最後の悪あがき
アンデッドに対する特攻属性である聖属性を得たウルは圧倒的だった。ブレスはもちろん、聖なる衣を纏った手足で黒炎に触れるだけで傷を負うことなく搔き消していく。
わたしもただ足を引っ張るために背に居るわけではない。ウルが対処しきれないほど大量、もしくは広範囲の黒炎が放出された時はアイテムで浄化しているし、傷を負ってもすぐにポーションで回復が出来る。とはいえポーションも無限ではない。在庫はたくさんあるけれど、冥界の王の再生エネルギーが尽きるのとどちらが先だろうか。長期戦は避けたいところだし、在庫の前に体力が切れそうだ。
「ガアッ!!」
「おのれぇ……!」
ウルのブレスは冥界の王の黒炎を容易く打ち破るほどに強烈だが、冥界の王とて大人しく滅びを受け入れるはずもなく、避けられてなかなかクリーンヒットしない。手や足を失ったところでまたすぐに再生されてしまう。障害物のある地上なら避けられないよう追い詰めてからブレスを放つことも可能だが、ここは空。上下左右前後どこにでも移動が出来る。
聖属性の鎖で拘束出来ないか試してみたけど、縛ったところですぐに尻尾切りで抜け出される。重要部分である胴体や頭は警戒心が激しくてまず掛からない。冥界の王の生?への執念は凄まじく、ほんのちょっと動きを止めたくらいではウルの攻撃のサポートにはならなかった。
押しているのだけれど押しきれない、そんな状態が続いた。
「むぅ……何かが引っ掛かる」
「ウル?」
「どこがどうとは言えぬが、何かがある。そんな気がしてならぬ」
戦闘に関するウルの勘は鋭い。彼女があると言うのであれば、ほぼあると思って行動したほうがいいだろう。
冥界の王を見る。動きに精彩を欠きつつあるように見えるが……それでも再生で五体満足ではあるし、わたしたちへ向ける憎悪の瞳は意志が強まりこそすれ弱っているようには全く見えない。
小さな動きにも注視しながら、わたしたちは攻撃を重ねる。
「くそが! くそがくそがくそがぁ!!」
激高しながら冥界の王は再生能力が破壊されたパーツを切り捨て、生やす。総量だけで言えばヤツの体の五倍くらいの量は削ったはずなのに、尽きる様子はない。
いや、また一段と動きが鈍っている、か? 別の打開策は考えながらも、ひとまずは手数で押して行くべきか。ひょっとすると思ったよりは再生エネルギーの総量が少ない可能性だってある。楽観的に、それだけに頼ってはダメだけど。
ウルのブレスで削り、切り捨て、再生される。同じことの繰り返しにわたしたちの意識がわずかに散漫していた。
その隙を、突いてきた。
「ハハ……ハハハハハハハハッ!」
冥界の王が哄笑を上げる。
自棄になったような、勝利を確信したような、様々な色が含まれた嗤い。
ウルが懸念していた通り、何か奥の手でも隠していたのか――そう易々と行われてたまるか!
「ウル!」
「わかっておる!」
今の冥界の王は隙だらけだ。あえて隙を晒して攻撃を誘ってるだけだとしても、ただ指を咥えて待っているわけにはいかない。
みなまで言わずともわたしの意を汲んでくれたウルは、即座にブレスを放つ。
「ハハハハ――」
すると、冥界の王は避ける素振りも見せず――上半身がブレスに消し飛ばされた。
口が失われた故に哄笑は止まり、残された下半身が、再生することなく静かに落下していく。
「えっ?」
「……な、なぬ?」
唐突な終わりにわたしたちは呆気にとられた。
冥界の王は……敗北を悟ったからブレスをそのまま受けた?
プライドの高さから命乞いをすることもなく、捨てセリフを吐くでもなく、潔く滅びを受け入れた?
――そんなわけは、なかった。
「ハハハハハハハハハハハッ!!」
「「!?」」
下方――冥界の王の下半身が落ちた辺りから哄笑が復活したのだ。
「しまっ……あいつ!」
勘違いさせられていた。
冥界の王は、いくら人型をしていようとモンスターなのだ。それもしぶとい再生能力付きの、アンデッド。
そんなヤツが、たかが上半身が吹き飛ばされたくらいで死ぬものか。
毎度毎度、手足を犠牲にしても頭と胴体を守っていたから、そこが重要なパーツだと思い込まされてしまった。冥界の王に限らず、モンスターは核を潰さねば死なない確率が高いというのに!
冥界の王はあの一瞬で核を下半身に移動させていたのだろう。そもそも核がない、別の生態をしている可能性だってある。
わたしたちが間抜けにも時間を浪費している間に、冥界の王は下半身から復活せしめたのだ。
「あぁ! あぁ! 確かに俺様は負けた! だが、貴様らに勝利などくれてやるものか!!」
負け……え? 負けを認めた?
いや今はそこはどうでもいい。後半の言葉があまりにも不穏だ。
「何か知らぬが、させるものか――チッ!」
ウルが追撃のブレスを吐こうとして止まる。冥界の王が落ちた先には地上で戦っていたヒトが何人か居たからだ。初めて見る、名前も知らないヒトたちだったけれど、援軍に来てくれた相手を巻き込むわけにはいかない、そう躊躇したからだろう。逃げてくれることを期待したけれど、冥界の王が切り離したと思しき肉にへばりつかれて傷を負っており、遅々とした動きだった。切り離した肉は破壊されたと思っていたのに――いや、死んだ部分だけじゃなく生きていた部分も紛れさせていたのか。オルフェの件もあったのに、どうして搦め手のことをもっと考えておかなかったのか……!
ブレスでの攻撃を諦め、大急ぎで下へと飛ぶウル。しかし、冥界の王の行動の方が早かった。
「俺様の冥界よ! 今こそ世界を喰らえ! ハハハハハハハハハハ!!」
叫びと共に、未だ開いたままだった空間の裂け目が大きく広がった。
ドロリと、肉が、呪いが、闇が溢れ出す。冥界の王の肉体を成していた物と同じだ。
つまり冥界の王は、保有するエネルギーで自分の肉体の再生をするのではなく、直接この世界を侵食しようと方針転換したのか……!
「このおおおっ!!」
「ハハハ――」
地上に辿り着き、ウルが爪を大きく振るう。
冥界の王は今度は上半身のみならず下半身まで大きく弾け飛んだ。
「核、核はどこに――っ」
「リオン!」
探し出す前に、残った肉片は溢れた肉の海に紛れてわからなくなってしまった。わたしたちも飲まれてしまいそうだったので、怪我人を回収しながら、おまけで近辺のモンスターたちを倒しながら急いで離脱する。まぁモンスターの大半は肉に飲まれていたけどね。冥界から溢れている肉なのに冥界のモンスターも喰らうとは貪欲……というより敵味方の区別がないのだろう。
肉は聖水であっさりと浄化出来る代物ではあったけれど、さすがに量が多すぎた。それでもありったけのホーリーミストをぶちまけ広域の空間を浄化することで、肉の津波の進行を遅らせることに成功する。
とはいえ根本を解決しなければ終わらない。……裂けた空間なんて、どうやって戻せばいいんだ!?
「リオン様! ウルさん!」
「アンタたち、無事ね! ……無事よね?」
近くで戦っていたヒトたちは、さすがにわたしとウルが地上に降りてきていたことに気付いていた。しかし大半のヒトたちは破壊神と化したウルに尻込みして、声を掛けてきたのはフリッカとセレネだけだった。他の数人は怪我人(といってもポーションで治したけど)を連れて引き下がっていく。
「二人とも、久しぶり」
「このような形になったが、我も無事である」
わたしの帰還が遅れた上に、帰還して即ウルに加勢したために二人と会うのは本当に久しぶりだ。戦闘で疲労している顔つきだけれど、元気そうでよかった。
再会を喜びたいところではあっても残念ながらそのような場合ではない。どう対処したものかと悩むわたしに新たに近付いてきたのは、光神と……彼女に抱えられた創造神だった。目が覚めてはいても顔色が白く、呼吸も荒く、明らかに調子が悪いものと思われる。そんな状態でも連れられて来たのは、わたしに用があるからか。
アイティとの再会の挨拶もそこそこに、創造神がわたしへと告げる。
「……私の代わりに、世界を……照らして、ください」