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010 十点

 拳を打ち付けていた暁を見たシシリアは、暁が怒りの感情を露わにしている事に動揺したけれど、暁をそのままに出来ずに、ひとまず暁を自分に割り当てられた部屋へと案内した。


「座って。今お茶出すから」


「おかまいなく……」


 お茶の準備をするシシリアに言いながら、暁は居心地悪そうに椅子に座る。


 シシリアにお茶をしないかと誘われた時、彼女の態度が少しよそよそしかった事もあり、自分が壁に八つ当たりをしているところを見られて事を覚った。


 本当は気まずくてすぐにでもその場を離れたかったけれど、シシリアに気遣われたのであればそれを無碍にするのも気が引けた。


 そのためシシリアに着いてきたのだけれど、やはり自分が八つ当たりしているところを見られたとあって気恥ずかしい。


 疲れたからと言って無理矢理にでも自室に戻るべきだったかと後悔していると、暁の目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。


「はい、ハーブティーだよ。リラックス効果があるとかないとか」


「どっちなんだよ……」


「あると思えばある!」


「思い込み療法じゃ無いんだから……」


「まぁまぁ! 飲んでみなさいって! 落ち着くから!」


「……じゃあ、いただきます」


「うん」


 カップを持ち、火傷しないようにゆっくりと紅茶を飲む。


「美味しい……」


「でしょう? これ、私のお気に入りなんだ」


 暁の反応が嬉しかったのか、シシリアはにこっと微笑む。


 シシリアは暁の隣に座り、自分の分のハーブティーを飲む。


「それで? 何かあったの?」


 前置き無く、シシリアは暁に訊ねる。


「……別に」


「そうは見えなかったけど? 皆無事だったんでしょ? なのに、なんでそんなに怒ってるの?」


「シシリアには関係無いだろ」


「そうかもね。でも、今私とアカツキはこうして関わり合ってるでしょ? もう、関係出来ちゃってるよ。アカツキだって、このキャラバンの大事な乗組員(クルー)なんだから。姫様着きの侍女(メイド)として、気にかけるのは当然です!」


 えっへんと胸を張るシシリア。


 けれど、直ぐに優しく真面目な笑みを浮かべる。


「まぁ、そうじゃなくても年下の君が悩んでるのを見ると、放っておけないのよ。お姉さんに言えるところまででいいから、言ってみなさい」


 優しい、年上の包容力を伺わせる笑み。


 暁とシシリアは一つしか歳が違わないと聞いた。一つしか違わないというのに、こうまで姉のようにふるまえるのは、暁とは置かれていた状況が違うからだろう。


 年上として、しっかりとしている必要があったのだろう。


 疲れたいたからか、それとも精神的に弱っていたのか。暁はぽつりぽつりと言葉をこぼす。


「……もし……もしもの話だけど、シシリアに大切な人が居たとして、その人が死んだら、とても悲しいと思う?」


「うん。とっても、悲しかった(・・・・・)よ」


 シシリアの答えを聞いて、暁は理解する。


 ああ、シシリアも失った側の人間なのだと。


 いや、この世界で、この状況で、何も失っていない人間など少ないだろう。ポーニャとピーニャも家族と村を失っている。彼女達が寂しさに涙を流している事を知っている。たまたま、部屋の外に居る暁に気付かずに二人が泣いているところを見てしまった。


 声がかけられなかった。家族を本当の意味で失う痛みを、暁は知らないから。なんて言葉をかければ良いのか分からなかったのだ。


 ただ暁は、見なかった事にしてその場を立ち去る事しか出来なかった。


「それで?」


「――っ、ああ……」


 シシリアに続きを促され、暁は我に返って話を続ける。


「その、亡くなった人と同じ姿、同じ名前……つまり、まったく同じ人が現れて、けど、その人は自分の事をまったく知らなかったら……シシリアはどうする?」


「うーん……難しい話だねぇ」


 暁の問いに、シシリアは難しい顔をして腕組みをする。


 真剣な表情で考えるシシリア。恐らく、自分の親しかった人間に置き換えて考えているのだろう。難しく、険しい表情を浮かべている。


 やがて、難しい顔をしながらも、シシリアは口を開いた。


「多分……仲良くしようとする、かな?」


「仲良く……」


「うん。その人が私の大事な人だったなら、私の事を知ってもらいたいって思う」


「でも、その人はシシリアの事を知らないんだぞ? 今まで過ごしてきた時間も、二人の思い出も、全部知らないんだぞ? それでも、仲良くしたいと思うのか?」


「二人で過ごした時間も大切だよ。それは、今も私の胸にちゃんと残ってるから、それを思い出した時、辛くなるとは思う。だからアカツキも時折辛くなっちゃうんでしょ?」


「ああ……」


 自分の知っている、自分と共に生きたトワラとの違いが、トワラとの思い出が顔を出すたびに、どうしようもなく心が痛くなる。


「過去は、もうどうしようもない。失われた人達は戻ってはこれない。あの人達は後ろで止まってしまって、私達は前にしか進んで行けないから。だから、その人との思い出はそこまで。そこから先に、その人は進めないから」


 暁の中のトワラも、あの日、瓦礫の下敷きになったあの時から先にはいない。あれが、トワラとの最後の記憶。


 あんな終わり方をしたくはなかった。だからこそ、今が辛い。まだ話したい事があったから、まだ生きたい場所があったから、まだしたい事があったから。そんな思いが溢れて、仕方が無いのだ。


「じゃあ、じゃあ俺はどうすれば良い? まだ話したい事があった。まだ行きたい場所があった。まだしたい事があった。してあげたい事だって山ほどあった!」


「なら、それをしてあげれば良いよ」


「無理だ! だって、俺の知ってるトワラじゃない! 俺がしたかった、してあげたかった事全部、俺とトワラが積み上げてきた思い出があったからそう思ったんだ!! あの人とは、何も無い……! こんな気持ち押し付けられたって気持ち悪いだけじゃないか!!」


 だって、あの人は俺の事を知らないんだから……。


「そうだね。けど、それは仕方ないよ。その人はアカツキの事何も知らないんだから」


 暁が誤魔化す事無くトワラと言った事を、シシリアは指摘はしない。話を聞いて薄々そうなのでは無いかと思っていたから。今尋ねるなんて、意地悪な事はしない。そんな意地悪な事を言わなくても、シシリアの言葉を聞いた暁は傷付いたような弱々しい表情をしていたから。


「でもね、アカツキ。相手がアカツキの事を知らないなら、アカツキの事を知ってもらえば良いんだよ。過去はもう変える事は出来ないけど、これからはアカツキの選択次第で変えられるでしょ?」


「俺の事を、知ってもらう……?」


「うん。お話でもなんでもしてみて、アカツキの事を知ってもらうの。そうすれば、またきっと仲良くなれるよ」


 にこっと安心させるように笑みを浮かべるシシリア。


「アカツキもその人が自分の知ってる人と違うって事は分かってるんでしょ? だから、きっと大丈夫。アカツキならきっと乗り越えられるよ。あんなに強いんだから!」


「……多分、強さは関係無いと思う」


「もう! そこは頷いておけばいいの! それに、男の子なんだから、少しはしゃんとしなさい! 男の子ってのはね、ちょっと格好つけたくらいが丁度良いんだから! 今のアカツキは、全然格好つけてないから百点満点中十点! ダメダメのダメ男なんだから!」


「なんだよそれ……」


「誰のために格好つけるのか少しは考えろって事! ほら、分かったらしゃんとしなさい! さっきからずっと猫背じゃない!」


「痛っ!? ちょっ、分かったから背中叩かないでよ! お茶こぼれるから!!」


 バシバシと暁の背中を叩くシシリア。その顔に少し朱が混じっている事に暁は気付いていない。つまり、照れ隠しである。


「……」


 そんな二人の楽しそうなやり取りを聞いて、扉から離れて自室へと向かうトワラ。


 盗み聞きなんてはしたないけれど、暁の事を知るためには必要な事だったと自分に言い訳をする。


 トワラとしては――というよりも、同盟派としては、暁の力を手放すのは惜しい。何せ、暁は伝説の機体である|叛逆の七機(シリーズ・リベリオン」の旗頭叛逆(リベリオン)を操れる類い稀な才能を持っている。


 そんな実力者を手放すのは、国としても惜しい事この上ない。


 暁が自分になんらかの感情を持っている事は知っていた。固執、執着、苛立ち、怒り。そして、確かな親愛の情。


初めて会うというのに、随分と重い感情。


 そんな感情を持っている事が分かっていたから、最初の内は警戒をしていた。命を狙われるかもしれない。いや、愛情を持っている事から、貞操の危機すら危惧した。


 けれど、抱いていた警戒は呆気ない程の空振りに終わった。


 数日経っても何もしてこなかった。それどころか、今日の襲撃では一番危険な役割を自ら担い、見事にその役割を果たしてくれた。


 彼は、強い。それこそ、自身の守護騎士である黄昏の騎士団(トワイライツ)を超える程の最強の個。


「……欲しい」


彼の力は、国の情勢を大きく変えるものだ。彼一人で、他国との交渉に優位に立つ事が出来る。


 欲しい。いや、それでは駄目だ。必ず手に入れなければいけない。国が傾きかけている今、分水嶺(ぶんすいれい)である今、彼の力は国を護るために必ず必要になる。


 イラマグラスタまでの関係ではなく、ミラバルタのこれからを支えてもらうために欲しい。


 そのためなら……。


「致し方、ありませんか……」


 少し、怖い。けれど、国のためならば……。


「私一人で済むのであれば……」


 トワラは一つの覚悟を持って、自室に戻る。


 やるべきことの準備をするために。



 〇 〇 〇



 その日の夜。双子の面倒を見ながら残りの時間を過ごし、警戒(けいかい)任務に割り振られていない暁は眠るのも仕事だと思い自室でゆっくりと休もうとした。


 自室に戻り、そのまま眠ってしまおうとしたその時、部屋の呼び鈴が鳴った。


「はい」


 返事をして、暁は扉を開ける。


「すみません、夜分遅くに」


 そこに立っていたのは、白の寝巻(ネグリジェ)の上からカーディガンを羽織ったトワラだった。


 トワラが来るとは思っていなくて、一瞬心臓が跳ね上がる。けれど、なんとか平静を装って一つ頷く。


「い、いや、別に……平気だけど……」


 暁がそう言えば、トワラは一つ笑みを浮かべる。


「……?」


 その笑みが、何処かぎこちないように思えて、暁は思わず怪訝な顔をしてしまう。


「その、少しお話でもしませんか?」


「話し?」


「ええ。此処ではなんですから、私の部屋で」


「……ああ」


 少し訝しく思いながらも、暁は頷く。


 昼間にシシリアに言われた事もあって、暁としてもトワラと少し話をしたかった。


「では、行きましょう」


 トワラは穏やかな笑みを浮かべながら、自室へと暁を案内する。暁はトワラの後に続いて歩く。


 暫く歩いた後、トワラの部屋に着いた暁はトワラに促されるままに室内に入った。


 トワラの部屋は他の部屋に比べて広く、また、調度品も質の良いものばかりが揃っていた。


 しかし、そこに豪勢さはない。他の者よりも少しばかりランクを上げた程度の品質だ。


 隠密行動をしていてあまり質の高いものを詰め込むことが出来ないとは言え、やはりお姫様の部屋ともなると質が違う物だと思っていると、ぴぴっと背後で電子音が鳴る。見やればトワラが扉にロックをかけていた。


「大事な話なのか?」


「ええ、とても大事な話です」


 そう頷いたトワラは笑みを浮かべながら暁に近寄り、そして――


「――っ!?」


 ――優しく抱きしめながら、暁の背後にあるベッドへと暁もろとも倒れ込んだ。


「と、トワラ!?」


 突然の行動に驚き、思わず名前で呼んでしまう暁。


 しかし、そんな暁に構う事無く、トワラは自身だけ身体を起こしてカーディガンを脱ぐ。


「な、にを……」


 突然のトワラの行動に思考が追いつかない。トワラは何をしている? 何が目的なのだ?


 暁が困惑している間に、トワラは寝巻(ネグリジェ)を脱ぎ捨て、均整の取れた美しい姿態を露にする。


 下着をつけているため、見えないところもあるけれど、それでも思春期の男子にとっては十分すぎる程魅力的な艶姿(あですがた)だ。いや、思春期男子だけではなく、その姿は大人でさえも、同性でさえも魅了する事だろう。


 それほどまでに、トワラの姿態は誰もが羨むような美しさを持っていた。


「本当に何してるんだ!?」


 慌てて手で目を隠そうとすると、その手をトワラが取り、すっと暁と視線を合わせて顔を近付ける。


「男女が密室で、夜にする事と言えば……一つだけでしょう?」


 そう言って、トワラは誰もを魅了する艶やかな笑みを浮かべた。


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