真の黒幕
「え――?」
今、わたしたちの目の前で。
ラグナの腹が……貫かれている。
他でもない、冥界の王の手によって。
ラグナ自身も予想外だったのか、目を大きく見開き絶句している。それは痛みのせいだけではない、戸惑いに彩られて。
ノロノロと自分の腹を、刺さったままの冥界の王の腕を見て、呆然と呟いた。
「……なん、だよ、これ――」
カハ、と口から血を吐く。腹からも血が流れている。
ただそれはヒトであれば非常に少ない量で、色もドス黒く粘度が高く腐った沼のようで、『なるほどアンデッドだ』とわたしも確信を抱いた。であれば腹に穴が空いたくらいでは死なないだろう、などとも思い浮かんだ。
冥界の王がラグナの腹を貫いた理由、それは裏切り……という話とはやや異なり。
「預けていた物、返してもらうぞ」
「は?」とラグナが返答する間もなく、腕が引き抜かる。
相変わらず出血は少ないが……それ以外の何かが、ごっそりと抜けた。
傍から見ているだけのわたしでも察せられるくらい、ラグナの持っていた圧がはっきりと減少したのだ。
その圧はどこに行ったのかというと……もちろん、冥界の王に移ったわけで。
「ちいっ!」
破壊神ノクスがドラゴン顔でもわかる焦った様子で、冥界の王の腕が縮みきる前に爪撃を加える。ブチリと腕は呆気なく切断された。
しかしどうやらそれは遅かったのだろう。破壊神は攻撃の手を休めることなく冥界の王の本体へとブレスを放つ。凄まじい熱量は、日のない世界を一瞬昼のように明るくさせた。
……が、それだけだった。
ブレスが終わり、チカチカしていた視界が戻った時には、冥界の王は――その身が二回りくらい小さくなっていた。丁度、わたしの知るゲームの破壊神くらいのサイズだ。
もちろん、ブレスに焼かれて消失したわけではない。光神や闇神のように、力を失って縮んだわけでもない。その逆。
力が増したのだと、嫌でも思い知らされた。
誰がどう見てもアンデッドだった醜い体は見る影もなく、硬質な筋肉に覆われ引き締まっていた。骨だって最早飛び出てはいない。角や翼は変わらず生えているが。
体は縮んでも、体から発せられる圧は格段に増えた。邪悪ながらも威風堂々とした気配を携えたそれは……まさしく、王と呼ぶに相応しいものだった。
そして肉を取り戻した顔は……とても、ラグナに似ていた。顔かたちの話ではなく、濁った瞳が、酷薄な笑みが、滲み出る傲慢さが。
さりとてその傲慢さは、確かな根拠があるもので。わたしは……それなりの力を得てかなり強くなったと自負していたわたしは、みっともなく震える寸前だった。自分の弱さを思い知らされた。格の違いを、叩きつけられた。
一方ラグナは、別の意味で愕然としていた。味方が強くなったことに喜んだ、などではない。ひどく混乱している。
「どういうことだよ……返せよ、俺の力……!」
「返せ、だと? 馬鹿なことを言う。これは元々俺様のものだろう。あぁいや、馬鹿になるように仕向けたのは俺様自身であったな。すまんな」
「……は?」
冥界の王はすまんと口にしてはいても、全く謝っているようには聞こえない。むしろ嘲笑っている。
「いやはや長かったものだ。そこなウロボロスドラゴンに力を大幅に削り取られ、抑え付けられ、俺様をもってしても抜け出せない状況だったが、貴様のおかげでこの通りだ」
「……だから、どういうことだ、って聞いてんだろうがよ……!」
「なに、簡単なことだ。俺様はあえて貴様に種を植えた。俺様は休んで時を待ち、貴様が実らせたそれを刈り取らせてもらった、それだけのことだ。ただ、これでも貴様には感謝しているのだぞ」
「は…………感、謝……だと?」
「貴様に創造神の神子としての力が残っていたおかげで地上にも紛れこめた。住人どもも貴様を信用し、ゴミどもを利用して神たちを封印して回ったと知った時には笑いが止まらなかったぞ。神子の死体が転がっていた時は腹いせに八つ裂きにしてやろうかと思っていたが、思わぬ拾い物だった。褒めてつかわそう。いやここは俺様の慧眼を褒めるべきか?」
つまり……こういうことか。
破壊神との戦いに負けた冥界の王は牢獄に繋がれているも同然だった。しかし冥界の王は諦めてはおらず、虎視眈々と世界を狙い続ける方法を考えた。
そこに何らかの原因でラグナが冥界に転がり落ち、ある計画を立てた。
自分が表立って動いては破壊神に勘づかれる。であれば、ラグナに力を預けて活動させて、力を増加させて、後に回収すればいい、と。
その際に洗脳でもされたのだろう。ラグナ自身は冥界の王から力を奪ったと思い込み、他の神たちにも冥界の王は動いていないと誤解をさせる。事態を過小評価させる。
そして現在、破壊神まで封印してのけたことにより冥界の王を抑えつける力が弱まり、日蝕で創造神の力も弱まった時に地上に呼び出すように差し向け、ラグナに預けていた力を引き出して完全復活したのだ。利子込みで取り立てて、より強くなって。
ついでにわたしがラグナに感じていた違和も解消出来たようで何より……全っ然嬉しい話ではない。
破壊神がラグナと冥界の王の繋がりをうっすら察知していたようであるのは……わたしたちに比べてラグナと長く接していたからだろうか。わたしと同じく精神世界で会話をしていたし、察する切っ掛けもあったことだろう。おそらく、敵側に気付いていることを悟らせないために何も言わなかったんだろうけど、結果はこうなってしまった。わたしが知っていたら防げたのに、なんて思えないし、そこを責めるつもりはない。
むしろこうなるかもしれないことを知っていて、他に手を打っているような口ぶりだった。ただその手も何なのか知らされていない。もう、神様たちは秘密主義ばかりで困るなぁ……わたしが弱いのが悪いんだけど。
そしてラグナの方は、洗脳されていたことにより、疑問を挟むことすら許されなかったのだろう。万が一反旗を翻されては計画も台無しになるのだから。
「……俺が、死体、だって……?」
「まさかそこまで気付いてなかったのか。さすがに呆れるぞ」
「……じゃあ、俺のこの想いは、創造神様への敬愛は!?」
「そんな悍ましい部分に俺様が触れるわけないだろう。よかったな、真実もあって。まぁ俺様の影響で世界への憎しみは増えていたかもしれんがな」
……わたし以上に何も知らない道化として、冥界の王の手の平で踊らされ続けていた。
ラグナは神子ルーエを躍らせていたが、自身もそうされているとは思いもよらなかった。滑稽な話だ。
とはいえ、これまでにラグナがしてきたことが大きすぎるので、神子ルーエの時のように許す気になれない。そもそもラグナはもう死んでいる。戻れる道はない。冥界の王の力も失って、自分の身を守ることすら覚束ないだろう。憐憫がわかないでもないけど同情はしない。
あまりのショックに黙り込んでしまったラグナを放置して、冥界の王は破壊神へと向き直る。破壊神とてサボって話を聞いていたのではない。隙がなく攻めあぐねていたのだ。
それほどまでに、力を取り戻した冥界の王は強い。以前に冥界の王の力を削いだ破壊神であるが、ラグナの活動のおかげで力が戻り、なおかつ増えてしまっている。そして破壊神はラグナの活動のせいで力が削れている。顛末だけを聞けばラグナはすごい小物に感じられるけれど、ラグナは冥界の王にとって十分以上に役割を果たしたと言える。もちろん、わたしたちからすれば最悪なのは言うまでもない。
「さぁ、雪辱戦といこうか。ウロボロスドラゴン、貴様があの時より弱っているのは残念に思わないでもないが、考慮してやる謂れはないぞ」
「フン。あの時のように、破壊神の力でぶちのめしてやるわ」
……うん? 破壊神がチラとわたしとウルの方を見た。何を訴えようとしているのだろう。
まさか破壊神の力を持っているわたしたちに戦闘に加われと……? わたしだって手をこまねいて見ているだけではありたくないけれど、戦いの補助が出来るほど強くはないですよ……?
破壊神の意図もわからないままに、戦いが始まった。
なお、リオンとウルで戦えばラグナに勝てました。聖属性による相性があってもリソースが段違いだったので辛うじてですが。だからこそ、倒される前に回収された、みたいな。




