勝てばいいんです、勝てば
わたしと少女は十メートル程の間隔を空けて対峙する。
その中間の位置に壮年男性が歩み出て来た。
「俺が見届け役をさせていただこう。相手が戦えない状態になるか、参ったと発言したら終了だ。なお、先程姫様が言ったように攻撃アイテム、魔法の使用も失格とする」
うん? 姫様なのか。まぁ村長の子とかその辺りだと思うけど、後で聞くとしよう。
しかし、その立場で勝手に婿を、それも外の相手から取っていいのだろうか。それとも自分の力で勝ち取ったモノに異を唱えられないような風習なのかな。
……どうでもいいか。わたしが勝てば関係なくなるのだから。
「双方準備はいいですな……始め!」
男性の掛け声と同時に少女は前へと詰め寄ってきた。勢いのままに槍を突き出してくる。
けれどもそれは予想出来たことだ。わたしは慌てず騒がす体を横にずらして突きをかわす。
そのままカウンター、と行きたいところであるが少女も甘くはない。槍を横凪ぎに払ってくるのでこちらも槍を立て、柄同士がガツっと打ち合わされる。
柄を滑らせて前に出ようかと思ったけれども、少女は大きく後方に飛び、仕切り直しとなった。
「見た目はなよっとしているが、さすがにこれくらいはやるか」
「それなりに実戦経験は積んでるんでね」
うちのウルさんを筆頭に、見た目がそのまま強さだと思っていると足元掬われちゃうよ……? 大丈夫かな、この子。
いや心配してる場合じゃない。集中集中。
「では……これはどうかな!」
少女は足元にあった石をわたしの顔目掛けて蹴り上げてくる。
……へぇ……『汚い戦い方をしたら無効だ!』とかそう言う手合いじゃないんだね。
これも一歩だけ横に、出来るだけ最小限の動きでかわす。
「よく見えてるじゃないか!」
それでも一瞬視界が塞がれてしまったことに変わりはない。そのわずかな間に少女は距離を縮め、ラッシュを放ってくる。
わたしは少女の突進に合わせて後ろに下がりながら、突きを捌いていった。
「……リオン、思ったより強くね?」
「む? リオンは元々目は良いぞ? ただ普段は体が付いて行ってないだけだな」
と言うようなウルとレグルスの会話が聞こえてくる。
そうなんだよねー、見えはしても体が動かないんだよねー。身体能力は貧弱ですから……。
でも、動けないのであるのならば、動けるようにすればよい。
そう……わたしが勝負の前に食べたスポンジケーキ。
あれを食べたことで、攻撃と速度の上昇バフが付与されたのだ。
卑怯だって?
ハハハ、そんなもんバレなきゃいいんです。それに『バフ料理は食べちゃダメ』って言われてないからね!
相手が石ころを蹴ってきたように、基本的に禁止と明言されていない事項は可と考えても良いでしょうよ。騒ぎ立てて来たら『言わないのが悪い』とでも返してあげるさ。そもそもわたしがご丁寧に相手の流儀に乗っかって勝負を受けただけでも褒めてほしいくらいだ。
と言うか、これでも我慢してる方なんですよ? あれこれ好き勝手にやって敵対的になられても今後が困りそうだからやらないだけで。
例えば石ブロックは攻撃アイテムじゃないですよねー。これを相手の頭上に出したらどうなりますかねぇ。後は足元をシャベルで掘って落として、土ダバァで埋めるとかね。
思考が汚いって?
ハハハ、今更。まぁレグルスの人生がかかっているのだから、勝ち目の薄い勝負を受けたりはしませんよ。
「ちっ……!」
忍耐の限界に達したのか焦ったのか、少女が力を篭めて、わたしからすれば篭めすぎとも言える状態で、これまでの最速スピードで槍を繰り出してきた。
「よいせっ!」
「っ!?」
わたしはタイミングを合わせ、少女の槍を上へとかち上げた。
腕が伸び切ってしまった少女はリカバリーが出来ないでいる。そのガラ空きになった懐へと潜り込み、みぞおちへと抉り込むように石突を刺した。
「カハ――ッ」
少女はたまらずくの字になり、吹き飛ばされて行った。
この絶好の機会を見逃す手はない。わたしは追いかけるように駆け出し、槍を少女の首元にあてがい――
「こ……のっ!!」
「いつっ……!」
寸前、えずきながらも少女は土を握りわたしにぶちまけた。反射的に顔をガードしたところに少女はブレイクダンスでも踊るかのごとく足を跳ね上げてきて、かばった腕を蹴られてしまう。
あっぶな、もうちょっとで顎に当たるかと思った……! それに比べれば少しばかり腕が痛いくらいならカバー出来る範囲だから助かった。
わたしが身を引いているうちに少女はバク転で起き上がり、またわたしと距離を取る。おなかを押さえているので振り出しという程でもなさそうだ。
「ま、まだまだ――」
先ほどのわたしの一撃で飛ばされた折に槍を手放してしまっているが、それでも少女は闘志を失わず拳を構える。
しかし、それは次の言葉により挫かれることになる。
「いいえ姫様、あなたの負けです」
審判である男性からストップが掛かったのだ。
……ふむ、身内贔屓するような人ではなかったのね。
などとわたしが感心していると、止められた当の本人は納得いかなかったようで食ってかかる。
「何故だ!? 私はまだ戦える!」
「……あなたが今動けるのは彼の者の慈悲のおかげです。そうでしょう?」
後半はわたしに向けての言葉だ。わたしはくるりと槍を回転させてから肩を竦める。
「姫様、あなたの腹を突いたのが刃の方であれば、最悪あなたは死んでいましたよ?」
「あ……」
男性から知らされた事実に、少女は愕然としていた。
……いくらポーションで治せるとしても大怪我させるのは不本意であるからね。だからわざわざ槍を半回転させていたのだけど、そこを汲み取られるとは正直思っていなかった。
わたしの方はまだ余裕があったし素手と武器の差もあったから、そのまま続けられていたとしても負けることはなかったと思うけれど、余計なことをしなくて済むのであればそれに越したことはない。
槍で肩をトントンと叩きながら一応わたしは聞いておく。
「続けるのでもいいけど?」
「……いや、私の負けを認めよう」
悔しそうにしながらも素直に受け入れてくれた少女に対し内心ホッとして、大きく息を吐き出した。
いやぁ、バフもあったことだしほぼ勝てると思っていたとは言え、ヘマすることもなくちゃんと勝ちを拾えて良かった良かった。
「うおおおぉ! リオンすげぇなぁ!」
わたしの勝ちが確定したところで、レグルスが歓喜の声を上げるのだった。
わたしの頼みを聞いてもらうのはひとまず後回しにして、わたしたちは揃って彼女の村へと行くことにした。想像通り、彼女はその村長の娘らしい。
勝負に負けたことで恨まれたりするのだろうかとちょっとビクビクしていたけど少女はサッパリとしており、勝者であるわたしに敬意を払ってくれているようだ。……バフの件は墓まで持って行かなきゃな。
少女の名前はエリスと言うらしい。虎の獣人だそうだ。
この荒野――元々はやはり草原だったらしい。彼女自身が生まれた頃にはすでに荒野と化していて実際に見たことがないらしいけれども――を馬を友にして駆け回っているそうだ。
「ここ数年はモンスターの襲撃が増えて遠駆けするのもままならないけどね。それで男手が減っていたから増やしたかったと言うのもあるのだけども、負けたのなら仕方ない」
そう言えば、馬が逃げた理由がモンスターの襲撃と言っていたなぁ。この地域も少しずつ悪化していると言うことなのだろうか。
そんな感じであれこれと話をしながら、ウルはわたしの背にへばりつくような姿勢のまま特に口を挟まず、レグルスは「災難だったな……」などと青年に詫びられつつ男性陣で話しており。
しばらく馬の歩みを進め、小高い丘のてっぺんまで登ったところで。
「あそこが私たちの村だ」
丘の下にあった集落を指して、エリスはそう言った。