異界への転送門
無事に隕石を手に入れたわたしは、すぐに異界への転送門の作成に取り掛かった。
この転送門は素材を集めきったとしてもパパっと作ることが出来ない、ちょっと厄介な代物だ。例えるなら、弱火で十分煮込む必要がある料理を、強火で一分に短縮することは出来ないかのように。え? 作成スキルを使用すればどっちの料理でも一瞬では、って? それはそれ、これはこれ。
冥界への転送門に比べて素材も多く手間も掛かるのは、きっと冥界に比べて異界のある場所が遠いからなんだろうな。『冥界に落ちる』ことがあるのは昔から稀にあるみたいだし、実際わたしも落とされたことがある。しかし、『異界に落ちる』というのは聞いたことがない。冥界の王たる存在がアステリアの大地を虎視眈々と狙い、月蝕の日にその魔の手を伸ばしモンスターを送り出してくることはあっても、異界のモンスターを見たことはない。……ゲームにおいて異界は裏ボス・ウロボロスドラゴンが封印されている地という扱いだったのだけど、実際はウロボロスドラゴンこと破壊神ノクスが創造神の敵ではなく、侵攻する必要がないだけかもだけど。
「焦らなくていい。私の見立てでは日蝕までまだ時間はあるので、十分に間に合う」
転送門の作成に時間が掛かることに内心で焦りを抱いていたのだが、光神がまだ大丈夫だと言ってくれる。ここでいう日蝕は天文現象ではないので、何時発生するか正確なことはわからない。だからこそ早め早めに行動しなければと思っていたのだけれども、今のペースであれば余裕らしい。
「……わかるんだ?」
「あぁ。私の属性は光だからな。発生するしばらく前からその前兆は感じ取れる」
「なるほど」
昼間は創造神の時間と言われているが、日光はもちろん光属性でもある。それが弱まるような事態になれば、光神であるアイティはまずわかるとのことで。日蝕はある日突然発生するのではなく、その前兆として少しずつ日光が弱くなるのだけれども、現時点では普通の冬の気候であり日蝕は関係ない、というのがアイティの説明だ。
とはいえ、異界への転送門を作成して終わりではない。異界で破壊神ノクスの封印を探して解く時間も考慮に入れる必要がある。だから余裕があるとしても、無意味にのんべんだらりとしているわけにもいかないのだ。
異界はとても広い。そして異界側に転送門が生成される位置はランダムだ。【導きの杖】があるので封印までの大体の方角はわかっても、運悪く転送門の生成位置が遠ければ、それだけで時間をロスすることになってしまう。
……あれ、そういえば破壊神の封印を解くアイテムってゲーム時代と同じでいいのか? 裏ボスらしく、封印解除アイテムとして【魂の鍵】なんて意味深な名前のやつがあったんだよね。まぁ、同じアイテムを用意しておいて、封印方法が同じなら時間短縮になってラッキー、って感じでいけばいいか。異なるなら予め何が必要か考えたって仕方がないし。というか、六神の封印も同じ方法で解いてないしな……二柱ほど封印が解けてたし。
それになんとなくだけど……そんな物がなくても解ける気がする。わたしは心臓の上に手を当てた。
「よし、今日の作業はこんなものかな」
「お疲れ様だ」
わたしは隕石加工用の特殊炉の中でジワジワと炙られる隕石を見て一息吐く。隕石の加工には六神のアイテムをフル活用する必要があるのだ。
【水神の水珠】の水に浸け、【地神の土壌】の土で覆い、【火神の火種】で火を熾し、【風神の息吹】で火勢を強め、【光神の燈明】で光で包むのと【闇神の安寧】で闇で包むのを交互に繰り返さないといけない。【闇神の安寧】はつい最近もらったアイテムなんだけど、その場が闇に包まれ、命に安らぎを与えるアイテムだ。光に弱い作物の保護に使ったり、夜の安眠に使えたりする。昨夜使ってみたらグッスリでした。……闇神はあんなに不安定なのに精神安定に使えるってなんなんだろ……自分に使ってみては?
この作業が必要なので時間が掛かる、というわけだ。何で作成スキルでパパッと作れないんだろうなぁとゲーム時代も思っていたんだけど、その答えが意外にも今もらえる。
「あー……それなんだが、外の世界があるという話をしただろう?」
「うん? そうだね?」
「つまりその隕石は、外の世界の物だ。だからこのアステリアの創造神であるプロメーティアの力が効き辛い」
「えっ」
いや、隕石は宇宙から飛来した物質のことだから、外の世界の物ってのはわかるんだけど……そんなあるかどうか不確かなアイテムを、異界への転送門の素材にしたの……? これがゲームであればメタな話だけど絶対にあると確信出来る。むしろなかったらバグとしてクレームが出る。けれども、アステリアに飛来するとは限らない。飛来したとしても過去に何らかの理由で使用されたり失われたりする可能性だってある。
場合によっては、わたしは今こうやって、転送門を作成出来ずに詰んだかもしれないのだ。それは……背筋がゾッとする話だ。
のだけれども。
「代替出来るぞ?」
「えっ」
隕石じゃなくてもよかった……? つまり、わたしのこれまでの行動は時間の無駄だった……? と愕然とするわたしにアイティが苦笑しながらフォローを入れてくる。
「いや、それが最短なんだ。隕石自体が有ることはハディスが知っていたし、もっと早い方法があれば私たちだって止めていたさ」
「で、でも、例えば、あの炎の巨人に壊されて使い物にならなくなっていたら?」
あいつは世界すら焼くような力の持ち主だった。運良く隕石は残っていたけど、逆に運が悪ければ焼かれて灰になっていたかもしれない。
「炎の巨人が復活していたのは誤算と言えば誤算だが……その者は隕石と共に追放されたのだろう? 隕石を壊すような力の持ち主であれば、追放用の道具としては不適切ではないか?」
「……な、なるほど?」
「そしてプロメーティアの力すら効き辛い素材を、このアステリアに住むモンスターがどうこう出来るはずもない。唯一出来そうなノクスはそんなことに興味はないしな」
「……な、なるほど……」
言われてみれば、納得は出来る。あの隕石が焼けずに残っていたのは、奇跡でも偶然でもなく、必然だったということか。……いやこの隕石、そこまで厄介な素材なんかい。
そんな厄介な素材を別の素材で代替しようと思えば、そりゃより手間も掛かるわけで。具体的には世界各地――それもわたしがまだ行ったことのない、入手したことのない素材を集めて合成する必要があるらしい。名前を聞いてみたら半分くらいは初耳で、ゲーム時代にも存在していなかった。なにそれほしい。確かにそれに比べたら、北の地一か所だけ探す方が楽で早いな。加工の手間を加味しても全然違う。
「わかってはいたけど、まだまだ知らない物があるんだなぁ。今回のことが片付いたら探しに行きたいな」
海に開いた大穴、常に雷が鳴り響く山、世界の亀裂と呼ばれる大きな谷、空を浮遊する島エトセトラエトセトラ。
わたしがこの世界に来てまだ数年。当然ながら世界の全てを探索しつくせるわけがない。知っていても手に入れてない素材だっていっぱいある。
まだ見ぬ光景を目にしたい。まだ見ぬ素材を手にしたい。まだ見ぬアイテムを作りたい。やりたいことがありすぎる。
そのためにも……さっさと黒幕の企みを阻止して、ゆっくり世界を巡れるようにしなきゃな。
「フフ、そのためにもきっちり強くしてやるからな」
「あはは……お世話になっています」
作業が終わったので次は訓練だ。日々激しくなるアイティと火神の訓練に、思わずわたしは口元を引き攣らせた。
……まぁ、厳しくなっているだけわたしも強くなっているのだと喜ぶべきだろう……。
こうしてわたしは十日ちょいの時間を掛けて、異界への転送門を完成させるのだった。
これで第八章は終わります。少しお休みをいただいて28日から、いつもの章間はなしですぐに第九章に入ります。
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