
惜しげも無くゴライアス・オーヴァに撃ちこむ。弾を節約して勝てる相手ではない。此処は惜しまず、全てを出し尽くす。
「ナサニエルさん!! こいつは俺がやる!! 他を頼みたい!!」
『分かった!! けれど、援護が必要なら言ってくれ!!』
「ああ!!」
頷く、けれど、援護が望めない状況である事は分かっている。
何故だか、敵兵ばかりで味方が出てこない。巨大移動旅団機の残存戦力で倒しきるのは難しい。応戦して巨大移動旅団機を護るだけで手一杯だ。
ただ、暁の状況も芳しくはない。
手持ちの装備は片手斧二本と散弾銃のみ。こんな装備だけでは、ゴライアス・オーヴァに勝つのは難しい。それに、暁は市街地という事もあって動きを制限されている。全ての利は相手にある。
奥の手を使えばあるいは勝てるかもしれないけれど、次がある事を考えると、それを使うのは得策ではない。
「難しいだけで勝てない訳じゃない!!」
暁は散弾銃を撃ちこみ続ける。
ゴライアス・オーヴァの両肩のミサイルポッドからミサイルが射出される。それを空中で撃ち落としながら、暁は巨大移動旅団機からゴライアス・オーヴァを遠ざける。
ゴライアス・オーヴァが両手を向ける。手を言っても、ゴライアス・オーヴァには指が無い。代わりに両腕は高火力な武装が取り付けられており、今まさにその銃口が暁に向けられていた。
「っそ……!!」
轟音が鳴り響く。
まるでレーザーのような線を描く銃弾の軌跡が暁に迫る。
地面を、建物を、木々を、何もかもを抉る銃撃。
叛逆だけでは無く、オーヴァディアであってもこの銃撃を受ければただでは済まない。ましてや、それを向けられたのが人であれば、言うまでもない。
なるべく人の少なそうな方を選んで逃げた。けれど、それでも逃げられなかった人はいるだろう。
自分が逃げるせいで、死んでいく人が居るだろう。
「駄目だ……!! 駄目だ駄目だ……!! 集中しろ!!」
胃からなにかがせり上がってくる。それはお昼ご飯かもしれない。暁の弱気かもしれない。
戦っていると、自分が生きる道を模索する。戦いに慣れた身体、慣れた思考は、自然と最適解を導き、実行する。
そこに躊躇いは無い。躊躇ったら、自分が死んでしまうのだから。
けれど、それは荒野で戦っていた時の話だ。人が居なかったから、暁は自由に動き、最適解を選び続けられた。
此処には、人が居る。何の罪も無い人間が、大勢……。
「――っ」
一瞬、視界に赤色が写った。
それは、布だったかもしれない。そういう色合いのお店だったかもしれない。高速で通り過ぎた今、どちらかは分からない。
けれど、一瞬思った。あれは、人だったのではないかと。
その一瞬が、判断を鈍らせた。
「――しまっ!?」
破壊の銃弾が叛逆の左腕を吹き飛ばす。叛逆の装甲は頑丈だけれど、暁が敵に当たらない事を前提とした速度を重視したカスタムをしているために、重い攻撃を受けるには強度が足りない。
しかし、そもそもの話が食らった時点でどの機体も同じように大破するので装甲の厚さは関係ないと言っても差支えが無いけれど。
幸いにして、左腕だけだ。右腕が残っているのなら、やりようはある。
なのに、暁の動きは鈍るばかりだ。
分かっている。この戦場は、実戦経験の浅い暁にとってはまだ手を出すべきではない場所だった。
けれど、戦争とは得てしてそういうものだ。自身の望まない状況、結果になる。どれだけ頑張っても、どれだけ尽くしても、どうしようもない事が起こる。
「……ふざけんな……」
だからといって、納得できる訳では無いけれど。
「ふざけんなよお前等ッ!!」
暁はゴライアス・オーヴァに向かって叛逆を駆る。
右手に持つのは片手斧。武器はすでにそれだけだ。
「なんで関係無い人を巻き込める!! 命を何だと思ってるんだお前等はッ!!」
片手斧を手に、暁はゴライアス・オーヴァの脚を斬り付ける。流石に、落とす事は出来ない。けれど、叛逆の七機が得意とする高機動によってゴライアス・オーヴァを翻弄しながら何度もゴライアス・オーヴァを斬り付ける。
燃料切れなど待たない。そんなものを待っている間に大勢が死ぬ。
片手斧が壊れ、とうとう武器が無くなる。
けれど、なんら問題は無い。武器ならば戦場に幾らでも転がっているのだから。
暁はゴライアス・オーヴァから離れ、一番近くに居たオーヴァディアを背後から強襲。頭部を鋭い爪の付いた右手で貫き、無理矢理武器を持っている方の肩を引き千切って武器を奪ってからゴライアス・オーヴァへと向かう。
その間、僅か数秒の早業。
手にした武器は高火力が売りのマシンガン。
暁はマシンガンを構え、即座に撃つ。狙うは装甲の薄い関節部分。ただし、高速移動をしながらの攻撃になるので、上手く関節には当たらない。それでも、放った弾の半数を当てているのは慣れ故だろう。
やがて弾が切れたところで、とうとうゴライアス・オーヴァが膝を着く。
頭部を破壊し、腕も残りの脚も引き千切ろう。
そう判断し、即座に動き始めたところで、巨大移動旅団機所属ではないサンサノーズが戦場に現れる。
トワラの騎士でない事が分かったのは、そのサンサノーズがあまりに身綺麗だったからだ。どんな熟練の操縦士でも、この戦場に出て無傷という訳にはいかないだろう。
遅まきながらの登場に苛立ちながらも、暁はゴライアス・オーヴァの元へと向かおうとしたけれど、ふと気付く。
待て。出てこられたのに、今まで出てこなかった理由ってなんだ?
直感した直後に、暁は通信でトワラの騎士に急いで伝える。
「今出て来たサンサノーズは敵だ!! 絶対に背中を預け――」
言い終わらない内に、爆発音が響く。
センサーが味方機の消失を表示する。
「――ッ!!」
見やれば、巨大移動旅団機の近くに居たサンサノーズが一機大破していた。無残に大破したサンサノーズは、腰から下しか残っていなかった。
「……仲間じゃ……無いのかよ……」
躊躇いも無く、敵のサンサノーズが味方のサンサノーズを攻撃する。
その光景を目の当たりにして、暁は操縦桿を強く握りしめる。
ゲームでも、無かったわけじゃない。ミラバルタでは無かったけれど、味方が敵になるなんて戦場は幾つかあった。
けれど、何度でも言おう。これはゲームじゃない。人の命は、簡単に失われてしまうのだ。
……ああ。駄目だ。こんな事がこれからも起こって、自分が戦う限り続くのであれば、自分の戦い方じゃ駄目だ。何も、護れない。ただいたずらに戦いを引き延ばすだけだ。
本当に、誰かを護りたいのなら……。
敵機が立ち尽くす叛逆に迫る。
暁は振り下ろされる剣を避け、サンサノーズの腰に装着してある銃を引き抜くと、背後から操縦席を狙って撃つ。
銃弾は背面を穿ち、中身を抉り、前面を突き破る。
大破したサンサノーズを尻目に、暁は叛逆を走らせ、ゴライアス・オーヴァへと向かう。
ゴライアス・オーヴァは何とか体勢を整えようとしているけれど、自身の巨躯があだとなり上手く制御できていない。
暁は肩と足の付け根を狙って撃ち、関節部分が駆動しないように念入りに潰す。
ゴライアス・オーヴァの構造は知っている。だから、操縦席がどこにあるのかも知っている。
胸部の装甲を剥ぎ、露わになった操縦席に叛逆の爪を突きつける。
「出ろ。裁きを受けるなら生かしてやる」
外部スピーカーを使って脅せば、帝国兵は情けない悲鳴を上げながら操縦席からずり落ちるようにして出て来た。
「その程度なら黙って国に閉じこもってろよ……!! なんで出て来たんだ……!!」
自身の身の危険を感じて腰を抜かして逃げ出す程度の人間が、こんな大量破壊兵器に乗っていたことに抑えようのない憤りを覚える。
「玩具じゃないんだよ、機体は……!!」