異界へ
「よいか、絶対に、ぜっっったいに無茶はするでないぞ!?」
「ウルさんの言う通り、安全第一でお願いしますね……?」
「……大怪我とかするんじゃないわよ!」
異界への転送門を完成させ、出来る限りの準備を整え、異界への出立の日となった。
……わたし一人で。
仕方がないのだ。異界の地形の問題で、どうしても空を飛ぶ手段が必要となってくる。残念ながら、ジェットブーツ&スカイウイングが実用レベルで使用出来るのが未だわたし一人だけ。転送門のサイズの都合上、大きくなったゼファーは通れない。小さいままだったとしてもヒトを乗せることが出来ないのではどうしようもない。ゼファーが通れるサイズの転送門を作成しようと思ったら、素材集めから再開しなければならない。さすがにそこまでの時間は残っていない。
それゆえ、わたし一人での行動となった。
「うん、気を付けて行ってくるよ」
転送門の前に立つわたしに、拠点の皆が見送りに来てくれている。なお、転送門は拠点の地下に作成した。万が一、転送門を通過して異界のモンスターが出てきたとしても、色々とトラップを仕掛けておいたし、なによりウルが居るのでまず大丈夫。
皆が思い思いに声を掛けてくれたのだけど、特にウルとフリッカの熱が入っている。冥界に落とされて離れ離れになった時のトラウマもあるのだろうけど……一人になったわたしが何かをやらかしかねないからだろう。その辺りの信用はない。ウフフ……。
とはいえ、今回ばかりは観光?している暇もない。素材集めをしている暇も……通過点で見つけた物をいくらか持っていくくらいは許されるだろう。……こほん。最速で飛ばして、破壊神ノクスの封印を探して帰ってくる。この点では一人で行動する方が都合がよい。ちょっと、いやかなり寂しいけど、だからこそ早く済ませてとっとと帰ろうという意志も強くなるものだ。
「神様たちも、黒幕の動向に気を付けてくださいね」
「わかっているさね。リオンもあまりおかしなことをするんじゃないよ」
今のところ、神気隠蔽が効いているのか、ただの偶然か、神様たちがラグナに見つかることもなく、拠点に目を付けられた気配もない。だからといって、これからずっとないとも言い切れない。日蝕が近くて、あちらも準備に大忙しでこちらを全く気に掛けてない可能性だってあるけど、油断はならない。
わたしが異界に行っている間は一切連絡が取れない。そして帰るにも必ず転送門を経由する必要があり、創造神の像で気軽に帰宅も出来ない。わたしに何かが起こっても皆がわたしを手助け出来ないように、皆に何かが起こってもわたしが皆を手助けすることも出来ないのだ。わたしはわたしで心配が募るけど、そこは信じるしかない。
フゥと一つ大きく吐き、覚悟を決める。
「それじゃ、行ってきます」
わたしは振り返ることなく、転送門をくぐった。
「……思えば、転送門をまともにくぐるのは初めてだな?」
冥界にはグリムリーパーに落とされ、帰る時は気絶していて。これが初の転送門である。
体が膜に包まれ、視界が揺れる。足元が消失したような不安定な感覚。足元だけでなく、目に映る物も、匂いも、温度さえ消え。
エレベーターで降りていくような微妙な浮遊感に気分が少し悪くなるけど我慢。
長いような短いような時間が経った後、目の前に光の線が走り、縦長の長方形を象る。
出口だ。
わたしはふわふわした地面?を蹴り、足を踏み出す。
長方形をくぐると、サァ――と、肌寒い風が流れた。
「……これが、現実の異界か……」
周囲を見回す。見た目はゲーム時代と変わりがない。
頭上は雲一つない満点の星空。ただし昼も夜もなく、ずっと星空しか見えない。なお、これが本当に星かどうか不明だけど、わざわざ別の名称を付けるのも面倒なので星とする。雲がないので雨も降らない、嵐もない。
地面はほぼ乾いた砂。緑はなく、川も海もない。この前まで居た凍土よりなお不毛の――いや、無の大地。
そして一番の違いは……この足を踏みしめた地が、大小の違いはあれど全て浮島であること。
この異界は、宇宙のような何もない空間に、無数の浮島が点在する場所なのだ。それゆえ、空を飛べなければろくに移動も出来やしない。地道にブロックで橋を作ることも出来るけど、それは時間が掛かりすぎる。プレイヤーの中には土や石ブロック、苗木などを大量に持ち運んで、異界テラフォーミング(地球じゃないけどそれはさておき)と称して大改造を行っている人も居たけどね。
「……さて、と」
わたしはサクッと異界の砂を採取してから(これは魂に染み付いた性なのだ。それに異界の素材はランクが高いので今後のためにも必要なのだ、だから仕方ないのである)、【導きの杖】を取り出す。異界には太陽も月もないので、これだけが方角を知るための手段となる。星空から割り出せる人も居るのだろうけれど、わたしには無理だ。まぁ目印代わりにブロックは置いていくから、うっかり失くして帰り道がわからない!って事態にもまずならないけどね。……ならないよね?
不吉な予感を締め出すように頭を振り、杖を立ててパタリと倒す。
「あっちか」
わたしはジェットブーツにMPを籠め、ふわりと浮かび上がり、杖が示した方向へとスカイウイングを震わせた。
異界は、太陽がない割りには不思議と視界には困らない。星空が光源の役割を示しているのと、地面のところどころがほんのり光っているからだろう。
……だからこそ余計に、浮島の外、何もない空間がブラックホールのようで怖くてたまらない。一体何がどうなっているのか、下の方には星もなく、光も届かず、ただただ真っ暗なのだ。ゲームの時は多少足を滑らせて落っこちたところで戻ってくることは可能だったけど、一定距離を落下すると即死判定になっていた。現実では……考えるだけでも寒気が走る。
魔法の絨毯的な物を作れば皆で来れるかもと考えたこともあるけど、新規アイテムでは信頼性が心許ないし、トラブルで落ちた時のリカバリー手段がないことには危険すぎて許容出来なかったのだ。
「それに……空中戦だってあるしね」
わたしの視線の先に、三匹のスカイフィッシュが出現していた。その名が体を現すように、こいつらは海の中に居るかのごとく空を自在に泳ぎ回る魚状のモンスターだ。その頭部には鋭い突起が生えており、変幻自在の高い機動力をもって敵を刺し貫く。三匹は散開し、上から下から横から、それぞれがわたしを狙い迫りくる。
「――フッ!」
とはいえ三体程度では包囲網とは言えない。わたしはジェットブーツに強めにMPを流し、一匹のスカイフィッシュの横をすり抜けざまに剣で斬り付ける。そのまますぐに急旋回、もう一匹のスカイフィッシュを後ろから斬る。
あっという間に最後になった一匹。やけくそになったのか正面から突っ込んでくる。わたしはその一匹の頭の突起を刃に見立て、剣を当てて滑らせて頭を斬り裂いた。
うん、大丈夫、見えてる。光神、火神との訓練はしっかりとわたしの血肉になっている。
「……って、あ……しまった……」
倒され、飛行能力を失ったスカイフィッシュたちは下へ下へと落ちていき、間もなく見えなくなった。つまり……素材の回収が出来なかった。悲しい。けれどさすがに取りに行く気はしない。穴の底がどうなってるんだろうという好奇心はなくもないけど、恐怖心の方が遥かに強いからね……。帰ったら神様たちに聞いてみようかな。『何もない』と返ってくるだけな気もするけどさ。
「さて続き……あれ、どっちだっけ?」
間抜けにも戦闘で方角がわからなくなったわたしは、適当な浮島に降りて再度導きの杖を使用するのだった。ど、どのみちこまめに確認して軌道修正は必要だしね……?




