未来を描く
ウルが放った聖属性かつ破壊の力の乗ったブレスは、冥界の王の呪いの黒炎をあっけなく破壊していく。
それだけに留まらず、黒炎を放った本人すら破壊せんと迫り――
「な……っ!? チィ!!」
しかし相手は『冥界の王』をただの自称ではなく確かな実力を持って名乗る者。致命のそれを寸でのところで直撃を避け、左の肘から先を失うだけで済んだ。
これが今までの攻撃であればすぐに再生して元通りとなったのだが、断面からは煙が出るだけでなかなか再生される様子が見受けられない。どうやら『再生する機能』すら破壊したようだ。
「この程度で……俺様を舐めるな!!」
が、冥界の王は即断即決、傷口から少し上の部分を掴んで千切ることで再生が開始される。なるほど、局所的にしか作用していなかったということか。その再生速度も落ちてはおらず、あっという間に左手は生えてきてしまった。やはり末端程度では意味がない、もっと広範囲もしくは核となる部分を壊しつくさねば終わらない。
冥界の王は、ギリと大きく歯噛みをし、憎々しげかつ不可解といった表情となる。
「……どういうことだ。何故破壊神の攻撃に聖属性が宿っている!?」
「何故と言われても、そういうモノを作っただけだけど?」
「ふさけるな! そんなことは不可能だ!!」
不可能と言われてもねぇ……現実にはこうなっているわけですし、いくら否定したところで覆りませんよ。
そもそもの話、創造と破壊は明らかに正反対の性質ではあるけれども、どうしたって両者は切っても切れない近さだ。
創造の前には破壊が必要なのだ。少なくともこの世界ではゼロからモノを作れない制約がある以上、何をしても付きまとってくる。何も素材を使用してないように見えたとしても、神力とか魔力とかを消費している。まぁそれを破壊と呼ぶのかどうかはともかく、完璧なゼロはない。
そして、創造が存在しなければ破壊も出来ない。無を壊すなんてどうやるんだっていう。
そんな近しい二つを組み合わせることも、不可能ではなかった。
けれどそれ以上に。
「わたしたちを見て、まだ相性最悪だと言うの?」
破壊神の背に乗る創造神の神子を見て、それでもわからないのか。創造神と先代破壊神を見てきて、何もわからなかったのか。創造神と破壊神は敵対していないと知らない住人も多いけれど、おまえは実際に目にしていながらもわからないものなのか。
手を取り合って協力していけることが、共に生きていくことが、不可能ではないと想像が付かないのか。
……まぁ、わたしの聖域がウルを弱らせたことも多々あったけれど、それはわたしが未熟だっただけだ。この世界はゲームではない。アイテムは既定の枠に嵌める必要はなく、無限の可能性がある。『破壊神に付与出来る聖属性』だって可能だったんだ。とはいえこれが出来たのは創造神から力を譲り受けたおかげでもあるので、いずれは自分の力のみで達成したい。
冥界の王よ。現実から目を逸らし、自分にとって都合の良いものしか見ようとしないのならば。
「その腐った性根を抱えながら、滅んでいけ」
「――き、さ、まぁ……っ!!」
冥界の王が更なる憤怒で顔を歪める。怒りたいのはこちらだって同じだ。
わたしは、こいつだけは絶対に許せない。……オルフェに関しても許したとは言えない複雑な心境ではあるけど、それはさておき。
自分の欲望を満たすために世界が欲しいというだけでも許されないのに、数多の生物に迷惑をかけ、弄び、命を奪い。その上で、世界が手に入らないならいっそ壊すことすら厭わず。
――本当にいい加減にしろよ。
「ぬおおおおおおっ!!」
「カアッ!!」
冥界の王がいくつもの黒炎の玉を周囲に浮かべ、一度に放つ。一つくらいは当たるだろう、そして一つ当たれば十分という算段か。しかし分散しただけ威力も多少なりとも弱まっている。わたしたちへ当たる黒炎はウルのブレスと、わたしのアイテムで相殺する。隙を縫ってはまたウルがブレスを吐き、冥界の王にダメージを与えたかと思えばしっぽ切りをして振り出しに戻る。
「……とまぁ、大口を叩いたところでウルに頼るしかない、情けないわたしだけれども」
「何を言うリオン。我に彼奴を倒せる力をくれたのは主であろうに」
「それはそうかもしれないけどさぁ……」
「リオンはモノ作りが得意。我は体を動かすのが得意。適材適所であるし、主の願いを叶えるのは我にとっては当たり前なのである。まぁ我自身も彼奴をぶちのめしたい気持ちで満ち溢れているがの」
……でもわたしは知っているよ。
きみが創造をしてみたいと思っていることを。実際に挑戦してみて上手くいかず、しょんぼりしていたことを。
きみは体を動かすことは得意であっても戦闘狂ではないことを。破壊を求めているわけではないことを。
……あぁ、そうか。先代破壊神ノクスも、壊すことよりぐうたらする方が好きだったんだな。
破壊神とは不思議だ。やたらめったら壊したいわけではないのに、その役割を持っている。……いや、だからこそなのだろうか。壊したいと思うヒトが破壊神になってしまっては、それこそ世界がめちゃくちゃになってしまう。
しかしながら、世界に破壊が生まれてしまうのは……ヒトの世の業か。世知辛い。
「……ねぇウル。わたしに、新しい目標が出来た」
「む?」
戦闘中でありながら、わたしは我慢しきれずに口に出す。集中しきれないのはよろしくないが、言葉にせずにはいられなかった。
「わたしは、破壊神になってしまったウルがぐうたら過ごせるように、破壊をせずに済むようにしたい」
「――」
世界中から負の感情を減らせばモンスターを発生させる必要も減るんじゃないかなぁ。……さすがにゼロに出来るとまでは思っていない。妬み嫉みだってヒトの感情だ。抱くこと自体を許せないなんて、そんな傲慢なことは言えない。ただそれ以上に、正の感情を生んでもらえばいいのだ。
そのためには住人たちが平和で安心な生活を送る必要がある。わたしに出来ることといえば、世界各地を巡って住人の手に負えないモンスターを倒したり、住人たちに物資の支援をしたり、モノ作りをレクチャーしたり……つまりは今までと同じか? 世界を変えるだなんて大きすぎる途方もない話だけれど、これならやれそうな気がしてきたぞ。
「んでもって、ウルにも扱えるツールを作って、ウルもモノ作りが楽しめるようにしたいな」
きみがわたしの願いを叶えてくれるというならば、わたしもきみの願いを叶えよう。
美味しい物だっていっぱい作ってあげたい。ウルも喜ぶし、喜んでくれるウルを見るわたしも嬉しい。win-winだ。
世間の反応がちょっと気がかりではあるけれど、先代破壊神と敵対していなかった神様たちは言わずもがな、フリッカたちもウルを受け入れてくれると確信している。それくらいにはウルは馴染んでいた。必要とされてきた。
だから大丈夫。わたしだけでは力不足でも、皆が居れば、やっていける。
「……うむ。そのためには」
「うん、あいつを」
「「倒さなければ!」」
目前の冥界の王を倒さなければ、日蝕を乗り越えなければ、明日は訪れない。全ては絵空事となる。
わたしたちだけのものではなく、この世界に住む全ての生物たちの明日が潰えてしまう。
……絶対に、認められるものか。
「貴様らも! この世界も! 一切合切燃え尽きてしまえ!!」
「そんなこと!」
「させるわけがないであろう!!」
世界を救う――なんていうと烏滸がましい気はしてくるけど。
わたしたちの未来のための最後の戦いが、間もなく終わろうとしていた。