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011 安い報酬

 笑みを浮かべたまま、トワラは暁に覆い被さろうとする。


 暁だってそういう知識が無い訳ではない。トワラが今此処で何をしようとしているのか分かっている。


「大丈夫です。私も初めてですが、知識では知っています。私に任せてください」


 にこりと微笑んで、トワラは言う。


 ぐっと、トワラの顔が近付く。


 何をしようとしているのか分かる。だからこそ、暁は今までにない程心が痛むのを感じた。


 乾いた音が、静かな室内に鳴り響く。


「…………え?」


 トワラの表情から笑みが消え、驚愕の色だけが露わになる。


「ふざけんな」


 代わりに、暁は怒りに眉尻を吊り上げていた。


 トワラは衝撃を受けた頬を手で押さえる。


 叩かれたのだ。他でもない、暁に。


「なんで……?」


 純粋に漏れ出た言葉。


 動揺するトワラを乱暴に押し退け、暁は部屋を出て行こうとする。


「ま、待って!」


 そんな暁の腕を、トワラは慌てて掴む。


「何が……何がいけなかったのです!? 貴方は私に恋慕しているのではないのですか!?」


 きつく暁の腕を握り締める。その手には、暁を絶対に話さないと言わんばかりの強い意志が感じられた。


 しかし、その意思を勘違いしたりはしない。それは決して、暁を思う気持ちではない。


「……俺は、トワラ・ヒェリエメルダを愛してる」


「だったらなぜです!? 私を愛してるなら――」


「けど、それはあんたじゃない。あんたはトワラだけど、トワラじゃない。それに、俺はそんな気持ちの人に愛されても嬉しくない」


「――っ!!」


 暁の言葉に、トワラは思わず息を呑む。


 最初は、笑顔に違和感を覚えた。


 次に、唐突過ぎる展開に驚いた。


 だから、ああ、そうかと分かる事が出来た。


 トワラはどうしても暁を繋ぎ留めたいのだ。暁を一人の人間としてではなく、一つの強大な戦力としてミラバルタに繋ぎ留めておきたかったのだ。


 暁との契約はイラマグラスタまでだ。そこまで、護る事は約束した。けれど、そこまでなのだ。そこから先の保証は何も無い。


 だからこそ、トワラは自らの身体を使ってでも暁を繋ぎ留めようとした。それが、国のために、国民のためになるのならと。


 それが、暁には悲しく、同時に酷く腹立たしかった。


 きつく、拳を握り締める。


「俺は、あんたと話したいと思った。あんたが俺の知ってるトワラと同じなら、また、仲良くなれるかもって思った。でも、多分無理だ」


 暁は悲憤の表情を浮かべてトワラを見る。


「あんたは、トワラじゃない。トワラは、何があってもそんな事はしない」


「そんな、事……? ――ッ!! 貴方に、何が分かるというのですか!!」


 激昂したトワラが立ち上がり暁の頬を思い切り叩く。


「国を、誰の命も背負ってない貴方に、私の何が分かるのですか!! ミラバルタの国情も知らず、帝国の脅威も知らず、醜い仲間割れも知らない貴方が!! 私の覚悟の何を知っているというのですか!!」


 ぎゅっと、暁の腕を掴む力が強まる。


「こうでもしなくては……いいえ!! こんな事をしてでも、私には国を護る義務があるのです!! 私は、国を護るためならば、どんな事でも厭いません!! これで、こんな事で国を救えるのなら――」


「そんな事をしなくちゃ救えない国に価値なんて無い。そんな国、とっとと滅んでしまえばいい」


「――ッ!!」


 もう一度、今度は先程よりも強く暁の頬を叩く。


 けれど、暁は動じた様子は無い。暁の頬は痛々しく赤くなっている。にもかかわらず、暁はずっと悲憤の表情を浮かべている。


 暁の変わらない悲憤の表情に一瞬怯みながらも、トワラは暁を睨みつける。


「国は私一人では成り立ちません! 国民あってこそのミラバルタ王国です! 国の命である国民を護るために私は私の出来る全てをしなくてはいけないのです! こんな事で国を護れるのならば、私はいくらでもする覚悟が在ります!! 貴方とは、護っているものが違うのです!!」


 確かに、暁とトワラでは護っているものの多さが違う。肩書も立場も違うのなら、その肩に圧し掛かる重みもまた違うだろう。


 けれど、そんなものは当たり前なのだ。


「そんなの、当り前だろ。俺とあんたで護ってるものは違う。その重みだって違う。そんなの当たり前だ。皆同じものを背負ってる訳が無い。あんたは国民を、貴族は領民を、父親は家族を護ってる。その肩に乗る者なんて違って当たり前だ」


 そしてまた、暁が背負うものが軽い事も事実だ。


 暁が今背負っているのは、この巨大移動旅団機(キャラバン)に乗る者達だけ。トワラを送り届けるという意味では、この国の未来を背負っているので、国民の命を背負っていると考える事も出来るだろう。


 けれど、暁はそんな事は考えていない。今目の前にある命を護るために、ただただ戦っているだけだ。


「そうです。私は王族。ミラバルタの第一王女! だからこそ、私には国を護る義務が――」


「その義務はあんただけのものじゃない。この国に住んでる以上、国を護るのは全国民の義務だ」


 ぴしゃりと、暁はトワラの言葉を遮る。


「あんたが此処で身体を売って、俺が応じたとしよう。けど、俺を雇ったくらいじゃ国の全てを護る事なんて出来やしない。その後国に危機が訪れたとして、あんたはその度に身体を売るのか? ミラバルタ第一王女ってのは、そんなに安いものなのか?」


「そ、れは……」


「あんたの戦いは此処で終わりじゃない。国の安寧は、俺一人が戦ったって得られるものじゃない」


 だからこそ、あの時自分はトワラを救えなかった。だからこそ、ミラバルタは陥落した。


 自分一人に出来る事なんて、たかが知れてる。


「国の危機の度に差し出すものがあんたしかないなら、何かを差し出すしかないのなら、この国に未来はない」


「なら、ならどうしろと言うのです!! ミラバルタには貴方が必要です!! この国には、誰にも好き勝手にされない力が必要なのです!!」


「どうするかは俺が考える事じゃ無い。あんた達が考える事だ」


「貴方は、私にそこまで言っておいて突き放すのですか!? この艦に乗る無辜の民を、貴方は見捨てるのですか!?」


 トワラの物言いに暁はトワラを軽蔑の眼差しで睨みつける。


 トワラの言い分は正しい。イラマグラスタに着いたら仕事が終わりなのだとすれば、その先の安全を暁は背負わないという事だ。しかし、それは最初にトワラも言っていた事だ。イラマグラスタまで護衛を頼むと。そこから先は、雇われ傭兵である暁の感知するところではない。


 しかし、そんな事よりも暁にはどうしても我慢ならない事があった。


「今、あんたは自分が何をしたのか分かってるのか?」


「は? なにって……」


「あんたは今、あんたが護るべき国民を餌にしたんだぞ?」


「――っ」


 暁に言われて初めて気付いたのだろう。トワラは息を呑み、信じられないとばかりに自らの口元を両の手で覆う。


 暁を引き留めるために、この艦にいる民の命を餌にした。お前が戦わなければ、この艦の者は死ぬかもしれないのだぞと脅したのだ。


「そんな……私、そんなつもりは……!!」


 動揺するトワラに、暁は言う。


「あんたが俺を使う事を否定はしない。俺を雇おうとする事も否定はしない。俺は傭兵で、あんたは依頼主(クライアント)だ。契約の延長だって、好きにすればいい。けど……」


 暁はトワラに背を向け、扉のロックを解除する。


「そんな安い報酬で動くつもりは無い」


 それだけ言って、暁はトワラの部屋を後にした。


 一人取り残された室内では、トワラのすすり泣く声だけが響いた。





 暁がトワラの部屋から自身の割り当てられた部屋へ向かう最中、廊下の壁に背を預けてバルサが立っていた。


 黙って通り過ぎようとしたところで、バルサは暁に声をかけた。


「その顔を見るに、姫様の申し出は断ったようだな」


 バルサの言葉に、暁は思わず反応を示してしまう。


 次いで、怒気を含めた声でバルサに言う。


「知ってたんなら止めろよ」


「知ってたから止められなかった。姫様や君がその気なら、その方が良いと思った」


「俺にその気はない。流されて無責任な事をすると思われるのは不愉快だ」


「君が本能に忠実なら話は早かったのだがな……」


 一つ、疲れたように息を吐くバルサ。


 そんな態度も、暁の癇に障る。


「ああ、勘違いしないでくれたまえ。君を馬鹿にはしていない。むしろ、冷静さと誠実さを兼ね備えた人間だと、素直に尊敬をするよ」


「……それは、どうも」


「ただ、私としては流されてくれた方が都合が良かっただけだ。姫様の今後を思えば、な」


「どういう事だ?」


「姫様が信を置き、姫様に忠を誓う。そんな騎士が姫様には必要なのだ」


「今更そんな者必要無いだろ。あんたやガランドさんがいる。それに、黄昏の騎士団(トワイライツ)が……」


 そこまで言って、暁はバルサの言いたい事に気が付いた。


 暁が気付いた事に、バルサも気付いたのだろう。


「やはり、良く頭の回る子だ」


 バルサは暁に歩み寄り、その肩に手を置く。


「今の同盟派には内通者がいる。でなければ、あんなにも早く巨大移動旅団機(キャラバン)が特定される訳がない。内通者がいる事は姫様も気付いている。姫様を裏切らない、姫様が疑わない、そんな者が必要なのだ」


「それを、どこの誰とも知らない俺に任せるのか? あんた、正気か?」


「正気も正気だ。むしろ、背景の掴めない君だからこそ頼みたい」


「背景が分からないって事は、俺が帝国の内通者かもしれないんだぞ?」


「それは無い。もしそうであれば、君は初日で私達を殺しているはずだ。君とあの機体にはそれだけの力がある。姫様を奪うという点でも、君なら出来ただろう」


 そうしなかったのは、帝国と繋がりが無いから。


 それに、暁はミラバルタの国民ではない。トワラに近しい存在でもない。元より、暁が内通者であるとは考えていない。


「姫様を護れる、絶対的な力を持つ騎士が必要なのだ。騎士である以上、ただ強いだけでは意味が無い。君のような誠実さを持った人間である事が好ましい。どうか、姫様の騎士になってはくれないだろうか? もちろん、君の生活の保障はしよう。より良い暮らしを約束する。どうだろうか?」


「……あの人も、あんたくらい素直に話せばよかったのにな」


「そうできない理由がある」


「だとしても、俺は……」


 言いかけて、止める。それは自分の我が儘だ。けれど、紛れもない自分の意思でもある。


「……止めておくよ。俺は騎士になんてなれない。こうして雇われ傭兵やってる方が、気が楽なんだ」


「……そうか。なら、契約の延長を申し出たい。イラマグラスタに着いた後も、帝国を退けるために力を貸して欲しい」


「そういう事なら喜んで。ただ……」


「ただ?」


 言うか言うまいか迷い、依頼主(クライアント)に隠し事は自分にとっても相手にとっても得策ではないと判断し、暁は意を決して口を開く。


「俺は、多分傭兵としては弱い。気付いてるかもしれないけど、俺は今までの戦闘で操縦席(コックピット)を破壊してない。つまり……」


「人を殺せない、と?」


「ああ……」


 今までの戦闘で、暁は相手を戦闘不能にはしてきたけれど、その命を奪ってはいない。


 メインカメラの破壊、手足の破壊をして、相手を戦闘不能にまで追い込んできた。一時は、それで良いだろう。けれど、相手の資材は膨大だ。操縦者が死ななければ、頭を手足を補ってまたやって来る。相手の絶対数を減らす事が出来ないのだ。


 人を殺せないのは、これがゲームではない事を分かっているから。失われれば、その命が回帰しない事を知っているから。


 端的に言うのであれば、人を殺すのが怖いのだ。


「退け、倒す事は出来る。その自信はある。けど……命を奪えない。そうなれば、俺と同じぐらいの実力を持つ相手や、俺よりも強い人と戦った時に、俺は確実に負ける」


「なるほど……」


 騎士にもなれない。傭兵としても欠陥品。実力は、折り紙付きなのに。


「俺は、一時しのぎにはなると思う。けど、もう次を考えた方が良い」


 そう言って、バルサに背を向けて歩き出す暁。


 遠ざかっていく暁の背中に、バルサは問う。


「護りたいという気持ちはあるのだろう?」


 バルサの問いに暁は立ち止まる。


「今は、それだけを考えるので精一杯だ」


 暁の答えに、バルサは表情を緩める。


「それだけ聞ければ十分だ」


 ぺこりと一つ頭を下げ、暁はその場を後にする。


 騎士には出来なかった。けれど、もうしばらくは力を貸してくれる。それだけ分かれば、バルサとしては申し分ない。


 しかし、暁の言うように、代わりのトワラが信を置く騎士が必要だ。


「適任だと、思うのだがな……」


 一つぼやき、バルサは自室へと向かった。


 侯爵領までは後少し。何事も無い事を祈りながら、艦は航路を進んだ。


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[良い点] 色々有りすぎて言えない() [気になる点] 先が気になって夜しか寝れない所 [一言] 難しいだろうけど、二人にはゲームの時の関係に戻るまでは行かなくても近い関係になってほしい
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