それは雷音ではなく
「くそ! こいつら、でかい図体のクセして速ぇ!」
「それだけじゃなく硬い……!」
ホワイトオックスの巨体に見合わぬ速さにレグルスが翻弄され、天然の鎧でもある肉の硬さにリーゼの槍の作った傷が想定より浅い。それは、単純にモンスター自体の強さだけでなく、瘴気のせいもあるだろう。
瘴気が濃くなるにつれて、モンスターも強化されていった。瘴気はモンスターなら効かないというわけではなく、強化――適応出来なければ淘汰されるだけなので、瘴気の中で生きているモンスターは漏れなく強化されているものと思ってよい。浸食されている最中で弱っているモンスターも居るけれど、それらはわざわざわたしたちの前に姿を現さないのか少数だ。……強化モンスターが多いのは、この地に棲むモンスターたちが元々頑強だからだろう。昼間でも行動するモンスターが多いだけある。
とはいえ瘴気に侵されたモンスターは聖属性に弱くなる。作るのが簡単な聖水で聖属性付与出来るのは大きい。わたしが二人の武器に再度付与することで乗り切ってくれた。
「うーん……効果が切れるのがちょっと早いな。早め早めの追加を心がけないとな」
これまで浴びてきた瘴気と比較しても、聖水の効果切れが早い。わたしの瘴気防御の効果が高くなっているせいで、瘴気がそれほど濃くないと錯覚してしまっているのだろうか。気を付けないと。
そんなことを思いながら、ホワイトオックスたちを全て倒した。
「対応出来ぬでもないが……鬱陶しくなってきたのぅ……」
ウルが溜息のように小さく呟く。
困ったことに、聖水――に限らず聖属性アイテムによる付与がウルにはほぼ効果を発揮しない。今回は問題なかったけど、今後もモンスターが強くなる中で、わたしたちの最大戦力の殲滅力が落ちるのは辛いものがある。
「ごめん、わたしの能力が足りないばかりに……」
ウルでも使える聖属性アイテムを開発出来ていれば、他にもウルが使っても壊れない装備を開発出来ていれば、戦いは楽になったことだろう。いくらウルが破壊神の神子としての力が強く相性が悪いからって、いつまで経っても改良出来ずにいるのは創造神の神子としては忸怩たるものがある。
「いや、我が力を制御出来ていないのもあるだろうよ。リオンが謝ることではない」
とウルは言ってくれるけど、それはウルの持つ破壊力が減ることを意味しそうで本末転倒な予感もするんだよね……だからわたしの方でなんとかしたい。ただ創造より破壊の方が容易いので、わたしはウルを上回る創造力を使えるようにならなければならないのだ。……無理ゲーでは? いやいや諦めるなわたし。
「フリッカ、行けそう? もう少し休む?」
「……すみません、もう少しだけ……」
わたしは静かに呼吸を整えていたフリッカに声を掛ける。一行の中で一番体力のない彼女には段々厳しくなっていることだろう。しかし彼女の魔法も立派な火力なので、モンスターの数が増えてくると『ゆっくり休んでいてね』とは言えない。魔力はアイテムで回復出来ても、体力はサッと回復出来ないのが悲しいところ。
――ロロロロロ……
音が響く。
段々大きくなっている。つまりは発生源に近付いている。しかし未だに雷光は見えず。
瘴気のせいで見えづらくなっているのか、本当に雷音とは別のモノなのか……。
もしもこれがモンスターの声なのだとしたら……どれだけの音量なのか。
どれだけの巨体なのか。
……まだ確定したわけではない。怯えて止まるわけにはいかない。どのみち隕石探しで進む必要があるし。
さりとて楽観視してもいけない。油断しているわけじゃないけど、警戒心を高めていこう。
ついに、鉱石探知機の範囲内に隕石の反応があった。
もちろん飛び跳ねるくらいに喜んだのだがそれも束の間、大量のモンスターが迫ってきていることが咆哮と地鳴りからも察せられる。
「……鉱石探知機の魔力に反応しちゃったかなぁ……」
「さて。何にせよ我らの進行方向に居たのだ。遅かれ早かれ遭遇したことだろう」
ウルの慰めのようなそうでないような言葉を聞きながら戦闘体勢に入る。
モンスターたちが視認出来る位置まで来ると……少々様子がおかしいことに気付く。
「なぁ、あいつらめっちゃ血走ってねぇか?」
「……すごくおなかが空いててアタシたちを食べたい、とか?」
「いえ、あれはそうではなく……」
「狂って――とは、ちと違うか」
モンスターたちは、目をギョロギョロとさせ、口は鋭い牙を剥き出しにするか舌を出して涎を飛び散らせ。
地を駆ける足は力強いようでいて、よくコケないなというくらいにはめちゃくちゃな動きで。
わたしたちに向かってくるヤツが大半だけど……脇目も振らずに全然違う方に向かっているヤツもいて。
「……もしかしてあいつらは……皆、怯えている……?」
そう、怯えているというのがしっくりくる。わたしたちを見つけて殺到しているのとは違う。いや敵と認識しているのも間違いではないだろうけど。
では……何に怯えている?
それは――
――ゴロロロロロロラアアアアアッ!!
「ぎゃあ!? 耳が! 耳がぁ!?」
まるで超至近距離に雷が落ちたかのような大音量が耳をつんざく。鼓膜が破れるかと思った。しかもそれは一度だけではなく、二度三度と繰り返される。
「み、皆、耳栓して……!」
こんなこともあろうかと耳栓と念話アイテムを事前に配っておいた。雷音にしろ咆哮にしろ、うるさすぎて戦いに集中出来なくなるかもしれないと考えたからだ。音は戦闘において重要な要素ではあるのだけれども、ここまで大きすぎると放置している方が支障が出てくる。
そんな音の爆撃の中、モンスターたちも大きな音に悶えながらもわたしたちへと襲い掛かる。くそ、とりあえずこいつらの対処をしないと!
「貴様ら如き、敵にならぬわ!」
ウルが先陣を切って駆けていく。瘴気のせいで威力は落ちるが、ウルとて終末の獣の力で少しずつ強くなっている。素早いだけのスノウフォックスはあっという間もなくその白い体を赤黒く染めることになった。
「せいっ!」
「でやあああっ!」
リーゼがルークペンギンに槍を突き刺し、突進を止めたところにレグルスが拳を打ち付ける。ただルークペンギンは見た目以上に硬く重い。ガツンガツンと岩石を殴るような音が何度もしてからようやく倒すことが出来た。
「セイクリッドアイスアロー!」
フリッカが氷のトゲを持つアイシクルバードを、より鋭い聖属性の氷の矢で貫く。しかも矢は一本だけではなく軽く十本は越え、全部は当たらずとも周辺のアイシクルバードたちを牽制する。
「聖なる炎よ、モンスターを焼きつくせ……!」
そしてわたしはセイクリッドフレイムフィールドのアイテムを使用して広範囲攻撃を試みる。瘴気と氷属性に対するダブルパンチで各種モンスターが面白いくらいに焼けていったけど、デカめのモンスター、サイクロプスエレファントを焼き切ることは出来なかった。
毛皮を焼け爛れさせながらも暴れるサイクロプスエレファント。追撃をする……前に、ウルがその一つ目に拳を突き入れ、それがトドメとなった。ウルに聖炎が飛び火しないかとヒヤヒヤしたけど、幸いにしてそんなことはなかった。お礼を言いつつ他のモンスターの掃討に移る。
こうして、狂乱モンスターたちには対処出来ていたのだが。
――ゴロロロロロロッ!!
高性能耳栓をしていても貫通してくる、腹の奥底まで震えさせる太い声。
ついに、その声の主が動き出す。
ブワリと、凍土ではありえない熱気が吹き抜け。
ドシンと、大地が揺れた。
その衝撃は、山が震えるほど――ではない。
ヤツが、山なのか――
瘴気で見渡しにくいせいとはいえ、一瞬、山が動いたのかと見間違えた。
それほどの大質量が、のそりと瘴気を掻き分けて現れる。




