金環の新たなる■■
偶々手にしたものが魂アイテムだった……のではなく、そうなるように仕向けたのだろう。
であるならば、あの自爆とも取れる攻撃も計算の一つであったということだ。
……何も知らされず、目の前で凄絶な様を見せられる身にもなってほしい。わたしもショックだが、破壊神と仲が良い創造神なんてメンタルが壊れる寸前ではなかろうか。
それにしてもこのアイテムの文言、『眠りにつく』が正しいのだとすると、完全なる死とは別の状態なのだろうか? いや、死ぬことを永眠ともいうけれども。
まぁそこを考えるのは後だ。文言の中でもっとも気になるのは『力と願いを託して』という部分だ。
「……ウル。きみが手に持っている物は?」
「これは……破壊神の力の源泉らしい」
ウルが手にしていた物はわたしが持っていた魂とは異なり、神が核とする神石だった。
なるほど、確かに力だ。
……つまり破壊神は、冥界の王と同じことをしていたのだ。
自分自身が元々持っていた力。わたしに預けたウロボロスリングと加護。ウルの体が作られる時に注がれた力と加護。後者二つを各々に育てさせて増幅させ、一つの力としてまとめあげて対抗策とする。
唯一違うのは、冥界の王のようにラグナから強制的に取り立てて自分自身が強くなるのではなく、自分が死んで(?)与えようとした点だ。……もっと穏便に譲渡は出来なかったのだろうか。冥界の王は現在、最大の懸念であった破壊神が居なくなったことで気が緩んでいる。油断を誘うためだとしても、心臓に悪すぎる。
「そうだとして、どうやってここから一つにまとめるのだ? ……我はリオンを殺すくらいなら我自身が死ぬのを選ぶぞ」
「……あぁ、そっか。破壊神には、そのやり方がわからなかったんだね……」
破壊神は、その名の通り破壊を司る神であるのだから。
冥界の王と同じくして、奪って取り入れる以外の方法がわからなかったのだろう。それでいて奪う気はなかったのだから、こうするしか思い浮かばなかった。付け加えると、ウルの顔つきからして『リオンに命を捧げろ。出来ないのであればリオンから奪え』とでも言ったのではなかろうか。
不器用にもほどがあるし、ウルに関しては傍迷惑だ。
……そんなことをされずとも、創造神の神子でもあるわたしには、それを一つにする方法があったのに。
このやりきれなさ、いつか絶対に本人にぶつけてやる……!
ぐっと拳を握りしめるわたしの耳に、別の叫びが届いた。
「おい、何をする気だよ……! もう破壊神は死んだだろ……!?」
声の主はラグナだ。破壊神が消えて喜ぶのかと思ってたけど……それどころではない事態が発生している。
冥界の王が、今度は創造神に狙いを定めていたからだ。創造神は虚ろな目で、元々弱っている上に逃げる気力も壊れたのか、冥界の王の黒炎に捕らわれたまま逃げる素振りも見せない。神様がそんなことでどうする!という気持ちがないでもないけど、破壊神のことがそれだけ大切だったのだろう。これまでの人生において、そこまで大切だったヒトを失ったことがない身としては、責め辛いものがある。
「何をと言われても、世界の片割れである破壊神ウロボロスドラゴンが滅んだことで、この世界が滅ぶのは確定しているだろう。今更創造神を生かしておく必要はあるのか? ……あぁそうだったな、貴様は其奴にご執心だったな」
冥界の王の顔が嗜虐に染まる。……どうやら、ここまで自分の力を育ててくれたラグナすらも弄ぶための玩具となったらしい。そもそもが対等ではなかったのだとしても、あまりの性根の醜さに吐き気がする。
ラグナとて、特に力が奪われた今となっては冥界の王に逆立ちしても勝てないことはわかっているだろう。それでも創造神を背に庇うように位置取り、創造神の命を狙う冥界の王へと敵愾心を燃やしている。……ラグナが嫌いなことに変わりはないけど、ちょっとだけ見直してしまった。
「では、少しだけ遊んでやろう。生き長らえることが出来たら、見逃すことを考えてやらんでもない」
「テメェ……っ!」
そして冥界の王とラグナの番外戦が始まった。
『遊んでやる』という言葉の通り、冥界の王はラグナを瞬殺する気はないらしく、手加減しているのが見え見えだ。ラグナがもがき苦しむ様を嘲笑って楽しんでいる。
……危険に晒される創造神には悪いけど、どうせ何も出来ないのであれば、そのまま時間稼ぎ役になってもらおう。ラグナを応援することになるとは思いもよらなかったな。
「ウル、あっちはさておき。一つだけ問題点がある」
「……む?」
問題点。それは、力をまとめる先が一つしかないということだ。二つのままでは、いくら力を合わせたところで冥界の王には敵わない。
つまり――
「わたしとウル、どっちが破壊神に成る?」
破壊神の力の源泉を手に入れるのだから、そういうことだ。
わたしの言葉にウルは息を呑む。ただその理由は、破壊神云々は関係がなかった。
「リオン、我は先ほども言ったが、主の命を奪うくらいなら――」
「わざわざ命を奪う必要なんてない」
「なぬ?」
わたしは、創造神の神子だ。
だから。
「この力を一つにまとめあげるよう、創造する」
そう、わたしが創造の力、破壊の力、終末の獣の力を一つにしたように。
出来る。わたしには、その確信がある。
自信を持ってウルを見つめると、ウルは納得し。
迷いなく、即答した。
「では我が成る」
「……いいの?」
「破壊しか出来ぬ我からすれば、大して変わらぬよ。それに――」
――リオンには破壊などより、モノ作りしている姿の方がよっぽど似合うのである。
柔らかく笑みを浮かべたウルに、無理をしているようなところは一切なくて。
わたしのためもあるのだろうけど、自分のためでもあるのだと。
よくわかった。
「……ありがとう、ウル」
わたしはいったん魂アイテムをしまい、ウルから破壊神の力の源泉を受け取る。
そしてそれを、飲み込んだ。石のような物だったから喉が傷付くかと思ったけれど、不思議とすんなりと通っていった。胃に落ちた感触と同時に溶けて消える。
「リオン!?」
ウルは慌てるけれど、これは別にウルを騙したわけではない。中で混ぜ合わせる方が楽だと思っただけのことだ。
「【分離】」
まず、わたしの中にある三つの力を分ける。
創造の力はわたしの物だし、これはウルにとっては不純物でしかない。破壊の力と、終末の獣の力を選り分ける。……獣の力は創造側のブーストにもなるのでちょっと惜しい気持ちはあるけど、惜しんでウルの力が足りなくなったら元も子もないので諦める。
そうして選り分けたそれらを、飲み込んだ神石と一つにさせる。
何者にも負けない強さを、きみに。
「――創造、【破壊神の権能】」
カッと全身が熱くなり、強大な力が今にも溢れ出しそうになる。これをアイテムとして加工している余裕はない。
わたしはそのままウルを抱きすくめ――
「……受け取って、ウル」
「うむ……――っ?」
ウルの唇に自分のそれを重ね合わせ、口腔経由で流し込む。
硬直したような気配がした。申し訳ないけど構わず流し込んでいく。
長いような短い時間、熱が全て移動してからやっとわたしは離れた。目を見開いているウルと視線が合う。
……満月のような、綺麗な金瞳だ。破壊神と合わせたのだろうけれど、彼女にはとてもピッタリな気がした。
「――」
ウルが何か言葉を発しようとしたその時、わずかに世界が明るさを取り戻した。
闇に呑まれた太陽が月の支援を受けたかのように、金環の光を放つ。
「が……っ」
ウルの体が一瞬大きく跳ねる。力が浸透し始めたのだろう。
体中に黒鱗が一気に増えたかと思えば、急激に体が大きくなっていく。
手足が伸びる、爪が伸びる、牙が伸びる。
ドラゴンへと、成る。
「あ……あ、ああああああああああぁっ!!」
その日、新たな破壊神が咆哮を上げたのだった。




