001 Iron:Mercenarise
ロボット物の新連載。楽しんでいただければ幸いです。
瓦礫が山脈を連ねる地獄。家々は崩れ、火は物も人も関係なくなめ回し、己を燃え上がらせる薪へと変える。
そんな地獄の中を、一人の少年が必死に声を荒げながら誰かを捜す。
「トワラ! トワラ!」
喉は枯れ、罅割れた声が漏れる。
けれど、少年は必死にその名を呼ぶ。
「アカ……ツキ……」
「――っ!! トワラ!!」
瓦礫の山の麓から声が聞こえてきた。
弱々しい声だった。けれど、確かに聞こえたのだ。それは、愛しい彼女の声。
気色の声を浮かべながら、少年は声の方へと走る。
けれど喜びも束の間。少年が目にしたのは、瓦礫の下敷きになった少女の姿だった。
「トワラ!!」
その名を呼び、少年は慌てて少女に駆け寄る。
「アカ、ツキ……」
「大丈夫だ、トワラ!! 俺が、俺が何とかするから!!」
少女に言いながら、少年は少女の上に積み上がった瓦礫を必死にどかす。
「無理、です……無理ですよ、アカツキ……」
「そんなこと言うなよ!! 大丈夫だ!! 俺が絶対にトワラを助ける!! だからもう少しだけ頑張ってくれ!!」
瓦礫を必死にどかす少年の脚を、少女はそっと掴む。
「聞いて……ください……アカツキ……」
「大丈夫!! 大丈夫だから!! これが終わったら、なんでも、全部聞くか――」
「アカツキ」
言葉を並べる少年に、少女は明瞭な声で名前を呼ぶ。
その声に、少年は瓦礫をどかす手を止める。
「も……無理です……」
「無理じゃ、無いよ……大丈夫だよ。トワラ、大丈夫だよ。なんとか、俺がなんとかするから」
言葉とは裏腹に、少年はその場に膝をついてしまっている。
無理だ。分かっている。こうなってしまった時点で救済の余地は無い。
分かってるだろう? 瓦礫の下敷きになっていて、医者も誰も居ない。人手だって足りない。この瓦礫を一人でどかすのは無理だ。
分かっているからこそ、少年はその場に膝をついてしまっているのだ。口から漏れ出る言葉は、現状を受け止めきれない少年の諦めの悪い感情だ。
膝をついてしまっている少年に、少女は手を伸ばす。
愛おしそうに少年の頬を撫で、力の無い笑みを浮かべる。
「アカツキ……あぁ、私の……私だけの騎士……」
少年は頬に添えられた手に己の手を添える。
「トワラ……嫌だ、死なないで……」
泣きながら、少年はそう懇願する。
泣きじゃくる少年に、しかし、少女は悲しそうに首を振る。
「私の騎士……アカツキ……貴方は、きっと……本当の意味では、死なないのでしょう。……けれど、どうか……生きてください。……それだけが、私の望みです……」
少女の身体が淡く光る。
その現象を少年は知っている。
「嫌だ!! トワラ、死なないで!!」
「アカツキ……好いていました。ずっと、ずっと……」
ああ、やっと……。
最後にそう言い残し、少女の身体は壊れた硝子細工のように砕けて霧散した。
「――――――――――――――――ッ!!」
霧散する彼女を掻き抱き、少年は声にならない慟哭を上げた。
〇 〇 〇
「――っ」
声を詰まらせ、少年は勢いよくベッドから身体を起こす。
自分の身体が現実に在る事を確認してから、少年は一つ溜息を吐く。
「……トワラ……」
思わずその名を呟いてしまって後悔する。
あれから一ヶ月経ったけれど、未だ心痛は消えず、時折こうして思い出しては少年の心をチクチクと痛めつけてくる。
「はぁ……着替えよ」
どうあっても、この痛みが消えてくれることは無い。無視をする事だって出来やしないのだから、なるべく見ないふりをして過ごすのが一番だと分かったのはここ最近だ。
夢見が悪かったせいか、べっとりと汗をかいてしまっている。時計を見ればまだ時間はある。シャワーを浴びるくらいは大丈夫だろう。
着替えの制服を持って、少年は浴室に向かった。
「行ってきます」
少年――宮前暁は元気の無い声で言ってから家を出る。
あの日から、あの瞬間から、暁の日常は少しばかり色褪せてしまっている。
少し前までは、この学校に行く時間はとても憂鬱だった。帰って、早く彼女に会いたい。そんな思いが強かったから、学校に行くのがちょっと嫌だった。
それがマイナスな方向なの間違いないけれど、暁に感情の変化があった事は確かだ。
しかし、今はその感情の変化すら無い。ただ、淡々と元気の無いまま日々を過ごしているだけだ。そこに、中学生らしい一喜一憂は無い。
学校に着いても、暁は誰かと話をする事は無い。元々友人も少ない上に、クラス替えによって友人は全員別のクラスに行ってしまった。新しい友人を作る気も起こらず、暁は誰に話しかける事もせずに日々呆けて過ごしている。
「なぁ、昨日のアイアン見たか?」
「見た見た! 凄ぇよなあれ! あの操縦テク!」
「あそこまで行ったらもう才能だろ。あんなえぐい反射速度で機体動かせるかよ」
クラスメイト達の会話が耳に入ってくる。その内容を、暁は正しく理解している。
彼等が話しているのは『Iron:|Mercenarise』というゲームの話である。
『Iron:|Mercenarise』。通称、アイアン。十メートルを超える機体を操り、時に国の存亡を賭け、時に己の矜持を賭けて戦うVRロボットアクションゲームだ。
ゲーム内のキャラメイクは自由自在。機体も自ら開発する事が出来、個々人によって様々な改造の施された機体も見所であり、そうした機体の多様性も人気を博している理由の一つだ。
そして、何より自分でロボットを操縦できるという世のロボット好きの願いを叶えたゲームという事もあって、幅広い層から支持を受け、今では国内でも人気のゲームタイトルになっている。
しかし、ゲームのシステムは中々にシビアだ。まず、戦争という概念がある。
プレイヤーは各国に所属して、その国の存亡や繁栄を目指して戦う。大小様々な国家間で戦争を行うのがアイアンの醍醐味なのだ。それ以外にも、野良の傭兵や盗賊団などもあるけれど、そういった手合いは少ない。まず、絶対数で負けてしまうので、結成をしても早々に潰される。余程の手合いでない限りは、生存は不可能だ。それでも、幾つかの盗賊団や傭兵団、私的兵力を有する団体などはあったけれど。
「にしても、最近見ないなぁ、アカツキ」
「――っ」
男子生徒が出した何気ない名前に、思わず暁は反応してしまう。
けれど、元より誰も暁を見てはいないため、気付かれる事は無かった。
「あー……まぁ、ミラバルタ陥落しちまったからなぁ……」
「残念だよなぁ。俺、アカツキの戦い好きだったのに」
「分かる。お姫様のために戦う騎士。幾度となく小国を防衛してきた小国の英雄だもんなぁ……正直くそかっこいい!」
「分かる!! ものっそい分かる!!」
わいのわいのと楽しそうにお喋りに花を咲かせる男子達。
それだけなら、暁も安心できた。けれど、その後に出て来た言葉に、暁の心臓はきゅうっと締め付けられた。
「やっぱり、トワラ様が死んじゃったの、悲しかったのかな」
「そりゃあ、そうだろうよ。あの二人、めっちゃ仲良かったし」
「なー。トワラ様も他の人には見せない笑顔をアカツキには見せてたなぁ。あれは絶対両想いだった」
「公式カップルって言われてたくらいだもんな」
わいのわいのと、楽しそうにお喋りに花を咲かせる。先程と同じ光景なのだけれど、暁には憎らしく映る。
勝手な事言いやがって……。
腹の底で煮えかえるような怒りを滾らせながら、暁は拳を握り締める。
アイアンにはもちろんNPCが存在する。しかし、アイアンに存在するNPCの内の一握りは高度なAIを搭載しており、まるで本物の人間のように会話や行動を起こす。そのため、NPC自体に愛着が湧いたり、NPCとゲーム内結婚をしたりという事も出来る。
アイドルのように人気なNPCもいたりと、多くのプレイヤーから愛されているNPCもいる。
そういった点もアイアンの世界観を引き立てる魅力になっている。けれど、それと同時に残酷な一面でもある。
アイアンのNPCはHPがゼロになれば、死亡する。今まで培ってきたデータを全てリセットされ、キャラクターの復帰すら望めない状態まで白紙化されてしまう。
そう、彼等のゲーム内での死は、実際の死と同義なのだ。と、一部の者は憶測を立てている。
実際、どういう処理をしているのかは分からないけれど、高度なAIを所持したNPCが死亡後に再度同じ姿で発見されたという事実が無いために、そういった憶測には信憑性がある。
戦争という非情な世界観を際立たせるため、ゲーム内の命の重さを知ってもらうため。様々な憶測はあるけれど、運営からの明確な答えは無い。
NPCの死は現実での死。その事実だけが、明確な運営からの答えだった。
殆どのNPCには人格というものが無く、特定の台詞しか言えない。だからこそ、戦争というものが成り立っているのだけれど、PVPには忌避感が無いプレイヤーでも攻城戦は躊躇う者が多い。
それだけNPC達が愛されている証拠なのだけれど、そういった事を気にしない者もいる。むしろ、望んで殺す者もいるらしい。
ともあれ、彼等の話すトワラというお姫様もそんな特別なNPCの一人だった。
そんな彼女もつい一ヶ月程前のミラバルタ攻防戦で命を落としてしまった。見た目も人当たりの良さもあって、人気の高かったNPCであったためファンの間では落胆の声も上がり、追悼式が行われた程だった。
そして、何を隠そう、トワラと仲が良かったというプレイヤー『アカツキ』の正体は、宮前暁である。
知らず、彼等は暁の逆鱗に触れていた訳なのだけれど、暁は自身がアイアンをプレイしている事を隠していた。そのため、彼等が知らないのも無理はない。それに、口ぶりからしてトワラとアカツキを馬鹿にしている様子は無い。彼等は純粋に、二人の姿を見られない事を悲しんでいる。そんな彼等に怒る事は筋違いだ。
それが分かっているから、暁だって声を荒げたりはしない。ただ、自分のいるところでその話題を出してほしくは無かった。それも、暁の我が儘なのだけれど。
彼等の会話のせいで、と言うのも身勝手な話だけれど、暁はその日はあまり機嫌がよろしくなかった。
何でもない事に苛立つし、何でもない事に悲しくなる。
授業が終わった後も帰る気力が起きずに、机に上半身を預けてぼーっと窓の外を眺める。
「思春期か、俺……いや、思春期か……」
一人で言って、一人で突っ込む。そんな行為に虚しさを覚える。
「おーい、宮前。そろそろ教室施錠するから出ろー」
「あ、はい……」
担任に言われ、暁は重たい身体を起こして教室を出る。
「今日はどうした? いつも以上に元気無いが」
「いえ、ちょっと……」
言って、少し笑って誤魔化す。
言えるわけが無い。ゲームの中の少女に恋をしていました。その少女が死んで悲しんでいます、なんて。
暁の担任は体育教師。ゲームの事なんて何一つ知らない。そんな人に言ったところで、意味が無い。馬鹿にされるのがおちだ。
「そうか? 何かあったら、先生に遠慮なく言うんだぞ?」
言って、快活に笑ってから担任は職員室に向かった。
「遠慮じゃねぇし……」
悪態を吐いて、暁は学校を後にする。
もう夕暮れ時。美しい夕日が、暁達を照らす。
前までは夕日が好きだった。家に帰れるし、夕日はトワラの色だから。
トワラ・ヒェリエメルダ。別名、黄昏姫。夕日のように色鮮やかな橙色の髪は光の反射で繊細な色を表し、そんな温かな日の光を際立たせる彼女の明るい笑顔は、まさに温かく皆を照らす夕日のようだった。
ゆえに、黄昏姫。彼女の人柄を現わした、とても素敵な渾名。暁は、そこまで好きでは無かったけれど。
だって、トワラは黄昏というよりも……。
そこまで考えて、意図的に思考を切る。
考えて、どうする。また、辛くなるだけだろ。
これ以上夕日を見たくなくて、暁は帰る足を早めた。
『生きてください。……それだけが、私の望みです……』
「無理だよ、トワラ……」
だって、彼女のいない世界のなんと色褪せた事か。彼女のいない日々のなんと味気ない事か。彼女のいない日々のなんと無価値な事か。
暁にとっては彼女が日常の中の希望だった。彼女のために戦った。彼女のために日々を生きた。相手がAIだろうが、ゲームの中でしか会えなかろうが、トワラは、確実に……。
「俺の初恋奪っといて、そりゃ無いよ……」
そんな文句が、虚しく夕焼けに漏れ出た。聞いているはずの夕日はなにも返さない。この夕日は暁の愛した夕日では無いのだから。