ラグナの正体?
ラグナから溢れ出る鬼気は、心の弱い者がまともに喰らえばそれだけで泡を吹いて気絶しかねないほどのものだった。現に、体は大きくてもドラゴンとしてはまだ子どもであるゼファーは今すぐにでも気を失ってしまいたいくらい恐怖していたが、背にウルが乗っているため気丈にも耐える。
標的そのものであるウルは内心で冷や汗をかきつつも口元に笑みを貼り付けて、いかにも余裕でありますと見せつける。格下、それも憎き破壊神ノクスのコピーなどにそのような態度を示され、ラグナの怒りのボルテージがジワジワと上昇していく。
「まさかテメェ、その程度の力で俺に敵うとでも思ってんのか?」
「ハッ、貴様こそ、どこぞから力を奪ってばかりいるそうだな。そんなに自分自身の力に自信がないのかのぅ?」
「は??」
かくいうウルもノクスから授かった破壊神の力、ジズーたちからもらった終末の獣の力を使用しており、自分のモノとは言い辛いのだがおくびにも出さない。ラグナのように奪ったものではなく合意の上ではあるが。
「……テメェ如きにナメられてたまるか。いいぜ。ハンデを付けて、俺は俺の力、創造神様の力だけで相手をしてやろうじゃねぇか」
「…………………………なぬ?」
売り言葉で返ってきた買い言葉に、ウルは一瞬呆ける。
相手が油断してハンデをくれたことに驚いているわけではない。勝手に能力を制限してくれることはありがたいのだが。本当にハンデをくれるのか、ラグナの言葉の信用度がカケラたりともないことはさておき。
しかし今ラグナは、創造の力を自分の力だと言った。奪った力ではないのだと。
それはおかしい。現時点において創造神の神子は三人だけだと、創造神本神が言っていた。その三人とはリオン、カミル、ルーエのことだ。そこは創造神自身も把握しており、実は入れ替わっていたというわけでもない。三人とも対面しているので詐称しているわけでもない。
ではこの言葉も嘘なのか? ……ニヤけ顔をしているならともかく、怒りに彩られたラグナの顔に冗談は見られない。本人の妄想、という可能性も無きにしも非ずであるが……。
「貴様、その力は創造神の神子から奪ったものではなかったのか……?」
「はぁ? ざっけんなよ。俺は創造神様の味方だっつっただろうが。テメェの脳みそはその程度の記憶力もないのか? ハハ、さすが獣だな!」
味方イコール神子とは限らないじゃろ、と突っ込んでも話が進まなさそうなのでやめておく。
以前地神たちはラグナのことを元は冥界の王の手下であり、創造神の神子の力を奪ったのだと言っていた。その認識が間違っていたということか?
もしくは順序がやや異なり、創造神の神子が冥界の王の手下となった? リオンも冥界に落ちたことがあるし、ラグナも落ちた、もしくは転送門で自分の足で向かって行った?
……いや、この男の出自はどうでもいい。たとえ本当に創造神の神子だろうと、世界を大混乱に陥れ、あまつさえ主神たる創造神をその手にしようなどと大それたことをさせるわけにはいかない。正確にはウル自身にそこまで強い思いはないのだが、リオンが止めたがっているので協力を惜しまない。
肝心なのは、神子であるのならば力の使い方を熟知しているということだ。リオンが使用する数多の手段を思い出し、ハンデと言いつつ、あまりハンデにならないかもしれぬ、とウルは気を引き締め直した。なお、ウルの頭の中にカミルとルーエの戦い方は残っていない。彼らが至極普通の戦い方をしていることなど、リオンがおかしいなどとは幾度となく思っていても思い至らない。奇策に戸惑うことはないという点ではプラスになるか。
ウルは乱れた思考を整えてから、最後にこの男を激高させるであろう言葉を紡ぐ。
「……創造神プロメーティアは、現在の創造神の神子の数は三人と言っておったが」
「あん?」
「貴様、どうやら神子としてカウントされていないようであるの。認識されてない――創造神の眼中にないのではないか? それだけ尽くしておきながら笑えるのぅ?」
ラグナが創造神たちの『敵』として認識されていることはもちろん知っている。そして、一度たりとも正規の神子であると聞いたことがない。神子から力を奪ったのだろうとは予想されていたが、『過去の神子かもしれない』という話すら聞いたことがない。神子の力を持っている時点で真っ先にその線が浮かびそうなのにも関わらず、だ。創造神のポンコツっぷりは聞いているが、他の六柱からも出てこない時点で神子ではない確率は高いだろう。事実は不明であるものの、ウルはラグナの事情など考慮しない。
特大の皮肉にして、ラグナの意志を独りよがりの妄想だと嘲笑うセリフ。
「――」
ブチリと。
切れる音がした、気がする。
直後、ラグナからドス黒い憎悪が、息苦しくなるほどの濃度で放たれた。吸い続ければ体内から腐っていくのでは?と思わせるほどの澱んだ気。
煽りすぎたか?とウルは少しばかり反省するが、冷静さを奪う目的は果たせている。ゼファーが震えて涙目になっていることには心の中で謝っておいた。
「……いいだろう。俺が創造神の神子であることを、テメェの死をもって示してやろう」
「ハッ、これだけ邪悪な気を撒き散らしておきながら創造神の神子とは、プロメーティアが聞いたら泣きそうなのであるな」
「うるせぇ! 獣が創造神様を騙るんじゃねぇ!!」
叫びと共に黒炎の矢が大量に放たれた。
おそらく火属性と闇属性の複合魔法と思われるが、呪いでも籠められていそうな暗い闇色だった。
『アイテムを使用しているようには見えない。無詠唱で魔法を使用するのだからやはりモンスターでは? いや結論付けるのはまだ早い』などと考察しながらゼファーの回避に身を委ねるウル。いくつかは避けきれずに当たるコースだったが、石をぶつけて相殺した。ウルが強いのか、ラグナの魔法の力が弱いのか、数が多くて威力が分散されているのかはわからない。
ラグナは三番目と受け取ったようだ。今度は極太の一本の槍を作り出し、射出する。が、一本であればゼファーも避けられる。必至な形相ではあったが。
「ちっ……ちょこまかと!」
ラグナは再度極太の槍を射出。愚かにも同じ手を、などとウルは油断しない。ゼファーに全力で飛べと指示する。
何故なら、その槍は追尾機能付きだったからだ。ピィピィ鳴きながらゼファーは飛び続け、一直線に飛んで真後ろに来たところでウルの石で潰す。
ウルとてただやられっ放しではない。投石で応戦する。その石は一部は避けられ、一部はラグナの出した盾に阻まれたものの、その盾を粉砕する。僅かながら顔を歪めるラグナに構わず石を追加したが、別の盾で防がれた。どうやらストックはそれなりにあるらしい。
そういったある意味単純な攻防を繰り返してウルは結論を出す。
ラグナは、少なくとも創造の力は弱い。
能力も、機転も、リオンには遠く及ばない、と。
リオンはいつも自分のことをへっぽこ神子だと称していたが、ウルが判断する限りカミルより、ルーエより能力は上だ。リオンの特殊な出自と与えられた加護にも依るのだろうが、力の源泉がたゆまぬ努力であることをウルは、拠点の皆は知っている。力を持っていたところで使いこなせなければ意味がない。使いこなせるよう努力を続けたのは間違いなくリオンの意志であり資質だ。むしろ努力を義務ではなく『楽しいから』でやっている、本人は努力とすら思っていない節があるのだから恐れ入る。
そして安易に破壊を選ぶラグナが、そのような創造の努力を重ねていたとは到底思えない。いやその力もリオンよりは下というだけで十分に強い。だが神子歴が遥かに短いリオンより下というだけで、努力が足りないとウルは判断する。……ウルとてリオンと比べられてはたまらないのだが、神たちの封印時期から考えるとラグナは百年以上活動しているのだから、やはり足りないというのは合っているか。
とはいえ、ラグナがいつまでも宣言通りに創造の力縛りで戦ってくれるとは限らない。相手が枷を外す前に決着を付けるべきだ。そのためには接近戦をしなければ。
「クソったれ……こんな奴の血で汚したくなかったが、俺自身の手でやるしかねぇか」
そうラグナは呟き、魔法での撃墜を諦めたのか剣を取り出した。
どうやら向こうも付き合ってくれるようだ。