きみと一緒に歩んだ道
ドンッと大質量同士がぶつかったような大きな音が何度も響き渡る。
腕と腕、足と足が打ち付けられ、ブレスと黒炎が迸り衝突する。
衝撃波が走り抜け、ビリビリと空気が悲鳴を上げる。一面に熱気が漂い、肌が焼けてしまいそうだ。弱いヒトであれば、蒸発した黒炎でも蝕まれるかもしれない。
ウルと冥界の王の戦いは互角の様相を示していた。ウルは冥界の王を打倒しうる強さを得たと思ったけど、創造神の懸念通りに力を使いこなせていないようだ。ドラゴン形態に慣れてないのもあるだろう。ヒト形態の時に比べて明らかに力は強いけれど、巨体ゆえに小回りが利かなくなっている。どちらかといえば力押しタイプのウルではあるが、テクニカルな戦いだってするのだ。武器の一つが十全に使えないとなると勝手も変わってくる。
「わかってたけど、いきなり突っ込むのは危険だね……」
創造神から力を受け取ったことで創造の力は強くなったが、残念ながら戦闘力そのものが上がったわけではない。なので前面に出るよりはウルの補助に回った方がよいだろう。
わたしはウルと冥界の王が反動で大きく離れたわずかな間を縫って、ウルの背、長くなった首の付け根辺りへと取り付く。ちょろちょろ飛んでいるよりここがずっと安全だ。
「リオン」
「お待たせウル。あっちは避難させてきたから、こっちに集中出来るよ」
「……うむ!」
『危ないから主も避難せよ』とでも言われるかと思ったけど、すんなりと受け入れられた。わたしの気配が変わったことに気付いてくれたのだろうか。
「ちっ、羽虫が増えおって。雑魚ならばとっとと視界から消え失せておけばいいものを、そんなに早死にしたいのか」
一方、わからないのは冥界の王。……そういえばずっと神気隠蔽シャツを着ていたっけ。肉体面では吹けば飛びそうな雑魚であることに変わりはないのだけれども、自分も力の分割をしておきながら、わたしも能力を隠しているという発想に繋がらなかったりするのだろうか。油断をしないと言いつつバリバリ油断してくれそうなのは幸いだけどね。
わたしはウルに冥界の王から見えない位置でポーションを振りかけながら問う。
「調子はどう?」
「……すまぬ、大口を叩いておきながらまだ倒せそうにない。奴の硬さもだが、その上で再生も速いのが厄介だ」
要はめちゃくちゃ自動回復能力のあるウルってことだろうか。そりゃ厄介だ。そんなのわたしは絶対に敵に回したくない。
しかし奴は冥界の王であってウルではない。奴にはウルとは大きく異なる点がある。
それは、アンデッドに属するということだ。……であれば、隙をついてわたしが聖属性攻撃をするのがキーとなるだろうか。
ウルが聖剣を扱えれば楽だったのだろうけど、ヒトサイズの武器が合わないとか以前の問題で、ウルは破壊の力ゆえにツール類を壊してしまい扱うことが出来ない体質だし、わたしほどに聖属性へのブーストがない。破壊神となってしまった今ではより顕著だろう。
……ん?とわたしの頭を何かが過りかけたところを、冥界の王に邪魔されてしまう。
「まぁいい、まとめて潰してやるのみだ!」
「――っ。リオン、下手に離れるでないぞ!」
動き出した冥界の王に合わせ、ウルが迎撃態勢を取る。わたしは吹き飛ばされないようにウルの鱗にロープを貼り付けて簡易安全帯とした。先代破壊神ノクスの時もそうだったけど、このサイズの鞍がないのだ。作成は出来てもちゃんと調整しないとウルの動きを阻害しそうだし、調整する暇なんて与えられるわけがない。
「燃え尽きろ!」
冥界の王が黒炎を放つ。炎のくせしてドロリという形容詞が似合いそうなそれは、一度浴びれば体を焼き切るまで張り付いて取れない呪いとなりそうだ。
わたしはウルのブレスに先んじて聖水を半球の膜のように広げて防御を試みる。拮抗したのはほんの数瞬、わたしの防御はあっけなく破られた。
「カアッ!!」
しかし黒炎の威力も大きく減衰され、続くウルのブレスが吹き散らす。それだけでなく冥界の王の体を抉っていった。
「っ!? なんだと……!?」
冥界の王は驚愕で目を見開くが、欠損した部分はすぐに再生されてしまい見た目は元通りだ。いくらなんでも永遠に再生出来るほどのリソースはないはずだけれども、あとどれだけ削れば尽きるのか全く予想が付かない。冥界の王という名前だけに、冥界全土からリソースを引っ張ってこないとも限らないのだ。もしも世界を相手に戦うとなると、かなり厳しいこととなる。先のわからない持久戦よりは短期決戦で挑みたいところだが……それには奴を一撃で消し飛ばすほどの火力が必要になる。もしくは核をピンポイントで打ち抜くかだ。……存在するならば、だけれども。アレが本当に生物のような体をなしているのかは不明だ。
「羽虫かと思えば……脅威を上方修正するべきか。まずは貴様から落とす」
くそ、たった一度の攻防でその判断をするとは、意外と柔軟な思考回路だ。プライドが邪魔して認めない、とかだったらまだ楽だったのに。
有言実行とばかりに冥界の王は黒炎を数多の蛇へと変化させ、わたしを絡め取ろうと魔の手を伸ばす。
しかしわたしは一人ではない。
「させるものか!」
ウルが大きな翼をはためかせ高速機動をする。蛇の追い縋る速度より速く飛び、巨体でありながら巧みに避け、時にはブレスで吹き散らす。
わたしだってただ掴まっているだけじゃない。聖水で蛇の頭を相殺したり、すれ違いざまに聖石を投げつけては大きく弱らせ、ウルの活路と変じさせる。
そうして蛇の大半を消し去ったところで、ウルが反転。冥界の王の方へと突撃をする。
「リオン、行くぞ!」
「うん!」
ウルが水平に、頭を低く下げて飛ぶことでわたしが相手から丸見えとなるが、それは逆に言えば射線が通るということでもある。
聖水で、先ほどの蛇の数を上回る槍を生成し、今度はウルのブレスに合わせて――射出する!
「――甘いわぁ!!」
冥界の王の大喝。
溢れる黒炎がウルのブレスと衝突する。そしてその爆発の余波でわたしの聖水槍も散らされてしまった。
「ハハ、創造神の神子が相性最悪の破壊神と手を組むなど無意味でしかないわ!」
……それはその通りだ。わたしたちは今、一緒に戦っているようで個別の力を使っている。わたしたちの力では上手く相乗効果を創出出来ないでいるからだ。それこそ冥界の王が指摘する通りに、下手に一緒くたにしてしまってはお互いが打ち消されてしまう。これまではコンビネーションでなんとかなってきたけれども、冥界の王のような強大な相手ではそれだけでは足りない。一足す一を二にするのではなく、十にも百にも変化させなければ到底届きはしない。
戦法を考え直さなければ。悩むわたしに、ウルが言う。
「リオンよ。本当に我らは相性最悪なのであるか?」
「……残念ながら正しいよ。ウルは破壊の力ゆえに創造が出来ないでしょう?」
「むぐっ。それはそうであるが、そこではなくて」
何やら見当違いな回答をしてしまったらしい。
続くウルの言葉に、わたしの心が震える。
「これまで共に過ごしてきた我らは、本当に相性最悪であるか?」
「――」
……そうだ。最悪なはずがない。
これまでずっと、それこそわたしがこの大地に降り立ってから(正確にはそれからちょっとしてから)ずっと、一緒にやってきた。
長い旅路を共に歩んできた。正反対の力を持ちながらも、力を合わせていくつもの壁を乗り越えてきた。
大きな仲違いをすることなく、楽しく過ごしてきた。家族といっても過言ではない大切な相手だ。
相性最悪だって? むしろバッチリに決まっているだろう。
それに……わたしは何だ。
創造神の神子だ。
であるならば。
「無いなら、作ればいい」




